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第三章 大坂の陣
19 千姫救出
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暗い。
松明の灯りがあるため、かえってそう思える。
そういう、道だった。
意外にも広く、天井は高い。
歩くと、甲冑のかちゃかちゃという音が響く。
かすかに風を感じる。
やはり、この先には出口がある。
「いや、入り口か」
片手に松明、片手に槍を持った直盛の話によると、この先は山里丸だという。
いざという時は、そこから脱出するしかけらしい。
「しかし太閤殿下のこと。単なる抜け道ではないと思うが」
そこで宗矩は直盛の前に出た。
気配がする。
ひとりではない。
何人かの。
「誰だ」
答えを期待しているわけではない。
機先を制し、相手を止めるためだ。
ところが相手は答えた。
「われこそは、木村主計」
木村重成の一族、と名乗った。木村重成は豊臣秀頼の乳兄弟であり、つまりはそれだけ、豊臣家から信頼を置かれている一族の者、といったところだろう。
直盛がそう考えていると、宗矩が、奴は前田家の臣のはず、とつぶやいた。
「……そうか。これが、太閤殿下の『対策』か」
直盛は思った。
いくさの時に、うかうかとこの抜け道を使って来る者を始末する。
それが、この木村主計の役割。
だから、いくさの時が来たので、前田家を出て、わざわざ大坂城へ来た、ということか。
「然様」
主計は抜刀する。彼の配下の七人の侍も、刀を抜いた。
「これある時のために、鍛え抜いたわが精兵。覚悟せよ」
加えて、七人なら、この狭い抜け道の中でも動かせる。囲める。
それは秀吉の策か、主計の考えかは知らないが、いずれにしても、直盛にとっては脅威だ。
「任せろ」
宗矩が前へ出た。
佩刀・大天狗正家が鞘走る。
そのまま抜刀。
先頭の侍を、斬って捨てた。
初撃を取られ、動揺する二人を斬る。
残り四人。
ここで見に徹せられては不利。
敵中突破で、主計を目指す。
これには、残り四人も反応する。
四人のいる空間の真ん中に踏み込んだ宗矩に、同時に斬りかかった。
「……シッ」
宗矩は、振り向きざまにうしろの二人を斬った。
そのまま体を伏せ、前の二人をかわす。
空を斬る刀の下で、回転。
右にいた侍を、突いた。
浅い。
だが、突いたのは右親指。
刀は持てない。
「ばかめ」
残ったひとりが、太刀を振りかぶった。
大上段。
避けられない。
ならば。
「何ッ」
大天狗正家を手離す。
脇差を抜く。
跳躍。
太刀を避け、脇差を思い切り上へ。
「ぐっ」
侍の喉笛から脳天に突きあげた。
指を突かれた侍が残っていたが。
「あっ」
いつの間にか近づいていた直盛が槍で突いて、絶命させた。
「何だと」
主計は動揺した。
一瞬で。
ほぼ一瞬で、長年鍛え上げた精兵たちが死んだ。
こんなばかなことがあろうか。
「どけ。さなくば、斬る」
大天狗正家を拾った宗矩が、その剣先を向けた。
主計は目を剥いてその剣先を見ていたが、黙ってその場を譲った。
「ほう」
直盛が嗤った。秀吉が恃みにしていた男も、こんなものか。そういう、嗤いだった。
宗矩は訝しんでいたが、時が惜しいので、前へ進むことにした。
少し歩くと、先が見えて来た。
というか、煙が流れてくる。
「火を放ったのか」
城攻めの常套手段だ。
おかしくはないが、この抜け道には、かなり危険な展開だ。
「奴め、これを読んで」
「そんなことを言っている場合か。急ぐぞ」
宗矩は駆けた。直盛も走った。
その視線の先に。
「千姫さま!?」
豪壮華麗な衣装に身を包んだ、年若い女性が見える。
脇に侍する武士がいて、それは直盛によると米村権右衛門と言い、大野治長の股肱の臣だ。
「そして大野治長といえば茶々さまの腹心。つまり、ことはそこまで及んだということか」
大坂方――豊臣家は、もはや死命を制せられた。
そのため、治長は最後の切り札である千姫を用い、秀頼と茶々の助命を引き出そうとしている。
直盛はそう読んだ。
