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エピローグ 笹竜胆咲く
50 義仲、動く
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平家、富士川の戦いに敗れる。
その報は全国に駆けめぐり、平家に対し、すでに立っている者、あるいはこれから立とうとしている者に、力を与えた。
河内、美濃、近江、熊野、伊予、肥後に加え、若狭や越前、加賀にまで、その挙兵の波は広がっていく。
そしてここ、信濃小県においても――
「もうここらでよかろうか、巴」
「義仲さまがそうおっしゃるなら」
上野の多胡郡に盤踞していた源義仲が、みずからの側妾にして副将の巴御前らを引き連れて、小県の依田城に迫っていた。
当初、義仲は父・義賢の旧領であった上野多胡郡での挙兵、自立を目論んでいたが、何者かが同じ上野の藤姓足利氏に入れ知恵したのか、相当の妨害活動をしかけてきたため、こうして信濃へと舞い戻ったわけである。
「……まあおそらく、伊豆の頼朝か、甲斐の武田のしわざじゃろ」
義仲は髭を引っ張りながら笑う。
もともと、二歳の頃に大蔵合戦で頼朝の兄・源義平により父を喪ってから、逃げに逃げてきた人生だ。
今さら、どう動いていこうと何ということはない。
生来の陽気さが、悲運であるはずの義仲を、導いていた。
覇王への道を。
「富士川での平家とのいくさ。これを邪魔されたくなかったところじゃが……のう、巴」
「はい、なんでしょう」
「その富士川の戦いが終わり、武田は駿河、遠江へと手ぇを伸ばしたわい」
「そうですね、義仲さま」
義仲は微笑んだ。
巴も微笑んだ。
次いで、歯を見せて微笑んだ。
ふたりとも。
「……ということは、この信濃には――北信濃には、手を伸ばせんわなぁ」
「そうですねぇ」
北信濃は貰った。
そういう表情をしていた。
ふたりとも。
「手始めに、この依田城を貰う。それからだ。それからは巴」
「……あい。北陸ですね」
「そうじゃ、そこにあの方が居る」
義仲には心算があった。
以仁王が挙兵し、その令旨によって、頼朝をはじめとする各地の源氏が挙兵し、ついには平家の追討軍をも退けた今、手に入れるべき玉は何であるかを、その動物的本能で嗅ぎつけていた。
「ははっ、頼朝も、甲斐源氏も、みんな、みんなみんな、以仁王の令旨を奉じておる……それが立った理由じゃとな」
巴は口に手をあてた。
笑いがこらえきれないらしい。
「ほほ……ではその以仁王、いや『最勝親王』でしたっけ? その御子を奉じたら、彼らは拝跪するしかありませんわねぇ」
「そうじゃ、そうじゃ」
だからこの北信濃に来た。
北陸に近い、北信濃に。
「頼朝は知っておるのかのう……いや知っておるか、わが兄・仲家が源頼政どのの養子となって、以仁王にしたがって戦ったのを」
仲家自身は戦死したが、彼の郎党が教えてくれた。
仲家の弟である義仲のもとに来て、教えてくれた。
「なんとなんと、以仁王さまの御子が、北陸に隠れ忍んでいるとは」
義仲が上野を出たのは、藤姓足利とのいがみ合いを嫌ったからだ。
だがそれだけではない。
北陸により近い、北信濃を選んだからだ。
彼の覇道の始まりの地として。
「では征くぞ巴、まず手始めに北信濃じゃ!」
「あい、わが君」
「……それにしても、今日は鎧が軽い! これなら、思う存分戦えるぞ! それっ」
「みなのもの、つづきなさい!」
義仲はそれっとばかりに馬を馳せ、巴がつづく。
将兵らもつづく。
目指すは北信濃。
それから、北陸。
……こうして源義仲は挙兵した。
頼朝や甲斐源氏に次ぎ、遅ればせながらであるが、彼こそがこの乱世で、一番に京を制し、天下を牛耳ることになろうとは、当時誰にも予想がつかなかった。
*
北陸。
この地を治める城という一族は、平家の一支流であり、越後平氏とも呼ばれている。
信濃における騒乱の報を受けた清盛により、「鎮めよ」という命を受け、今、一万と称せられる兵を集め、出陣の準備の真っ最中であった。
「兄上、兄上!」
十代前半とおぼしき少女が、髪を結い上げて簪で留め、まるで童のような髪型をして、走っていた。
兄上と呼びかけられた城助茂(のちの城長茂)は、なんだなんだと振り向いた。
「何だお前その髪型」
少女は兄に向かって、えっへんと胸をそらした。
「こたびのいくさ、わたしの初陣とします」
「初陣ってお前」
「いけませんか? だって兄上は短気ですもの。わたしがついていないと、不安です」
少女は、もう兄上には許可は取っていると得意げにいった。
そう、少女には兄が二人いた。
次兄が目の前の城助茂、長兄が当主の城資永である。
少女が許可を取ったのは、この資永である。
助茂は兄・資永の心情を思いやった。
「きっと、この妹に押し負けた……いや面倒くさくなったのか」
「は? 何か言いました?」
「いや別に」
この時、助茂と少女は思いもよらなかった。
このあとすぐ、兄の資永が急死してしまい、助茂が当主となり、少女と共に一万の大軍を指揮して、源義仲と激突することを。
さらに、時が流れ、助茂が京にて鎌倉幕府に対して叛乱を起こし、その時おとなになっていた少女もまた、越後鳥坂城にて挙兵することを(建仁の乱)。
