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04 高俅、童貫(どうかん)と棒術にて対決すること
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再び開封へと、今へと戻る。
「……ま、またしても僻地へ――海南島へ赴く時、東坡のオッサンは言ったぜ」
禁軍(皇帝近衛軍)の太尉(司令官)・高俅は、国軍の太尉(司令官)・童貫を相手に、一歩も引かない。
それどころか、前へ進み出ながら、話をつづける。
「生きて論議を戦わせた結果なら、それを受け入れよう。ただ……」
家族、特に子どもたちは不憫。開封に居させて欲しい。
それを聞いた高俅は、一も二もなく東坡のオッサン――蘇軾の家族を支えることに決めた。
そしてそのため、敢えて新法党に与するふりまでした。
「そうまでして人々の生活を守ろうとしたってのに、そこの蔡太師(宰相)、逆に即座に法を変えやがって……しかも強引に」
蔡京は、知るか、それが司馬光の要請だったのだ、仕方なかったのだと吼えたが、それは傍らに立つ童貫にすら白い目で見られた。
「蔡太師」
「何だ、童太尉」
「もはや議論はこれまで。こやつめに、そこな石碑を倒したこと……贖わせねばなるまい」
童貫はあごで「元祐党石碑」を示す。
その馬鹿でかい石碑は、まるで駄々っ子のように「腹」を天に向けて倒れていた。
高俅の手によって。
「……気にいらぬのであろう。東坡居士への恩ゆえか」
「……『議論はこれまで』と言ったのはアンタだぜ、童太尉」
「それもそうか」
童貫は蔡京を跨いで通り越し、高俅に相対した。
「卿は吾らの同志と思うておったが、どうやら違うようじゃ。それに、そろそろ国軍と禁軍のどちらが上か――吾と卿のどちらが上か、ハッキリさせておくのも悪くない」
童貫があごをしゃくると、近くの国軍の兵が、棒を二本差し出した。
「取れ。卿の得意とする棒術。これにて卿を叩きのめしてくれようぞ」
童貫が棒を一本取り、それを見て高俅も奪うように棒を取る。
「蔡太師もそれで良いな。これなる棒で打擲し、以て高太尉を――禁軍を降す……二度と逆らえぬように」
「承知……くくく」
蔡京は嘲るように笑った。
童貫が兵法に、武にこだわりを持ち、極めんと日夜励んでいるのを知っている。
童貫の鉄の如き猪首が、その修行の成果を主張している。
「……何でもいいけど、サッサと来いよ」
高俅は酷くつまらなさそうに棒を構えた。
*
……乾いた音がした。
棒が飛び、そして地に落ちた音である。
「ば……莫迦な。百八ある流派すべての棒術の奥義を極めた吾が……」
飛んだのは、童貫の棒である。
対するや、高俅の棒は、最初の構えの位置に戻り、次なる童貫の動きに備えている。
「……百八ある流派、ねえ」
高俅は、阿呆だなと呟く。
「内に回す、外に回す、突く。棒なんてそれだけだろうが。それを毎日やればいい」
おれはそう教わった……と高俅は天を仰いだ。
その先に、蘇軾の顔が見えた。
高俅には。
「あとはちゃんと食べることだな。毎日起きて、一杯の角煮。それと……」
「わ、吾も食うておる! 肉なら毎日……」
誇りに思っていた武を凌駕され、童貫は動揺の余り、それまでの巌のような態度をかなぐり捨て、高俅の発言に噛みつく。
高俅はというと、ぽかんとした顔で答えた。
「蔬菜は?」
「……え?」
「蔬菜の湯も一緒に食わなきゃ駄目だぜ。肉ばかりだと、体が重い」
それでこそ、東坡肉は「値千金の東坡肉」となるのだというのが蘇軾の考えであり、高俅はそれに従って、毎日東坡肉と蔬菜湯を共に食べて、これまで過ごして来た。