そしてこの時のためにこそ、これまで大坂城の者たちに接近し、ことあるごとに「千姫さまがもし……」と囁いてきた。
それが活きた。
この抜け道のことも、茶々なら知っていようし、秀吉から直盛に話したということも聞いていよう。
「よし、あとちょっとだ」
この時、千姫を目の前にして、直盛はほっと息をついた。
油断した。
宗矩は逆に、迫り来る火を警戒し、早くしなければと思った。
焦った。
その隙を。
「太閤殿下、太閤殿下、この木村主計、最後の務めを果たしまする!」
背後から、叫び声。
何ごとかと思って振り向くと、主計が。
縄を握っており、その縄を思い切り引っ張った。
轟音。
上から。
「何ッ」
天井が、がぱっと開いた。
まるで巨鯨のようなその口からのぞくのは、やはり巨石だった。
大坂城は、巨石の城。
それは、外だけでなく、中も。
そうまで思った時、直盛の耳に、宗矩の声が響いた。
「走れ、直盛!」
同時に千姫のいるあたりの火が燃え上がり、権右衛門が下がらせようとするも、うしろからも火が。
「おのれ」
直盛は舌打ちしながら走り出す。
とにもかくにも、千姫を守らなければならない。
しかし、守れるのか。
よしんば、守れたとしても。
あの巨石が。
「巨石」
そこで直盛は思い出した。
同時に、宗矩が剣を抜く気配がする。
大天狗正家を。
宗矩は、父・石舟斎のその話を、半信半疑で聞いていた。
天狗があらわれた。
斬ろうとした。
斬ったところ、天狗ではなかった。
「巨きな石だった」
嘘をつけ、と思った。
だが石が斬れていた。
天狗云々はわからないが、どうやら巨石斬りはほんとうらしい。
「この刀をやろう」
父は柳生家の跡目と共に、この剣をくれた。
大天狗正家。
刀工・正家の手になる、この業物を。
巨石は上から落下してくる。
宗矩は後方へ飛び退り、巨石が落ちた瞬間を狙った。
地にたたきつけられて、その衝撃が巨石の中を走る、その瞬間を。
「…………」
無言で斬った。
光が走った。
直盛が一瞬だけ振り向くと、石の真ん中に線が走り、そのまま左右に分かれ、両断されていくのが見えた。
「見事」
そのまま、見ていたいぐらいに素晴らしく、うつくしい剣筋だった。
石の切り口も、惚れ惚れするぐらい、まっすぐに。
「そんな」
一方で主計はたじろぎ、そのまま、そんなそんなと喚きながら、どこかへ消えていった。
一説によると前田家に戻り、中村と改姓して隠居してしまったという。もしかしたら、豊臣家を守る名誉ある一族である資格を失ったと思い、そうしたのかもしれない。
宗矩は主計にかまわず、前へ駆ける。
「直盛!」
権右衛門は千姫を前に押し出したが、それでも火の方が早い。
直盛は槍も松明も投げ捨て、走った。
「千姫さま!」
千姫は直盛を見た。
何度か大坂城へお目見えに参じた直盛――見知った顔に、少し安堵したように見えた。
「伏せて下され!」
火が襲う。炎が落ちる。
寸前、直盛は千姫に覆いかぶさり、かのじょを守った。
「さ、坂崎さま」
千姫が直盛の下からあえいだ。
直盛は千姫を守ることに成功したものの、火炎をもろに浴び、甲冑にかばわれていない顔面を焼かれてしまった。
「あっ……ぐおおお」
咆哮する直盛。しかしたじろぐことなく、千姫を抱えたまま後退し、権右衛門と共に、火の届かない、宗矩の斬った巨石のあたりにまでたどりつく。
「坂崎さま、坂崎さま!」
千姫が叫ぶ。宗矩は、腰に提げていた竹筒から水をかける。
「痛い」
水がかかると、かえって痛かったらしい。
だが、笑った。
焼けただれていた顔だったが、それがわかった。
「千姫さま」
「はい」
「無事ですか」
「……はい」
千姫は泣いていた。
おのれの身を挺して、救ってくれた男に。
だが男はその涙をぬぐって、こう言った。
「若い頃には――そう、貴女と同じくらい若い頃には、この顔でけっこう女を泣かせました。その報いです」
水も滴る美男でしたので、と、ここで諧謔を口にする。
直盛は今、一個の傾奇者だった。
誰よりも、傾いていた。
「行きましょう」
宗矩が直盛から千姫を受け取り、抱えながら立ち上がった。
