年明けこそ鬼笑う ―東寺合戦始末記― ~足利尊氏、その最後の戦い~

四谷軒

文字の大きさ
2 / 6

02 足利尊氏の子ら

しおりを挟む
 入間川御陣。

 足利基氏は、届いたばかりのふみを開く。
 送り主は、兄・義詮よしあきら

「……ふむ。准后じゅごうの死、そして臨終の言葉か」

 関東執事・畠山国清が得意げに伝えて来たその日のうちに、こうしてに接した。
 だから、あいつは駄目なのだ。
 基氏は舌打ちしながらも、兄・義詮の文のつづきへと目を走らせた。

* 

 当時、義詮は、京において、父・尊氏と共に足利幕府の安定に努めていた。
 ――今を遡ること数年前、一三五二年に、観応かんのう擾乱じょうらんという足利家内部の内訌があり、それに乗じて、南朝の准后じゅごう・北畠親房が、北朝の皇族と神器を根こそぎ奪っていった。
 結果、北朝としては、出家予定の後光厳天皇を擁立し、神器が無い状態ながら、半ば強引に即位させた。
 当然ながら、北朝の権威は落ち、連動して足利幕府の権威も落ちた。

 これに乗じたのが、足利直冬あしかがただふゆである。

 直冬は、義詮と基氏の兄であるが、庶子であるために足利直義あしかがただよしの養子となっていた。養子となった当初、直義がいわば足利幕府の執権ともいうべき立場であるため、それを受け継いで幕府を担っていくものかと思われた。
 が、観応の擾乱が全てをご破算にした。
 直義は尊氏に討伐され、命を落とした。
 直冬もまた討伐の対象となり、彼は幕臣時代の任地である長門に落ちび、そこで再起を画策して蠢動していた……。



「…………」

 再び入間川御陣。
 足利基氏は、兄・足利義詮の文に、冷や汗を流していた。

「斯波高経、桃井直常、山名時氏、大内弘世……」

 かつての足利直義の一派として名を連ねた幕府の重臣ともいうべき大名たち。
 それが、長門にいる足利直冬の下へと集い、今、南朝方として兵を上げんとしている、と。

「……もしかして」

 北畠親房の最後の言葉。
 年明けこそ鬼笑う。
 鬼、すなわち亡者もうじゃ
 つまり……。

「まさかな……如何いか帷幕いばくにて千里の外を知ると言われた准后とて、そこまで……そこまで、直冬ただふゆどのの進軍とその行方を分かるものか……」

 北畠親房。
 死してなお、その知略にて、北朝を追い詰めるか。

「直冬どのも勇将ではあるが」

 足利直冬は、庶嫡の別はあるものの、基氏からすると兄であるため、彼は「直冬どの」と呼んでいた。その直冬は、かつて北朝の将として、紀伊の南朝勢力を一掃した実績がある。

「しかし、今は四月。年明けという時節まで、そううまく言い当てられるのか?」

 第一、足利直冬の進軍を阻まんと、足利義詮は出陣を準備している。実は、義詮からの文は、これを伝えるためのものであった。
 足利義詮は、初代・尊氏と三代・義満の間で目立たない印象があるが、かつて、京を南朝に奪われた際には、逆に石清水八幡宮に拠る南朝の軍を包囲して勝利し、もって京を奪還している。

「わが兄・義詮とて、驍将ぎょうしょうではある。直冬どのとて、おいそれとは破れまい」

 基氏の読みでは、義詮と直冬がぶつかれば、両者の武勇は均衡を保ち、拮抗状態に陥ると思われる。

「――そこで、父・尊氏の出番だ」

 南北朝時代に入って幾星霜。新田義貞、楠木正成、高師直、足利直義ら綺羅星のような将星たちは次々と消えていき、ついには北畠親房も亡くなったばかりであるが、それでもまだ――足利尊氏という巨星は、強く輝いている。
 基氏は文の最後の一行を読む。

しこうして――入間川殿におかれましては、もって関東の安寧を図るべし、か」

 かつて、北畠親房が正平の一統を破約したとき、すなわち京、鎌倉、神器、皇族を奪取したとき、地理的には、京と鎌倉――京畿と関東という二正面において戦いを強いられた。
 それこそが、北朝が苦戦に陥った理由である。

「なればこそ――関東公方おれは、関東を抑える」

 目立たぬようだが、地味にく。
 戦いを起こさぬ戦いだが、それこそが最も重要なのだ。

「今は亡き北畠親房卿が、再度、京と鎌倉の双方の鎌倉の側――つまり関東に擾乱じょうらんを起こすとすれば……」

 基氏の脳裏に描く、関東、そして甲信越の地図の越後のあたり、かつての執事・上杉憲顕うえすぎのりあきの勢力圏が明滅していた。
 上杉憲顕は、かつての足利尊氏と直義の兄弟の争い――観応の擾乱において直義の側につき、以来、尊氏の勘気かんきこうむって、つまり怒りを買って、越後にこもっている。

「……やはり上杉への調略」

 基氏はひとりうなずき、への手立てを思い浮かべた。

「しかし……これは執事の国清には話せぬな」

 基氏の思い浮かべる「手立て」とは、畠山国清の類の策であり、ともすれば、父・足利尊氏すら出し抜くものであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小日本帝国

ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。 大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく… 戦線拡大が甚だしいですが、何卒!

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...