淋しいあなたに〜1%の確率で出会った彼に愛されています〜

名木雪乃

文字の大きさ
20 / 30

20 恋せよ乙女

しおりを挟む
 心尽くしのおもてなしを受けると、人は心が満たされるみたいだ。
 よそ行きの華やいだ香りの紅茶に美しいティーカップ、綺麗に盛り付けられた美味しい軽食とお菓子。
 たまにマダムが寄ってきては、紅茶や古い映画についてのお話を楽しそうにしてくれた。マダムは、実はフランスには行ったことがなくて、趣味で十年以上フランス語講座に通っていらっしゃるらしい。
 室岩さんはマダムのご主人さまの弟さんで未だ独身だとか。余計なお世話です、と室岩さんからマダムがたしなめられていたのが印象的で微笑ましかった。きっと何度もこの会話がなされている予想がつく。おふたりの実際の関係が気になるところだけど、それ以上のお話は無かった。

 コウさんは、ホスト時代はそれらしく金髪にしてたそうだ。矢坂さんも茶髪だったらしい。
 コウさんが金髪!? 驚いて、思わずその時の写真があったら見てみたいとねだったら、笑いながら今度ね、と言われてしまった。

 今度ねって、そう言われる度、甘さと苦さが胸の奥に積み重なっていく。

 矢坂さんの親戚が経営していたお店は、よくあるホストクラブというより外国の社交界をイメージした高級クラブのような店だったらしい。ホストはみんな基本フォーマル、女性は服装は自由。女性が好みの男性ホストを指名するのは同じだが、お酒を飲みながら比較的静かな店内で、時間制で会話重視だったそうだ。有名なシャンパンタワーも、盛り上げて大騒ぎなどせずに上品に行われたらしい。シャンパンタワーは、制作専門の業者さんに発注するというのは初めて知った。
 お店の客層はさまざま、〈ナチュール〉のマダムほどの年配の女性から、大学生までいたらしい。あまり、詳しくは聞かなかったけれど、コウさんはナンバー2になったこともあるらしい。ちなみにナンバーワ1は矢坂さん。ずいぶんとモテたわけで……。美しい女性もたくさん見てきて、女性を見る目がかなり肥えているんじゃないかと思うと、私は自信をなくす。
 コウさんの趣味は、意外にも読書と散歩。文庫本を片手に知らない道でもブラブラしているらしい。そして仕事? いつもパソコンに向かって何をしているのか訊ねたら、秘密、と濁された。
 今日も持っていると見せられた文庫本は、詩集だった。
 バイロン?
 詩集は薄いのが多く軽いし、どこで文章を中断しても平気だから持ち歩くには良いらしい。
 コウさんからは、カフェ巡りの話、仕事先の話、旅行の話、学生の頃のクラブの話などを聞かれた。私が話しやすいような話題だったこともあるけれど、コウさんが興味深そうに耳を傾けてくれているのが嬉しくて、つい話しすぎたかもしれない。いつの間にか二時間が過ぎていた。

 心もおなかも満足すると、幸せな気分になる。私は案外単純な人間の方なのかもしれない。
 私を喜ばせようと、わざわざ瑠伊さんに聞いてまで、こんなに素敵なティールームをこっそり予約してくれていたコウさんの細やかな心遣い。こんな素敵な人には、きっともうめぐり会えないと思うと、切なさが募る。
 ホストクラブには行ったことはないけれど、ハマる人の気持ちがわかる。コウさんみたいに上手に話を聞いてくれて、心配りのできるホストさんがいるなら……行きたいと思うもの。
 テーブルの向こうのコウさんは、私と視線が合うと、親しい間柄のように優しげに口元を綻ばせてくれた。

「オレ、結構腹一杯です。見た目でも満足したからかな。葉摘さんは、まだまだ余裕がありそうな顔してますよね」
「わっ、私もおなか一杯ですよ!」
「ふっ。まあまあ、誰も食いしん坊だなんて言ってませんから」

 コウさんにまた笑われた。
 私も笑う。そして、呼吸を整えながら、考えながら伝えたい言葉を口にする。

「私、わかったんです。私の悩みって、相談するほど深刻なことじゃなかったって。淋しくないと言いましたが、やっぱり色々なことが積み重なってきていて淋しかったんだと思います。私の相談のために、これほど楽しくて素敵なプランを考えてくれて、とても嬉しかった。すさんでいた心もこの素敵な時間を過ごしたおかげで、潤って満たされて落ち着きました。ありがとうございます。もう大丈夫です……」

 私は、コウさんに頭を下げてお礼の気持ちも込めた。コウさんは、私をジッと見つめながらなぜか眉を寄せている。でも、優しい目だった。

「淋しいのも立派な悩みのひとつですから。油断は禁物ですよ。……オレの方は全然大丈夫じゃないですけど、まあ、良いです。今日はまだあなたの傍にいられますし」

 全然大丈夫じゃない? まだ私の傍にいられるって、それって……。このあとも、まだコウさんと一緒にいて良いの?

 期待に胸を膨らませている自分に呆れてしまう。
 
「葉摘さんは、今日は何時までいいですか?」
「あの、予定は無いんですけど、夕方五時か六時くらいまでで。〈サン・ルイ〉さんでコーヒーでも飲んで帰りますから、そこで降ろして下さい」

 コウさんに、川平駅まで送って貰うのは申し訳ないものね。

「……そうですか……」

 え? 口先だけで吐かれた言葉。
 コウさんの表情がさらに硬くなった気がした。

「あの、すみません。もっと早くても良いんですよ。コウさんがそうなさりたいなら……」
「オレのことは気にしないで、葉摘さんが望む時間で大丈夫です。五時から六時の間に〈サン・ルイ〉に送ります。まだ時間ありますね。葉摘さんは、どこか行きたいところはありませんか?」
「あの、よければ、北上きたかみ北上アラタ現代美術館という所に行ってみたいです。ご存知ですか?」
「いや、知らないです」
「北上アラタさんという現代作家さんのアトリエを美術館として公開しているところです。絵画ではなくモダンなオブジェ作品が飾られている所で、オブジェも面白いんですけど、美術館の建物自体も小さいお城みたいで素敵なので一度見てみたいんです。今、画像をお見せしますね。……ここです」

 私がスマホで検索してコウさんの方へ画面を向けると、コウさんの温かく大きな手のひらが私の手に添えられた。おそらくコウさんにとっては些細なことだろうけれど、私の鼓動はうるさくなる。
 
「すごい、本当だ。蔦に覆われた白い城だ! 良い感じのところですね。じゃあ、ここへ行きましょう!」

 良かった。コウさんが嬉しそうに弾んだ声を出してくれた。私の心は着実に元通りに修復されていく。最後の仕上げみたいに。



「またのお越しをお待ちしておりますね」
「はい、是非また伺います」

 コウさんが室岩さんと会計のやり取りをしている時にマダムから、
『素敵だと思える殿方に出会える確率は、極わずかよ。のがしちゃ駄目。恋せよ乙女……』
 と、耳元で囁かれて、ドキリとした。

 乙女と言われる年齢でもないのに。
 マダムからすれば、私でもまだ乙女?

 〈ナチュール〉のマダムと室岩さんが、お店の外までお見送りに出て来てくれた。
 緑の美しい庭に佇むおふたりは、仲睦まじいご夫婦のようだった。その姿は、いつまでも目に焼き付いていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...