誰もいないのなら

海無鈴河

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2.偽物以上本物未満

12.自信の魔法

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 蒼司に昔の話をしてから数週間が経った。あれからなんとなく気まずくて、私たちは会っていない。
 世間はバレンタインシーズンを迎えていた。

「朱莉、今年はどうするの?」
「何が」

 お昼休み、お弁当を食べながら友人がそう尋ねてきた。

「チョコに決まってんでしょ。去年は義理チョコ一緒に作ったじゃない」
「あぁ……そうだね」
「私、今年はトリュフやってみようって思うんだけど」

 友人はお菓子作りが好きらしく、ことあるごとに新作お菓子に挑戦しようとする。

「面白そう。一緒にやるよ」
「じゃあ材料買いに行かなきゃね」

 今年はどうしようかなぁ。レジスタンスの子たちでしょ……あと、お父さん。他に親しい男の人っていうと……。
 ぽんっ、と頭の中に蒼司の顔が浮かんだ。
 恋人イベントの代名詞、バレンタインデー。渡すべき、なんだろうなぁ。
 でもあれから話してないし、どうやって渡せっていうの。

「あぁぁぁぁぁ…………」
「なに、どうしたの。怖い」

 あぁ。話してしまいたい。この気まずさ、誰かに話して、相談に乗ってもらいたい。
 まあ。それができたら苦労しないんだけどなぁ……!

 結局私は、あれこれ悩みながら蒼司の分のチョコも作ってしまった。
 友人の家からの帰り道、紙袋を見つめながらはぁ、とため息をつく。……どうしようこれ。
 捨てちゃう? ……せっかく作ったし、それはもったいないような。
 じゃあ、渡す? いやいや。
 突然何をって真顔で返されるのがオチだ。あんなことしちゃって、どの口が……。

「あー。いっそ、自分で食べちゃおっかなぁ……」

 自嘲気味に笑いながら、そんな風につぶやく。すると突然、後ろから肩を叩かれた。な、なに!?
 驚いて振り返ると、グレーのパンツスーツをびしっと着こなした女性と目があった。

「朱莉ちゃん。久しぶり!」
「麻里さん!?」

 吉野麻里さん――蒼司の叔母さんだ。前に一度、吉野家で会ったことがあって、そのあとも何かと私のことを気にかけてくれる優しい人だ。

「お仕事ですか?」
「うん。今やっと会議が終わって。……朱莉ちゃんはもしかして、バレンタインかな?」

 紙袋に目を落とし、麻里さんが笑う。

「まあ、そんなところです……」

 あ……そうだ。私は持て余していたチョコを取り出すと、麻里さんに差し出した。

「これ、どうぞ」
「えっ? バレンタインのチョコでしょ?」
「そうなんですけど……いいんです」

 麻里さんは少し戸惑った様子で、包みを受け取ると、一転してカラカラと笑いながら冗談っぽく言う。

「もー。私じゃなくて、蒼司にでもあげてよー」
「……っ」

 麻里さんは私と蒼司に何があったのか知らない。この言葉は思いっきり私の心に突き刺さった。
 ……もう無理だ。一人で悩み続けるのなんて、無理。

「朱莉ちゃん?」
「うぅ……麻里さぁぁぁぁん!!!!」

 私は半泣きで麻里さんに抱きついた。

「えっ。えぇぇぇぇ!? ちょっと、どうしたの!?」



「なるほどねぇ。そんなことが」
「はい……なんか凄く悪いことしちゃった気分っていうか」

 近くの喫茶店に場所を移し、二人でミルクティーを啜る。
 この間学校で起きたことを全部話した。もちろん、恋人のフリの部分は伏せて。
 麻里さんは話が全部終わると、優雅な動作でティーカップをテーブルに戻し、きっぱりと言った。

「要するに、朱莉ちゃんは自分に自信が無いと」
「うっ」

 その通りです。押し黙ると麻里さんは少し考える素振りを見せた。

「前に吉野の家に来た時……朱莉ちゃんにあいつの昔話をしたよね」
「はい。……確か、ずっと一人だったって」
「あの時、朱莉ちゃんは怒った。蒼司が少し人と違うからって避けるのはおかしいって」

