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第三部 石橋山の戦い
34 由比ヶ浜の戦い、そして
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三浦義澄は慎重だった。賢明だった。
だが、三浦の誰もがそうとは限らなかった。
さきほどの佐原義連もそうだったが、いくさに逸る者が多い三浦である。
「うぬ、畠山、何するものぞ」
そう叫んだ若者の名を、和田義盛という。
義盛は名乗りを上げて、畠山の陣に突っ込んでいったという。
突如のことで、やり過ごすつもりだった重忠も呆気にとられ、義盛の突入、そして突破を見のがしてしまう。
興奮した義盛は、そのまま小坪という地まで進み、そこで重忠も追いつき、稲瀬川に陣をかまえた。
義澄は歯噛みしたが、義盛の父のことを考えると、あまり責めることはできない。
「待て待て。お互い、縁ある身。今は待て、今は待て」
これには三浦義澄がみずから全軍を制止し、かつ、重忠に向かっても、今は止めてくれと訴えたため、両軍とも動きを止めた。
そこで重忠は、大庭景親から三浦を説諭するよう求められているので、まずは和睦をと話を持って来た。
「石橋山にて戦っておらず、今もまだ、一騎のみのこと。ここはひとつ、和そうではないか」
若く──当主である父の「代わり」であるとわきまえている重忠は、慎重であることを選んだ。
加えて、のちに鵯越の逆落としで、愛馬を気づかって、その愛馬を背負って崖を降りる男である。
みずからのうかつで、畠山の将兵を戦わせて傷つけたくない、という気持ちもあった。
「三浦どののおっしゃりよう、もっとも。では、この場は……」
お互いに譲ろう、三浦は帰り、畠山は静観する。
そう言うつもりだった。
義澄をそれを予期して、全軍に騒ぐなと目で命じた。特に、和田義盛には。
そうまでされてはと義盛は黙り込んだが、その義盛を大声で呼ぶ者がいた。
その者は、三浦勢の中ではなく、当然、畠山の軍の中でもない。
──外から聞こえた。
「義盛ッ! 義盛の兄者はいるか! われこそは和田義茂! 兄者ッ! 衣笠で留守居していたら、兄者がいくさしていると聞いた! この義茂もいくさせん、いくさせん!」
「よ……義茂!」
和田義茂。
義盛の弟であり、武勇の誉れ高く、弓を善くした。
義盛が怒鳴った。
やめろ、と。
さすがの義盛も、今、和睦の話し合いをしている最中に攻めかかるのはまずいと思っている。
それを──
「やあやあ遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! われこそは和田義茂……」
三浦義澄も、力づくでいい、止めろと叫んだ。
このままではいくさになる。
今の義澄の狙いは、にらみ合いによる拮抗状態を生み出し、大庭ら平家を引きつけることだというのに。
運命は、三浦に一度滅べと言うのか。
その宿願をかなえるために。
義茂が名乗りを終えながら、畠山の陣に突っ込んでいる。
と同時に、何人か斬り殺している。
もう、だめだ。
もう、止められない。
義澄は天を仰いだ。
こうなってはもう、あとには引けない。
急ぎ、海へ。
瞑目する義澄の耳に、義茂の声が響いた。
「……和田義茂なり! われこそは、三浦義明が長子、杉本義宗の一子なり!」
杉本義宗。
要衝・杉本城に拠り、内海(東京湾)に覇を唱えようと野望を抱き、海を越えて安房に乱入、ところがその安房でのいくさで矢傷を負って死んでしまった男である。
三浦の嫡子であったことから、その野望こそ三浦の宿願と頼朝は見抜いた。
だからこそ、今のこの、石橋山をめぐる一連の動きがあるわけだが、この機において、まさか、三浦が畠山――平家と戦うことになろうとは。
「これは……運命なのか」
引きつけるどころではない。
それこそ平家は、かさにかかって三浦に襲いかかって来ることだろう。
だがそれすらも、頼朝の思いどおりなのだ。
義澄は何とも言えない表情をして、馬を駆った。
*
福原。
相模より京、京より福原といった経路をたどって来た早馬が伝えた。
――頼朝、挙兵と。
「……頼朝め、悪手を」
清盛は盤双六の盤を前に、そうつぶやいた。
