連戦 ~新田義貞の鎌倉攻め~

四谷軒

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序 小手指原の戦い

01 武蔵野を征(ゆ)く

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小手指原こてさしはら久米川は古戦場なり

国木田独歩「武蔵野」





 上野こうずけ生品いくしな神社を出る時には、百五十騎だった。
 だが今や、軍勢は七千騎になんなんとする。

 元弘三年(一三三三年)五月。
 武蔵野。

「兄者、兄者」
「何だ、義助よしすけ
 脇屋義助わきやよしすけは、兄である新田義貞にったよしさだに声をかける。
 軍勢の先頭を切って馬を馳せる義貞に追いつきながら話すのは一苦労だ。
「もう武蔵に入ってかなり経つ」
「そうだな」
「そろそろ鎌倉の連中が来るのやも」
「そうだな」
 先頭を走るためか、義貞の返答は単純である。
 目の前に入間川が見えてくる。
 国境を越え、鎌倉街道を駆けに駆け、ついに武蔵野の中部に到達した。
 平野である武蔵野を征く軍から鎌倉を守るには、川が防衛線となる。
 武蔵野を南下する義貞にとって、その最初の防衛線――川が、入間川だ。
 義貞は眼前に迫る対岸を見る。
「いるぞ」
 三つ鱗の紋の旗印。
 幕府執権・北条家の一門、桜田貞国さくらださだくにの率いる三万の軍勢である。
「……やれるのか、兄者」
 かたわらの義助が聞いてくる。
 幕府からの多大な戦費負担の命令に耐えきれず挙兵し、三日。
 ついにその幕府との対決が迫り、義助は緊張を抑えきれない。
 義貞はその背を叩く。
「しけたつらするな、義助。連中、数こそ多いが、それだけだ」
「それだけだ、と言われても」
「そも、おれたちが行かされた千早ちはやを見ただろう。鎌倉が金銭かねを出せと言ってくる原因もととなったあの戦を」

 今年の二月――河内かわちの「悪党」楠木正成くすのきまさしげが、倒幕を掲げて千早城に籠り、はや数か月。寡兵ながら幕府軍を翻弄し続け、ついには全国に倒幕の火の手を上げることに成功する。
 新田家もまた、他の御家人と同様に千早城への攻め手として、幕府軍へ参加させられていた。

「あの悪党と同じにやればいい」
「同じ、とは」
 義助の問いに、義貞はと笑う。
「決まっておる。で戦う。さすれば幕府軍とて敵ではないわ」
 哄笑する義貞を見て、義助は思い出す。
 兄は千早城を囲んでいる最中、突如、と称して上野に帰国し、程無くして挙兵した。
 あの時、何かがあった。
 でなくては、この自信に得心がいかぬ。
「兄者……」
 そう義助が話しかけた時だった。
「来たぞ」
 義貞は東の方を見ていた。
「東? 幕府は南……」
 兄に倣って東の方を見ると、二百騎ほどの軍勢が見えた。その旗印が見えた。
「丸に二つ引……」
「足利千寿王、お出ましだな」
 足利高氏の嫡子、千寿王――のち足利義詮あしかがよしあきらが、人質として留め置かれた鎌倉から脱して来たところであった。
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