いつの日か、きみとサンタクロースと

名木雪乃

文字の大きさ
56 / 95
ハロウィーン編

56 本当の宝物

しおりを挟む


「よう! クロウ」

 サムはいつものように<スカラムーシュ>のドアを開ける。

 ジョンが亡霊かと思うほど、弱る時期が来ていた。
 毎年クリスマス近くになると、ジョンが闇に沈むのを、サムもシンドバッドも心配していた。

 店の奥でデスクにいたジョンが、こちらを見て目を細めた。

「サム、この前は納品を手伝ってくれてありがとう。助かったよ。アイリーンにもよろしく言っておいてくれ。おかげで仕事が早く終わった」
「そうだろ? 美人で仕事もできて少し気が強くて、イケてる女だろう」
「そうだな。おまえにはもったいないほど素敵な女性だ」
「言うと思ったぜ。でも、お似合いだろう? 俺たち」
「おまえを上手く調教してくれそうだ」
「俺は馬かって。アイリーンもクリスマスにうちに来てくれたら良かったんだけどなあ。カップルとひとり身の俺じゃ、寂しい」
「カップル? 違う」

 ジョンが弱々しく頭を横に振る。

「おまえ、ここから消えてしまいそうな顔してる。……手を伸ばせば届くところにいるのに。どうして捕まえない。リジーは健気におまえが捕まえてくれるのを待ってる」
「オレなんかに捕まったらダメだ」
「……シンドバッドさんかリジーの母親に単刀直入に言ったらどうだ? リジーが欲しいってさ!」
「馬鹿なこと言うな!!」
「案外喜んだりして」
「止めろ……」

 ジョンの顔にさらなる影が宿る。

(良くない兆候だ。リジー、頼む。こいつを救ってくれ)

 ジョンは両親の突然の死から立ち直れていない。
 特にクリスマスシーズンに強い思い入れがあるのだろう。

 もう10年は経っているだろうに。
 今年はリジーに支えられ、闇を払拭ふっしょくするかと思っていた。
 ところが、何か別の檻に囚われている。

「うちにおまえとリジーが来てくれると連絡したら、母親にスゲー喜ばれた。楽しみにしてるってさ」
「……そうか、帰ったら少しは親孝行しろよ」

 ジョンが微かに笑みを見せる。

「ははは、俺に親孝行とかされたら、親は腰を抜かすかも」

 サムは軽く笑った。
 
「なあ、クロウ、アイリーンは実の所、俺を好きだと思うか?」
「突然どうしたんだ? 彼女ならおまえが好きじゃなかったら、徹底的に無視だろう。手だって、触らせやしないんじゃないか?」
「だよな。そうは思うんだけど、少し不安になってさ」

 サムはジョンにも自分にも語り掛ける。

「もちろん、態度でわかるけどさ、確実な何かが欲しい。アイリーンを好きになるまでは、恋愛に何も不安はなかった。でも、今は、本当に彼女が俺を好きなのか不安になる。彼女はキスひとつくれない。好きだと言ってもくれない。でも嫌われている感じは全くしない。むしろわざと強がって、俺を好きだという気持ちを恥ずかしくて隠している感じがする。そして、明らかに俺に踏み込まれないように自分をガードしている」
「おまえらしくないな」

 ジョンは訝(いぶか)し気な顔をしている。

(おまえも早く気付けよ、ジョン。バカヤロウ)

「彼女に対しては、臆病になってしまうんだ。それだけ本気ってことかな」
「……本気か……。大丈夫。アイリーンとおまえはお似合いだと思う」

(その言葉、そのままおまえたちにも返すよ)

 サムは念を送るかのように、ジョンを強く見つめた。


♢♢♢♢♢♢



 明日から<スカラムーシュ>は、一足早くクリスマス休暇に入る。
 ジョンは、おそらく今年最後と思われる客の相手をしていた。
 ビジネススーツを着た初老の男だった。

「このガブリオールのデザインは、ルイ15世が好んだラインです。18世紀のパリ中心に……」

 ジョンは、男が熱心に見ていた猫足の優美な椅子の説明をしていた。

「私はこの街に来たばかりでね。すまないが今日は買うつもりはないんだ。また妻を連れて来てみるよ。心安らぐ店だね」
「ありがとうございます。ぜひ、またいらしてください。お待ちしています」
「この街が気に入りそうだ。青空は美しいし、海は近いし、街には活気があり、所々に落ち着いた懐かしい感じの店もある。そして、よそ者でもすぐに受け入れてくれる」
「そうですね。僕もこの街は好きです」
「じゃあ、今度時間のある時に妻と来るから、街の見どころを教えてくれ」

