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ハロウィーン編
57 きみの望みを叶えよう
しおりを挟むハロウィーン編、最後のお話です。
少し長めです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ジョンが書類整理を終え、デスクから立ち上がると、急に店内の灯りが消えた。
窓の外を見ると、街灯も他の家の照明も消えている。
(珍しいな、停電か……)
すぐに、上の階からゴトッと音がして、ガタガタッと派手な音もする。
(リジー、転んだのか?)
その後、何も音がしなくなり、ジョンはやはり不安になる。様子を見に行かなくても、彼女自身の部屋なのだから大丈夫だろう。
そう思ったが、先日の遊園地のお化け屋敷で、リジーが暗闇にびくついていた姿が頭をよぎる。
ジョンは目の前のデスクの引き出しから、懐中電灯を取り出した。
スイッチを入れると明るさが広がった。ジョンは足元を照らしながら、リジーの部屋へ向かった。
♢♢♢
照明が消える前、リジーはデイビッドの両親トーマスとミーガンの顔を思い出しながら、彼らへのクリスマスプレゼントのラッピングをしていた。
小さい頃から、トーマスのことは<イムル>、ミーガンのことは<シェーラ>と呼ばされていた。そしてデイビッドのことは<シンドバッド>。
(いつもコーヒーとかお香の香りがするイムルおじさんの家は、珍しい舶来品や分厚い本が一杯で、おもしろかったけど、少し不気味だったなあ。シェーラおばさん、またチョコレートパイを作ってるかな。これ、喜んでくれるかな。コーヒー豆とペアのマグカップのセット。シンおじさんは、いつ帰ってくるかなあ)
リボンを巻き終わり、ハサミで切っていると、突然灯りが消えた。
「うわっ、なに!?」
驚いてハサミを床に落とした。
(停電? 確かどこかに懐中電灯があったと思うけど)
ゆっくり動いたつもりだったが、椅子にぶつかってそれを倒してしまった。
「うわっ!」
その拍子に自分もバランスを崩し、よろけて床に転がった。
「痛たた……」
(どうしていつもいつも。まあ、いいや。目が慣れるまでこのままでいよう)
リジーは両膝を腕で抱え、床に座った。
ひとりで暗闇に包まれているのは意外と怖い。
(早く停電終わって……)
少しして、
「リジー、すごい物音がしたけど、平気?」
ドアがノックされ、ジョンのためらいがちな声がした。
「ジョン!?」
様子を見に来てくれたことが素直に嬉しかった。
リジーは暗い中、手探りで入口に向かった。
ドアを開けると、懐中電灯を持ったその人がいた。
「急に電気が消えて驚いたね。怪我してない?」
ジョンの姿を見れば安心する。
それなのに、優しくたずねてくれる声にリジーは急に胸が苦しくなった。
「うん、大丈夫……どこも。平気……」
(わかっているけど、やっぱり本人の口から本当の気持ちを聞きたい。自分もはっきり言いたい)
「それなら良かった。店に乾電池式のランプがあるから、灯りが無いなら持ってきてあげるよ」
ジョンはそう言うとサッと振り向いた。
「待って! ……ジョンは、お母さんに頼まれてるからこんなに私に優しくしてくれてるの? 本当にただそれだけの……理由? 私のこと、どう思ってる?」
リジーはジョンの腕を掴むと、暗い部屋の中へ全ての力を込めて引っ張り込んだ。
ジョンの背後で、ドアが自然にガチャリと静かな音を立てて閉まる。
♢♢♢
リジーに思いのほか強い力で腕を引かれ、ジョンは焦った。
苦しい言い訳を考える。
(もう限界なのに。サムからも散々思い知らされた。これ以上隠している真実を突かないで欲しい)
「きみのお母さんにはとてもお世話になった。恩がある。だから頼まれたきみを見守るのは僕の役目だ。…………これまでも、これからもきみより大切なものはない」
うまく言えただろうか。
懐中電灯の灯りだけの薄暗い中、自分を凝視してくるリジーの瞳に真実が写りそうで、怖くて横を向く。
♢♢♢
リジーは、ジョンの腕をきつく掴んだままだった。
身体が、心が冷えてゆくのを感じていた。
望んだ答えではなかった。
(ジョンの苦しそうな顔を見るのが辛い。役目って……そんなに嫌なら、私のことをいちいち気にしないで欲しい。今だって、心配して見に来なければよかったのに。私より大切なものはないって、どういう意味で? ジョンといると嬉しいのに、苦しい。胸が痛い。もう、限界だよ!)
