笹竜胆(ささりんどう)咲く ~源頼朝、挙兵~

四谷軒

文字の大きさ
17 / 52
第二部 頼朝、挙兵

17 賽(さい)の目

しおりを挟む
「そうでないと……時政どのをとして、甲斐の武田が駿河を攻める機が作れない」

「人質?」

「そう。人質」

 北条館。
 ねやで、政子は頼朝の顔を見た。
 澄ました白皙のその顔は、少し汗ばんでいるが、表情は無い。
 政子はそれが妙に悔しいのだが、今は知りたいことがある。

「わが父、時政を人質に、とは」

「言葉どおりの意味だ」

 今、頼朝の一番の係累といえば、政子だろう。
 だから山木兼隆は政子を押さえに来たのだが、それはおいといて、二番の係累というのなら、やはり政子の父・時政である。

「だからその二番を差し出す。さすれば甲斐源氏・武田信義も、この頼朝がへりくだったと思うて、しかもおのれにとって利のある駿河を攻めるだろう」

「いえ、ちょっと待って下さい」

 あの父が、いくら何でも「人質として行け」と言われていくだろうか。
 たしかに、伊豆の豪族は近国である甲斐とのつながりが多いし、実際、婚姻関係を結んでいる者もいる。
 その伝手を頼って、援軍を乞うまではいいが、人質になれとは、武士の沽券こけんにかかわるだろう。

「だから、援軍を乞えと言う」

 この男は、何て男だろう。
 おそらく、頼朝の代理となれる格を持つのは、義父上ちちうえだけだとか何とか言って、甘言を弄して、時政を甲斐に行かせるつもりだ。
 そうして、別の手段で武田と連絡を取り、「時政を人質として差し出す」と伝えるのだ。
 しかも。

「このわたしに、父に甲斐に行けと説得せよと?」

「そうだ」

 頼朝としては、時政は目の上のだった。
 愛娘を嫁がせ、山木攻めにも兵を出し、頭が上がらない相手である。
 そういう存在がいては、これからのいくさ、邪魔になる。

「父がいると、頼朝どのとふたり、がふたつあることになる。いくさにはふたつ要らない。混乱のもと。それに、これからのいくさは……」

「そう、勝てない」

 負けるだろう。
 そういう戦いをする。
 そういう戦いをするのは、、今はく。
 そこへ時政がああだこうだ言い出したら、目も当てられない。
 それが政子にはわかる。
 わかるからこそ、頼朝の言うことに理があると思えるからこそ、余計に腹立つのだ。

「……父は説得します。というか、そう仕向けます。でも、宗時の兄と義時は伊豆こちらに残しますよ」

「それでいい」

 譲歩したのだろうか、それとも、宗時と義時なら、口出しさせない自信があるということか。

政子お前がいるではないか」

 政子はびっくりしたような顔をした。
 そういう男だった。
 こういう時は、嘘は言わない。
 少なくとも、そう思わせる努力はしている男だった。

「……わかりました」

 政子にも、頼朝の描く、これからの、否、今もしている清盛との戦いの絵図面が見えてきた。
 そのためにも、時政に甲斐に行ってもらって、甲斐源氏に動いてもらうのは必須。
 ……清盛に勝つために。

 そう――頼朝はこの伊豆にいて、福原にいる清盛と、戦っているのだ。



 福原。
 平清盛はひとりで盤双六ばんすごろくの盤に向かい合っていた。
 通常、盤双六はふたりでさい(サイコロのこと)を振って互いの石を進め合って競う遊戯ゲームだが、今、清盛はひとりだ。
 ひとりで向かい合っていた。

「……これがわしの手番よ、頼朝」

 盤の向こう側に、頼朝の姿がぼうっと浮かび上がる。
 むろん、清盛の空想である。
 福原と伊豆、場所こそ離れているが、清盛は今、頼朝と戦っている気分だった。
 それを味わうため、あるいは忘れぬために、こうして盤双六の盤と賽を持ち出して、いかにもひとりで勝ち方の模索に興じているていを取っている。

