柳生宗矩三番勝負

四谷軒

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二番 鶚鷹(みさご)飛ぶ時 ~大坂夏の陣、岡山口の戦い~

前編

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 羽を斬れるか。
 柳生宗矩やぎゅうむねのりは、横を騎行する立花宗茂からそう問われた時、考え込んでしまった。
 羽というものは鳥の翼に生えているあれで、宙に浮くと、ふわふわと漂う。
 それを斬れと言っているのだろうか。
 俊速なる抜刀で斬れるかもしれないが、下手をするとその刀風を受け、ふわりと避けるかもしれない。

「…………」

 友人である禅僧、沢庵宗彭たくあんそうほうであれば、これを禅の公案として取り組むだろう。

「何人だ」

 立花宗茂が、鎧の草摺りを揺らす。
 馬を止めたのだ。
 脇の木々の間から来る、敵に備えるために。

 ……時は、慶長二十年五月。
 大坂夏の陣、岡山口の戦いの真っ最中である。



 柳生宗矩は徳川家兵法指南役として、大坂の陣の従軍、ならびに将軍・徳川秀忠の案内役を命じられた。
 元々、大和国柳生庄を領地とする宗矩であるから、土地に明るいとうこともあって、案内役あないやくも期待されていたため、宗矩は先発して江戸を出た。
 しかし、自分がいない間、誰が将軍を守るのか。
 それを危惧していた宗矩だが、追って立花宗茂の参陣を聞いて、胸をなで下ろした。

「まさか『九州の鶚鷹みさご』が警固役を務めてくれるとは」

 少し悔しい思いはあるが、生ける伝説と言えるこの武将が、同じ秀忠の部隊にいるというのは、実に有難ありがたいというしかない。
 立花宗茂。
 九州、大友家の一族に生まれ、数々の激戦を潜り抜けた男である。特に島津家の九州征服への抗戦は有名で、五万を率いる島津家を相手に三つも城を取り返し、さらに島津家を撤退に追いやったことは、豊臣秀吉から「九州の鶚鷹みさご」と賞されている。
 その後、関ヶ原の戦いで西軍についたため、領地を取り上げられて牢人として過ごしていたが、徳川家康に見出されて、陸奥棚倉に領地を得た。
 棚倉の領地は一万石であり、宗茂は大名として復帰を遂げたわけだが、これは徳川家が大坂の陣で豊臣家を倒すことを見据えて、のためと思われる。

「ぜひ、将軍のことをけて欲しい」

 家康はそう言って宗茂を息子の秀忠の軍師、警固役として抜擢した。
 こうすることにより、義理堅い宗茂が豊臣家に走らないようにしたと言われている。
 実際、徳川軍を指揮統率するのは家康であり、秀忠ではない。
 つまり、宗茂は秀忠のそばに封印されたかたちとなる。
 それでも宗茂は腐らずに、戦いについて、たびたび秀忠に献言したが、それらはことごとく受け入れられなかった。

「立花侯の言うこと、もっともである」

 と言いながら、それにはしたがわず、己の意思を押し通した。



 ちょうど大坂の夏の陣の、極みも極み、天王寺・岡山の戦いのことである。
 物見から「天王寺口から銃声がする」との言上があり、秀忠は色めきだった。
 秀忠は関ヶ原の戦いで、信州上田の真田家相手に戦いをしかけ、結果遅参するという醜態をさらした。それゆえ、家康相手にいいところを見せようと必死だった。
 天王寺口は、まさにその家康が陣している場所だ。

「しかも、六文銭の旗印が見えただと?」

 六文銭──地獄への死出の渡り銭は、真田幸村の紋だ。
 秀忠はぎらつく肉食獣の笑みを浮かべて、進軍を命じた。

「お待ちあれ」

 ここで立花宗茂が異を唱えた。
 確かに家康の危機だが、徳川の──諸大名のは飽くまで秀忠である。
 その秀忠が突出しては、敵の思う壺。
 もし破られでもしたら、全軍は破綻する。

「黙れ!」

 これには秀忠に近侍していた柳生宗矩の方が驚いた。
 常に周りを気にして曖昧な笑みを浮かべている秀忠だが、ここに来て、おのれの内に潜むはげしさをさらけ出したようだ。

「もはやこの大坂の陣こそが、この国の、おのれの、いや、父・家康最後のいくさぞ! そこに何のいさおしも無しとは!」

 こうなっては秀忠を止められない。同じく近侍していた本多正信は首を振った。
 こうして秀忠軍は進軍、いや、突進した。
 当代一流のいくさ人、立花宗茂の言葉を無視して。



