水と言霊と

みぃうめ

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第276話    side亜門 手当と告白

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 考え込み過ぎて全く眠れず、気がついたらソファで寝てしまっていた。
 しーちゃんが部屋に入ってきたのも気がつけなかった。

 考え抜いた末に辿り着いた答えは、しーちゃんの父親のようなガタイの俺が、しーちゃんの父親のように声を荒げてしまったことだった。
 トラウマの隅を突くような、そんな行為をしてしまったんだと反省した。
 だから貴方と呼ばれてしまったんだと。

 でも、違った。
 謝ったら大きな溜息をつかれ、重苦しい食事の後別行動を宣言され、謝るなら私にじゃないと、分からないなら考えろと、そう言われてしまった。
 これ以上失望されたくなくて、距離を空けられたくなくて同意する他無かった。

 誰に何を謝ればいいんだ!?
 分からないよしーちゃん!!

 しーちゃんとは視線が合わない。
 意図的に外されている。
 こんなこと今まで一度も無かった!!
 しーちゃんは話をする時は相手の目をしっかり見るタイプだ。
 合わなければ合う努力までする。
 そんな人から視線を外される……

 俺は本当に嫌われてしまったのか?

 考えても考えても答えは出ない。
 でも、考えるしかない。
 仲違いをするためにここに来たんじゃないのに!
 辺境では二人で行動するから、二人の関係は縮まらなくても距離は縮められると思っていたのに!

 大して腹は減っていないが、しーちゃんと過ごせるのは食事の時間だけ。
 そうだよな?
 食事くらいは一緒に摂ってくれるよな?
 そう考えだしたら居ても立っても居られず、しーちゃんに声をかけに行こうと部屋を出た。
 すると、廊下にまで響き渡るしーちゃんの声。
 外に立っているのはオロオロしたニルスのみ。
 じゃあしーちゃんが怒鳴っているのはハンスかラルフしかいないが、ラルフは騎士団の統制と連絡のためにほとんどここにいない。
 じゃあハンスしかいない。
「出てけっ!」
 一際大きな声が聞こえた。
 ここまで怒りを露わにするしーちゃんは初めてかもしれない。
 ハンスは一体何をした?
 しーちゃんにはできるだけ穏やかに過ごしてもらいたいと思っている俺はハンスに腹が立った。
 こんなに怒っているんだ、ひょっとしたらトラウマ関係か、逆鱗に触れるような何かをハンスに刺激されたのかもしれない。

 急いでしーちゃんの部屋をノックする。
 入ってもいいか聞くと
「入って来ないで!!!」
 と力一杯拒否された。
 拒否されたのに無理矢理入れない。
 俺は入れないのにハンスは部屋の中。
 ハンスは出ていけと言われたのに出てこない。それどころか退出を拒否している。
 これ以上しーちゃんを刺激するな!
 ハンスに出てこいと怒鳴る。
 ハンスは出てくるかと思いきや扉を少しだけ開け、しーちゃんが怪我をし治療を拒否してると言った。

 別行動した途端にこれか!?
 俺が居ない間にどんな怪我を!?

 慌てて部屋に押し入る。
 扉と一緒にハンスも吹っ飛んだがそんなのは知らん!
 しーちゃんが怪我を負ったのはお前のせいだ!
 部屋に入るとしーちゃんは部屋の真ん中辺りに立ち、その太腿の両方の内側が真っ赤に染まっていた。
 ………怪我、なんだよな?
 生理とかじゃないよな?
 とりあえず確認しないと始まらない。
 足をどうしたのか聞く。
 しーちゃんは素っ気ない態度を崩さない。
 大したことないと言うってことは怪我には違いない!
 治療もハンスが言った通り拒否。

 何でそんなに頑ななの!?
 なんとか説得しようとしたけど適当に返事を返され、強行手段に出ることにした。
 俺のことは嫌いでもいい。
 いや、本当は良くないけど!!!
 そんなことより手当が最優先だ!

 ニルスに指示を出そうと扉へ振り返ると、床に転がるハンスが目に入った。
 瞬間的に殺意が湧く。
 一緒に居たコイツが無傷で何でしーちゃんが怪我したんだ!!
 何が護衛だクソヤロー!!!
 そう思い苦悶の表情を浮かべるハンスの胸ぐらを掴み身体を引き摺りながら廊下へ投げ捨てる。
 無いと思いながらも薬と包帯をくれとニルスに頼んだら、もう既に用意されていた。
 ニルスの手元の籠には布と包帯と、何やら瓶に入った緑の物。
 これの材料は何だ?
 薬草か?
 塗ればいいのか?
 ニルスに使用法を聞くと、思った通りの答えが返ってくる。
 だが最悪なのは大人が泣き叫ぶ程に滲みるという事実。
 しかも他の薬も無い。
 戦争で仲間を治療した瞬間がよぎる。
 あの時は暴れる部下を大勢で必死に抑え込んでなんとかした。
 意識のあるしーちゃんは大勢で抑え込まれるなんて絶対無理だろう。
 精神的に削られ過ぎる。
 俺の意識さえ保てればボコボコにされても治療さえ終わればなんとかなるな。
 そう思い籠を受け取り、俺が廊下に投げ捨てたハンスに捨て台詞を吐き扉を閉める。
 後で護衛はなんたるものか身体に叩き込んでやる!

