笹竜胆(ささりんどう)咲く ~源頼朝、挙兵~

四谷軒

文字の大きさ
4 / 52
プロローグ 流人頼朝

04 伊豆山権現

しおりを挟む
 頼朝が伊豆山権現の参道を登っていくと、見知った女人にょにんが立っていた。

「遅い」

 政子である。

「……特に約束してないが」

「約束すると、足がつくといったのは、頼朝どのではないか」

「……そうだな」

 宗時に「蛭ヶ小島に行ってはならぬ」と言われたその翌日に、政子は伊豆山権現に参詣に来た。
 そこで、やはり参詣に来ていた頼朝に出会った。
 何で、ということは言わずに、二人は自然に、境内にある適当な石に腰かけた。

「もう、会えないかと思っていた」

「嘘」

 政子は鋭い。
 頼朝は政子が泳ぐへきがあることを知っている。
 その泳ぐ場所が、伊豆山権現のあたりだということも。

「会いたいということで言った」

「そう」

 二人で座って、何となく過ごした。
 その日はそれだけだった。
 明くる日、同じような時間に政子は現れ、頼朝は石に座っていた。

「流人だから、時間だけはある」

 だから、待っていたという。
 一方の政子は、宗時に「暑い暑い」と言って、泳ぎに行くふりをした。
 義時には、ひとにらみしただけだ。

「それは面白い」

 頼朝も、兄の義平ににらまれると、肩をすくめたという。
 人形のような顔をしているくせに、こういう時だけは笑い、おどける。
 政子はそれを見て面白いと思い、もっと見てみたいとも思った。

「また、会おう」

 いつしか、それが別れの挨拶となった。



 大掾だいじょう兼隆かねたかが伊豆に流されてきて、山木郷というところに在所をかまえた。
 以来、彼を──

「山木兼隆」

と称する。
 政子にとっては、あまり関心もなく、「ふうん」と言って、特に近づこうとしなかった。
 そもそも伊豆という国は、摂津源氏・源頼政が知行国主を務める。
 従来からの豪族である北条家ならともかく、京で罪を得て流されてきた平家の傍流が、どうこうできる状況ではなかった。
 ただ、兼隆当人にとってはそうではないらしく、

「おれは、いずれ返り咲く」

 そう言っては誰彼ともなく声をかけ、金銭をせびり、米をねだり、酷い時は女を求めたりした。

「まったく、酷い男です」

 政子の妹は兼隆に声をかけられたらしく、不機嫌であった。
 こういう愚痴を言うときは、決まって政子のところに来る妹で、彼女は政子の歯に衣着せぬ物言いが好きだった。

「……頼朝どのが、六郎どのを通じて、京の三善康信みよしやすのぶどのに聞いたらしいけど」

 どうやら、京でもそういう振る舞いだったらしく、それで父から判官ほうがん検非違使少尉けびいしのじょう)を辞めさせられ、伊豆に流されたらしい。
 頼朝としては、京からの人間は警戒対象なので、それで家人けにん(と政子は思っている)六郎を動かし、情報を集めたのだ。

「……でもそれなら、ねえさまが京の父上に聞いた方が早いでしょうに」

「父上は、そういう話をわたしにはしないでしょう」

 情報を集めることに怠りはないが、そうやって調べていることを人に知られたくない性質たちの父だ。
 兄の宗時には伝えているだろうが、宗時はそれを政子に話したりはすまい。

「あえて言うとしたら、近づくなぐらいでしょうね、兄上は」

「そうそう」

 そう言って妹は政子に目配せした。
 行け、ということらしい。

「でもそのお腹、だいぶ目立ってきましたよ、ねえさま。お気をつけて」

「わかってる。恩に着る」

 そうしてしばらくしてから、宗時が政子の部屋の前やって来たが、妹が「着替えてる。来ないで」と言うと、引き下がった。
 ……妹たちには、甘い兄だった。



 頼朝と政子は、子をしていた。
 いつの間にかできていた、というのが二人の感想だが、とがめるべき父・時政がいないうちに、という心理が働いたことは事実だ。
 そういうわけで、目下の二人の課題は、時政をどう説得するかである。

「頼朝どの、いざとなれば、二人で逃げましょう。いや、そういうことをするぞ、とは言ってもいいと思う」

「逃げるとして、どこへ」

「どこでも。頼朝どのは、どこかは」

「……流人にそんなことを求めるな」

 政子の伝手は、時政の伝手であるため、使えない。
 であれば頼朝だが、それも流人であるため、逃げ込まれたら即、京への──清盛への謀叛である、
 誰が受け入れようか。

