いつの日か、きみとサンタクロースと

名木雪乃

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ハロウィーン編

53 牡蠣の試練

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 11月の第4木曜日のサンクスギビングデイも終わり、街はクリスマスホリデーシーズンに突入し、華やいでいた。
 街路樹はカラフルな電球でライトアップされ、大きなクリスマスツリーもあちこちに飾られるようになった。店のショーウィンドウにはプレゼントの箱が積み重ねられるなど、購買意欲をそそるような演出がなされていた。

 ジョンは、以前から頼まれていた店舗の家具と小物の納品の準備をしていた。
 インテリアデザイナーとの打ち合わせ通り、在庫の中から急ぎヴィクトリア調の曲線的で細かい装飾の美しい家具を揃えた。
 重厚で華やかな装いに合うスタンド、燭台、食器、花瓶なども合わせて納品する。
 いつも納品の時は、サムと精肉店の体格の良いバノンに手伝ってもらっていた。

 その日は、いつものふたりの他に、もうひとりいた。

「アイリーン? なぜきみが?」

 ジョンの質問に意外な顔をするアイリーン。
 ワインレッドのトレーナーにジーンズといういで立ちで、明らかに手伝う前提の服装だった。

「え? だって、サムが人手が足りないから手伝って欲しいって……」

 アイリーンとジョンは、同時にサムを見た。

「サム!」「サム!!」
「はいはい、仲良くハモらないで」

 サムがにこやかにふたりに応戦する。

「だって、男だけだとつまらないでしょ? それに、人手は多い方がいいよね」
「また彼女に迷惑を」
「サム、私は必要なかったんじゃない。わざわざ有給使ったのよ!」

 アイリーンは口を尖らせた。

「必要だよ。きみがいてくれれば、やる気が出て仕事がはかど捗るよ。なあ、クロウ」

 そう言われて、否定する事はアイリーンに失礼だ。
 ジョンは曖昧な顔をした。

「かなりお美しいお嬢さんだな?」

 バノンがニヤニヤと、とぼけた感じで割り込んでくる。

「バノンさん、アイリーンは俺のガールフレ……」

 サムが言い切る前に、

「違います!」

 アイリーンの高い声が響く。

「へ? 違うの?」

 サムがキョトンとしている。

「まだ正式にあなたのガールフレンドになるって言ってないけど」

 そう言いながらもアイリーンの頬は、微かにバラ色に染まっている。

「え? もう何度もデートして、手も繋いだのに?」

「ガハハハッ! サム、まあ、頑張れや」

 バノンが愉快そうにバシバシとサムの背中をたたく。

「……ってことは、まだ味わってないのか?」

 小声のつもりらしいが、バノンの普段の大声からすれば普通に筒抜けだ。

「はい、試食もまだで。美味しくいただく日を夢見て、日夜口説いてる所です」

 サムが真面目そうに答えた。

「聞こえてるんですけど!!」

 アイリーンが頬を真っ赤に咲かせながら、憤慨している。

 ジョンは頭を抱えた。
 いつもよりテンションの高いこのメンバーで納品するのか。

「そういやあ、今日は元気な子リスちゃんはいないのか? 残念だな。リジーは本当にうちの奥さんと同じくらい可愛いよなあ~。『バノンさん、ベーコン下さい!』って。可愛い声で、俺の名前を呼んでくれるんだよ。若奥さんっていうより、子供のおつかいみたいだけどな」

 バノンから急にリジーの話をされ、ジョンの思考が一時停止した。

「なんだよ、クロウ! ベーコンって……リジーにおつかい頼んでんの?」
「そんなには、頼んでない。リジーがついでだからと声をかけてくれるから……」

 ジョンは口ごもった。

「おいおい、その顔、実は照れてる? 魔王も形無しだなあ~」

 隙あらば魔王の揚げ足を取ろうとする悪魔は、魔王に射るような目で睨まれてもどこ吹く風だ。

「バノンさん、リジーをネタにするとクロウの逆鱗に触れますから、要注意ですよ」

 サムはバノンに耳打ちした。

「聞こえてる!!」
「ほらね」
「そうか、じゃあ、うちの可愛い奥さんの話なら良いかな?」
「もちろんです。好きなだけ話してください。聞きますよ、のろけ話でもなんでも。クロウは秘密主義でつまらないですからね」

 悪魔の頭にとうとう魔王のげんこつという名の雷が落ちた。

「痛っ……」
「おまえ、調子に乗り過ぎだ。家具を積んだら出発する。こっちだ」

 ジョンはサムの首根っこを掴まえると、店の向かいの倉庫へと引っ張って行く。
 バノンはがっちりした体躯を揺らして笑い、アイリーンは呆れながらも明るい笑みを浮かべていた。


♢♢♢♢♢♢


 一方リジーは、その日の夕方、<フォレスト>のスタッフ同士で、街中の飲食店に来ていた。

 そこで、所長のシルビアが企画した簡単な慰労会が行われていた。

「みんな、これからクリスマスまで馬車馬のように働いてもらうから、頼むわよ。今日は思う存分食べて、飲む人は飲んで、英気を養ってね。支払いは全部会社持ちよ」

 シルビアがジョッキを持ち上げてビールを飲んだ。みな、歓声をあげて食事を始めた。
 シーフードが中心の店らしく、テーブルには海の幸がずらりと並んでいる。
 海から離れた小さな町にいたリジーには、見たことない代物もある。
 海老やムール貝はわかるが、ごつごつした殻の白と黒の貝は、初めてだった。

