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第二部 頼朝、挙兵
21 平三(へいざ)
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源頼朝は山木兼隆を襲撃し、中原知親を抑えた。
しかし率いる兵は三百程度で、伊豆一国を制することもままならない。
一方で平清盛は、以仁王の令旨の行方から、頼朝の挙兵の可能性を鑑み、相模の豪族・大庭景親を急ぎ帰国させ、それにそなえていた。
結果として伊豆目代・山木兼隆の勇み足によって頼朝は挙兵してしまうのだが、それでも大庭景親は、事前に清盛の許しを得ていたため、即座に三千の兵を集めることができた。
*
相模某所。
大庭景親の本陣。
「それも、清盛さまがこの景親を見込んでくれたからこそ、そういう許しを与えてくれたのだ。この恩、報いねば報いねば」
元々、頼朝の父・義朝に、自領とも言える大庭御厨を侵されたことがある。
そういう意味でも、平治の乱において義朝を討ち、大庭をすくい上げてくれた清盛には、恩がある。
「征くぞ、者ども。大庭御厨の時の意趣返しじゃ。今度はこちらから蛭ヶ小島に攻め入ってくれようぞ」
意気上がる景親。
ところがその景親の耳に、頼朝が蛭ヶ小島を――伊豆を出たとの報が入った。
「ふん、逆にあちらから攻めて来るか。こざかしい」
聞くと、何でも三浦との合流を狙っているらしい。
「三浦だと……!」
かつては源義朝麾下の、僚将だった三浦──三浦義澄。
危なげないいくさをする男だと思っていたが、ここに来て頼朝に味方するとは。
「ばかめ」
景親は義澄を惜しんだ。
この期に及んで、頼朝について何とする。
先代・義朝以来の縁か。
あるいは、何か──乾坤一擲の何かを狙っているのか。
「待て」
そこで景親はふと気づいた。
この時機に三浦が参戦するとしたら、まず何を狙うか。
景親は、三浦のことを報告した平三という武者に、地図を持って来させた。
「ふむ」
頼朝は蛭ヶ小島──伊豆を出て、相模へ。
相模へ出るとすると、付き従っているという、土肥実平の土肥(現在の湯河原町)に出るだろう。
「一方で三浦は、当然三浦半島から出るか。すると」
「はさみうち──でしょうな」
平三は、地図上の土肥と三浦にそれぞれ指を置き、そのまま指を動かして、指同士をくっつけた。
見どころのある奴だな、と景親は感心したように平三を見た。
そういえば、この壮年の武者は、八幡太郎義家麾下の勇将、鎌倉権五郎景正の子孫で、大庭と同族であった。
「そのとおりだ」
平三は地図上のある一点を見ている。
正確にいうと、ある線を見ている。
小憎らしい奴、だがこういう輩は嫌いではないと思った。
京には、こういう感じの奴がたまにいた。
そいつらは聡く、常に何かを考えているように見受ける。
だが今は、目の前の頼朝と、三浦だ。
「そなたの見ている線──酒匂川か」
「然り」
平三はうなずく。
三浦が頼朝の下に駆けつけるには、越えなければならない川である。
この川は暴れ川として知られ、のちにこの川の流域に生まれた二宮尊徳も洪水に苦労させられている。
時は夏。
雨が降れば、川はすぐに暴れるであろう。
「しかも相模はわれらの生まれ育った地。いつ雨が来るか知るのは──造作もなきこと」
景親の見るところ、もうすぐ雨が来る。
それは雲が走る様子から、よくわかる。
「あの風は、大雨を運んでくる」
「それでは、もう出でますか」
「応。雨が酒匂川を暴れさせる。三浦は立ち往生するだろう。その機に、頼朝を討つ」
いつの間にやら、平三が軍師のような立ち位置にいた。
生意気な奴だが、この平三が、景親の思考を助けたことは事実。
そう思っていると、平三がさらに、とんでもないことを提案してきた。
「景親どの」
「何だ」
「聞くところによると──貴殿は清盛公より、頼朝討伐の許しを得ている、と」
「そうだ」
「そのために、近隣の豪族や武士たちを召集することも許されている、と」
「……何が言いたい?」
そこで平三は少し考え込む様子を見せた。
それが景親には、もったいをつけているように見えた。
「何だ、何が言いたい? もう出陣するぞ、早うせい」
「いえ。どうせなら、伊豆の頼朝、否、北条に反目する輩に、兵を出させないか、と。頼朝の背後から」
「む」
こいつは、なんということを思いつく奴だ。
景親は舌を巻いた。
はさみうちを狙う頼朝に、さらにはさみうちをしてやるというのか。
あまりの痛快さに、景親は笑った。
哄笑した。
「面白いではないか」
「恐れ入ります」
「ならお前に使者を命ずる。この大庭景親の名代として、伊豆の豪族に声をかけて来い」
平三は天を仰いだ。
彼もまた、相模の生まれ。
雨が近いことが、わかった。
「あまり時はありませんが」
「だからこそ、よ」
景親は、聡い平三なら、「これは」という豪族に目をつけ声をかけ、決戦の地へと向かわせることができると語った。
「そこまでおっしゃるなら」
「頼むぞ。大庭と同族のお前なら、使者として遜色ない。すぐに発ってくれないか……平三、ではない、梶原平三景時」
「はっ」
平三こと梶原景時は一礼して、大庭の本陣を去って行った。
梶原景時。