 その時、徳川秀忠とその軍は。

 岡山口。

 と言われる場所にいた。
 実際に「岡山」という山があり、それに至る奈良街道の平野川を反対側に、秀忠軍二万三千はいた。
 「岡山」は、高みということで軍事上の要所であり、そこは前田利常、片桐且元の二万、井伊直孝、藤堂高虎の七千五百、その他、細川忠興、黒田長政といった歴戦の勇将が固めており、秀忠は後方で督戦する位置にあった。
 それを。

「突っ込め」

 というのである。
 これには柳生宗矩も無理があると思う。
 案の定、「押される」かたちとなった前田家が大坂方・大野治房の突撃を、食らう破目になった。
 この大野治房というのは、大野治長の弟で、また、過激で知られた大野道犬の兄である。目立たないが、かなりの采配を誇り、冬の陣では蜂須賀家を夜襲して勝利をもぎ取っている。さらに、夏の陣でも大和郡山を焼き払い、また、紀伊・和泉では一揆を扇動して、浅野家の和歌山城を狙うという大胆な策を実行している(ただし、別動隊が樫井で浅野家と戦闘になった為、城攻めはできなかった)。
 この治房が「押された」前田家を見るや、すぐさま攻めかかった。

なり

 大野治房麾下四千六百は、弾丸のように前田、片桐の二万に攻めかかった。
 この時点で、前述のとおり真田幸村が徳川家康に攻めかかっている。治房もまた、決死の覚悟で吶喊とっかんしていた。

「あの大野治房とやら、こちらにやって来ますぞ」

 多勢に無勢とその治房を笑い飛ばしていた秀忠に、立花宗茂は冷や水を浴びせた。

「何を言う」

 秀忠は、目をいた。そしてそのまま宗茂をにらんだ。

「立花侯、侯は用兵巧者いくさじょうずと聞くが、今、予は二万三千を率いている。前田侯は二万、井伊らは七万五千。あの大野治房は五千も無い」

 数は此方こちらが上だ、と怒鳴りつけるところを抑えていると言わんばかりである。
 柳生宗矩は眉をひそめたが、宗茂は「出過ぎ申した」と素直に詫びを入れた。

「…………」

 悩んでも仕方ない。
 宗矩は心の中に剣をかまえた。
 名将・立花宗茂の言は聞くべきものがある。
 秀忠と、押さえ役の本多正信がそれを聞かない、あるいは聞かないふりをするというならば。

「上様」

「何だ、宗矩」

「手前、案内役あないやくとして、先手さきての土井利勝さまの道を案内あないいたしたく」

「許す。行け」

 秀忠はそうやって、いかにも名将らしくうなずく自分に、陶酔した。



 ……実際に柳生宗矩が土井利勝の陣に急ぎおもむいてしたことは、先ほどの立花宗茂の言を伝えることである。

「それは上様がそうしろと仰せなのか」

「……いや」

 利勝は吏僚としては有能だが、武将としては芳しくない。あの秀忠の信州上田攻めに従軍していたが、何もできなかったようだ。
 それに、何より秩序を重んじる性格だ。
 その利勝が秀忠の指示かどうかを聞いてきた時点で、否められることが目に見えた。
 ところが。

「前田が崩れた!」

「井伊が出た! 藤堂が出た!」

 利勝と宗矩の眼前で、大野利房により前田家の軍勢が突き崩された。
 それを見て、井伊直孝と藤堂高虎が支えに向かった。
 足軽らがわらわらとまろび出る前田家。
 その、人の流れはまるで奔流のよう。
 その奔流の中を。
 行けと叱咤する井伊直孝。
 地道に進んでいく藤堂高虎。
 これが徳川家だけの陣勢だったら、まだ何とかなったかもしれない。
 しかしこれは大坂の陣、諸大名の混成部隊だ。
 当然ながら、連携ができない部分がある。
 隙がある。
 穴がある。
 そこを。

「おう、あれに見ゆるは三つ葉葵!」

 大野治房は吶喊とっかんした。
 井伊と藤堂のはざまを衝いた。
 三つ葉葵の旗。
 そこは――徳川秀忠の本陣。
 より具体的に言うと、土井利勝率いる旗本の部隊だった。

「ば、ばかな」

 利勝は狼狽うろたえた。
 繰り返すが、利勝は吏僚としては有能だが、武将としては芳しくない。
 この場合、その欠点が出たかたちとなった。
 宗矩は、この場にとどまって利勝を掩護すべきかとも思ったが、ふと立花宗茂の顔を思い浮かべ、本陣に戻ることした。

「拙者、このことを上様に伝え申す! 御免!」

 利勝は「そんな」と言いたげな表情をしていたが、かまっている暇はなかった。
 何やら不穏な気配を感じる。
 それは、宗矩の剣客としての感覚知なのかもしれない。
 あるいは、人としての――動物としての第六感か。
 とにかく、何かが告げるのだ。
 宗矩に。

「来る」

 と。
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