「リジーは牡蠣はもしかして初めて? 見た目はまああれだけど、おいしいのよ。生はレモン汁をかけて食べるの。こっちは味がついていてベーコンと一緒にグリルしてあるわ。初めてならグリルのほうから食べてみて」

 スーザンがリジーの皿にとりわけてくれた。殻の中でまだぐつぐつと音がしている。
 ベーコンとパセリが散らしてあり、オリーブ油とガーリックの香りが食欲をそそる。
 リジーは、アツアツの牡蠣をふうふう言いながら頬張った。

「ん~お、おいしい……」

 柔らかい食感と初めての独特の風味とコクがすごい。美味しかった。

「でしょ? 生もいけるのよ。滑らかな舌触りとコクがね、癖になるのよ~」

 スーザンは、レモンを絞ると生の方を食べていた。

 みな嬉々として飲んだり食べたりしている。
 シルビアとマリサとカイルは熱心に何か話をしていた。

 次々牡蠣を口に入れては、ビールのジョッキを傾けるスーザンの姿に、リジーは瞠目した。

(スーザンて確か21だよね。飲酒歴短いのに堂々とした飲みっぷり。すごい……)

「リジーも、ぼーっとしてないで、たくさん食べなよ! 大きくならないよ?」
「うん……」

(身長はもう無理だしなあ……)

 リジーはちびちびとサイダーを飲んだ。



 家族持ちのスタッフは早めに帰り、残っているのは数人になった。

「じゃあ、そろそろここは終わりにしましょう。明日はみんなゆっくり休んでね」

 マリサの声に、残っていたメンバーが帰り支度を始めた。

 リジーは立ち上がりながら、胃がむかむかしてきたのを感じた。

(おかしい……そんなに食べてないのに、どうして気持ち悪いんだろう?)

「リジー、どうしたの?」
「ちょっと、気持ち悪くて。お手洗いに行ってくる」
「まさか、牡蠣に……。体質に合わなかった?」
「え!? う……」

 リジーは手で口を押えてお手洗いに向かう。
 スーザンも慌ててついて来る。

(なんで、こうなるの。美味しかったのに。胃の中がざわざわして、何かが上がってくる)

 リジーはえずいて、便器に向かって吐いたが、何も出なかった。
 しばらく忘れていた嫌な感覚だった。

「ちょっと、リジー、大丈夫?」

 異変に気が付いたマリサもやってきた。

「どうしたの?」
「リジーが、牡蠣に、あたったというか、みんな大丈夫だから食中毒というよりは、おそらく体質に合わなかったのかと。吐き気がするみたい」

 リジーの代わりにスーザンが答えた。

「困ったわね」
「私の妹が同じような体質なの。消化してからも吐き気がなかなか収まらないから、我慢してなんとか家に帰った方が良いかも。落ち着くまで待ってたら、へたしたら明日になると思う」
「そうなの? 病院は?」
「病院でも特効薬は無いらしい。リジー、ジョンを呼ぼうか? 来てもらった方が安心でしょ」

 スーザンが切り出した。

「だめ! 呼ばないで……関係ないのに、迷惑かけられない……」

 リジーが泣きそうな声を出す。

「何言ってるの!」
「……お願い」

 化粧室の外のドアが少し開いて、会話を聞いていたらしいカイルが、

「このまま帰ったって、どうせまた店から保護者が血相変えて飛び出て来るだろ。呼べ!」

 にべもなく言い放つ。

「そうね、リジー、諦めなさい。彼に電話してくるわ」

 マリサは、その場から出て行った。
 リジーは口の中に苦いものが広がって、声が出なかった。



「珍しいわ。ジョンが電話に出ないのよ」

 マリサが戻ってきたが、ジョンが留守だと言う。

「なに? 仕方がないな。じゃあ、タクシーで送って行くか。スーザン、一緒に付き添い頼む。俺だけだとあの保護者が世にも恐ろしい顔をするからな」
「わかった」

 スーザンは強く頷いた。

「マリサはどうする?」
「私は遠慮する」
「そうか」



 リジーは、ジョンがまだ帰って来ていないのを祈った。
 リジーはタクシーに揺られ、何度も呻き、アパートメントに着くころには気持ち悪さがほぼ頂点に達していた。

「店の灯りは点いてるな。スーザン、保護者がいるか見て、いたら呼んで来い」
「わかった。リジー、待ってて」
「ううん、私も降りる……カイルさん、ありがとうございます」

 リジーは吐きそうなのを耐えながらスーザンに続いて車の外に出たが、堪えきれず、すぐ歩道にしゃがみ込んでしまった。

「リジー!? 大丈夫?」

 スーザンが駆け寄る。

(ジョンが帰る前に、早く這ってでも部屋に戻りたい!)

 リジーはそればかり考えていて、近づく足音に気が付かなかった。
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