笹竜胆(ささりんどう)咲く ~源頼朝、挙兵~

四谷軒

文字の大きさ
50 / 52
エピローグ 笹竜胆咲く

50 義仲、動く

しおりを挟む
 平家、富士川の戦いに敗れる。
 その報は全国に駆けめぐり、平家に対し、すでに立っている者、あるいはこれから立とうとしている者に、力を与えた。
 河内、美濃、近江、熊野、伊予、肥後に加え、若狭や越前、加賀にまで、その挙兵の波は広がっていく。
 そしてここ、信濃小県ちいさがたにおいても――

「もうここらでよかろうか、巴」

「義仲さまがそうおっしゃるなら」

 上野こうずけの多胡郡に盤踞していた源義仲が、みずからの側妾にして副将の巴御前らを引き連れて、小県の依田城に迫っていた。
 当初、義仲は父・義賢の旧領であった上野多胡郡での挙兵、自立を目論んでいたが、何者かが同じ上野の藤姓足利氏に入れ知恵したのか、相当の妨害活動をしかけてきたため、こうして信濃へと舞い戻ったわけである。

「……まあおそらく、伊豆の頼朝か、甲斐の武田のしわざじゃろ」

 義仲は髭を引っ張りながら笑う。
 もともと、二歳の頃に大蔵合戦で頼朝の兄・源義平により父を喪ってから、逃げに逃げてきた人生だ。
 今さら、どう動いていこうと何ということはない。
 生来の陽気さが、悲運であるはずの義仲を、導いていた。
 覇王への道を。

「富士川での平家とのいくさ。これを邪魔されたくなかったところじゃが……のう、巴」

「はい、なんでしょう」

「その富士川の戦いが終わり、武田は駿河、遠江へと手ぇを伸ばしたわい」

「そうですね、義仲さま」

 義仲は微笑んだ。
 巴も微笑んだ。
 次いで、歯を見せて微笑んだ。
 ふたりとも。

「……ということは、この信濃には――北信濃には、手を伸ばせんわなぁ」

「そうですねぇ」

 北信濃は貰った。
 そういう表情をしていた。
 ふたりとも。

「手始めに、この依田城を貰う。それからだ。それからは巴」

「……あい。北陸ですね」

「そうじゃ、そこにる」

 義仲には心算があった。
 以仁王が挙兵し、その令旨によって、頼朝をはじめとする各地の源氏が挙兵し、ついには平家の追討軍をも退けた今、手に入れるべきは何であるかを、その動物的本能で嗅ぎつけていた。

「ははっ、頼朝も、甲斐源氏も、みんな、みんなみんな、以仁王の令旨を奉じておる……それが立った理由ワケじゃとな」

 巴は口に手をあてた。
 笑いがこらえきれないらしい。

「ほほ……ではその以仁王、いや『最勝親王』でしたっけ? その御子を奉じたら、彼らは拝跪はいきするしかありませんわねぇ」

「そうじゃ、そうじゃ」

 だからこの北信濃に来た。
 北陸に近い、北信濃に。

「頼朝は知っておるのかのう……いや知っておるか、わが兄・仲家が源頼政どのの養子となって、以仁王にしたがって戦ったのを」

 仲家自身は戦死したが、彼の郎党が教えてくれた。
 仲家の弟である義仲のもとに来て、教えてくれた。

「なんとなんと、以仁王さまの御子が、北陸に隠れ忍んでいるとは」

 義仲が上野を出たのは、藤姓足利とのいがみ合いを嫌ったからだ。
 だがそれだけではない。
 北陸により近い、北信濃を選んだからだ。
 彼の覇道の始まりの地として。

「では征くぞ巴、まず手始めに北信濃ここじゃ!」

「あい、わが君」

「……それにしても、今日は鎧が軽い! これなら、思う存分戦えるぞ! それっ」

「みなのもの、つづきなさい!」

 義仲はそれっとばかりに馬を馳せ、巴がつづく。
 将兵らもつづく。
 目指すは北信濃。
 それから、北陸。

 ……こうして源義仲は挙兵した。
 頼朝や甲斐源氏に次ぎ、遅ればせながらであるが、彼こそがこの乱世で、一番に京を制し、天下を牛耳ることになろうとは、当時誰にも予想がつかなかった。