さて、どうするか。
清盛は腕を組んで考える。
すでに、大庭景親を自国の相模に帰してある。
許しも与えてあるので、近隣の豪族に声をかけて、討伐軍を結成してくれるだろう。
「それで手当てはできている」
頼朝め、どう出るか。
挙兵最初の一撃は奇襲だろうから、平家は一手取られることになる。
だがそこまでだ。
手当て――大庭景親率いる相模の豪族たちが、頼朝の討伐に向かうだろう。
「だがそこからだ」
清盛はこの時点で、頼朝が伊豆に籠もるのではないかと思っている。
妻女の実家――北条とやらの手を借りて。
在地の豪族が味方につくと、その討伐は至難となる。
「そこから、さらに伊豆以外の他国の豪族を糾合されたら、ちと、事だな」
頼朝は、元々あのあたり――伊豆・相模のあたりを治めさせようと思っていた。
この清盛の死後、源氏を「許す」という理由でそれをおこなえば、「清盛の死」という混乱時に、人心を収攬できるだろう。
そのために、巻狩りなどの参加も、大目に見て来た。
「…………」
清盛は盤双六の盤を見つめる。
頼朝は挙兵という賽を振って来たが、出る目はどうだろうか。
大庭景親はいくさに強いと言うから、まだ寡兵の頼朝を打ち破ってくれるだろう。
「であれば、このままにしておくか……?」
清盛は、頼朝がどういう男か知っている。
かわいがっている間も、油断ならぬ目で見てきたような男だ。
大庭との戦いを避け、伊豆の奥へと逃げるか。
だが伊豆はどん詰まりの土地だ。
だからそこに流した。
いかに逃げたとて、限りがある。
「大庭が伊豆へ入って、追って追ってで、頼朝を討てるのならば、それでよし」
伊豆から出て、たとえば房総の──上総や下総の、平家に反感を持つ大豪族と結託されては、厄介だ。
だから、伊豆から出ないのであれば、それも無い。
「伊豆を出て……どこへ行くか」
順当に考えれば、相模の三浦あたりだろうか。
三浦に至れば、海に出られる。
だからこそ、相模の大庭を戻したのだが。
「さて、どうするか」
清盛は盤双六の盤を見て考える。
やはり頼朝は、伊豆から海を目指すだろうか。
だとしても、北条の兵など、丸ごと渡れるだけの舟はあるまい。
では……。
沈思黙考する清盛に、次なる早馬が届いた。
その早馬の急使は、こう告げた。
源頼朝、伊豆目代・山木兼隆を討つ──と。
だが、三浦の誰もがそうとは限らなかった。
さきほどの佐原義連もそうだったが、いくさに逸る者が多い三浦である。
「うぬ、畠山、何するものぞ」
そう叫んだ若者の名を、和田義盛という。
義盛は名乗りを上げて、畠山の陣に突っ込んでいったという。
突如のことで、やり過ごすつもりだった重忠も呆気にとられ、義盛の突入、そして突破を見のがしてしまう。
興奮した義盛は、そのまま小坪という地まで進み、そこで重忠も追いつき、稲瀬川に陣をかまえた。
義澄は歯噛みしたが、義盛の父のことを考えると、あまり責めることはできない。
「待て待て。お互い、縁ある身。今は待て、今は待て」
これには三浦義澄がみずから全軍を制止し、かつ、重忠に向かっても、今は止めてくれと訴えたため、両軍とも動きを止めた。
そこで重忠は、大庭景親から三浦を説諭するよう求められているので、まずは和睦をと話を持って来た。
「石橋山にて戦っておらず、今もまだ、一騎のみのこと。ここはひとつ、和そうではないか」
若く──当主である父の「代わり」であるとわきまえている重忠は、慎重であることを選んだ。
加えて、のちに鵯越の逆落としで、愛馬を気づかって、その愛馬を背負って崖を降りる男である。
みずからのうかつで、畠山の将兵を戦わせて傷つけたくない、という気持ちもあった。
「三浦どののおっしゃりよう、もっとも。では、この場は……」
お互いに譲ろう、三浦は帰り、畠山は静観する。
そう言うつもりだった。
義澄をそれを予期して、全軍に騒ぐなと目で命じた。特に、和田義盛には。
そうまでされてはと義盛は黙り込んだが、その義盛を大声で呼ぶ者がいた。
その者は、三浦勢の中ではなく、当然、畠山の軍の中でもない。
──外から聞こえた。
「義盛ッ! 義盛の兄者はいるか! われこそは和田義茂! 兄者ッ! 衣笠で留守居していたら、兄者がいくさしていると聞いた! この義茂もいくさせん、いくさせん!」