火からは離れたが、熱と煙が凄まじい。
今すぐここから退散しないと、今度こそ危ない。
松明の灯りがあるため、かえってそう思える。
そういう、道だった。
意外にも広く、天井は高い。
歩くと、甲冑のかちゃかちゃという音が響く。
かすかに風を感じる。
やはり、この先には出口がある。
「いや、入り口か」
片手に松明、片手に槍を持った直盛の話によると、この先は山里丸だという。
いざという時は、そこから脱出するしかけらしい。
「しかし太閤殿下のこと。単なる抜け道ではないと思うが」
そこで宗矩は直盛の前に出た。
気配がする。
ひとりではない。
何人かの。
「誰だ」
答えを期待しているわけではない。
機先を制し、相手を止めるためだ。
ところが相手は答えた。
「われこそは、木村主計」
木村重成の一族、と名乗った。木村重成は豊臣秀頼の乳兄弟であり、つまりはそれだけ、豊臣家から信頼を置かれている一族の者、といったところだろう。
直盛がそう考えていると、宗矩が、奴は前田家の臣のはず、とつぶやいた。
「……そうか。これが、太閤殿下の『対策』か」
直盛は思った。
いくさの時に、うかうかとこの抜け道を使って来る者を始末する。
それが、この木村主計の役割。
だから、いくさの時が来たので、前田家を出て、わざわざ大坂城へ来た、ということか。
「然様」
主計は抜刀する。彼の配下の七人の侍も、刀を抜いた。
「これある時のために、鍛え抜いたわが精兵。覚悟せよ」
加えて、七人なら、この狭い抜け道の中でも動かせる。囲める。
それは秀吉の策か、主計の考えかは知らないが、いずれにしても、直盛にとっては脅威だ。
「任せろ」
宗矩が前へ出た。
佩刀・大天狗正家が鞘走る。
そのまま抜刀。
先頭の侍を、斬って捨てた。
初撃を取られ、動揺する二人を斬る。
残り四人。
ここで見に徹せられては不利。
敵中突破で、主計を目指す。
これには、残り四人も反応する。
四人のいる空間の真ん中に踏み込んだ宗矩に、同時に斬りかかった。
「……シッ」
宗矩は、振り向きざまにうしろの二人を斬った。
そのまま体を伏せ、前の二人をかわす。
空を斬る刀の下で、回転。
右にいた侍を、突いた。
浅い。
だが、突いたのは右親指。
刀は持てない。
「ばかめ」
残ったひとりが、太刀を振りかぶった。
大上段。
避けられない。
ならば。
「何ッ」
大天狗正家を手離す。
脇差を抜く。
跳躍。
太刀を避け、脇差を思い切り上へ。
「ぐっ」
侍の喉笛から脳天に突きあげた。
指を突かれた侍が残っていたが。
「あっ」
いつの間にか近づいていた直盛が槍で突いて、絶命させた。
「何だと」
主計は動揺した。
一瞬で。
ほぼ一瞬で、長年鍛え上げた精兵たちが死んだ。
こんなばかなことがあろうか。
「どけ。さなくば、斬る」
大天狗正家を拾った宗矩が、その剣先を向けた。
主計は目を剥いてその剣先を見ていたが、黙ってその場を譲った。
「ほう」
直盛が嗤った。秀吉が恃みにしていた男も、こんなものか。そういう、嗤いだった。
宗矩は訝しんでいたが、時が惜しいので、前へ進むことにした。
少し歩くと、先が見えて来た。
というか、煙が流れてくる。
「火を放ったのか」
城攻めの常套手段だ。
おかしくはないが、この抜け道には、かなり危険な展開だ。
「奴め、これを読んで」
「そんなことを言っている場合か。急ぐぞ」
宗矩は駆けた。直盛も走った。
その視線の先に。
「千姫さま!?」
豪壮華麗な衣装に身を包んだ、年若い女性が見える。
脇に侍する武士がいて、それは直盛によると米村権右衛門と言い、大野治長の股肱の臣だ。
「そして大野治長といえば茶々さまの腹心。つまり、ことはそこまで及んだということか」
大坂方――豊臣家は、もはや死命を制せられた。
そのため、治長は最後の切り札である千姫を用い、秀頼と茶々の助命を引き出そうとしている。
直盛はそう読んだ。
そしてこの時のためにこそ、これまで大坂城の者たちに接近し、ことあるごとに「千姫さまがもし……」と囁いてきた。
それが活きた。
この抜け道のことも、茶々なら知っていようし、秀吉から直盛に話したということも聞いていよう。
