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19 夢のような時間
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コウさんとの観覧車での楽しい空中散歩は、いつまでも続かない。あと少しで地上に着いてしまう。ジェットコースターに乗っている時は早く地上に降りたかったのに、観覧車は一周では物足りなさを感じた。
「もう少しでお昼ですね。お腹すきましたよね? 葉摘さんは昼飯食べに行きたいお店はありますか?」
「いいえ、特には。考えてなかったです。どこで食べても良いですよ。ここでも」
こういう開放的な屋外での焼きそばやたこ焼きも悪くない。意外と美味しく感じるものだ。
「ここで食べるのはまた今度にして、今日はもう遊園地を出て、雰囲気のあるところへ行きましょう。実はこの近くに、葉摘さんがお好きそうなティールームがあるんですよ。持つべきものはお節介な姉ですかね。姉のオススメの店です」
「ティールーム!? ですか」
萎みかけていた私の気持ちは、また膨らんだ。
「ふっ。葉摘さん、目の色が変わった。姉が、たぶん葉摘さんが気に入るだろうって言ってました」
そんなに私って、自分では気が付かなかっただけで感情を表に出してるの?
それにしてもこれから素敵なティールームに連れて行って貰えるなんて、嬉しい! 瑠伊さんのオススメなら間違いない。もしかしてお茶に誘われた時にしっかりリサーチされてた?
「とっても嬉しいです! ありがとうございます」
「喜んでいただけて光栄ですよ」
コウさんの爽やかな笑顔に魅了される。今日だけの魔法じゃないことを願ってしまう。
『ここで食べるのはまた今度にして……』
また今度があるなら……。
ゴンドラから降りる時は、今度はコウさんが先に降りて、私に手を貸してくれたので、安心できた。またそのままコウさんには、手を繋ぎ直され夢心地だった。
遊園地の土曜日の午前中は、小さいお子さんのいる若い家族連れがたくさんいて、その平和で幸せな光景は微笑ましい。
コウさんだって……。若い子とお付き合いすれば、こんな未来が確実に訪れる。でも、私とでは……。コウさんのためを思うなら……。私の浮かれていた心に、また現実が影を落とす。
「葉摘さん、疲れました? 少しベンチで休憩してから移動しますか?」
コウさんが私の手をしっかり握り直してくれた。ただそれだけのことでも、私の冷えそうな心は温かくなる。
「いいえ、大丈夫です。早くティールームへ行きたいです!」
今は、今日は楽しむって決めたんだし、代金だって払ってるし、何も考えなくていいんだった!
「それなら、すぐに出発しましょう。まあ、目と鼻の先ですけどね」
◇◇◇
コウさんの言った通り、遊園地からたった数分ほどで、そのティールームに着いた。
住宅地のど真ん中と言って良い場所に、こんな隠れ家的なティールームがあるなんて、知らなかった。
車も三台しか停める場所は無く、入口に小さな立て看板があるだけ。所々にレトロなレンガを施した邸宅への小道。小さい黄色の薔薇が巻きついている細い鉄製のデザインアーチ。
〈サロン・ド・ラ・ナチュール〉
フランス語で自然の応接室? 的な訳になるのかな。大学でフランス語を選択していたなんて、恥ずかしくて言えないレベル。
季節を感じさせるように整えられた美しい庭。自然のままに見えるようでいてきちんと手入れされている庭の中に、温かみのある素朴なタイル貼りの外観の建物がある。ステンドグラスが嵌め込まれた白い玄関ドア、格子の上下窓、そこから見えるレースのカフェカーテン、見るからにお洒落な邸宅だった。
「素敵!!」
期待で胸が膨らむ。素敵な新しいお店を見つけるといつもワクワクして仕方がない。
瑠伊さん、ありがとう!
