誰もいないのなら

海無鈴河

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1.はじまり

8.バカは風邪ひかない

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 今日は水曜日だ。いつものように階段をのぼって、棚の陰で蒼司の姿を見つける。

「遅かったな」
「授業が延びて」

 鞄からお弁当を出して渡す。受け取りながら蒼司が言った。

「ところで、先日申し出のあった予算の件だが……」

 急にお仕事の話ですか。動きを止めて蒼司の方をじっと見る。

「見直しが決定した。まあ、変更があるかどうかは保証できないが」
「本当!?」

 驚いた。だって、珍しく生徒会が折れたんだよ!

「本当だ。……嬉しそうだな」
「そりゃそうでしょ。これでこそ代議部が意味を成したってことなんだから」
「君の提出した書類には色々言いたいことがあるんだがな」

 あれ? 蒼司が呆れたように私を見ている。

「それ長い?」

 尋ねると、蒼司は少し考えた後無言でうなずいた。
 うわぁ……。

「……またの機会にお願いします。ご飯食べられなくなる」

 そういうと、それもそうだ、と蒼司は言った。そして急にくしゃみ。

「風邪?」
「……おとといあたりから少し体調を崩している」

 今の季節に風邪なんて珍しい。あ……もしかして。

「この間の用具室のとき、汗かいたままだったから……」
「かもしれないな」

 先日用具室に閉じ込められたときは体育のすぐあとだったから、体が冷えてしまったのかもしれない。

「君は平気なのか?」
「ぜんぜん大丈夫」
「バカ……なんでもない」

 そう答えると蒼司は何か言いおうと口を開いて、すぐさま閉じた。

「……バカはなんとやら、とか言おうとしてませんかね?」
「良く分かったな」

 肯定するんだ。……どうせ私はバカですよ。
 そんないつもどおりのやり取りをしている間も、蒼司は少しつらそうだ。きっと生徒会の仕事が忙しいんだろう。疲れが出たのかもしれない。

「……少し休んだら?」

 私はお弁当を食べ終えた蒼司を見て、そういった。

「ここでか?」
「ほら、目を閉じてるだけでも多少楽かもしれないし。授業始まりそうになっても起こしてあげるから」

 蒼司は不思議なものを見るような目で私を見ている。何、その目は。

「……君がそんなことを言うとは驚いた」
「私は鬼の生徒会長じゃないので。で、どうする?」
「そうしよう」

 蒼司はお弁当箱を私に返すと壁にもたれかかって目を閉じた。……どうでもいいけど、眼鏡ははずさないのね。
 あんまり寝顔を見ているのもどうかな。そんなことを思って私は代議部の資料を取り出して読み始めた。
 そのあとしばらくして、チャイムが鳴って私は蒼司を起こした。

「保健室行きなよ」

 私は彼と別れるときにそう言った。でも、蒼司は何も言わなかった。


 放課後。代議部に行こうと廊下に出た。ちらりと隣のクラスをのぞいてみると、蒼司の姿は無い。もう生徒会室だろうか。
 すると、教室の中の話声が聞こえてきた。

「会長大丈夫かなぁ」
「あいつが保健室なんて珍しいよな」

 ……結局保健室行ったんだ。少し考えて、私は階段を下りて一階へ向かった。
 保健室のドアをノックする。
 …………。返事が無い。

「失礼しまーす」

 仕方なくそっとドアを開けると、先生の姿は無かった。……そういえばこの時間は職員会議だっけ。
 保健室にはベッドが二つ並んでいて、そのうちの右側のカーテンが閉められている。近づいてそっとあけると、蒼司が寝ていた。昼よりも顔色が悪いような気がする。
 起こさないようにそっと、ベッドの脇にある椅子に座った。
 なんだか不思議な気分。いつもしっかりしている彼の無防備な姿も、それを見ている私もどこか現実味がない。
 やっぱり眼鏡をしたまま眠っている彼をじっと見つめた。意外と睫毛が長い。大変羨ましい。

