誰もいないのなら

海無鈴河

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1.はじまり

2.改めまして

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 目覚まし時計の音で目が覚めた。
 外は快晴。今日は暑くなりそうだ……。

 さわやかな青空とは裏腹に、私の心は暗く重たい。

 原因は間違いなく、昨日の許婚騒動だ。

「夢であってほしかった……!」

 残念ながら昨日食べたお菓子も、温くなったお茶も全部覚えているし、カフェで買ったクッキーの箱が何よりの証拠だ。

 とりあえず学校行かなきゃ……。


「おはよう」

 授業の前に代議部に顔を出すと、神戸くんと数人のメンバーがいた。

「おはようございます、リーダー。これ、昨日の書類です」
「ありがとう!全部やってくれたんだ」

 ミスもないし、相変わらず完璧。さすが……。

「いえ、僕も生徒会のやり方はあまり好きじゃないですから……ってリーダー、疲れてますか?」
「えっ。……うーん、ちょっといろいろあってね」

 神戸くんが言う「あんまり」=「嫌い」という公式を私は長年の付き合いで学んでいた。
 まさかその「あまり好きじゃない」生徒会の会長と許婚で、恋人になりましたなんて言えない。

「そうですか。無理しないでくださいね……」

 純粋に私を心配してくれる。本当にいい後輩だ……。

 隠し事をするのは少し心苦しいけど、知らないほうがお互い幸せだよね……うん。大事になって騒がれるのも厄介だし。

 ……というか、付き合うことになってこのあとどうするんだろう。

「あ」

 気がついた。

「私、連絡先知らない……」

 私、会長の連絡先知らない!はたしてこれは恋人として如何なものか。

「どうしましたか?」

 えらいことに気づいてしまった、と声に出していたらしい。神戸くんが不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「ねえ、生徒会長の電話番号とか知ってる?」

 部屋の中の全員が私の方を一斉に見た。かなり驚いている。

「リーダー……駄目ですよ。いくら嫌いだからって、迷惑電話なんて!」
「違う!」

 相当ひどいことを言われた。みんな私を何だと思ってるの。
 まあ、代議部で会長に繋がりのある人なんて居るわけないか。

 こうなったら直接会うしかない。そう思った私は、休み時間になると会長のクラスに向かった。

 狙うは一人でいるとき。なぜかって?生徒会長とレジスタンスのリーダーがメアド交換とか大騒ぎになるでしょ。

 ドアの陰から教室の中を覗うと、会長は席を立ってこちらに向かってくる。一人だし、ナイスタイミング!

「かい……」
「会長!」

 しかし、私をさえぎって女子生徒が会長のそばに。……確か、この子は生徒会の子だったはず。

「見積もりの計算が……」
「……ああ、ここが違うな」

 そのまま二人は教室を出て行った。

 ……まだ時間はある。うん。

 私はその背中を見送り肩を落とした。


 昼休み。会長は廊下を一人で歩いていた。角を曲がって、人の少ない方へと進んでいく。

 よし!今度こそ……!

「かいちょ……」

 再び声をかけようとした私の前に、今度はスーツを着た大きな背中が立ちはだかった。

「吉野!来月の件だが……」
「九条先生。それについては先ほど職員室に……」

 今度は先生!?会長人気者かよ!

 二人は何やら小難しいやり取りをしながら歩いて行ってしまう。もちろん、私はその場に立っているまま。

 ……まだ、時間ある、よね……!?

 そのあと、何回か会長に接触しようとチャレンジしてみたけど、なかなか会長が一人になるタイミングはなかった。

 っていうか、いつもこんな状態なの!?

 私もレジスタンスの子たちが遊びにくることもあるし、取り巻きは多いと思ってたけど……会長はなんというか、レベルが違った。常に周りに誰かが居る。そんな感じ。

「いやぁ……立場が違うってものよね」

 放課後、下駄箱に向かいながらつぶやいた。今日は代議部の仕事も無く、久々にゆっくりできる。

「でもまじめにどうしよう……おばあちゃんとか知ってるのかなぁ」

 まさか会長のケータイなんて知らないとは思うけど、何か情報は掴んでるような気がする。最悪おばあちゃんに聞いてもらおう、とかそんなことを考えながら下駄箱のふたを開けた。

「ん?」

 ポツンと封筒が入っていた。いわゆる茶封筒ってやつだ。

 まさか……!これが世に聞くラブレターってやつでは!!茶封筒だけど!

 下駄箱に手紙というレアイベントに遭遇した私は少しテンションが上がっていた。ちょっとわくわくしながら封筒を手にとる。「大和朱莉さま」と生真面目そうな字で表面に書かれていた。

 差出人は……。と、裏面を見てみる。

「……えぇ」

 瞬間、テンションが一気に下がった。

「吉野蒼司」。……って会長かよ!