「守るのが役目って、保護者みたいな仮面を被っていれば大丈夫だと思った? 私の心の中に簡単に入ってきて、すんなり出ていけると思ったの? いつも優しくしてくれて、心配してくれて、助けてくれて、守ってくれて……」
♢♢♢
リジーのいつもと違う切ない感情を強く纏う声に、ジョンは体を強ばらせた。
(だめだリジー、僕から逃げてくれ! 今のうちに……)
♢♢♢
「頭や頬や髪を撫でたり、抱きしめたり、抱き上げてくれたり、手やおでこにキスしたり、怪我をしたら責任取ると言ったり。でも、それって……好きな人に対してすることじゃないの? ジョンにその気がなくても、近くにいてそんなにまっすぐに好意的な事されたら、好きになっちゃうよ。ずるいよ……こうなるように仕向けておいて、私が好きになったら迷惑そうな顔して突き放すの? 私はジョンが好きなの!! ずっと好きって言いたかった!!」
懐中電灯がジョンの手からゴトリと床に落ちて、足元で転がった。
ただ突っ立っているだけのジョンの胸に、リジーは縋りついた。
その白いシャツを握りしめる。
「もうずっと前から好き! だめなの? 迷惑なの?」
「リジー……」
だらりとしていたジョンの腕が手が意思を持ったように動いて、リジーの両肩を優しく掴んだ。
リジーはびくりとして、頭を左右に振った。
「もう、保護者のジョンは嫌っ! そばにいられない。触れて欲しくない……私はあなたから離れる! このアパートメントからも出て行く!!」
我慢していた涙がこぼれた。
(とうとう拒んでしまった。大好きな人を。本当は離れたくない。放して欲しくない。保護者としてでも、なんでも良い。ジョンにそばにいて欲しい、そばにいたい。でも、それだけじゃ……きっとだめ。もっともっと辛くなる……)
リジーは決意して、しがみついていた温かい胸から離れようと、身をよじった。
ジョンの胸を手で押したが、いつの間にか両肩が強く掴まれていてびくともしない。
「放して!」
自棄になって腕を振り回して力まかせに暴れても、力の差を思い知る。
「……嫌だ」
聞き取れないほどの声だった。
背中に両腕が回され、力が込められた。
大きな掌がうなじを抑えて、抱き込まれる。
「!? 放して!」「嫌だ!!」
リジーがもがくと余計ジョンの腕の拘束は強くなった。
「ジョン……?」
冷えていたリジーの身体は、火がついたように熱くなって行く。
心臓の鼓動が激しくなり痛い。
「……放さない」
「え?」
「きみをどこへも行かせない。放したくない! きみのお母さんに頼まれているとか、責任とか償いとか関係ない! そんな事はもうどうでもいい!! ……きみが好きだよ。リジー……、きみを愛してる」
痛いほど強く抱きしめられ、リジーの涙がジョンのシャツに吸われていく。
リジーの心もジョンの胸に吸われていくようだった。
「どうしようもないほど、きみを求めていたんだ。ずっときみを腕に抱いて、気が済むまで髪を撫でて、好きなくらいきみの柔らかな頬や唇に触れたかった……」
ジョンの震えながら絞り出されるような声を、初めて耳にした。
身体の拘束が緩み、うなじに添えられていた熱い掌は頬に移り、リジーは自然にジョンを見上げた。
「僕はもうきみを見張るだけのかかしはやめる。きみの望みを叶える魔王になる。ハロウィーンの時、叶えてあげられなかったきみの望みを叶えよう……」
ジョンの親指が、リジーの唇を優しくなぞる。
『キスして……』
リジーはジョンの心の内を知り、ジョンへの想いが溢れ、声が出なかった。
黒い影が落ちてきて、頬を掠めて離れ、影は鼻先で止まった。
リジーは短い呼吸を繰り返していた。
また影が近づき、今度は唇に軽く触れられた。
「……!」
身じろぎした途端、頬にあったジョンの掌が後頭部にまわった。
そして、熱を帯びた柔らかい何かに、唇が強く塞がれた。
リジーは熱さに頭がぼーっとなり、何も考えられなくなった。
腰を支えられ、立っているのがやっとだった。
息が苦しくなり、リジーはようやくジョンにキスされているのだとわかった。
保護者の仮面は砕けた。
唇は静かに離されたが、もう一度強く抱きしめられた。
ふたりは無言のまましばらくお互いの鼓動と息遣いを感じていた。
触れられているうなじから感じる掌の熱が、心の奥まで届く。
リジーはジョンのシャツを掴んだまま、その胸にしがみついていた。
(ジョン!)