「よ……義茂!」
和田義茂。
義盛の弟であり、武勇の誉れ高く、弓を善くした。
義盛が怒鳴った。
やめろ、と。
さすがの義盛も、今、和睦の話し合いをしている最中に攻めかかるのはまずいと思っている。
それを──
「やあやあ遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! われこそは和田義茂……」
三浦義澄も、力づくでいい、止めろと叫んだ。
このままではいくさになる。
今の義澄の狙いは、にらみ合いによる拮抗状態を生み出し、大庭ら平家を引きつけることだというのに。
運命は、三浦に一度滅べと言うのか。
その宿願をかなえるために。
義茂が名乗りを終えながら、畠山の陣に突っ込んでいる。
と同時に、何人か斬り殺している。
もう、だめだ。
もう、止められない。
義澄は天を仰いだ。
こうなってはもう、あとには引けない。
急ぎ、海へ。
瞑目する義澄の耳に、義茂の声が響いた。
「……和田義茂なり! われこそは、三浦義明が長子、杉本義宗の一子なり!」
杉本義宗。
要衝・杉本城に拠り、内海(東京湾)に覇を唱えようと野望を抱き、海を越えて安房に乱入、ところがその安房でのいくさで矢傷を負って死んでしまった男である。
三浦の嫡子であったことから、その野望こそ三浦の宿願と頼朝は見抜いた。
だからこそ、今のこの、石橋山をめぐる一連の動きがあるわけだが、この機において、まさか、三浦が畠山――平家と戦うことになろうとは。
「これは……運命なのか」
引きつけるどころではない。
それこそ平家は、かさにかかって三浦に襲いかかって来ることだろう。
だがそれすらも、頼朝の思いどおりなのだ。
義澄は何とも言えない表情をして、馬を駆った。
*
福原。
相模より京、京より福原といった経路をたどって来た早馬が伝えた。
――頼朝、挙兵と。
「……頼朝め、悪手を」
清盛は盤双六の盤を前に、そうつぶやいた。
さて、どうするか。
清盛は腕を組んで考える。
すでに、大庭景親を自国の相模に帰してある。
許しも与えてあるので、近隣の豪族に声をかけて、討伐軍を結成してくれるだろう。
「それで手当てはできている」
頼朝め、どう出るか。
挙兵最初の一撃は奇襲だろうから、平家は一手取られることになる。
だがそこまでだ。
手当て――大庭景親率いる相模の豪族たちが、頼朝の討伐に向かうだろう。
「だがそこからだ」
清盛はこの時点で、頼朝が伊豆に籠もるのではないかと思っている。
妻女の実家――北条とやらの手を借りて。
在地の豪族が味方につくと、その討伐は至難となる。
「そこから、さらに伊豆以外の他国の豪族を糾合されたら、ちと、事だな」
頼朝は、元々あのあたり――伊豆・相模のあたりを治めさせようと思っていた。
この清盛の死後、源氏を「許す」という理由でそれをおこなえば、「清盛の死」という混乱時に、人心を収攬できるだろう。
そのために、巻狩りなどの参加も、大目に見て来た。
「…………」
清盛は盤双六の盤を見つめる。
頼朝は挙兵という賽を振って来たが、出る目はどうだろうか。
大庭景親はいくさに強いと言うから、まだ寡兵の頼朝を打ち破ってくれるだろう。
「であれば、このままにしておくか……?」
清盛は、頼朝がどういう男か知っている。
かわいがっている間も、油断ならぬ目で見てきたような男だ。
大庭との戦いを避け、伊豆の奥へと逃げるか。
だが伊豆はどん詰まりの土地だ。
だからそこに流した。
いかに逃げたとて、限りがある。
「大庭が伊豆へ入って、追って追ってで、頼朝を討てるのならば、それでよし」
伊豆から出て、たとえば房総の──上総や下総の、平家に反感を持つ大豪族と結託されては、厄介だ。
だから、伊豆から出ないのであれば、それも無い。
「伊豆を出て……どこへ行くか」
順当に考えれば、相模の三浦あたりだろうか。
三浦に至れば、海に出られる。
だからこそ、相模の大庭を戻したのだが。
「さて、どうするか」
清盛は盤双六の盤を見て考える。
やはり頼朝は、伊豆から海を目指すだろうか。
だとしても、北条の兵など、丸ごと渡れるだけの舟はあるまい。
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