 北陸。
 この地を治めるじょうという一族は、平家の一支流であり、越後平氏とも呼ばれている。
 信濃における騒乱の報を受けた清盛により、「鎮めよ」という命を受け、今、一万と称せられる兵を集め、出陣の準備の真っ最中であった。

「兄上、兄上!」

 十代前半とおぼしき少女が、髪を結い上げて簪で留め、まるで童のような髪型をして、走っていた。
 兄上と呼びかけられた城助茂じょうすけしげ(のちの城長茂じょうながもち)は、なんだなんだと振り向いた。

「何だお前その髪型」

 少女は兄に向かって、えっへんと胸をそらした。

「こたびのいくさ、わたしの初陣とします」

「初陣ってお前」

「いけませんか? だって兄上は短気ですもの。わたしがついていないと、不安です」

 少女は、もう兄上には許可は取っていると得意げにいった。
 そう、少女には兄が二人いた。
 次兄が目の前の城助茂、長兄が当主の城資永じょうすけながである。
 少女が許可を取ったのは、この資永である。
 助茂は兄・資永の心情を思いやった。

「きっと、この妹に押し負けた……いや面倒くさくなったのか」

「は? 何か言いました?」

「いや別に」

 この時、助茂と少女は思いもよらなかった。
 このあとすぐ、兄の資永が急死してしまい、助茂が当主となり、少女と共に一万の大軍を指揮して、源義仲と激突することを。
 さらに、時が流れ、助茂が京にて鎌倉幕府に対して叛乱を起こし、その時おとなになっていた少女もまた、越後鳥坂城にて挙兵することを(建仁の乱)。
 そしてその時の活躍により、少女はその名前から、こう呼ばれることになる。

 板額御前はんがくごぜん――と。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【完結】『江戸めぐり ご馳走道中 ~お香と文吉の東海道味巡り~』

月影 朔
歴史・時代
読めばお腹が減る!食と人情の東海道味巡り、開幕! 自由を求め家を飛び出した、食い道楽で腕っぷし自慢の元武家娘・お香。 料理の知識は確かだが、とある事件で自信を失った気弱な元料理人・文吉。 正反対の二人が偶然出会い、共に旅を始めたのは、天下の街道・東海道! 行く先々の宿場町で二人が出会うのは、その土地ならではの絶品ご当地料理や豊かな食材、そして様々な悩みを抱えた人々。 料理を巡る親子喧嘩、失われた秘伝の味、食材に隠された秘密、旅人たちの些細な揉め事まで―― お香の持ち前の豪快な行動力と、文吉の豊富な食の知識、そして二人の「料理」の力が、人々の閉ざされた心を開き、事件を解決へと導いていきます。時にはお香の隠された剣の腕が炸裂することも…!? 読めば目の前に湯気立つ料理が見えるよう! 香りまで伝わるような鮮やかな料理描写、笑いと涙あふれる人情ドラマ、そして個性豊かなお香と文吉のやり取りに、ページをめくる手が止まらない! 旅の目的は美味しいものを食べること? それとも過去を乗り越えること? 二人の絆はどのように深まっていくのか。そして、それぞれが抱える過去の謎も、旅と共に少しずつ明らかになっていきます。 笑って泣けて、お腹が空く――新たな食時代劇ロードムービー、ここに開幕! さあ、お香と文吉と一緒に、舌と腹で東海道五十三次を旅しましょう!

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

 神典日月神示 真実の物語

蔵屋
歴史・時代
 私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。 この方たちのお名前は 大本開祖•出口なお(でぐちなお)、 神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。  この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。  昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。 その神示を纏めた書類です。  私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。  日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。 殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。 本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。 日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。 そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。 なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。 縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。 日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。 この小説は真実の物語です。 「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」 どうぞ、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 願うのみ 神のつたへし 愛善の道』  歌人 蔵屋日唱

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...