「よし、あとちょっとだ」
この時、千姫を目の前にして、直盛はほっと息をついた。
油断した。
宗矩は逆に、迫り来る火を警戒し、早くしなければと思った。
焦った。
その隙を。
「太閤殿下、太閤殿下、この木村主計、最後の務めを果たしまする!」
背後から、叫び声。
何ごとかと思って振り向くと、主計が。
縄を握っており、その縄を思い切り引っ張った。
轟音。
上から。
「何ッ」
天井が、がぱっと開いた。
まるで巨鯨のようなその口からのぞくのは、やはり巨石だった。
大坂城は、巨石の城。
それは、外だけでなく、中も。
そうまで思った時、直盛の耳に、宗矩の声が響いた。
「走れ、直盛!」
同時に千姫のいるあたりの火が燃え上がり、権右衛門が下がらせようとするも、うしろからも火が。
「おのれ」
直盛は舌打ちしながら走り出す。
とにもかくにも、千姫を守らなければならない。
しかし、守れるのか。
よしんば、守れたとしても。
あの巨石が。
「巨石」
そこで直盛は思い出した。
同時に、宗矩が剣を抜く気配がする。
大天狗正家を。
宗矩は、父・石舟斎のその話を、半信半疑で聞いていた。
天狗があらわれた。
斬ろうとした。
斬ったところ、天狗ではなかった。
「巨きな石だった」
嘘をつけ、と思った。
だが石が斬れていた。
天狗云々はわからないが、どうやら巨石斬りはほんとうらしい。
「この刀をやろう」
父は柳生家の跡目と共に、この剣をくれた。
大天狗正家。
刀工・正家の手になる、この業物を。
巨石は上から落下してくる。
宗矩は後方へ飛び退り、巨石が落ちた瞬間を狙った。
地にたたきつけられて、その衝撃が巨石の中を走る、その瞬間を。
「…………」
無言で斬った。
光が走った。
直盛が一瞬だけ振り向くと、石の真ん中に線が走り、そのまま左右に分かれ、両断されていくのが見えた。
「見事」
そのまま、見ていたいぐらいに素晴らしく、うつくしい剣筋だった。
石の切り口も、惚れ惚れするぐらい、まっすぐに。
「そんな」
一方で主計はたじろぎ、そのまま、そんなそんなと喚きながら、どこかへ消えていった。
一説によると前田家に戻り、中村と改姓して隠居してしまったという。もしかしたら、豊臣家を守る名誉ある一族である資格を失ったと思い、そうしたのかもしれない。
宗矩は主計にかまわず、前へ駆ける。
「直盛!」
権右衛門は千姫を前に押し出したが、それでも火の方が早い。
直盛は槍も松明も投げ捨て、走った。
「千姫さま!」
千姫は直盛を見た。
何度か大坂城へお目見えに参じた直盛――見知った顔に、少し安堵したように見えた。
「伏せて下され!」
火が襲う。炎が落ちる。
寸前、直盛は千姫に覆いかぶさり、かのじょを守った。
「さ、坂崎さま」
千姫が直盛の下からあえいだ。
直盛は千姫を守ることに成功したものの、火炎をもろに浴び、甲冑にかばわれていない顔面を焼かれてしまった。
「あっ……ぐおおお」
咆哮する直盛。しかしたじろぐことなく、千姫を抱えたまま後退し、権右衛門と共に、火の届かない、宗矩の斬った巨石のあたりにまでたどりつく。
「坂崎さま、坂崎さま!」
千姫が叫ぶ。宗矩は、腰に提げていた竹筒から水をかける。
「痛い」
水がかかると、かえって痛かったらしい。
だが、笑った。
焼けただれていた顔だったが、それがわかった。
「千姫さま」
「はい」
「無事ですか」
「……はい」
千姫は泣いていた。
おのれの身を挺して、救ってくれた男に。
だが男はその涙をぬぐって、こう言った。
「若い頃には――そう、貴女と同じくらい若い頃には、この顔でけっこう女を泣かせました。その報いです」
水も滴る美男でしたので、と、ここで諧謔を口にする。
直盛は今、一個の傾奇者だった。
誰よりも、傾いていた。
「行きましょう」
宗矩が直盛から千姫を受け取り、抱えながら立ち上がった。
火からは離れたが、熱と煙が凄まじい。
今すぐここから退散しないと、今度こそ危ない。
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