のちに鎌倉幕府の能吏となる男だが、この時はまだ、平家の中の一部将に過ぎない。
このあとの石橋山の戦いを経て出会う、源頼朝という存在が――彼の人生を大きく動かすのだが、それをまだ知る由もない……。
しかし率いる兵は三百程度で、伊豆一国を制することもままならない。
一方で平清盛は、以仁王の令旨の行方から、頼朝の挙兵の可能性を鑑み、相模の豪族・大庭景親を急ぎ帰国させ、それにそなえていた。
結果として伊豆目代・山木兼隆の勇み足によって頼朝は挙兵してしまうのだが、それでも大庭景親は、事前に清盛の許しを得ていたため、即座に三千の兵を集めることができた。
*
相模某所。
大庭景親の本陣。
「それも、清盛さまがこの景親を見込んでくれたからこそ、そういう許しを与えてくれたのだ。この恩、報いねば報いねば」
元々、頼朝の父・義朝に、自領とも言える大庭御厨を侵されたことがある。
そういう意味でも、平治の乱において義朝を討ち、大庭をすくい上げてくれた清盛には、恩がある。
「征くぞ、者ども。大庭御厨の時の意趣返しじゃ。今度はこちらから蛭ヶ小島に攻め入ってくれようぞ」
意気上がる景親。
ところがその景親の耳に、頼朝が蛭ヶ小島を――伊豆を出たとの報が入った。
「ふん、逆にあちらから攻めて来るか。こざかしい」
聞くと、何でも三浦との合流を狙っているらしい。
「三浦だと……!」
かつては源義朝麾下の、僚将だった三浦──三浦義澄。
危なげないいくさをする男だと思っていたが、ここに来て頼朝に味方するとは。
「ばかめ」
景親は義澄を惜しんだ。
この期に及んで、頼朝について何とする。
先代・義朝以来の縁か。
あるいは、何か──乾坤一擲の何かを狙っているのか。
「待て」
そこで景親はふと気づいた。
この時機に三浦が参戦するとしたら、まず何を狙うか。
景親は、三浦のことを報告した平三という武者に、地図を持って来させた。
「ふむ」
頼朝は蛭ヶ小島──伊豆を出て、相模へ。
相模へ出るとすると、付き従っているという、土肥実平の土肥(現在の湯河原町)に出るだろう。
「一方で三浦は、当然三浦半島から出るか。すると」
「はさみうち──でしょうな」
平三は、地図上の土肥と三浦にそれぞれ指を置き、そのまま指を動かして、指同士をくっつけた。
見どころのある奴だな、と景親は感心したように平三を見た。
そういえば、この壮年の武者は、八幡太郎義家麾下の勇将、鎌倉権五郎景正の子孫で、大庭と同族であった。
「そのとおりだ」
平三は地図上のある一点を見ている。
正確にいうと、ある線を見ている。
小憎らしい奴、だがこういう輩は嫌いではないと思った。
京には、こういう感じの奴がたまにいた。
そいつらは聡く、常に何かを考えているように見受ける。
だが今は、目の前の頼朝と、三浦だ。
「そなたの見ている線──酒匂川か」
「然り」
平三はうなずく。
三浦が頼朝の下に駆けつけるには、越えなければならない川である。
この川は暴れ川として知られ、のちにこの川の流域に生まれた二宮尊徳も洪水に苦労させられている。
時は夏。
雨が降れば、川はすぐに暴れるであろう。
「しかも相模はわれらの生まれ育った地。いつ雨が来るか知るのは──造作もなきこと」
景親の見るところ、もうすぐ雨が来る。
それは雲が走る様子から、よくわかる。
「あの風は、大雨を運んでくる」
「それでは、もう出でますか」
「応。雨が酒匂川を暴れさせる。三浦は立ち往生するだろう。その機に、頼朝を討つ」
いつの間にやら、平三が軍師のような立ち位置にいた。
生意気な奴だが、この平三が、景親の思考を助けたことは事実。
そう思っていると、平三がさらに、とんでもないことを提案してきた。
「景親どの」
「何だ」
「聞くところによると──貴殿は清盛公より、頼朝討伐の許しを得ている、と」
「そうだ」
「そのために、近隣の豪族や武士たちを召集することも許されている、と」
「……何が言いたい?」
そこで平三は少し考え込む様子を見せた。
それが景親には、もったいをつけているように見えた。
「何だ、何が言いたい? もう出陣するぞ、早うせい」
「いえ。どうせなら、伊豆の頼朝、否、北条に反目する輩に、兵を出させないか、と。頼朝の背後から」
「む」
こいつは、なんということを思いつく奴だ。
景親は舌を巻いた。
はさみうちを狙う頼朝に、さらにはさみうちをしてやるというのか。
あまりの痛快さに、景親は笑った。
哄笑した。
「面白いではないか」
「恐れ入ります」
「ならお前に使者を命ずる。この大庭景親の名代として、伊豆の豪族に声をかけて来い」
平三は天を仰いだ。
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「だからこそ、よ」
景親は、聡い平三なら、「これは」という豪族に目をつけ声をかけ、決戦の地へと向かわせることができると語った。
「そこまでおっしゃるなら」
「頼むぞ。大庭と同族のお前なら、使者として遜色ない。すぐに発ってくれないか……平三、ではない、梶原平三景時」
「はっ」
平三こと梶原景時は一礼して、大庭の本陣を去って行った。
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