水と言霊と

みぃうめ

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第238話    行ってきます

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 昨日は絢音と一緒にぐっすり眠った。
 すぐに戻ってくると言っていたあっくんはいつまで待っても戻らず、絢音が眠そうにしていたので先に寝てしまった。
 私の横でスヤスヤと眠る絢音の頭を撫でる。
 必ず戻るから、無事でいてほしい。
 もうすぐ朝食の時間だ。
 絢音を優しく声をかける。
 いつもは愚図る絢音が、今日はすぐにパッチリと目を開け
「みーちゃん!」
 と言いながら抱きついてきた。
 絢音は不安なんだろう。
 私が不安を見せてはいけない。
 私も抱きしめ返し、明るく
「おはよう。いっぱい眠れたねぇ。」
 と、背中を撫でる。
「みーちゃん……ぼく、がんばるから。」
「うん。私も頑張ってくるよ。
 絶対一人にならないでね。
 みーちゃんと約束だよ。」
「うん。やくそくする。」
 お互い顔を見合わせ微笑み合う。
「ご飯食べに行こっか。」
「うん!」

 ロビーに出ても誰もいなかった。
 いつも一番に出てきているあっくんがいない。出てくるのが早すぎたかなとおもっていると、カオリン達も続々と部屋から出てきた。
 おはようと挨拶を交わし席につく。
「川端君が遅いのは珍しいわね。
 紫愛ちゃん達が寝に行ってからも暫くここで本を読んでいたんだけれど、帰ってこなかったのよ。よっぽど夜が遅かったのではないかしら?」
「じゃあ私起こしてくるね!」
 そう言ってあっくんの部屋に行き、ノックを数回し声をかける。
「おはよう!もう朝だよー!起きてー!」
 反応は無し。ドアノブに手をかけるが、勿論鍵は閉まっている。
 何度かノックと声掛けを繰り返すと、慌ててあっくんが中から出てきた。
「ごめん!寝坊した!」
「おはよう!
 昨日かなり遅かったんでしょ?
 仕方ないよ。
 寝起きだけどご飯食べれそう?」
「食うよ!ちょっとだけ待ってて!」
 あっくんはそう言って部屋の中に消えた。
 食べると言うんなら準備が終わればすぐ出てくるだろう。私はみんなの元に戻って席に着いた。
「やっぱりかなり遅かったみたいね。
 そんなに睡眠不足で大丈夫なのかしら?」
「多分大丈夫だと思う。ちょっと仮眠しようと思ったら意外と深く寝ちゃったってだけなんじゃないかな?」
「少しは眠れたなら良いんだけれど……」
 そんな話をしていたらあっくんはすぐに部屋から小走りで出てきた。
「みんなごめん!お待たせ!」
「おはよう。体調は大丈夫なのかしら?」
「大丈夫です。仮眠だけするつもりだったんですが、やっぱりベッドに横になるのは良くないですね。」
「ベッドで寝た方がよっぽど良いわ。
 ここには起こせる人間がいくらでもいるんだから、少しでも疲れは残さない方が良いもの。
 では、食事にしましょう。」
「食事しながら聞いてほしい。
 金谷さんは今日壊れた魔法具が届くことになってる。直せそうであれば、宰相に頼めば提供はしてもらえることになったから、その後の交渉は宰相にしてくれ。
 あと、昨日話した感じからトビアスは信用出来そうだった。
 もし何かあればみんなで辺境に逃げることも念頭に置いておいてくれ。
 絢音と麗は絶対に一人になるな。
 俺からは以上だ。」
 そう報告をしてあっくんも食事を始める。
「そんなに遅くなるまで何を話してたの?」
「辺境のこととか、色々だよ。
 あと、外に星を見に行ってみたんだ。
 少し気分を落ち着かせたくてね。」
「夜の外に?危なくなかった?」
「トビアスと行ったし、人の気配はなかったから大丈夫。
 それよりも、星が片手で数える程しかなかったんだ。小さな月らしき物も二つあった。」
「うわぁーそれって益々異世界って感じじゃない?」
「麗ちゃんの言う通りね。
 月が二つなんて……ここが地球である可能性はやっぱりないわね。」
「それより気になったのは星が見えないことだ。太陽らしきモノはあるのに星の光が見えないなんてことはないと思うんだ。
 だから地球で言うオゾン層にオゾンに代わる別の物質があって、それが光を吸収してるんじゃないかと思ったんだよ。
 確かめる術なんてないけど、以前香織さんも懸念していましたよね?どれだけこの世界に対応出来るように身体を作り変えられたのか、と。
 俺も同じように思いました。
 もしオゾンとは違う物質で覆われているんだとしたら、そんな世界で地球人は生きていけるのか、この状態のまま地球に帰っても生きていけるのか……
 帰る前に白い箱の魔法陣も解析が必須ではないかと思いました。」
「やはりそこに辿り着くわね。」
「はい。
 そもそもですが、何の支障もなく過ごせていること、地球の物理が当て嵌ることから今まで何とも思っていませんでしたが、俺達が吸っているのは本当に酸素ですか?それすらも怪しくはないですか?」
「………恐ろしいことを言うわね。」
「ですが、これだけ地表に光源がないにも関わらずあれほど星が見えない説明がつきません。オゾンではなく、ここの空気自体が酸素でない可能性だってある話です。」
「魔法陣が解読できれば白い箱の解読も出来るんじゃないの?」
「しーちゃんの言う通り、解読は出来るかもしれない。
 でも一つの機能しか持たない魔法具とは比べ物にならないくらい複雑なんじゃないかな?」
「……無理ってこと?」
「そうじゃないよ。
 ただ、簡単ではないと思う。
 解読が出来て、身体の何が変えられて何が変えられていないか、まずはそれを知ること。
 それに、魔法陣に必要な材料だってわかってないんだ。もしかしたらそれが辺境でしか手に入らない物だってことも考えられる。
 もし誰かがこういう物が欲しいって言った時、それならあの場所で見たって言えるように、俺としーちゃんは兎に角色んな物を見て回ろう。」
「わかった!」
「俺は交渉に自信がない。」
「もし金谷さんが魔法具の中身を見て、直せると思うならハッキリと言った方が良い。
 ギュンターは最初、壊れた物でも提供を拒否した。ところが金谷さんが直せる可能性は考えないのかと言ったらコロッと態度を変えたんだよ。
 直せると思うが、それにはもっと他の魔法具の中身を確認しないと無理だ。
 そんな風に言えば必ず提供してくれる。
 ここの人間は長年研究しても誰一人として直せる者は出てきていない。少しでも可能性があるなら出し惜しみはしないはずだ。
 だが、直せそうもないのに欲しがるのはやめてほしい。ここでは壊れた魔法具も、いつか直せるかもと希望を抱いて残している。手当り次第に分解だけして直せないでは不信感を与えてしまうだけだからな。」
「わかった、そうする。
 川端さんありがとう。」
「俺は頼みに行っただけだ。
 金谷さんの欲しい物だと良いな。」
「魔法具が違ったらまた探す。」
 やりたいことが目の前にあるのに手を出せないのは辛かっただろう。
 魔法具が金谷さんの欲しい物だと良いな。
「みんな、やりたいことがあっても操作の練習だけは毎日忘れずやってくれ。
 絢音は制御な。」
 あっくんは絢音の頭をポンポンと軽く撫でる。
「うん!」
 絢音は元気良く返事をした。
 みんなも覚悟を決めた顔で頷いている。