そしてその時の活躍により、少女はその名前から、こう呼ばれることになる。
板額御前――と。
その報は全国に駆けめぐり、平家に対し、すでに立っている者、あるいはこれから立とうとしている者に、力を与えた。
河内、美濃、近江、熊野、伊予、肥後に加え、若狭や越前、加賀にまで、その挙兵の波は広がっていく。
そしてここ、信濃小県においても――
「もうここらでよかろうか、巴」
「義仲さまがそうおっしゃるなら」
上野の多胡郡に盤踞していた源義仲が、みずからの側妾にして副将の巴御前らを引き連れて、小県の依田城に迫っていた。
当初、義仲は父・義賢の旧領であった上野多胡郡での挙兵、自立を目論んでいたが、何者かが同じ上野の藤姓足利氏に入れ知恵したのか、相当の妨害活動をしかけてきたため、こうして信濃へと舞い戻ったわけである。
「……まあおそらく、伊豆の頼朝か、甲斐の武田のしわざじゃろ」
義仲は髭を引っ張りながら笑う。
もともと、二歳の頃に大蔵合戦で頼朝の兄・源義平により父を喪ってから、逃げに逃げてきた人生だ。
今さら、どう動いていこうと何ということはない。
生来の陽気さが、悲運であるはずの義仲を、導いていた。
覇王への道を。
「富士川での平家とのいくさ。これを邪魔されたくなかったところじゃが……のう、巴」
「はい、なんでしょう」
「その富士川の戦いが終わり、武田は駿河、遠江へと手ぇを伸ばしたわい」
「そうですね、義仲さま」
義仲は微笑んだ。
巴も微笑んだ。
次いで、歯を見せて微笑んだ。
ふたりとも。
「……ということは、この信濃には――北信濃には、手を伸ばせんわなぁ」
「そうですねぇ」
北信濃は貰った。
そういう表情をしていた。
ふたりとも。
「手始めに、この依田城を貰う。それからだ。それからは巴」
「……あい。北陸ですね」
「そうじゃ、そこにあの方が居る」
義仲には心算があった。
以仁王が挙兵し、その令旨によって、頼朝をはじめとする各地の源氏が挙兵し、ついには平家の追討軍をも退けた今、手に入れるべき玉は何であるかを、その動物的本能で嗅ぎつけていた。
「ははっ、頼朝も、甲斐源氏も、みんな、みんなみんな、以仁王の令旨を奉じておる……それが立った理由じゃとな」
巴は口に手をあてた。
笑いがこらえきれないらしい。
「ほほ……ではその以仁王、いや『最勝親王』でしたっけ? その御子を奉じたら、彼らは拝跪するしかありませんわねぇ」
「そうじゃ、そうじゃ」
だからこの北信濃に来た。
北陸に近い、北信濃に。
「頼朝は知っておるのかのう……いや知っておるか、わが兄・仲家が源頼政どのの養子となって、以仁王にしたがって戦ったのを」
仲家自身は戦死したが、彼の郎党が教えてくれた。
仲家の弟である義仲のもとに来て、教えてくれた。
「なんとなんと、以仁王さまの御子が、北陸に隠れ忍んでいるとは」
義仲が上野を出たのは、藤姓足利とのいがみ合いを嫌ったからだ。
だがそれだけではない。
北陸により近い、北信濃を選んだからだ。
彼の覇道の始まりの地として。
「では征くぞ巴、まず手始めに北信濃じゃ!」
「あい、わが君」
「……それにしても、今日は鎧が軽い! これなら、思う存分戦えるぞ! それっ」
「みなのもの、つづきなさい!」
義仲はそれっとばかりに馬を馳せ、巴がつづく。
将兵らもつづく。
目指すは北信濃。
それから、北陸。
……こうして源義仲は挙兵した。
頼朝や甲斐源氏に次ぎ、遅ればせながらであるが、彼こそがこの乱世で、一番に京を制し、天下を牛耳ることになろうとは、当時誰にも予想がつかなかった。
*
北陸。
この地を治める城という一族は、平家の一支流であり、越後平氏とも呼ばれている。
信濃における騒乱の報を受けた清盛により、「鎮めよ」という命を受け、今、一万と称せられる兵を集め、出陣の準備の真っ最中であった。
「兄上、兄上!」
十代前半とおぼしき少女が、髪を結い上げて簪で留め、まるで童のような髪型をして、走っていた。
兄上と呼びかけられた城助茂(のちの城長茂)は、なんだなんだと振り向いた。
「何だお前その髪型」
少女は兄に向かって、えっへんと胸をそらした。
「こたびのいくさ、わたしの初陣とします」
「初陣ってお前」
「いけませんか? だって兄上は短気ですもの。わたしがついていないと、不安です」
少女は、もう兄上には許可は取っていると得意げにいった。
そう、少女には兄が二人いた。
次兄が目の前の城助茂、長兄が当主の城資永である。
少女が許可を取ったのは、この資永である。
助茂は兄・資永の心情を思いやった。
「きっと、この妹に押し負けた……いや面倒くさくなったのか」
「は? 何か言いました?」
「いや別に」
この時、助茂と少女は思いもよらなかった。
このあとすぐ、兄の資永が急死してしまい、助茂が当主となり、少女と共に一万の大軍を指揮して、源義仲と激突することを。
さらに、時が流れ、助茂が京にて鎌倉幕府に対して叛乱を起こし、その時おとなになっていた少女もまた、越後鳥坂城にて挙兵することを(建仁の乱)。
そしてその時の活躍により、少女はその名前から、こう呼ばれることになる。
板額御前――と。
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