「……なら、山木は?」

「冗談言うな」

 それこそ頼朝と政子の弱みを握ったと有頂天になるだろう。
 そして、京へ注進して、復権へのとっかかりとするか、あるいは北条を膝下にするか、そんなところだろう。
 頼朝はそう語り、「やはり素直に御父上に話そう」と言った。

「言うの?」

「ああ、一緒に言おう。政子、以前にそなたは子を殺されるぐらいなら、御父上を殺すと言うたが……それぐらいの覚悟をもって臨もう。逃げるのは、そのあとでいい」

 頼朝は政子の手をぐっと握った。

「伊東祐親の時は、他ならぬ祐親の娘である、八重が言えば折れるだろうと思っていた。甘えていた。だが今度はちがう。ちゃんと、自分で言う。自分で御父上の反応を見る。その上で、どう行動するか考えて、決める」

「……わかりました」

 政子のはらは決まった。
 それにしても、この男頼朝は何でそうまで熱心になるのだろう。
 何か、どこか、もしかしたら、それは政子への気持ちというよりも、おのれ自身の……。

「行こう」

 実はもうすぐ、北条時政は帰って来る。
 時政は怒るだろうし、宗時の兄上も怒るだろう。
 義時は黙って首を振るだけだし、妹はきゃっきゃと喜ぶだろう。
 それでも、話をしよう。
 この人頼朝と共に。

 ……時に、治承元年。
 北条政子は源頼朝に嫁ぐ。
 その選択は、時政や宗時の反対を受けながらも、政子自身の強固な意志と、頼朝の譲らない姿勢により、通った。
 生まれてくる命の存在も大きかったろう。

「……これであとは、京の清盛入道が、頼朝どのを復権させてくれれば良いのだが」

「そううまくはいくまい。現状のまま、でも上々といえよう」

 頼朝はどこまでも冷静だった。
 そして、言わなかったが、清盛が死んだあたりで、その後継ぎが坂東の政情を安定させるために、頼朝をするのではとにらんでいた。

 ところが、事態は急転直下する。

以仁王もちひとおうの、令旨りょうじである」

 後白河法皇の第三皇子。
 その以仁王が平家追討の令旨を、全国の源氏に下したのだ。
 ……当然、頼朝にも。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【完結】『江戸めぐり ご馳走道中 ~お香と文吉の東海道味巡り~』

月影 朔
歴史・時代
読めばお腹が減る!食と人情の東海道味巡り、開幕! 自由を求め家を飛び出した、食い道楽で腕っぷし自慢の元武家娘・お香。 料理の知識は確かだが、とある事件で自信を失った気弱な元料理人・文吉。 正反対の二人が偶然出会い、共に旅を始めたのは、天下の街道・東海道! 行く先々の宿場町で二人が出会うのは、その土地ならではの絶品ご当地料理や豊かな食材、そして様々な悩みを抱えた人々。 料理を巡る親子喧嘩、失われた秘伝の味、食材に隠された秘密、旅人たちの些細な揉め事まで―― お香の持ち前の豪快な行動力と、文吉の豊富な食の知識、そして二人の「料理」の力が、人々の閉ざされた心を開き、事件を解決へと導いていきます。時にはお香の隠された剣の腕が炸裂することも…!? 読めば目の前に湯気立つ料理が見えるよう! 香りまで伝わるような鮮やかな料理描写、笑いと涙あふれる人情ドラマ、そして個性豊かなお香と文吉のやり取りに、ページをめくる手が止まらない! 旅の目的は美味しいものを食べること? それとも過去を乗り越えること? 二人の絆はどのように深まっていくのか。そして、それぞれが抱える過去の謎も、旅と共に少しずつ明らかになっていきます。 笑って泣けて、お腹が空く――新たな食時代劇ロードムービー、ここに開幕! さあ、お香と文吉と一緒に、舌と腹で東海道五十三次を旅しましょう!

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

 神典日月神示 真実の物語

蔵屋
歴史・時代
 私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。 この方たちのお名前は 大本開祖•出口なお(でぐちなお)、 神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。  この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。  昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。 その神示を纏めた書類です。  私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。  日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。 殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。 本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。 日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。 そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。 なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。 縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。 日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。 この小説は真実の物語です。 「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」 どうぞ、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 願うのみ 神のつたへし 愛善の道』  歌人 蔵屋日唱

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...