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第116話 約束
しおりを挟む「ラルフの奥さんてそんなに酷い人だったの?」
「この国の問題をそのまま体現した人間。って感じだったな。」
そんな腐った人間でも貴族だ。
他の所から来た私達が法で決まった政略結婚に口を出して離縁させるなんて簡単にできるわけがない。
「だから帰りが遅かったんだ…あっくん、何してきたの?」
問いかけの形だけど、何かをしてきたのは明白。
声が低くなってしまう。
「…しーちゃんは何も心配しなくていいんだ。」
そう言ってあっくんは私の頭を撫でる、けど、その手を振り払う。
「誤魔化さないで!何してきたの!?」
私の言葉に黙るあっくん。
「答えられないようなことなの?」
「あの皇帝はキッカケがないと動けないやつなんだよ。」
「もういい!ラルフに聞いてくる。」
「待って待って!」
あっくんは外に出ようとする私の手を掴む。
「答えられないようなことなんでしょ?言いたくないならいいよ。ラルフでもギュンターでも皇帝でも、誰にだって聞ける。」
「ちょっと、脅してきただけだから。」
「口で言うだけで今まで変えられなかったことが見事に解決したんだ?ふーんそれは凄いね一体何を言ったらラルフを救えたの?一体何を言ったら皇帝を変えられたの?」
目を眇めながら冷たい言い方であっくんを咎めてしまう。
「俺………しーちゃんに嫌われたくないんだ。」
眉尻を下げ珍しく気弱な顔になるあっくん。
「嫌われるようなことしたの?間違ったことしてきたの?あっくんはいつだって自分の正義に忠実だよ。暴走する私を止めてくれるのはいつもあっくん。みんなのために動いてくれるのもあっくん。いつだって人のため。そんなあっくんが間違ったことすると思えない。」
「買い被りすぎだよ。俺はそんな善人じゃない。俺はいつだって俺のためにしか動いてない。それを言うならしーちゃんだよ。いつも優しい。間違った人間にもチャンスを与えて正しく導こうとする。その力もある。」
無理矢理目を合わせてるからそろそろ首が限界です。
「それこそ買い被りだよ。私は私がどうしても許せないこと以外は基本どうでもいい。誰がどんな生き方したってその人の人生だもん。私には関係ない。ただ、他人に諌められて本音溢して後悔してるんならチャンスをあげてもいいと思うだけ。人には誰にだってチャンスが必要。後悔して頑張ろうと思ってもやり直せる場がなければ人は腐っていくだけだから。それが私のモノサシってだけ。あっくんはあっくんのモノサシで行動してきたんでしょ?何してきたの?教えて。」
あっくんは私の首が限界なことを察してなのか、懺悔するためなのか、両膝をついた。
「……ラルフの奥さんを呼び出させて、拷問した。」
「どうしてそれが必要だったの?」
「離縁には、不貞だけでは無理だと皇帝に言われて…ラルフは奥さんと1度も、その…」
「sexしてない?」
「そんなあからさまに………うん、まぁ、そう。でも、奥さんとの間に3人の子がいるってラルフから聞いて、こっちでは体外受精もないから父親が誰か吐かせるために…」
「うん。」
頷きながら嫌悪感が込み上げる。
子供が3人!?
ラルフの子供じゃなきゃ政略結婚の意味そのものがないでしょ!?
不貞だけで離縁できないことこそおかしい!
「その…吐くまで指を切り落としていくって脅して…」
「何本落としたの?」
「……………1本、落としたら、吐いた。」
「なんだそれだけ?」
拷問っていうからもっと凄いことしてきたのかと身構えてた私には拍子抜けだった。
「え…?それだけって………」
「だってそんなの脅すだけで認めるわけないでしょ?何のための政略結婚なわけ?血が遠い子供を作るためなんでしょ!だったら不貞行為だけでも離縁が認められなきゃおかしいのに、体外受精すらないんなら子供の父親が違うなんてどうやって証明しろっての?何れ誰かがやらなきゃいけないことをあっくんがしてきただけのこと。そしてあの腰抜け皇帝にはそれができなかった。違う?」
「そりゃそうかもしれないけど……しーちゃんはこれ聞いて嫌悪感とか…怖いとか…最低だとか「思うわけないよ!でも、正直悲しかった。隠そうとされたのもそうだけど、何よりあっくんだけにそれを背負わせちゃったことが。こっちの世界のやつらなんか苦しんでたって痛がってたって、本来知るはずもないことだよ。思い遣る必要すらない。こっちの世界のやつらと今一緒にいる地球のみんな、天秤にかけるまでもない。私が本当に大切なのは今一緒にいる地球のみんなだけ。ラルフのために頑張ってきたあっくんだけ。」
あっくんは両膝をついたまま、俯いてしまった。
