オールバックを辞めない

lacconicksou77

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憂喜美波 4

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 次の日からクラスメイト達の伊勢谷君への当たりが強くなった。
 先生達の対応も強化され、毎日反省文を書かされている。しかし、それでも、伊勢谷君はオールバックを辞めない。
 私は周りの待遇に納得がいっていなかった。
 もっと過激で凄惨な思いを、私がしたような思いを、早くさせてあげるべきだと考えていた。無論、伊勢谷君に早く気付かせて上げるために他ならない。
 伊勢谷君に対して皆が行っていたのは、グループ討議などの場面で仲間外れにするだとか、教師の都合で教室が変わったことを伝えないだとか、いじめとも言えないような幼稚な行いだった。
 そんなものでは堪える訳がない。仲間外れにする行為などは、むしろ有り難く思われる可能性すらある。私は焦っていた。
 あの冴えない三人組に伊勢谷君をまたけしかけるよう話をしたこともあったが、生意気にも断られた。とはいえ自ら率先してけしかける行為をする気はない。
 思惑通りにいかない日々がダラダラと過ぎていく中で、ある日の昼休み。クラスメイトの穂花に声をかけられた。話があるから放課後中庭に来て欲しいとのことだった。
 私は帰りのホームルームが終わると夏帆と結衣にその旨を伝え、中庭へと向かった。