「かつて、天下三不如意てんかさんふにょいと言うて……白河院が『賀茂河かもがわの水、双六の賽、山法師、これぞわが心にかなわぬもの』とのたまったというが……」

 白河院、あるいは白河法皇。
 いわゆる院政を開始した法皇として知られる(開始した時は上皇だった)。
 藤原摂関家とのつながりが薄く、また当時その摂関家が力を失っていく時期だったため、実権を掌握した白河院は、前述の天下三不如意を口にしたという。
 ままならないものがある、という歎きに聞こえるが、逆にそれら以外は意のままになる、という自信のあらわれ、ともいわれる。

「さてこの清盛にとってはどうかな。賀茂河の水は……今年は雨が少ないため、川が暴れることはないだろう。山法師は……叡山やら南都やらから、この福原は遠い。物申すのもひと苦労よ。となると……」

 あらためて、清盛は盤双六の盤を見る。
 賭け事は好きだ。
 若い頃、無頼で鳴らした清盛である。
 盤双六もお手のもの。
 かなわぬものの、わけがない。
 だがそれよりも、もっとたのしいものは。

「こうして……この場に居ぬ者を相手にする双六よ。保元ほげんの乱の悪左府あくさふ藤原頼長ふじわらのよりなが)、平治の乱の悪右衛門督あくうえもんのかみ藤原信頼ふじわらののぶより)、以仁王もちひとおう……どれも打ち破って来た。さて頼朝、おぬしはどうかな。たっぷりとかわいがってやったこのわしじゃ、おぬしにわしが、打ち破れるかのう?」

 くっくっと、くぐもった笑いを洩らす清盛。
 かれは、この場に居ない頼朝が振る賽を、心待ちにしていた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【完結】『江戸めぐり ご馳走道中 ~お香と文吉の東海道味巡り~』

月影 朔
歴史・時代
読めばお腹が減る!食と人情の東海道味巡り、開幕! 自由を求め家を飛び出した、食い道楽で腕っぷし自慢の元武家娘・お香。 料理の知識は確かだが、とある事件で自信を失った気弱な元料理人・文吉。 正反対の二人が偶然出会い、共に旅を始めたのは、天下の街道・東海道! 行く先々の宿場町で二人が出会うのは、その土地ならではの絶品ご当地料理や豊かな食材、そして様々な悩みを抱えた人々。 料理を巡る親子喧嘩、失われた秘伝の味、食材に隠された秘密、旅人たちの些細な揉め事まで―― お香の持ち前の豪快な行動力と、文吉の豊富な食の知識、そして二人の「料理」の力が、人々の閉ざされた心を開き、事件を解決へと導いていきます。時にはお香の隠された剣の腕が炸裂することも…!? 読めば目の前に湯気立つ料理が見えるよう! 香りまで伝わるような鮮やかな料理描写、笑いと涙あふれる人情ドラマ、そして個性豊かなお香と文吉のやり取りに、ページをめくる手が止まらない! 旅の目的は美味しいものを食べること? それとも過去を乗り越えること? 二人の絆はどのように深まっていくのか。そして、それぞれが抱える過去の謎も、旅と共に少しずつ明らかになっていきます。 笑って泣けて、お腹が空く――新たな食時代劇ロードムービー、ここに開幕! さあ、お香と文吉と一緒に、舌と腹で東海道五十三次を旅しましょう!

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

 神典日月神示 真実の物語

蔵屋
歴史・時代
 私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。 この方たちのお名前は 大本開祖•出口なお(でぐちなお)、 神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。  この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。  昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。 その神示を纏めた書類です。  私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。  日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。 殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。 本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。 日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。 そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。 なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。 縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。 日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。 この小説は真実の物語です。 「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」 どうぞ、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 願うのみ 神のつたへし 愛善の道』  歌人 蔵屋日唱

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...