 ……確かに、そんなことを言った気がする。

「……あ」

 はっと視界が開けたような気がした。

「蒼司は受け入れようとしていたのかもしれないね。あなたがそのままの蒼司を受け入れてくれたから」

 私が言ったことなのに、すっかり忘れていた。ますます酷いことをしてしまった、と後悔する。

「でも……やっぱり」
「やっぱり怖い?」
「はい。……正直、こんな風に誰かに自分の思ってることを言うことも怖かったです。これじゃ駄目だってことも分かってるんですけど」
「うーん。これは重症だ」

 うつむいて答えると、麻里さんはちょっと苦笑してから、思い出したかのように言った。

「朱莉ちゃん。明日の午後、時間はある?」
「明日ですか? ……はい。大丈夫ですけど」
「じゃ、お家に迎えに行くから!」
「え!?」

 麻里さんは楽しそうにニコニコと笑っている。……一体なにが。何度尋ねても、麻里さんは教えてくれなかった。


 翌日。いつか見たことがある黒い車が私の家の前に停まった。

「じゃ、さっそく行くよー!」

 がしっと腕をつかみ、麻里さんは私を後部座席に押し込む。

「だからどこに!?」
「魔法をかけてくれるところに」

 魔法? ますます意味が分からない。
 そうして抵抗する暇もなく、車はどんどん住宅地を抜け、街の中心部へ。
 そして到着した先は、駅前の高級ブティック。私なんてとても手の届かないような、セレブ向けの有名ブランドのショップだ。

「入って」

 麻里さんは堂々とした足取りで店の扉を開ける。

「いらっしゃいませ」

 スタッフの人が優雅に私たちに優雅に一礼。なんだ、この夢のような空間は……。

「頼んでいたものは用意できてる?」
「もちろんです。奥の部屋にご用意しています」
「じゃ、この子をよろしく! 私は勝手にやるから」

 私が呆然としている間に勝手に話は進んでいく。

「って麻里さん!! いったいどういうことですか!?」
「すぐ終わるわよー」

 どこかに歩き出した麻里さんの背中を信じられないような気持ちで見つめていると、奥からやってきたスタッフさんが私の腕をつかんだ。

「さあ、参りましょう」
「だからなに!?」

 ずるずると店の奥にひきずられていく。そこは広めの試着室みたいで、衣装かけにはピンクのドレスがかかっている。
 女性のスタッフさんが、そのドレスを私に差し出した。

「まずは、これにお着替えください」
「……はい?」

 無理無理。こんな高そうな服、着たことない。
 首をぶんぶんと振ってそのことを伝えると、スタッフさんはにこりと笑った。

「では私共がお手伝いいたします」

 やっぱりそうなるの……!?


「やっぱこのドレスは若い子が着ないと駄目だねぇ。よく似合うわ」
「ま、麻里さん!! そろそろ教えてください!」

 数十分後、私は再び麻里さんの前に戻った。麻里さんは鮮やかな赤色のドレスに着替えていた。私はというと、抵抗することもできず先ほどのピンクのドレスを着させられ、メイクやヘアセットまでされ……正直疲労困憊だった。

「というか、このドレス……胸元とか、肩とか……色々開きすぎじゃ」
「あら。若いうちに出せる物は出しておかなきゃ!」

 若いうちって。麻里さんって一体何歳なの……。怖くて本人には聞けないけど。

「うん。あなたたち、いい仕事したよ!」

 麻里さんがスタッフさんたちを笑顔で褒める。

「楽しかったですよ! さすが、社長のご友人というべきか……もう、素材がすばらしくて飾りがいが!」

 スタッフさんたちはみんな達成感にあふれている。

「……社長?」

 ふとひっかかった。麻里さんはカラカラと笑っていった。

「私、ここのブランドの社長なの」
「え、えぇぇぇぇ!?」
「言ってなかったかな」
「聞いてません! でも、吉野家って政治とか教育方面の印象が……」

 正直、ファッション業界なんて縁がないと思ってた。

「まあ、私は好き勝手やらせてもらってるからねぇ」

 そして麻里さんは、私の手をとって外に連れ出す。

「じゃあ、行こうか」
「……まだどこかに行くんですか?」
「うん。パーティーに」

 はい?