小道の先にある緑の蔓に包まれた白い玄関ドアまで、お庭を眺め、堪能しながら進んだ。玄関脇の緑の塗装が施された同じ鉄製のベンチも素敵。
コウさんが丁寧にドアを開けてくれた。
ドアベルが軽やかに鳴る。
「こんにちは」
そこは、女性の憧れを絵に描いたような海外ドラマで見る広いリビングダのようだった。暖炉があって、アンティーク調サイドボードやチェスト、テーブル、椅子、どれも趣きがある。飾られている小物も年代物のよう。
玄関ドアはよく見ると、青い小鳥とエメラルドグリーンの蔓や葉、薄ピンクの薔薇を意匠した見事なステンドグラスで、陽に透けてカラフルな光を放っている。
目を引くのは、背の高い飾り棚に多数並ぶビンテージ風の美しいカップと有名なブランドものらしい紅茶の缶。
ときめいてしまう。こんな家に住むのが夢だ。お掃除大変そうだけど。
「いかにも女性が好きそうなインテリアですね」
コウさんもじっくり見回している。
「いらっしゃいませ。ようこそおいで下さいました」
奥から現れたのは、六十代後半くらいの静かな笑みを浮かべた品の良い女性だった。
ゴージャスな印象を受ける洋風な顔立ち。鼻の高いマダム!? ハーフの方? ダークブラウンのメイド服のようなふんわりしたスカートのワンピースに白のフリルのエプロンが似合う。
「こんにちは」
「さあ、どうぞ、どうぞ。そのスリッパに履き替えて下さいね」
玄関から一段あがったところにブルーとピンクのスリッパが用意してある。私たちは、靴を脱いでそれを履いた。
「場所はすぐにおわかりになりました?」
「はい。地図で調べておきましたから」
「まあ、ご準備がよろしいのね」
コウさんとマダムの間で朗らかに会話が進んでいる。
「本日はご予約ありがとうございました」
予約!?
私は思わずコウさんを見上げた。
そんなことは一言も……。
コウさんはニヤッとすると、肩を竦めてみせた。
「向井さんは、〈サン・ルイ〉さんのマダムの弟さんでいらっしゃるのよね」
「そうです。姉がいつもお世話になってます」
「いいえ、あたくしの方こそ。美味しいお菓子のレシピをいつも頂戴して、感謝しておりますのよ。それにしても、向井さんはなんて男前なんでしょう!! あたくしの主人みたいにカッコイイわ。主人はフランスの人気俳優ジェラール・フィリップ似なのよ。彼女さんも優しい雰囲気で上品な方ね。私の好きなソフィ・マルソーみたい」
ソフィ・マルソー!? 名前は聞いたことあるけど、あとで調べなくちゃ。
私たちを楽しく褒めてくださって、ご主人様の自慢話。このお年のマダムからニコニコしながら言われると嫌味に聞こえない。コウさんと顔を見合わせて微笑んでしまう。
〈ナチュール〉のマダムは、私たちを席に案内することもせずに、重厚なアンティークのサイドボードに飾ってあった薔薇の装飾の写真立てをふたつ持って来て、さらに私たちに説明を始める。おそらく旦那さまとジェラール・フィリップらしいモノクロの写真を並べて、ほらね、と同意が得られることを期待する顔を向けられる。
「そっくりですね。目とニヒルな口元が」
コウさんがすかさず口にする。
さすが、慣れていらっしゃる?
「ほんとうですね。知的で優しそうです」
私も思ったことを言葉にした。
「そうなの。頭が良くて優しい人だったわ。今はふたりともわたくしの夢の世界だけで生きてるの」
どちらも三十代後半くらいに見える写真だった。まさかその位の年齢で亡くなられているのだろうか。
「奥さま、立ち話はその位で。向井さま、どうぞこちらのお席へ」
どこからとも無く、マダムよりいくらか若く見える黒い給仕服の男性が突然現れたので、驚いて注目してしまった。旧家を切り盛りする執事のような、折り目正しい佇まいだ。
「ごめんなさい、室岩。お客さまがいらして下さったので、つい嬉しくなっちゃって……」
「奥さまは、おもてなしの準備を」
「わかったわ」
少女のような明るい笑みを浮かべると、マダムは仕切られているキッチンの方へ姿を消した。
明るいリビングルームのような部屋に、席は三つだけだった。他のお客さまは、まだいない。私たちは、綺麗な庭が見える窓側の席に案内された。