 食事を終えると、すぐにラルフが声を掛けてきた。
「川端様、紫愛様、そろそろ移動をお願い致します。」
 それに返事をしようとすると
「みーちゃんまって!」
 と、絢音に止められた。
「どうしたの?」
「ぼくみーちゃんとあーくんにぴあのひきたい!いっぱいれんしゅうしたの!」
「私とあっくんのために、弾いてくれるの?」
「うん!」
 絢音が外に出られないため、みんなとはここでお別れだ。
 絢音が私とあっくんのために練習してくれていたことが嬉しい。
「ラルフ!あと五分外で待ってろ!」
「畏まりました。」
 あっくんがラルフを下がらせてくれた。
 全員でピアノの近くに行く。
 私とあっくんは一番近く。他の人は私達より二歩程後ろで。
 音が漏れないように魔法具を起動させ、絢音がピアノを弾きだす。と同時に、私とあっくんにキラキラと光が降ってくる。
 私とあっくんは目を合わせ、お互いが見えているか確認し、頷き合う。
 光は全てあっくんと私の身体の中に吸い込まれるかのよう。まるで雪のように、触れるとスゥッと消える。
 絢音が魔法を使っているんだ。
 どうやって使っているかはわからない。
 でも、その光の粒が当たる度に絢音の気持ちがダイレクトに伝わってくる。

 “ふたりがけがしませんように”

 と。
 気が付くと私は泣いていた。
 あっくんが私の肩にそっと手を置くまで、それに気がつけないほどに……

 優しい音色と光の粒に包まれながら穏やかな時間が流れていく。
 やがてピアノの音が止まり、絢音がこちらに視線を向ける。
 その顔は暖かく微笑んでいた。

 出発前は笑顔で行ってきますを言おうとしていたのに……
 絢音の微笑みを見て、零れる涙が止められない。
 絢音に駆け寄り強く強く抱きしめる。
「あや、ね!っ!絢音!
 ありがとう!気持ち受け取ったよ!!」
「みーちゃんだいすき。
 いってらっしゃい。」
 私を抱きしめ返しながら優しく言ってくれる絢音。
「うん!行ってくる!」
 泣きながら絢音にしがみつくようにくっ付いている私。
 これじゃあどっちが子供かわからないな。

 あっくんは静かに見守ってくれている。
 他のみんなは小さな拍手をして
「絢音君は本当にピアノが上手ね。」
「うん!絢音君凄いよ!」
 と口々に褒め称える。

 これだけ絢音が頑張ってくれたんだから、最後くらい笑顔で行ってきますを言いたい。
 深呼吸をし、なんとか涙を押し込め、絢音を抱きしめていた腕から力を抜く。
「絢音、ありがとう!」
 そう言って無理矢理作った笑顔は歪だったかもしれない。
 でも今の私に出来る精一杯だった。
「行ってきます!」
 そう言って絢音のおデコにキスを落とす。
 絢音も私の左右の頬にキスをしてくれた。

「絢音、ピアノ凄い上手かった。
 ありがとう!
 じゃあみんな、行ってきます!」
「行ってきます!」
「「「「「いってらっしゃい!」」」」」

 みんなに見送られ、私とあっくんはロビーから退出した。












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