 再び車を降りると、高級ホテルの目の前だった。

「……キャパオーバーです」
「まだまだ長いわよー」

 どうやら、どこかの会社の記念パーティーらしい。

「私招待されてませんけど」
「大丈夫。これ、うちの会社のパーティーだから」
「えぇ……」

 最初から連れてくるつもりだったんだ……この人。麻里さんと一緒に会場に入ると、すでにたくさんの人がテーブルを囲んで談笑している。
 うわぁ……すごそうな人ばかり。既に逃げ腰になっている私に、麻里さんはさらに追い討ちをかけた。

「では、これから蒼司に会いに行きましょう」
「蒼司!?」

 今、顔を合わせづらい人ナンバーワンがなぜここに。

「無理無理無理です! 会えない、いや会いたくない!」
「もう、なんのためにおしゃれしたって思ってるの!」

 麻里さんがちょっとこっち、と言って会場を出る。パウダールームの大きな姿見の前に私を立たせた。

「自分の姿を良く見て。どう思う?」
「はぁ……なんていうか、似合ってるのかなって……」
「いい? ……このドレスも、メイクも、全部武器なの」
「武器……?」
「自信を持たせて魅力的にさせる武器。でも、大切なのは自分の気持ち。胸を張りなさい。今日の私は綺麗なんだ、って。そうしないと、この武器はただの棒っきれよ」

 そう言われてもう一度鏡を見る。今まで一度も着ようと思わなかったピンクのドレス。……ピンクなんて似合わないって思っていたから。
 見た目だけなら、って思って肩までかかるくらいに伸ばした髪。ろくなお手入れもしていなかった。今は綺麗に整えられて、パールのカチューシャで飾られている。
 一度も手を出したことのなかったメイク。どうせ何も変わらないって思ってた。

「最後にひとつ。朱莉ちゃん、とっても可愛いよ」

 下を向いていた顔をあげ、背筋を伸ばす。鏡の中の自分と目があった。自分だけど、自分じゃないみたい。
 いい顔になった、と麻里さんが言った。


 パウダールームから出て、会場に戻るとすぐ、麻里さんの周りには人だかりができた。

「社長! こんなところにいらっしゃったんですか!」
「ごめんなさい。ちょっと用事が」
「皆様お待ちかねですよ」

 すぐにビジネスの話が始まってしまい、私は独りになった。こういう場で何をすればいいのかな……。経験ゼロだから分からない。
 手持無沙汰になった私は、とりあえず壁側に置いてあった椅子に座っていることにした。慣れないヒールのせいか、足が少し疲れている。
 一息ついて着飾った人たちを見ている。

「蒼司、いるんだよなぁ……」

 人ごみの中に彼の姿が無いかと探してみる。……それっぽい人は見つからない。
 まぁ、そのうち見つかるかな。ちょっと緊張のほぐれてきた私は、のんきにそんな風に考えていた。

「お嬢さん。おひとりですか?」

 声をかけられて顔をあげると、男の人が目の前に立っていた。……誰だろう。というか、なんの用だろう。
 何も答えられずにいると、その人はどんどん私に顔を近づけ話しかけてくる。

「いや、素敵なドレスだ。良く似合っている。よければ一緒に夜景でもいかがですか?」

 強引に手を取り、立たされた。つん、とお酒の匂いがここまで届く。
 この人、酔ってるんだ!
 なんとかその手から逃れようともがいてみるものの、慣れない靴のせいでうまく動けない。
 周りの人は壁際にいる私達になんて気が付いていないみたいだ。……うわぁ。どうしよう。こういうことって過去に何度かあったけど……どうするんだっけ。
 そうこうしている間に、男の人は掴んだ腕に力をこめる。痛い。このまま会場から連れ出すつもりだ。

『君は少し、衝動で動くことを止めた方がいい』

 ふと、学園祭で蒼司に言われた言葉を思い出した。
 そうだ。頭を使え。やみくもに動くんじゃなくて。

「すみません。私、今日は連れがいるので」

 嘘は言ってない。嘘は。できるだけ刺激しないように、やんわり営業スマイルを浮かべる。少し、相手の手の力が緩んだ。
 よし。今のうち。手をそっと振りほどき、さりげなく距離を取る。

「失礼します……っ」

 なるべく早足でその場を離れ、人の多い方へ向かった。
 その瞬間、足に鈍い痛みが走る。
 ……しまった。靴擦れだ。また椅子のところまで戻る? でも、あの人がいるかもしれない。
 こういう時、どうすればいいの?
 何もせず突っ立っている私は、嫌でも注目を集めていた。着飾った大人が不思議そうに私を見ている。
 なけなしの自信が折れそうになったころ、救世主現る。

「朱莉!」

 聞きなれた声。どこか焦ったような、驚いたようなそんな感じ。
 久しぶりに名前、呼ばれたなぁ……。こんな状況なのに、頭の中でそんな風に考えてしまう自分が可笑しい。
 正装を纏った彼はいつもよりもずっと大人っぽく見えた。