 穂花とは今までまともに会話したことがない。クラスでの穂花の様子を記憶を探って呼び起こしてみる。私とは反対側の窓際の席でいつも一人でいた。確か、食堂では別のクラスの生徒と食事をしているねと、夏帆と結衣と話した記憶がボンヤリとある。あまり興味がなくて印象には残っていなかったが、思い返してみればそうだ。
 そういう意味では私や伊勢谷君と同じタイプなのかもしれないと思ったが、穂花が私に対して何の用があるのかについては検討もつかず、あれこれ考えている内に中庭に到着した。
 穂花は中庭の中央。農業部の野菜などが植えられている菜園の前にある、古びた木の椅子に小さく腰掛けていく。 
 私は頬に両人差し指を当てて口角を上げる。よく分からない相手と話すときは笑顔が一番だ。
 穂花の方に近付いていく。私に気が付いた穂花も、立ち上がってこちらに近付いて来た。
 穂花は女性の平均身長と同じくらいある私よりも頭一つ分ほど小柄で、前髪が長く、目がほとんど隠れている。私は穂花の佇まいに何だか異様な雰囲気を感じていた。
「ごめんなさい。急に呼び出してしまって」
 ごめんという割には悪びれている様子を感じられないが、私は笑顔を崩さない。
「大丈夫だよ。どうかしたの?」
「実は、いきなりなんだけど、美波さんに少しお願いがあって」
「お願い?何?」
「実は……」
 穂花は体の前で指を小さく組んでモジモジしている。私はじれったくて、無理やり口を開かせたい気分になった。
「伊勢谷君に対するクラスのみんなの嫌がらせを辞めさせて欲しいの」
 え……。
 全く想像だにしなかった名前が出たので私はフリーズしてしまう。
「それと、先生達に、伊勢谷君のオールバックを認めさせてあげて欲しいの。美波さんなら、それが出来ると思って」
 そんな私を他所に穂花は更に続けた。頭の中はクイズ番組さながらハテナマークでいっぱいだ。
「どういうこと?伊勢谷君と仲が良いの?」
「喋ったことなんてないよ」
 尚更、訳が分からない。
「じゃあ何で?それに先生に認めさせるって。私にそんなこと出来ないよ」
「出来るよ。だって、美波さんはすごい人だもん」
 凄い人?話せば話すほどはてなマークが頭の中に増えていった。さっきから穂花の心理が計り知れない。
「私、聞いちゃったんだ。屋上の前の踊り場で、伊勢谷君と美波さんが話しているところ」
 私の頭の中のはてなマークが一つ取れた気がした。
「それに、気が付いていないと思うけど。私もその話を聞くまで全く気がつかなかったから……」
 穂花の右口角が持ち上がった。今度は何を言い出すのかと私は身構える。
「私と美波さん。同じ中学だったんだよ。私は二年の時に転校したけど。美波さんは私のことに興味なかっただろうし、私も美波さんが変わり過ぎていて気がつかなかったの」
 私の頭の中のはてなマークが全てびっくりマークに変わった。
 声を失ったかのように言葉が出なかった。唖然とした。愕然とした。今すぐに逃げ出したいような衝動に駆られた。聞かなかったことにしたかった。
 カーストのトップに立つためには、虐められていたという過去は邪魔になる。そう考えた私は親に頼み込み、必死に勉強し、都外の高校を受験して合格し、今の学校に通い始めた。
 その判断は正しくて、上手くいっていた。上手くいっている筈だった。この女の登場によってこれまで積み上げて来た私の全てが壊される可能性が出てきた。
 流石に私は、笑顔を作り続けることが出来なかった。
「で、何?私の過去をバラすぞって、脅したいの?」
 自分でも驚く程低い声が出た。そんなこと出来はしないが、心情的には、今すぐ穂花の首を絞めたいような気持ちだった。少なくとも、何か弱みを握れないか。必死に頭を巡らせていた。
「そんなつもりじゃないよ。ただ、本当に心から凄いと思っただけなんだよ。実は中学の頃、私もいじめられてた。だから私は逃げた。親に頼んで、転校させて貰ったの。でも何も変わらなかった。転校した先でもいじめられたの。高校に入学して、初めて友達が出来て、そしたら何故か、いじめられなくなったんだけど」
 それはカーストに属したからだと私には分かったが、声には出さなかった。
「だから私は、別人みたいに変わった美波さんを見て、心から凄いと思ったの。尊敬したんだよ。そして、美波さんなら伊勢谷君を助けられると思った。だからお願いしたの」
 穂花の最後の言葉が引っ掛かった。
「助けたい…?貴方は伊勢谷君のことを助けたいと思っているの?」
「うん。そうだよ。だって、このままだと伊勢谷君に対する嫌がらせは、きっと酷くなるよ。誰かが助けてあげなきゃ」
「ちょっと待って。私も伊勢谷君を助けるために行動しているんだよ?」
 穂花は、え。と小さく声を上げて虚を突かれたような顔になった。私は想いが口から溢れ出した。
「誰かに助けて貰おうなんて、そもそもそれが間違ってる。大間違いなんだよ。現状を変えたいなら自ら行動して、自ら周りの目を変えないといけないんだよ。それが出来なきゃ何も変わらない。貴方だって同じよ。だから私は敢えて、伊勢谷君に変わって欲しくて、敢えてクラスのみんなを焚きつけるように行動したの。貴方の言っていることはお門違いなんだよ」
「クラスのみんなが、伊勢谷君に嫌がらせをするように、わざと行動したってこと……」
「そう言ってるじゃん」
 表情の見えない筈の穂花の顔が歪んでいくように感じた。そして、小刻みに肩を震わせ始めた。
「そんなのおかしいよ。絶対におかしい。美波さんは変わったせいで、大事なものが欠けてしまってるよ。思い出してよ。あの時の感情を。屈辱を。美波さんなら分かる筈だよ」
 目は見えないけど、穂花の頬が濡れていた。声も震えている。
 私は何も言葉を発することが出来なくなった。 
 しばしの沈黙が中庭を包む。燕だか雀だかのチュンと鳴く声と一緒に、穂花の小さく、強い声が、沈黙を壊した。
「私、知ってるんだよ。美波さんが、伊藤君と小林君と松村君に伊勢谷君のことをいじめるように言ってたことも。たまたま見ちゃったの」
 伊藤、小林、松村。あの冴えない三人組の名前を私は初めて知った。
「明日の吉田先生が休みでしょ。終わりのホームルームは代わりに渡辺先生が来ると思うの。その時に、クラスのみんなと、渡辺先生のことを説得して。出来ないと、美波さんが中学の頃いじめられていたことも、伊藤君達に伊勢谷君をいじめるようにお願いしてたことも、全部バラすから。私に失うものなんてないから」
 穂花は中庭から走り去っていった。
「オールバックを辞めない!!!」
 校舎の何処かから伊勢谷君の叫ぶ声が聞こえた気がした。

 学校から駅までの道のり。電車の中。電車から家までの道のり。家でお風呂に入っている時。ご飯を食べている時。布団に入った今でも、私の頭からは穂花に言われた言葉が離れなかった。「大事なものが欠けてしまっている」確かにその通りだ。
 私は、私がした軽はずみで考え無しな行動を後悔し、恥じた。
 私がいじめられていたことも、伊藤達に伊勢谷君をいじめるようにお願いしていたことも、もうバラされてもいい。
 穂花に言われた言葉がきっかけではあるが、私は私の意思で、私がした愚かな行動の、ケジメを付けることに決めた。
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