テーブルには、ガラスの小瓶にいけられた黄色と白の小さい薔薇が飾られていた。ベージュのランチョンマットの上の白いお皿に若草色のナプキンが二人分セットしてあって、同色のガラスのナプキンホルダーがキラキラしていた。
「こちらが本日のメニューになります」
室岩さんと呼ばれた方が、見開きの白いカードに藍色のインクで書かれたメニューを私たちに見せてくれた。選ぶのではなく、おまかせのみらしい。
それらは、さほど待たされずにケーキスタンドに載せられて、私たちのテーブルに運ばれて来た。室岩さんの給仕の慣れた手つきは無駄な動きが一切ないほどに美しい。
三段のスタンドは圧巻だった。食べるのが勿体ないくらいの完成度だった。室岩さんから詳細な説明を受けたあと、再度メニューカードを参考にしながら、ひとつひとつ声に出して確認してしまった。
スコーン(クローデットクリームにストロベリージャム添え)から始まって、サンドウィッチ三種、パテ・ド・カンパーニュ、キッシュ・ロレーヌ、クレームブリュレ、ガトーショコラ、ピスタチオのマカロン、フルーツカクテル。
「すごい豪華ですね。料理に疎いオレでも感動します」
コウさんが私の説明に、目を見開いて素の感想を述べた。
そしてマダムが紅茶のセットを運んで来た。
金色の縁どりのあるカラフルな薔薇模様のティーカップが置かれる。
「本日のお紅茶は、ダマン・フレールのグー・ルッス・デュシュカです」
茶葉の名前は、息づかいが見事なフランス語の発音だったので聞き取れなかった。マダムが紅茶をティーポットからカップへ注ぐと、豊かな香りが広がった。
「とても香りの良い紅茶ですね」
「ええ。アールグレイと柑橘系の爽やかな香りと味が楽しめますの。それでは、素敵なティータイムを、おふたりでどうぞごゆっくりお過ごし下さい」
私たちがお礼を言うと、マダムは優美な笑顔を残して、キッチンの方へ戻って行った。
静かなクラシック音楽が室内に流れ始めた。
本当に、こんな夢のような素敵なランチ兼ティータイム。
予約までしてもらっていたなんて。私が別な場所を提案したり、時間がずれたりしていたら、どうするつもりだったんだろう。もう全然悩み相談じゃなくなってる! 本当に信じられない。ここの支払いもコウさんが?
すごく高そう。どうしよう。
まずはコウさんに、お礼を言わなくちゃ。
「あの、コウさん、本当にどうもありがとうございます。こんな豪華なティーセット、初めてです。夢みたいです」
「夢じゃありません。現実です。お腹空いてるでしょう?」
「確かに、すごくお腹空いてます!」
「じゃあ、味わって美味しく食べましょう!」
「はい。いただきます」
最初に紅茶を一口、その香りと共に飲む。
美味しい!
夢じゃない。これは、現実。
でも、夢のようなとても贅沢な時間。
私の淋しいなんて心の悩みは、もう吹き飛んでしまった。コウさんは、私のことや私の嗜好まで考えて、私を喜ばせようとしてくれている。
今まで、そんな人いただろうか? 私が気が付けなかっただけ?
コウさんの心遣いが嬉しくて、感激して涙が出そうだった。
今日はまだ終わりではないけれど、今日のことはきっと一生忘れない。
「もう少しでお昼ですね。お腹すきましたよね? 葉摘さんは昼飯食べに行きたいお店はありますか?」
「いいえ、特には。考えてなかったです。どこで食べても良いですよ。ここでも」
こういう開放的な屋外での焼きそばやたこ焼きも悪くない。意外と美味しく感じるものだ。
「ここで食べるのはまた今度にして、今日はもう遊園地を出て、雰囲気のあるところへ行きましょう。実はこの近くに、葉摘さんがお好きそうなティールームがあるんですよ。持つべきものはお節介な姉ですかね。姉のオススメの店です」
「ティールーム!? ですか」
萎みかけていた私の気持ちは、また膨らんだ。
「ふっ。葉摘さん、目の色が変わった。姉が、たぶん葉摘さんが気に入るだろうって言ってました」
そんなに私って、自分では気が付かなかっただけで感情を表に出してるの?
それにしてもこれから素敵なティールームに連れて行って貰えるなんて、嬉しい! 瑠伊さんのオススメなら間違いない。もしかしてお茶に誘われた時にしっかりリサーチされてた?
