笹竜胆(ささりんどう)咲く ~源頼朝、挙兵~

四谷軒

文字の大きさ
5 / 52
第一部 以仁王の挙兵

05 治承三年の政変

しおりを挟む
 ……ことの起こりは「治承三年の政変」にあるとされる。
 治承三年(一一七九年)六月、平清盛の娘、盛子が死んだ。
 これだけなら単なる悲劇であったが、問題は盛子の死別した夫が近衛基実このえもとざねといい、藤原北家の出身であり、五摂家──近衛家の祖だったということである。
 そして基実の死後、盛子は彼の遺した藤原摂関家の広大な領土を相続していた。ところがその盛子が死んだあとに、後白河法皇が、

「その遺領は本来は藤原のもの。異姓の者(平家の盛子のこと)が押領するは、よろしくない」

と言い出し、その領地を全て没収してしまった。
 これに清盛が憤って抗議しようとしたのもつかの間、翌七月、今度は清盛が期待をかけた嫡子・重盛が没してしまう。
 歎き悲しむ清盛をよそに、また後白河法皇が除目じもく人事に意を用いて、重盛の知行国・越前を没収してしまう。

「おのれ、院(後白河法皇のこと)め、われら平家を追うか」

 そうはさせじと清盛は、十一月、福原から数千騎の軍勢を繰り出し、京に入った。
 清盛はこれまでの人事を覆して、平家の知行国を十七ヶ国から三十二ヶ国とした。
 これにより、「平家物語」において、「日本秋津島は僅かに六十六ヶ国、平家知行の国三十余ヶ国、既に半国に及べり」と語られるようになった政変である。

「院よ、ご自重ありたし」

 清盛は後白河法皇を鳥羽殿に幽閉し、その領地を没収した。院の近臣や皇子たちも例外ではなく、その領地を召し上げられ、こうして後白河法皇の院政は終わった。
 いっときは。




 この「治承三年の政変」により、平家は軍事、警察における独占のみならず、政治・行政の権力を手にしたため、この国初の武家政権の誕生と見る向きもある。
 いずれにせよ、今まさに「平家にあらずんば人にあらず」という、平氏政権が現出し、この国はまさに、平家──清盛の意のままになるかと思われた。
 が、何事にも反動はつきもので、たとえば国司が交代した(させられた)相模さがみ上総かずさは、現地の豪族である三浦義明みうらよしあき上総広常かずさひろつねが、新たな目代もくだい(国司の現地代理人)との衝突を余儀なくされ、憤懣を抱いた。
 それでも豪族らはまだ、生活を保たなければならないため、直接的な行動には出ずにいた。
 問題は皇族である。
 領地を召し上げられた上に、平家が高倉天皇からその子の安徳天皇に皇位を譲らせた結果、皇位を継げなくなった皇族がいた。
 その名を、以仁王もちひとおうといった。



 以仁王は、後白河法皇の第三皇子であったが、皇位は弟である高倉天皇の手に渡った。これは高倉天皇の母が平滋子たいらのしげこという女性だったことによる。
 滋子は堂上平家(公家の方の平家)の出で、清盛の妻・徳子の姉であった。
 それでもまだ、高倉天皇の譲位の相手としての期待を持っていたが、それも治承三年の政変により、高倉天皇から、まだ数え年三歳(一歳二ヶ月)の幼子おさなご、安徳天皇へと皇位が受け継がれたため、打ち砕かれてしまう。

は、何としたことじゃ」

 以仁王は平家を恨んだ。
 恨んで、恨んで、恨み抜いた。
 その結果。

「そうじゃ、平家など、倒してしまえばよいではないか」

 という結論に至った。
 そして以仁王は英邁であり、古今東西の書を読み、学問をくした。
 その以仁王が、いかに平家を倒すかを考えた。
 考えた結果が、源氏を味方にする、ということである。

「平治の乱にて、平家の膝下しっかとされた源氏。これは、使える」

 以仁王は平家を倒すには、「治承三年の政変」と同じく、軍事クーデターを起こすほかないという結論を得ていた。
 であれば、軍事力――兵力を糾合する必要がある。
 それも、平家ではない。
 そこで目をつけたのが源氏であった。

「摂津源氏の源頼政は、平家に従っているが、不満はあるはず。まずこれを、味方につける」

 京に近い摂津を根拠とする摂津源氏・源頼政は、洛中を制圧するのに、大いに期待が持てる。
 何より、以仁王には、清盛が頼政をやがて切り捨てるであろう証拠が、見えていた。
 正確には、切り捨てると判じてもおかしくないだけの傍証があった。
 だから頼政の説得はできる。
 問題はそれからだ。