「……当たり前のことだと思っていたが、何と何と、武を極めんとする童太尉がそれをできていないとは……」
素直に驚きを表明する高俅を見て、童貫は破顔した。
「ふっふ……くっく……吾の負けだ、蔡太師。吾ら、どうやら驕っていたらしい」
「感心している場合か! 貴様はそれでいいだろう、童太尉。だが私は……」
「そこまでにせよ、蔡京」
「何だ、私を呼び捨てになど……あっ」
無礼な呼び捨てに、蔡京が振り向くと、その発言の主――皇帝・徽宗が帯をつかみながら立ち、こちらの騒動を見守っていた。
高俅と童貫は、急ぎ拝礼を施す。
「こたびのこと――そこな石碑を倒すこと、朕が命じたのじゃ」
慌てて拝礼をする蔡京に、徽宗は衝撃的な告白をする。
言葉を失う蔡京。
それを見て、徽宗は倒れた石碑に近寄り、そして蘇軾の名の部分を撫でる。
「蔡京、朕がそなたを太師に任じたわけを、覚えておるか」
「は……いえ……」
蔡京の怪訝な表情に、徽宗は失望する。
「そなたが能書家であるから、と言うたではないか」
「あ」
確かにそうだった。
蔡京はそんな思い出を思い出すと同時に、政治手腕を買われてのことではなかった、という事実を突きつけられ、呻いた。
だがそんな蔡京にかまわず、徽宗は話す。
「蘇軾もまた能書家。朕はその筆蹟を愛す。そして故人となった今、その遺族を苦しめるは、本意ではない」
徽宗は政治を不得手としている。だからこそ、蔡京のような人物に政治を任せ、そして牛耳られる羽目になっているが。
ただ、芸術はこよなく愛した。自らが能書家であった徽宗は、同じ能書家である蔡京や蘇軾を愛していた。
「政を良くせぬ朕が悪いのは承知……だが蔡京、今は朕に免じて、高俅を……否、石碑を倒すこと、許してくれぬか?」
高俅は改めて、恭しく拝礼する。
童貫もまた、高俅に負けた身としてか、それに倣う。
……そこまでされて、蔡京に徽宗の頼みを断れるわけは無かった。
「……ま、またしても僻地へ――海南島へ赴く時、東坡のオッサンは言ったぜ」
禁軍(皇帝近衛軍)の太尉(司令官)・高俅は、国軍の太尉(司令官)・童貫を相手に、一歩も引かない。
それどころか、前へ進み出ながら、話をつづける。
「生きて論議を戦わせた結果なら、それを受け入れよう。ただ……」
家族、特に子どもたちは不憫。開封に居させて欲しい。
それを聞いた高俅は、一も二もなく東坡のオッサン――蘇軾の家族を支えることに決めた。
そしてそのため、敢えて新法党に与するふりまでした。
「そうまでして人々の生活を守ろうとしたってのに、そこの蔡太師(宰相)、逆に即座に法を変えやがって……しかも強引に」
蔡京は、知るか、それが司馬光の要請だったのだ、仕方なかったのだと吼えたが、それは傍らに立つ童貫にすら白い目で見られた。
「蔡太師」
「何だ、童太尉」
「もはや議論はこれまで。こやつめに、そこな石碑を倒したこと……贖わせねばなるまい」
童貫はあごで「元祐党石碑」を示す。
その馬鹿でかい石碑は、まるで駄々っ子のように「腹」を天に向けて倒れていた。
高俅の手によって。
「……気にいらぬのであろう。東坡居士への恩ゆえか」
「……『議論はこれまで』と言ったのはアンタだぜ、童太尉」
「それもそうか」
童貫は蔡京を跨いで通り越し、高俅に相対した。
「卿は吾らの同志と思うておったが、どうやら違うようじゃ。それに、そろそろ国軍と禁軍のどちらが上か――吾と卿のどちらが上か、ハッキリさせておくのも悪くない」
童貫があごをしゃくると、近くの国軍の兵が、棒を二本差し出した。
「取れ。卿の得意とする棒術。これにて卿を叩きのめしてくれようぞ」