「ここを出て行くなんて、だめだ。絶対に」
ジョンの力は緩まなかった。
「出て行かないよ。ジョンのそばにいる。ジョンは、ずっと私のそばにいてくれる?」
「きみが望むなら、望むだけ僕はそばにいる」
「嬉しい……。ジョンの望みも叶えてあげたい」
「僕の望みは、きみが幸せでいることだよ」
「私の幸せは、ジョンのそばにいること。私たちの望みは元は同じなんだよ」
「そうか、ただ、きみの望みを受け入れれば良かったんだ……」
「だから、ジョン、腕の力緩めて……。嬉しいけどちょっと痛いよ。安心して、そばにいるから。もう離れないから。心は絶対に離れないから」
「……ごめん」
♢♢♢
ジョンは力を緩めたが、リジーを放そうとしなかった。
「最初はきみのお母さんに頼まれたから、きみが困ったときに手を貸すだけの保護者でいようとした。それなのに、きみときたら……次々、やらかすし。気が気じゃなかったよ。サムからはきみと距離を置くように忠告された。わかっていても、きみの不運は僕にとっては引き寄せられる甘い蜜だった。気が付いたときには、とっくにきみを好きになっていたよ。でも僕は……きみの……」
そこで部屋に明るさが戻った。
停電が終わったようだ。
ジョンは明るくなった室内で、頬を赤く染め上げ、潤んだ瞳で自分を見上げて来るリジーを見て、続く言葉が出なくなった。
すべて言ってしまいたかったが、言ってしまったら、また拒絶されるかもしれない。
ようやく手にした彼女を、温もりを、心を……もう放せない。
ジョンは、心を隠すようにリジーをまた強く抱きしめた。
♢♢♢
「ジョンは<カラス>なのに蜘蛛みたい。キラキラの甘い糸を張り巡らして私が引っかかってじたばたするのをじっと見てたよね。落ちそうになったから捕まえたんでしょ? もう観念してね?」
なかなか腕の拘束を解かないジョンの硬い胸を、拳で軽く叩いてみる。
「ごめん、きみに辛い思いをさせた。いろんな思いの糸に絡まっていたのは僕の方だ。僕を責めていい」
なぜか蕩けそうなくらいリジーの耳に甘く響く。
「ジョンの石頭、鈍感、自分勝手、嘘つき……でも好き!」
恥ずかしくてジョンの胸に顔をうずめた。
「なんだかひどいこと言われた気がするけど、甘いささやきにしか聞こえない」
(て、ジョンの耳はどうかしてる。ジョンはどんな顔してるんだろう。見てみたいけど、そうすると、私の熱があるみたいに真っ赤になってる顔も見られちゃうよね……)
密かに葛藤している間に、リジーはジョンの腕の中から解放された。
(もう、見られてもいいや)
「リジー、店は予定通り明日からクリスマス休暇に入るよ。それで、明日はイムルさんの家に挨拶に行ってくる。明日は朝4時くらいからでかける。早いから声をかけないで行くよ」
ジョンはいつもの穏やかな口調で話しだした。
「それから、イムルさんの家に行ったあとに、きみの実家に寄るよ」
「え?」
「きみとのことを、きみのお母さんに話す」
「私、電話する!」
「いや、僕が話す。信頼されていた僕がきみと恋愛関係になるなんて、きっと驚くだろう。僕の気持ちを正直に話してくるよ」
「ジョン、ありがとう。嬉しい」
リジーが腕を伸ばしてまた抱きつくと、自然に背中にジョンの腕が回される。
ジョンが自分のことを真剣に思ってくれている。
「きみをもう放すつもりはない」
「うん……うん」
何度も頷く。
ジョンから抱きしめられるたびに、好きな気持ちがどんどん膨らんでいくのを感じる。
今まで抑えていた分、膨らむのも早い。
「じゃあ、このプレゼントを、イムルおじさんとシェーラおばさんに渡してくれる?」
リジーはさっきラッピングしたテーブルの上のプレゼントを、ジョンに手渡した。
「わかったよ」
「帰って来るのは明後日の夜だよね」
(明後日の夜までジョンはいないんだ。せっかく……)
「そんな寂しそうな顔をしないで」
「してないよ」
平然とした態度をとったつもりだったが、ばれていた。
リジーは、明後日まで仕事だから、ジョンがいなくても平気だと頭では考えていた。
「そう? 僕は寂しいけどね」
ジョンの甘い眼差しに崩れそうになるところを、リジーはふんばった。
「心は離れないって言ったでしょう? 明日そんなに早いならもう寝ないとね」
「そうだね。おやすみ、リジー。また明後日の夜に……」
「おやすみなさい。ジョン」
ジョンは少し屈んで、リジーの頬に手を添え、軽くキスすると部屋を出て行った。
それだけでポッとなるリジーだった。
リジーは力を使い果たしたようにベッドに倒れこんで、しばらくそのままでいた。
重く沈んでいた心が急浮上して、ふわふわしていた。
唇に触れられた感触を思い出すと、全身熱くなるから夢じゃない。
自分に気持ちを告げてくれた声もはっきり覚えているから幻じゃない。
胸に手を当てると強い鼓動がするから、これは現実。
(ジョンが好き。この込み上げる想いをもう抑えなくてもいいんだ……)
翌朝、6時に目が覚めた。
もうジョンは出かけてしまっていない。
ジョンがいない間、自分は仕事をしっかりがんばろうと、リジーは気合を入れる。
このところ、クリスマス商戦で忙しい毎日なのだ。
リジーはジョンがいないとわかっていても、気になり、部屋のドアを開けた。
「!」
部屋の前にクリスマスフラワーと呼ばれる赤いポインセチアの小さいリースが置いてあった。
クリスマスツリーのデザインのカードが添えてある。
~~~~~~~~~~~
リジーへ
おはよう、よく眠れた?
心は離れないと言ってくれて嬉しかった。
また明後日に会おう。
愛をこめて、ジョン
~~~~~~~~~~~
「きれい、かわいいリース! ジョン、ありがとう。これで寂しくないよ」
リジーは瞳を輝かせ、晴れやかな笑みを浮かべながら、カードとリースを胸に抱いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここまでお読み下さり、ありがとうございます!
次話からは、クリスマス編になります。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
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