 男はそう言って店を出て行った。ジョンは丁寧に見送った。

 店の中は、昔の懐かしい思い出を連想させる。温かい光の中はそこだけ時間の経過がわからなくなる。古い木の匂いに包まれると、現在と過去が入り混じるような錯覚を起こす。

 今の初老の客は、時間をかけて店の中を隅々まで熱心に見ていた。家具のほかにも壁にある古時計や絵皿、古いブリキやガラスの小物類、アクセサリー、すべて楽しそうに懐かしそうな表情で見て回っていた。
 陳列は雑な印象だが、おもちゃ箱から目当ての物を見つけ出す喜びに似ているかもしれない。
 掘り出し物を探しに来る固定客も多かった。オーナーであるデイビッドの仕入れは多岐にわたっていて、ジョンも飽きることがない。

 店の中を見回すと自分も心が安らぐ。

 フリードがいなければ、今の自分と、このすべては無かった。フリードが残してくれたものに自分は支えられ、救われ、生きている。

 ジョンは、木製の濃褐色の椅子に座りテーブルの感触を楽しんだ。売り物ではない。家族3人で使っていたものだ。
 母親とふたりだけの時は、安い丸椅子と小さなテーブルで食事をしていた。
 しかし、フリードは木にこだわった。天然木の食卓テーブルと椅子は狭いアパートメントの一室に大きすぎる代物だったが、無理やり入れられた。フリードは4脚の椅子を楕円型のテーブルにセットすると、ひとつひとつに座ってみた。

『どの椅子に座ろうかな。良いテーブルと椅子だろう? ほら、ジョディもジョンも好きな椅子に座って。アンティークだから、4脚同じものが揃わなくてね』

 あの当時、自分は嫌々椅子に座った。フリードは嬉しそうに、テーブルに頬を寄せていた。母親も同じようにやってみせると、フリードはとても喜んだ。若いジョンにはその時はばかみたいに感じられた。
 だが、今は……ジョンも頬を寄せる。

 そしてリジーも同じように頬を寄せたあの時、確かにフリードの生きたあかしを見た。

「ふっ……」

 ジョンはひとり思い出し笑いをする。
 リジーの慌てた可愛い顔のおまけ付きのこのテーブルと椅子は……自分の宝物。
 本当に大切な宝物は、何かわかっている。
 本当に手に入れたい宝物も。



「ジョン、ただいま」

 ひょっこりと顔を出す、フリードと同じ栗色の髪と瞳を持つ彼女。

「おかえり、リジー」

 自分がそう言うと、彼女はパッとランプの灯がともったような明るい笑顔を返してくれる。
 何度も繰り返される、何気なくても自分には大切な日々のワンシーン。

「あとで、また来ても良い? 明日イムルおじさんの所へ行くんでしょ? おじさんの所に、私からのクリスマスプレゼントを持って行って欲しいの」
「わかった。待ってるよ。急がなくていい。まだ店は開けてるから」
「うん。ありがとう」

 どうして楽しい時は、過ぎていってしまうのだろう。時が止まればいいと誰もが思う瞬間がある。
 何度も何度も……。

 人は、幸せな夢を見たくて生きているのか。
 一度触れて知ってしまった温もりのある夢は放しがたい。
 でも現実にならない夢ならば、終わらせたくなくても、いつかは終わらせるしかない。

 寂しさに麻痺していた頃に、また戻るのだろうか。

 今は養子にならないかと言ってくれるシンドバッドや、自分を気にかけてくれるサムもいる。
 たとえ夢を失ったとしても、孤独ではない。きっと耐えられる。

 外はだいぶ冷え込んで来ているようだった。人々は足早に通り過ぎる。
 また今年もクリスマスがそこまで近づいて来ている。

 ジョンは、休暇前に終わらせなくてはならない書類のまとめに集中し始めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

処理中です...