「あっくんは今平気?無理してない?苦しい思いや嫌な気持ち、我慢してない?」
そう聞いたらあっくんが私の肩に顔を伏せてきた。
「俺、しーちゃんに嫌われるかと思った。それが何よりも怖かった。」
私の肩に乗ったあっくんの顔は震えていた。
自分のしたことが間違っていないと思ってはいても、酷い行為だっていう自覚はあるから不安になるよね。自分に向けられるかもしれない負の感情には誰だって敏感だ。
あっくんは本当は誰よりも傷つきやすい。
安心させてあげたくてあっくんの頭を何度も撫でる。
「大丈夫だよ。なんにも心配することなんてない。あっくんは自分の正義を貫いてきた。それも、ラルフのために!それをどうこう言うやつがいたら私が許さないから!ね?だから大丈夫。」
そう言うとあっくんは私の身体に手を回し、しがみつきながら
「しーちゃんありがとう。本当に、ありがとう。」
そう何度も繰り返した。
私は許せなかった。
私達に残されたのは自分の命と同じ地球から連れ去られた仲間だけ。
その仲間までをも失う不安は計り知れない。
あの、諦めながら生きていた人生が甦ってくる。
力があるはずの皇帝は腰抜けの役立たず。
それをいいことに好き勝手する貴族のゴミ共。
陰で苦しむ善良な人達。
どこの世界に行っても立場が違うだけでやってることはみんな同じだ。
「あっくん、私はね、あっくんにそれを押し付けたクソ皇帝が許せない。粛正1つできないなら皇帝なんかやってんじゃねぇ!テメェのケツはテメェで拭け!あのクソ皇帝の指も私が切り落としてやる!」
私が息巻き部屋を出て行こうとすると
「しーちゃん待って!」
あっくんは立ち上がって私を呼び止める。
「大丈夫、私がやってくるからね!あっくんは待ってて!」
そう言って微笑むがあっくんは引かない。
「誰にでもチャンスは必要なんじゃなかったの?」
「あいつのチャンスは今まで数え切れないほどあったはず。そんなやつに今更チャンスも何もない!」
「俺さ、皇帝に発破かけちゃったんだよ。これからラルフの奥さんの相手したやつらも拷問にかけて必ず不貞を認めさせるから、皇帝に逆らったらどうなるかわからせてやるから今度こそチャンス逃すなよ!って。」
「まだ拷問相手いるの?」
しまった!マズイ!って言う顔してるけど、もう遅いよね。
「それ私に黙ってたんだーふ~ん。で?それ1人でやろうとしてたんだよね?私に内緒で?へ~それクソ皇帝も認めたんだよねぇ。クソ皇帝はあっくんに頼りすぎじゃない?私もその拷問参加するから。」
「駄目だ!しーちゃんにはやらせられない!」
「何言ってんの?私からすればあっくんにはやらせられない。指切り落とすだけなんて生温いこと私はやらないからね。」
「しーちゃん!!駄目だ!!」
「1人でやろうとした罰だよ?」
「絶対駄目だ!!!」
まぁ、あっくんは引かないよね。
でもこれは私も引けない譲れない。
「あっくん、ちょっとここに膝立ちして!」
「へっ!?なんでいきなり「いいから!」
渋々私の目の前でまた膝立ちするあっくん。
あっくんが膝立ちすると丁度良い高さになるんだよね。
「しーちゃん?」
あっくんは訝しげだ。
そのあっくんの肩に手を回し抱きつく。
あっくんは「うっっしーちゃん!?えぇっ!?」と腕をバタバタさせて慌てふためいてるけど、抱きつく腕に更にギュッと力を込める。あっくんの頬と私の頬がピッタリくっつく。
「あっくんだけに辛いこと、心が痛いことさせられない。あっくんが辛くて苦しいなら私も同じことする。私達は2人でカオリン達を守る盾になること決めたよね?私とあっくんは一蓮托生。2人で1人なんだよ?1人で抱え込ませたくないの。2人で分け合おう?お願いあっくん。」
私の言葉に黙り込んでしまったけど、認めてくれるまで絶対離さない!
暫くの沈黙の後、私の背中にもあっくんの手が緩く回ってきた。
「しーちゃん…」
その声はかなり小さな囁くような声だった。
「うん。」
「しーちゃん。」
「うん。」
「しーちゃん。」
「うん。」
「しーちゃん!」
「うん。」
「しーちゃん!!」
「うん。」
呼ばれる度に声も緩く回った腕の力も強くなっていく。
「俺がやる。しーちゃんはついてきてくれる?」
「私がやるのは駄目?」
「どうしても…しーちゃんにはやらせたくないんだ。」
「わかった。あっくんが危なくない限り私は手を出さない。」
「約束して。」
「約束する。だからあっくんも約束して。これからこういうこと、隠さないで。後から知って後悔したくないの。」
「わかった。俺も。約束する。」
「私の気持ちわかってくれてありがとう。」
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