童貫が棒を一本取り、それを見て高俅も奪うように棒を取る。
「蔡太師もそれで良いな。これなる棒で打擲し、以て高太尉を――禁軍を降す……二度と逆らえぬように」
「承知……くくく」
蔡京は嘲るように笑った。
童貫が兵法に、武にこだわりを持ち、極めんと日夜励んでいるのを知っている。
童貫の鉄の如き猪首が、その修行の成果を主張している。
「……何でもいいけど、サッサと来いよ」
高俅は酷くつまらなさそうに棒を構えた。
*
……乾いた音がした。
棒が飛び、そして地に落ちた音である。
「ば……莫迦な。百八ある流派すべての棒術の奥義を極めた吾が……」
飛んだのは、童貫の棒である。
対するや、高俅の棒は、最初の構えの位置に戻り、次なる童貫の動きに備えている。
「……百八ある流派、ねえ」
高俅は、阿呆だなと呟く。
「内に回す、外に回す、突く。棒なんてそれだけだろうが。それを毎日やればいい」
おれはそう教わった……と高俅は天を仰いだ。
その先に、蘇軾の顔が見えた。
高俅には。
「あとはちゃんと食べることだな。毎日起きて、一杯の角煮。それと……」
「わ、吾も食うておる! 肉なら毎日……」
誇りに思っていた武を凌駕され、童貫は動揺の余り、それまでの巌のような態度をかなぐり捨て、高俅の発言に噛みつく。
高俅はというと、ぽかんとした顔で答えた。
「蔬菜は?」
「……え?」
「蔬菜の湯も一緒に食わなきゃ駄目だぜ。肉ばかりだと、体が重い」
それでこそ、東坡肉は「値千金の東坡肉」となるのだというのが蘇軾の考えであり、高俅はそれに従って、毎日東坡肉と蔬菜湯を共に食べて、これまで過ごして来た。
「……当たり前のことだと思っていたが、何と何と、武を極めんとする童太尉がそれをできていないとは……」
素直に驚きを表明する高俅を見て、童貫は破顔した。
「ふっふ……くっく……吾の負けだ、蔡太師。吾ら、どうやら驕っていたらしい」
「感心している場合か! 貴様はそれでいいだろう、童太尉。だが私は……」
「そこまでにせよ、蔡京」
「何だ、私を呼び捨てになど……あっ」
無礼な呼び捨てに、蔡京が振り向くと、その発言の主――皇帝・徽宗が帯をつかみながら立ち、こちらの騒動を見守っていた。
高俅と童貫は、急ぎ拝礼を施す。
「こたびのこと――そこな石碑を倒すこと、朕が命じたのじゃ」
慌てて拝礼をする蔡京に、徽宗は衝撃的な告白をする。
言葉を失う蔡京。
それを見て、徽宗は倒れた石碑に近寄り、そして蘇軾の名の部分を撫でる。
「蔡京、朕がそなたを太師に任じたわけを、覚えておるか」
「は……いえ……」
蔡京の怪訝な表情に、徽宗は失望する。
「そなたが能書家であるから、と言うたではないか」
「あ」
確かにそうだった。
蔡京はそんな思い出を思い出すと同時に、政治手腕を買われてのことではなかった、という事実を突きつけられ、呻いた。
だがそんな蔡京にかまわず、徽宗は話す。
「蘇軾もまた能書家。朕はその筆蹟を愛す。そして故人となった今、その遺族を苦しめるは、本意ではない」
徽宗は政治を不得手としている。だからこそ、蔡京のような人物に政治を任せ、そして牛耳られる羽目になっているが。
ただ、芸術はこよなく愛した。自らが能書家であった徽宗は、同じ能書家である蔡京や蘇軾を愛していた。
「政を良くせぬ朕が悪いのは承知……だが蔡京、今は朕に免じて、高俅を……否、石碑を倒すこと、許してくれぬか?」
高俅は改めて、恭しく拝礼する。
童貫もまた、高俅に負けた身としてか、それに倣う。
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