「なぜここに……。いや、それよりも」

 蒼司は私の足に視線を落とす。

「痛むか」

 素直にうなずいた。やっぱり気付かれている。
 すると、蒼司は私の手を取って優しく会場の外へと促す。

「……抱えるわけにはいかないからな。もう少し我慢してくれ」

 抱えられなくてよかったです。はい。想像しただけで恥ずかしくて死んでしまう。
 そのまま会場を抜け出し、ロビーにある高級そうなソファに座らされた。そして蒼司は一旦私のそばを離れ、どこかへ歩いていく。

「……すまない。待たせた」

 あ、帰ってきた。
 彼は私の前にかがみ込んだ。手には絆創膏。

「足を出せ」
「……いいよ、自分で貼るから」
「けが人は大人しくしておけ」
「あっ、ちょっと」

 蒼司の手が足にそえられ、靴を脱がされた。

「……君にこうするのは2回目か」
「あぁ、体育祭の時ね……」

 もう遠い昔のことのように感じてしまう。あの時の私は、まともに蒼司の顔が見れなかった。
 って、あれ!? 私、なんでこうなってるの!?
 蒼司を突き放しておいて……こんな、堂々と顔合わせて。急に大事なことを思い出したようで、頭が混乱している。

「……そんなに痛いのか?」

 蒼司がぎょっとしたような顔で私を見た。たぶん、変な顔になってたんだろうな……。
 今すぐここから立ち去りたい気持ちをぐっと抑えて、私は蒼司に向き直った。
 今ならちゃんと向き合える。今日の私には武器がある。

「あの……ごめんなさい」
「突然何を」
「私……せっかく蒼司が励ましてくれてたのに、突き放すようなことしちゃって。あんな風に言ってもらったことってなかったから、驚いて……」

 ここまで話して、そっと蒼司の顔を窺い見る。蒼司は静かに私を見ている。

「とても嬉しかった。そして、怖かった。どうせ心の中では否定しているんだって思って」
「俺は冗談もお世辞も言わない」
「知ってる。……あなたは私を否定しない」
「君も、俺を否定しないだろう。お互いやっかいな性格だ……これでお相子だろう」
「うん」

 蒼司は私に靴をはかせると、立ち上がった。すっと、手が差し伸べられる。

「綺麗だな」
「え」
「……ドレスも髪も似合っている。綺麗だ」

 一瞬何を言われたか分からなかった。でも、理解した瞬間……顔が真っ赤になって心臓が早鐘を打つ。
 もう、本当に今日はキャパオーバーだ……!

「そ、そんなことないって! こんな、ピンクの可愛いドレス……」
「……先ほどまでの流れはどこに行ったんだ。そうではないだろう」
「うっ」

 呆れたようなセリフとは裏腹に、その口角が上がっている。あぁ……絶対楽しんでいる。この人。

「劇に出たときのドレスも良かったが、こういった色合いもいいと思う。……それに、ショッピングモールで試着していたワンピースも似合っていたな。可愛らしくて」
「かわい……っ? キャラ変わってない!? 大丈夫!?」
「俺は至って平静だ」

 そんな昔のことまで掘り起こさないでください!!

「朱莉。君はバカではないんだ、言えるだろう?」

 完全にバカにしているようにしか聞こえないセリフだ。顔が笑っているからなおさら。
 そして恥ずかしさと煽られた悔しさで真っ赤になった私は……。

「……ありがとう!」

 自棄になってそう叫び、彼の手を取る。言い返してやろうと、キッと顔を上げる。目の前の彼は優しく微笑んでいた。
 ……そんなレアな表情見せられたら怒れないでしょ。脱力してふっと笑う。
 私って、ホント単純だなぁ。




 ホテルのロビー。手を取り、笑いあう二人を陰から見ている人たちがいた。
 一人はブルーのドレスを着た少女。もう一人は白のスーツを着こなした少年。

「あれが柏原の生徒会長?」
「ああ。いずれお友達になるんだ……挨拶でもしておく?」
「今はいいわ。馬に蹴られて死んでしまうもの」
「それもそうだね。……ふーん。あれが彼の弱点、か」
「……壊すの?」
「壊すさ。……飛鳥学園の主たる僕が全てを手に入れるために」

 そして二人はまた、会場の人ごみにまぎれて行った。
 蒼司と朱莉は気付かない。この二人が、日常を大きく変えることに。


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