 しーちゃんの前に両膝をつき、顔を覗き込みながら怪我を見せてくれるよう頼み込む。
 自分でやると言い張り顔を背けるしーちゃんに、治療を委ねてしまえば絶対やらないことは明らかだった。
 何より、壮絶な痛みを伴うであろう治療を自分でやれるはずがない。
 こんな時でもハンスを叱らないでと他人を心配するしーちゃんに胸が締めつけられる。
 了承すれば、しーちゃんはズボンの紐を解きだした。

 え!?なんで!?どうしてズボンを!?

 心の中でテンパり慌てふためいているうちにしーちゃんのズボンが床に落ち、目の前に血塗れの足が晒され、漸く怪我がどこにあるのか思い至った。
 そして俺の目はしーちゃんの足に釘付けになった。
 それは爪と指の跡。
 全ての箇所から出血はあれども、親指以外の部分は内出血を除き血が滲む程度。
 問題は親指部分。
 太腿の内側だからよく見えないが、爪での傷でここまで出血していれば肉が相当に深く抉れているはず。

 完全な自傷行為だった。

 一体何があればここまで自分を傷つけられるのか…
 しかもこの深い傷をつけながら気づきもしなかったなんて…

 しーちゃんに急かされ、手早くやろうと決意を固める。
 足を軽く開いて座るしーちゃんの太腿の内側の傷が晒される。
 やはり肉が抉れ、思った以上に傷が深そうだ。
 この深さでは…薬がどれだけ滲みるかわからないが、罵倒されながら暴れ狂うのを覚悟しなければならない。
 暴れても殴られても何も気にしないことを伝え、膝を上から抑え込みながら薬を塗る。


 しーちゃんは、耐えきった。
 全身に力を込め、涙をこぼし、歯を食いしばり唸りながら。
 力を込め過ぎて震えている。
 俺がそばについていたらこんなことには…
 後悔しかない。

 痛みが遠退いてきたのか、しーちゃんの全身から力が抜け、代わりに汗が吹き出してくる。
 渇いた血を拭い、傷に当て布をし包帯を巻く。
 痛みが完全に引く前に反対の足もやらなければ、一度知った痛みに怯え、もう治療は不可能だ。
 心を鬼にして治療の継続を告げる。
 しーちゃんは俺を殴ってしまうかもと怯えていた。
 それで少しでも気が紛れるならどれだけでも殴ってくれ!

 結局、しーちゃんは二度目も一人で耐えきってしまった。
 違うのは、全身の力が抜けた後も涙が止まらなかったこと……
 止まる気配のないそれは、何かに追い立てられている証拠だった。
 傷の痛みがキッカケで、心の傷にまで影響を及ぼしている。

 何があったのか…聞きたいのをぐっと堪え、しーちゃんの心に響くように、俺の、みんなの気持ちを伝える。
 絢音にただいまと言うんだと未来を語る。
 そうしなければ、すぐにでも俺の前から消えてしまいそうな気がしたから。

 そんなしーちゃんが、慟哭した。
 独白に近いそれは、今まで溜め込んだ不安と無力感、それに、孤独さだった。
 地球に帰ることが何よりの願いで、それが心の支えになっているしーちゃん。
 そのしーちゃんが、地球には帰れないかもしれないと感じている。
 いつも強く在ろうとその姿勢を崩さないしーちゃんが、それを口に出してしまうほど希望も無く追い詰められている。
 咄嗟に抱きしめる。
 これ以上堕ちていかないように。

 支えが無くなれば、文字通り折れる。
 そうなれば世を儚むまでのカウントダウンはすぐそこまで迫る。
 今は希望が捨てきれず、片手でしがみついているだけのように感じた。

 どうにか踏み留めなければならない。
 俺が出来ることは、しーちゃんの感じている孤独感を少しでも減らすこと。
 孤独さが減れば不安になることも減らせる。
 負担をかけずにいつでもそばに居ると伝える方法…
 それを証明して見せる方法なんてこの世界にあるのか!?


 ……俺の大切なモノに誓うより他ない。
 しーちゃんは俺がタトゥーを大切にしているのを知っているし、俺のそばにいる時は無意識にタトゥーを目で追うほど気に入っているのも気がついている。
 これしかない!

 人を信じることは容易ではない。
 心の傷が深ければ深いほどに、比例してどんどん難しくなる。
 しーちゃんが望んでくれるなら片時だって離れない。
 そんな気持ちが少しでも信じられるように、少しでも伝わるように。
 “そばに居る”と俺の決意の現れである身体中のタトゥーに誓い、それでも足りなければ新しく彫ると明るく言う。
 こんなの、しーちゃん以外が聞いたら告白だとすぐに気がつくだろう。

 気持ちに整理をつけ一緒に地球に帰ろうと言うと、俺にしがみつきながら子供のようにわんわん泣きだすしーちゃん。
 今までずっと我慢しながら泣いてたんだな。
 辛い気持ちを全部出し切ってしまえ。
 しーちゃんはいつも我慢のし過ぎなんだ。
 限界を迎えてからじゃあ、遅いんだよ。














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