「とっても嬉しいです! ありがとうございます」
「喜んでいただけて光栄ですよ」
コウさんの爽やかな笑顔に魅了される。今日だけの魔法じゃないことを願ってしまう。
『ここで食べるのはまた今度にして……』
また今度があるなら……。
ゴンドラから降りる時は、今度はコウさんが先に降りて、私に手を貸してくれたので、安心できた。またそのままコウさんには、手を繋ぎ直され夢心地だった。
遊園地の土曜日の午前中は、小さいお子さんのいる若い家族連れがたくさんいて、その平和で幸せな光景は微笑ましい。
コウさんだって……。若い子とお付き合いすれば、こんな未来が確実に訪れる。でも、私とでは……。コウさんのためを思うなら……。私の浮かれていた心に、また現実が影を落とす。
「葉摘さん、疲れました? 少しベンチで休憩してから移動しますか?」
コウさんが私の手をしっかり握り直してくれた。ただそれだけのことでも、私の冷えそうな心は温かくなる。
「いいえ、大丈夫です。早くティールームへ行きたいです!」
今は、今日は楽しむって決めたんだし、代金だって払ってるし、何も考えなくていいんだった!
「それなら、すぐに出発しましょう。まあ、目と鼻の先ですけどね」
◇◇◇
コウさんの言った通り、遊園地からたった数分ほどで、そのティールームに着いた。
住宅地のど真ん中と言って良い場所に、こんな隠れ家的なティールームがあるなんて、知らなかった。
車も三台しか停める場所は無く、入口に小さな立て看板があるだけ。所々にレトロなレンガを施した邸宅への小道。小さい黄色の薔薇が巻きついている細い鉄製のデザインアーチ。
〈サロン・ド・ラ・ナチュール〉
フランス語で自然の応接室? 的な訳になるのかな。大学でフランス語を選択していたなんて、恥ずかしくて言えないレベル。
季節を感じさせるように整えられた美しい庭。自然のままに見えるようでいてきちんと手入れされている庭の中に、温かみのある素朴なタイル貼りの外観の建物がある。ステンドグラスが嵌め込まれた白い玄関ドア、格子の上下窓、そこから見えるレースのカフェカーテン、見るからにお洒落な邸宅だった。
「素敵!!」
期待で胸が膨らむ。素敵な新しいお店を見つけるといつもワクワクして仕方がない。
瑠伊さん、ありがとう!
小道の先にある緑の蔓に包まれた白い玄関ドアまで、お庭を眺め、堪能しながら進んだ。玄関脇の緑の塗装が施された同じ鉄製のベンチも素敵。
コウさんが丁寧にドアを開けてくれた。
ドアベルが軽やかに鳴る。
「こんにちは」
そこは、女性の憧れを絵に描いたような海外ドラマで見る広いリビングダのようだった。暖炉があって、アンティーク調サイドボードやチェスト、テーブル、椅子、どれも趣きがある。飾られている小物も年代物のよう。
玄関ドアはよく見ると、青い小鳥とエメラルドグリーンの蔓や葉、薄ピンクの薔薇を意匠した見事なステンドグラスで、陽に透けてカラフルな光を放っている。
目を引くのは、背の高い飾り棚に多数並ぶビンテージ風の美しいカップと有名なブランドものらしい紅茶の缶。
ときめいてしまう。こんな家に住むのが夢だ。お掃除大変そうだけど。
「いかにも女性が好きそうなインテリアですね」
コウさんもじっくり見回している。
「いらっしゃいませ。ようこそおいで下さいました」
奥から現れたのは、六十代後半くらいの静かな笑みを浮かべた品の良い女性だった。
ゴージャスな印象を受ける洋風な顔立ち。鼻の高いマダム!? ハーフの方? ダークブラウンのメイド服のようなふんわりしたスカートのワンピースに白のフリルのエプロンが似合う。
「こんにちは」
「さあ、どうぞ、どうぞ。そのスリッパに履き替えて下さいね」
玄関から一段あがったところにブルーとピンクのスリッパが用意してある。私たちは、靴を脱いでそれを履いた。
「場所はすぐにおわかりになりました?」
「はい。地図で調べておきましたから」
「まあ、ご準備がよろしいのね」
コウさんとマダムの間で朗らかに会話が進んでいる。
「本日はご予約ありがとうございました」
予約!?
