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03 アームストロング砲

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「長州が動けん?」
 谷中やなか口。 
 佐賀藩兵を率いる江藤新平は、そのしらせを聞いて唖然とした。
 長州藩兵は、新式銃スナイドルを配備されていたものの、その操作方法に習熟しておらず、立ち往生していた。
 江藤は瞑目したが、すぐに判断を下した。
「進軍!」
 こちらの『切り札』を活かすため、黒門口では薩摩藩兵が激戦を演じ、耳目を集めている。
 谷中口は寺院が乱立し、そのそれぞれに彰義隊の兵がこもり、砦と化している。
 躊躇は無用。
ッ」
 佐賀藩兵もまた新式銃を備えている。それはスペンサーといい、七連発が可能であった。
「弾幕を張れ!」
 江藤は寺院をひとつづつ、だが確実に制圧し、谷中口を沈黙させていく。

 半次郎の『発見』を聞いた西郷の判断は早かった。彼はかたわらにいた鳥取藩兵、山国隊を率いる河田佐久馬に言った。
「河田さんサア、頼みもんそ」
うけたまわった」
 河田と山国隊はくだんの商家を即座に占拠し、その二階から山王台を銃撃した。

 慌てたのは山王台の彰義隊である。
 折りしも、彰義隊の指揮官たる天野八郎が自ら大砲を撃ち、「官軍恐るるに足らず!」と豪語していた瞬間だった。
 思わぬ方向からの銃撃に、天野は反撃どころか、その場を離れて逃げ出す始末である。

 それを黒門口から見ていた半次郎は、近くの彰義隊士を蹴飛ばしながら、叫んだ。
「川路イ!」
「応!」
 川路は小隊を率い、山王台の脇の崖をじ登り始めた。
 だが、いかに援護射撃があるとはいえ、敵の銃撃を避けながらの登攀は困難である。
 それでも。
「川路イ! 気張れ! もうすぐ午砲どんじゃ!」
 半次郎の大声に、川路は苦笑する。
 午砲Time Gunとは、正午を知らせる空砲のことであり、英国よりこの習慣が本邦にも広まりつつあった。
 そして、この場合、午砲どんの意味するところは。
「うわっ」
「ぎゃっ」
 山王台から悲鳴が上がった。

 江藤新平率いる佐賀藩兵は、谷中口の制圧を終え、新式銃の習練を終えた長州藩兵に残敵掃討を任せた。
 そして、『邪魔者』を排除したことから、加賀藩上屋敷に配置していた『新兵器』の砲撃を開始した。

 アームストロング砲長距離射程砲である。

 『それ』は、最初こそ見当違いの場所へ着弾し、天野八郎ら彰義隊から失笑を浴びていた。
 だが。
「方角修正、仰角修正」
ッ」
 佐賀藩兵の恐ろしさは、徐々に、しかし確実に砲弾を届かせるべく、着弾点を修正することにある。
 正午に近づく頃には、まさに午砲のごとく、『どん』という響きと共に、山王台へと砲撃を放った。

 ……これが、山王台から上がった悲鳴の正体である。
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