「一方で、河内源氏の源頼朝は流人の身。これを説得するには……まず、使いがいるな」

 何しろ、遠隔地にいる相手だ。
 書で伝えるにしても、持っていく者が要る。
 できうれば、書を渡すその場で、会話で説得する人物であってほしい。

「さて、どうするか……」

 思い悩む以仁王。
 その耳に、何者かの侵入する、かそけき気配を感ずる。

「……何者だ」

「これはご無礼を」

 侵入者は、熊野から来たと言った。

「熊野?」

「へい、十郎といいまさぁ、みやさま」



 十郎は源氏の人間で、先の平治の乱において敗者となった。そこで、姉を頼って、熊野の新宮(熊野速玉大社くまのはやたまたいしゃ)に身を寄せた。十郎の姉は、新宮の僧侶や神官の長を務める者に嫁いでいた。
 たつたはらの女房。そう呼ばれた姉は、夫を支え、その夫はやがて、熊野の別当(熊野三山を統べる役目)を務めることになった。
 だが夫はその一年後に死に、姉は落飾して鳥居禅尼と名乗った。

「……このまま熊野にいてもいいが、平治の乱の敗者のおれは、いつまで経っても世に出れない」

 十郎には憤懣があった。
 このまま姉の――鳥居禅尼の庇護の下にいるのはいい。
 だがそれだけだ。
 そうではなくて、自らの手で世に出たい。
 河内源氏の係累はほとんどが殺されたか、流されたかしている。
 今、まともに動けるのは自分だけではないか。
 平清盛は高齢だ。もうすぐ死ぬ。
 であれば、そのに自分が動けば。

「河内源氏の一番になれるのでは」

 十郎は熊野の情報網を使って、おのれの血族である源氏の人々が今、どうなっているか探った。やがて来るであろう、平清盛の死にあたり、その揺り返しに「使える」一族がいないか、調べるために。
 こうして十郎は調べた。伊豆の頼朝、木曽の義仲、奥州の義経らのことを。

「そうやって調べるうちに、宮さま……あなたがおれたち源氏に秋波しゅうはを送っているって(色目を使うの意)、気づきましてね」

 そう言って十郎――新宮十郎こと、源行家みなもとのゆきいえは上目遣いで以仁王を見た。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【完結】『江戸めぐり ご馳走道中 ~お香と文吉の東海道味巡り~』

月影 朔
歴史・時代
読めばお腹が減る!食と人情の東海道味巡り、開幕! 自由を求め家を飛び出した、食い道楽で腕っぷし自慢の元武家娘・お香。 料理の知識は確かだが、とある事件で自信を失った気弱な元料理人・文吉。 正反対の二人が偶然出会い、共に旅を始めたのは、天下の街道・東海道! 行く先々の宿場町で二人が出会うのは、その土地ならではの絶品ご当地料理や豊かな食材、そして様々な悩みを抱えた人々。 料理を巡る親子喧嘩、失われた秘伝の味、食材に隠された秘密、旅人たちの些細な揉め事まで―― お香の持ち前の豪快な行動力と、文吉の豊富な食の知識、そして二人の「料理」の力が、人々の閉ざされた心を開き、事件を解決へと導いていきます。時にはお香の隠された剣の腕が炸裂することも…!? 読めば目の前に湯気立つ料理が見えるよう! 香りまで伝わるような鮮やかな料理描写、笑いと涙あふれる人情ドラマ、そして個性豊かなお香と文吉のやり取りに、ページをめくる手が止まらない! 旅の目的は美味しいものを食べること? それとも過去を乗り越えること? 二人の絆はどのように深まっていくのか。そして、それぞれが抱える過去の謎も、旅と共に少しずつ明らかになっていきます。 笑って泣けて、お腹が空く――新たな食時代劇ロードムービー、ここに開幕! さあ、お香と文吉と一緒に、舌と腹で東海道五十三次を旅しましょう!

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

 神典日月神示 真実の物語

蔵屋
歴史・時代
 私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。 この方たちのお名前は 大本開祖•出口なお(でぐちなお)、 神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。  この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。  昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。 その神示を纏めた書類です。  私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。  日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。 殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。 本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。 日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。 そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。 なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。 縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。 日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。 この小説は真実の物語です。 「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」 どうぞ、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 願うのみ 神のつたへし 愛善の道』  歌人 蔵屋日唱

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...