私は思わずコウさんを見上げた。
そんなことは一言も……。
コウさんはニヤッとすると、肩を竦めてみせた。
「向井さんは、〈サン・ルイ〉さんのマダムの弟さんでいらっしゃるのよね」
「そうです。姉がいつもお世話になってます」
「いいえ、あたくしの方こそ。美味しいお菓子のレシピをいつも頂戴して、感謝しておりますのよ。それにしても、向井さんはなんて男前なんでしょう!! あたくしの主人みたいにカッコイイわ。主人はフランスの人気俳優ジェラール・フィリップ似なのよ。彼女さんも優しい雰囲気で上品な方ね。私の好きなソフィ・マルソーみたい」
ソフィ・マルソー!? 名前は聞いたことあるけど、あとで調べなくちゃ。
私たちを楽しく褒めてくださって、ご主人様の自慢話。このお年のマダムからニコニコしながら言われると嫌味に聞こえない。コウさんと顔を見合わせて微笑んでしまう。
〈ナチュール〉のマダムは、私たちを席に案内することもせずに、重厚なアンティークのサイドボードに飾ってあった薔薇の装飾の写真立てをふたつ持って来て、さらに私たちに説明を始める。おそらく旦那さまとジェラール・フィリップらしいモノクロの写真を並べて、ほらね、と同意が得られることを期待する顔を向けられる。
「そっくりですね。目とニヒルな口元が」
コウさんがすかさず口にする。
さすが、慣れていらっしゃる?
「ほんとうですね。知的で優しそうです」
私も思ったことを言葉にした。
「そうなの。頭が良くて優しい人だったわ。今はふたりともわたくしの夢の世界だけで生きてるの」
どちらも三十代後半くらいに見える写真だった。まさかその位の年齢で亡くなられているのだろうか。
「奥さま、立ち話はその位で。向井さま、どうぞこちらのお席へ」
どこからとも無く、マダムよりいくらか若く見える黒い給仕服の男性が突然現れたので、驚いて注目してしまった。旧家を切り盛りする執事のような、折り目正しい佇まいだ。
「ごめんなさい、室岩。お客さまがいらして下さったので、つい嬉しくなっちゃって……」
「奥さまは、おもてなしの準備を」
「わかったわ」
少女のような明るい笑みを浮かべると、マダムは仕切られているキッチンの方へ姿を消した。
明るいリビングルームのような部屋に、席は三つだけだった。他のお客さまは、まだいない。私たちは、綺麗な庭が見える窓側の席に案内された。
テーブルには、ガラスの小瓶にいけられた黄色と白の小さい薔薇が飾られていた。ベージュのランチョンマットの上の白いお皿に若草色のナプキンが二人分セットしてあって、同色のガラスのナプキンホルダーがキラキラしていた。
「こちらが本日のメニューになります」
室岩さんと呼ばれた方が、見開きの白いカードに藍色のインクで書かれたメニューを私たちに見せてくれた。選ぶのではなく、おまかせのみらしい。
それらは、さほど待たされずにケーキスタンドに載せられて、私たちのテーブルに運ばれて来た。室岩さんの給仕の慣れた手つきは無駄な動きが一切ないほどに美しい。
三段のスタンドは圧巻だった。食べるのが勿体ないくらいの完成度だった。室岩さんから詳細な説明を受けたあと、再度メニューカードを参考にしながら、ひとつひとつ声に出して確認してしまった。
スコーン(クローデットクリームにストロベリージャム添え)から始まって、サンドウィッチ三種、パテ・ド・カンパーニュ、キッシュ・ロレーヌ、クレームブリュレ、ガトーショコラ、ピスタチオのマカロン、フルーツカクテル。
「すごい豪華ですね。料理に疎いオレでも感動します」
コウさんが私の説明に、目を見開いて素の感想を述べた。
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「とても香りの良い紅茶ですね」
「ええ。アールグレイと柑橘系の爽やかな香りと味が楽しめますの。それでは、素敵なティータイムを、おふたりでどうぞごゆっくりお過ごし下さい」
私たちがお礼を言うと、マダムは優美な笑顔を残して、キッチンの方へ戻って行った。
静かなクラシック音楽が室内に流れ始めた。
本当に、こんな夢のような素敵なランチ兼ティータイム。
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すごく高そう。どうしよう。
まずはコウさんに、お礼を言わなくちゃ。
「あの、コウさん、本当にどうもありがとうございます。こんな豪華なティーセット、初めてです。夢みたいです」
「夢じゃありません。現実です。お腹空いてるでしょう?」
「確かに、すごくお腹空いてます!」
「じゃあ、味わって美味しく食べましょう!」
「はい。いただきます」
最初に紅茶を一口、その香りと共に飲む。
美味しい!
夢じゃない。これは、現実。
でも、夢のようなとても贅沢な時間。
私の淋しいなんて心の悩みは、もう吹き飛んでしまった。コウさんは、私のことや私の嗜好まで考えて、私を喜ばせようとしてくれている。
今まで、そんな人いただろうか? 私が気が付けなかっただけ?
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