 手紙が一気に果たし状に見えてくるから不思議。茶封筒も、生真面目な字も、手紙なのも……なんか色々と会長っぽすぎて涙が出てくる。

「何書いてあるんだろ……」

 脱力しながら封筒を開く。中には白いコピー用紙が一枚入っていて、そこにまた生真面目な字で書かれていた。

「放課後、生徒会室に来てくれ……って、放課後!?放課後って今日の!?」

 時計を見ると、結構遅い時間になっていた。私は取り出しかけた靴を再び下駄箱に放り込んで、全速力で生徒会室へと走るのだった。

 言っておくけど、1階の下駄箱から4階の生徒会室まで決して近いわけではない。全力を出した私は、生徒会室に着くころにはだいぶ息があがっていた。

 一度深呼吸してからドアをノックする。

 コンコン。

 ……いや、本当なら怒鳴り込みたいところだけど!他の人も居るかもしれないしね。

「どうぞ」

 会長の声がした。

「失礼します」

 そっとドアを開けると、会長が一人でパソコンをしていた。他の役員は帰ったのだろう。

「……大和さんか。もう帰ってしまったかと思っていた」

 少し驚いたように会長が言った。

「いや、割とギリギリだったけど。……もしかして、待った?」
「書類も作らなければいけないから丁度良い」

 会長はパソコンの電源を落とし、私のほうを向く。ひと段落ついたらしい。

「で、何の用事?」
「ああ。今後のことを少し話そうかと思ってな。まず……」
「あ、その前にひとつ提案」

 思い出した。今日一日会長に貼りついていた目的を達成しないと。

「連絡先教えて。毎回手紙じゃ不便すぎる」
「……それは同感だ。人に見つからないように下駄箱に手紙を入れるのはなかなか骨が折れる」

 やっぱり大変だったんだ……。よく手紙を入れる暇があったものだ。

「LIMEでいい?」
「問題ない」

 LIMEとは最近流行っているメッセージアプリだ。すばやく連絡先交換を終えると、会長はポケットにケータイをしまった。

 私のケータイ画面には「吉野蒼司」と表示が出ている。不思議な気分だ。

 一日の苦労を思って感動している私に水を差すように、会長が冷ややかな口調で言う。

「悪用しないように」
「しないわ!ていうか、そっちこそ悪用しないでよ!」
「当たり前だ」

 こいつも私を何だと思っているのだろうか……。

 しばらく無言のにらみ合いが続き、ふぅと会長がため息をついた。今度は反対のポケットから紙を取り出す。

「話を進める。昨日、あのあとおばあ様からこれを預かった」

 こちらに紙を差し出してくる。読めと?爆発物を取り扱うかのような慎重さで折りたたまれた紙を広げると、流麗な文字が。

 ……手紙だろうか。

 その手紙曰く。

『蒼司さんはあまり女性に慣れていないようだから、朱莉さんの力を借りて女性の扱い方を勉強なさい。これは吉野の後継者として大切なことですよ。きちんとお付き合いができているかどうか、定期的に確認しますからね』

 読み終え、会長に手紙をつき返す。

「私巻き込まないでよ!」

 完全にいいように使われている!!

「それについてはすまないと思っているが……昨日結んだ同盟がある。まさか、破るとは言わないだろう?」
「うっ……」

 それを言われると痛い。あぁ……やっぱり昨日無理言ってでも断っておけば良かった!

「しかし、これは本気でやらねばなるまい」

 会長は定期的に確認の部分を読んでそう言った。

「確認ってナニ……何するの」
「わからない。……だが、おばあ様の目を誤魔化すことは難しいことを俺は知っている」
「あぁ。それは私にもなんとなくわかるよ……」

 昨日会った会長のおばあさんの雰囲気から察した。

 とつぜん会長は私のほうを向いた。何もかもを見透かしているようなまっすぐな瞳。私は目がそらせなかった。

「改めて、俺と付き合ってくれないか?偽者の恋人として」

 そう言って右手を差し出す。雰囲気に呑まれた。

 流れるような動作、少し動揺しているように震える声、それでも私を捉えて離すことのない瞳。
 その全てが届いてきて、私は馬鹿みたいに突っ立っているしかなかった。

 これ、本物の告白みたいじゃん……。

 頭の片隅でそんなことを思いながら、ようやく動かせるようになった右手をぎこちなく伸ばす。そっと会長の手を握った。

「はい」

 自分でも驚くくらいに声が震えていた。嘘だとわかっていても、会長の抗いがたいオーラも告白も緊張する。

「助かる」

 ほっとしたように会長が言った。

 そのとき、私のケータイから着信音が。一気に現実に引き戻された私は、あわてて画面を確認する。

「メール……おばあちゃん!?」

 会長を横目で覗うと、どうぞと手で示してくれた。お言葉に甘えて読ませてもらおう。

 ……。

「えぇ……」

 メールの内容はこうだ。

『蒼司さんとは仲良くしてるかしら?帰ってきたら話聞かせてちょうだいね』

 陰で見てたんじゃないだろうか、と薄ら寒くなった。そのくらいすばらしいタイミングと内容だった。そして私はおばあちゃんがおしゃべり好きで、この追及から逃れることは不可能だと良く知っていた。

「会長……」
「何だ」
「……こちらこそよろしくお願いします」
「は?」

 いきなり頭を下げてそんなことを言う私を会長は不思議そうに見ていた。

 こうして告白という過程を経た私たちは正式に恋人のフリを始めることにした。相変わらずどうしたらいいかわからないけど。

 ……さて、帰ったらおばあちゃんにどう話そうかなぁ。
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