「……勉強もできて、運動もできて、顔は整ってて……あんたはどこまで完璧なのよ」

 つい文句を言ってしまう。すると、蒼司が突然身じろぎをした。
 ……え、聞こえてた?
 若干冷や汗をかく私に気付いているのかいないのか。蒼司はぼーっと宙を見つめて、それから私に視線を移した。

「……なぜ君がここに?」
「なんとなく」

 怒られないことにほっとしながら、私はそう答えた。これは嘘じゃない。なんとなく、気がむいたから来ただけ。
 蒼司はいつものように話をしようとしているけど、やっぱり辛そう。私は早々に立ち去ることにした。

「じゃ、私行くから。お大事に」

 立ち上がろうと腰を浮かせると、その手が突然掴まれた。

「えっ」

「……すまない」

 蒼司の少し熱を持った手が私の右手を掴んでいる。驚いて彼を見ると、彼も少し驚いていた。自分で自分の行動の意味が分からない。そんな感じが伝わってくる。

「どうしたの。何か用事でもあった?」
「いや用事は無いが…………君にここに居てほしい」

 ちょっと目を伏せ、小さい声でそういう蒼司の姿は普段の冷静で毅然としている生徒会長とは全然違っていた。簡単にいえば弱弱しい。やっぱ、相当具合悪いんだ……。
 弱っている姿に免じて、私はもう少しここにいることにした。もう一度腰を下ろすと、蒼司はそっと手を離した。……温かかった右手が急に冷えてしまって少しさみしい。

「……また、昔話をしてもいいか?」
「寝たほうがいいんじゃない」
「正論だな……少しだけだ」

 蒼司はそう言うと目を閉じた。昔を思い出しているかのように。

「俺が小さいころ、俺の家族はみんな忙しくて――まあそれは今もだが――こうして熱を出した日は屋敷の一室で独りで寝ていた。時々様子を見に来てくれたのは家政婦だけ。だから、こうやって誰かが隣にいるというのは不思議な感覚で……。こんなに、人の手は安心できるものなんだな」

 私の家にはいつもおばあちゃんがいた。具合が悪くなったなんていうと、ものすごく心配して、私に付きっ切りになる。
 だから想像するしかない。
 小さい子供が広い家で、ひとりっきりで寝込んでいる様子を。それはとても……辛かったのだろう。いくら吉野家の跡取りだとしても、鬼の生徒会長だとしても、子供なんだから。

「……寂しかった?」
「…………そうなのかもしれないな」

 ちょっと黙りこんでからそう答えると、蒼司は口を閉ざした。それっきり何もしゃべらない。
 ……あれ? 私と蒼司以外、誰もいない保健室には蒼司の穏やかな寝息だけが聞こえる。

「しゃべるだけしゃべって寝た……子供か」

 満足したのだろうか。さっきよりも表情が柔らかい。それがなんだかかわいらしくて、気がつけば私は彼の頭をそっとなでていた。
 ちょっと固めの髪。綺麗な黒色。そんなことを意識すると、すごくいけないことをしている気分になって、私はあわてて蒼司から離れた。
 そのとき、廊下から足音が聞こえてきた。こちらに近づいている。

「……先生かな」

 時計を見ると職員会議が終わるころだった。私はカーテンを閉め、何事もなかったかのように保健室の診察用のいすに座った。
 ドアが開くと、案の定先生が顔を出した。

「あら、どうしたの?」
「ちょっと絆創膏貰いに来ました」
「そうなの……ちょっと待ってね。……はい」
「ありがとうございます」

 先生は棚から絆創膏を一枚取り出し、私に手渡す。お礼を言って、保健室から出た。
 手にはまだ、彼の手と髪の感触が残っている。それを意識した途端、私は膝から床に崩れ落ちた。
 なんだろう……。なんだろう……これ!?
 心臓がバクバクと激しく脈打っている。ちょっと暑い気がするから、顔も真っ赤になっているはずだ。

「忘れろ、私…………!」

 このまま廊下で悶え続けていると変な人になってしまう!
 意識を切り替えるため、私はダッシュで代議部に向かうのだった。

「こら代議部!廊下は走るな!」
「すみません!!」

 ……もちろん途中で先生に怒られた。
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