2 / 3
02 雲と
しおりを挟む平将門は坂東に帰った。
やがて将門は父の死により、跡を継ぎ、坂東の曠野の開発に励んでいるという。
平貞盛は定めていたとおり、官途に就き、左馬允となった。
そして仕事に励み、たまさかに京の諸賢を訪ねては学ぶ日々を過ごしていた。
そんなある日――。
「父が死んだ? 将門兄の手で?」
貞盛は故郷・坂東からの使いにより、父・平国香の死を知った。
それも、貞盛のおじ・源護と、平将門のいさかいに巻き込まれて。
貞盛は急ぎ、朝廷に帰郷の許可をもらい、坂東へと帰った。
帰った先で――。
「源護のおじ上の子らが、将門兄を待ち伏せ?」
正確には、源護の三人の息子たちが何らかの理由で平将門への害意を抱き、将門を討とうとして、待ち伏せした。
ところが将門は逆に三人の息子たちを返り討ちにした。その際、逃げる彼らを追って、源護の館や、平国香の館を焼き討ちにした。
そして――巻き込まれたかたちで、国香は焼け死んでしまったのである。
「――もとはと言えば、源護の息子たちの待ち伏せが原因。父・国香は待ち伏せに参加していないとはいえ、かつて、将門兄の父・良将どのが死んだ時に、その所領を奪いました。これでは、父の指図でやっているのではと思われて当然」
そして今なら、坂東平氏同士の内輪揉めということで収めることができる、将門とは融和の道を、と貞盛は言った。
だが、おじの良兼、良正らの意見はちがった。飽くまでも将門を討つべしと唱え、それに貞盛も加われと迫った。
「行くには行きますが」
貞盛としては、これ以上騒ぎを大きくして、朝廷が取り上げるようになったらことだと考えた。
それゆえ、良兼らについては行くが、それは彼らを止めるか、将門と話し合いたいという気持ちでの行動だった。
案の定、将門は反攻に出て、戦場においては無類の強さを誇る将門の前に、良兼らは追い詰められていく。
そんな中、貞盛が「話を」と言っても、将門は取り合わなかった。
むしろ、寂しそうな目をして、刀を振るった。
*
「あれは――いくさに魅入られている」
将門の勇将ぶりには、まさにいくさの申し子という言葉が似合う。ただ、それがために――いくさに天賦の才を誇るだけに――さらなるいくさをと求めるような雰囲気をまとっていた。
むろん、そうであらねば、誰もついてこず、ましてやけんかを収めることなど、できやしないと思いつめているようでもあった。
……かつては「法」を求めていたというのに。
「このままではいかん――やはり、朝廷に申し出よう」
貞盛は帝へ上奏することを決意し、密かに信濃を経由して、京への道をたどった。
だがそこで将門の兵に追いつかれてしまう。
「将門兄、やめてくれ。やめてくれるのなら、帝には言わない」
「……悪いが」
将門は矢をつがえた。
弓を引く、きりきりという音。
「……結局のところ、強くなくては誰も言うこと聞かなかった。けんかはやめない。なら――どこまでも強くなるまでさ。だが、そのためには、今少し時を要する。あと少し……朝廷には黙っていてもらおうか」
坂東一円を己がものにして、一大楽土を築くまであと少し。
下手の官軍に来られても困る。
邪魔だ。
そう言い切って、将門は矢を放った。
*
……平貞盛は生きていた。
生きて、京へと上って、平将門追討の官符を得た。
が、その時すでに坂東は平将門の勢力下に入っており、頼みの綱のおじの平良兼は病没していた。
そこから、貞盛の苦難が始まった。
「今や、坂東は将門兄のもの。生半可なやり方では、勝てぬ」
下野へ、常陸へ。
貞盛の逃避行、あるいは募兵の試みはつづく。
一度、五千の兵を率いる将門と遭遇したこともあった。
「貞盛、もはや風はわれらに!」
「されど、風は変わることも……」
乱戦のうちに、別れ別れとなり、それ以上は言えなかった。
あるいは、将門も、聞きたくなかったかもしれない。
いずれにせよ、何度も何度も追われた末――。
「もうよかろう」
将門は「新皇」と称し、これまで自分に付き従った将兵らを慰労し、帰郷を許した。
「――好機だ」
貞盛は、これを待っていた。
さしもの将門とて、いつまでも大軍を集めていられるわけがない。
休息を取らせ、一度は解散する時が来る。
「今こそ」
貞盛はおじの藤原秀郷と密かに連絡を取り合い、四千の兵を以て将門を攻めた。
この時、将門が召集できた兵は千。そして衆寡敵せず、退却を余儀なくされる。
そして――。
「将門兄が北山に陣している?」
「そうだ」
老練な藤原秀郷は、各所に間者を放って、今や遁走をつづける将門を追った。
すると、下総幸島の北山という地に陣して、味方の援軍を糾合せんとする将門の軍が発見された。
「攻めよう」
将門の味方が集まっては、もう将門には勝てない。
官軍の貞盛と秀郷も負けないにしても、その時、坂東は泥沼の戦乱争乱の地と化す。
「そうなる前に」
それこそ――坂東が一大楽土となる芽をつぶさないうちに。
決戦を、と言おうとした貞盛は、風を感じた。
「雲が……」
雲が流れていた。
北から南へと。
今は。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる