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第337話 執事コンラート
しおりを挟む「ただいま!」
「本当にお早いお戻りでしたね。」
「うん。渡してきただけだから。
ニルスの分がなくて申し訳なくなっちゃったよ。」
あっくんの部屋の前にはニルスがいたからね。
「ニルスのことなど紫愛様が気になさらずとも良いです。
それにニルスは無遠慮にソボロドンを何度もお代わりをしていたではありませんか。
あいつにはそれで十分です。」
「まぁ確かに。凄い勢いで食べてたね!」
「紫愛様、まずは私からの感想をよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞー!」
「これは非常に飲みやすく美味しいと感じます。
香りも高く、味わいもあり、後味も良く、且つ見た目にも美しい。
ですが、気になるのはこれは果たして身体に良いのかということです。
ティーツリーは薬草をそのまま飲んでいるようなものですから身体に良いのは当然ですが、紫愛様は薬草を取り出しておられました。
あの薬草は破棄されるのですよね?
効果がないのであれば、私は些か勿体無いように感じます。」
「それがハンスの意見ね。
コンラートさんはどうですか?」
「私も味に関してはハンス様とほぼ同意見でございます。
薬草は決して安価ではございません。
日々楽しむための趣向品として販売するにしても、生産はとても間に合いませんし高価になるのは目に見えております。
それを少々の時間煮るだけで破棄するというのは、辺境の者としては抵抗があります。」
貴族なのに勿体無い精神があるんだ。
それは何より!
「そこは言われるまで気が付かなかった。
でも、ハーブティーには効果がちゃんとあるよ。
成分が出てるから、取り出した薬草は残り滓みたいなものなの。
その残り滓をわざわざ無理して摂取する必要なんてないよね?」
「これで効果があるのですか!?」
「うん、ある。
でもコンラートさんが言った通り、ハーブティーが広まっちゃうと薬草自体の価格は上がる一方になるよね。
そうなると薬が気軽に使える物じゃなくなっちゃうから広めない方が無難かも…
あっ!!あっくんが笹の葉でお茶が作れるって言ってたよ!
身体に良いって言ってた!
あっくんに聞いてみて!
その笹があれば広めても良いかも!」
「笹とはなんですか?」
「竹の葉っぱだよ!」
「竹の葉にも使い道があるのですか!?」
「うん。でも、あっくんがクマザサって言ってた気がするんだよね。
種類が違うと作れないかも…」
「あとで川端様に確認をさせていただきます。」
「うん、そうして。
蜂蜜入れて飲んでみた?」
「いえ。」
「蜂蜜が薬っていうのは合ってると思うよ。
蜂蜜が身体に良いっていうのは地球でも有名だったから。」
「そうなのですね。」
「私は遠慮させていただきます。
先程の紫愛様の反応を拝見させていただきましたが、とても美味であろうことは窺えました。
毎日飲みたくなってしまうと困ったことになってしまいますから。」
コンラートさんは本当に控えめだな…
執事の鑑と言える!
「無理には勧めません。
蜂蜜は高価でしょうし。」
「ご配慮ありがとう存じます。」
「私もやめておきます。
このままでも十分美味しいですよ。」
「そっか。分かった。
じゃあこのハーブティーを飲んだら解散。
ハーブティーに関してはここだけの秘密ってことで。」
「はい。」
「紫愛様、1つ、私からの願いをお聞き入れしてはいただけませんでしょうか?」
コンラートさんからのお願い?
何だろう?
「コンラート、控えよ。」
「ハンス様…」
「聞き入れろとは何事か。
如何なる人物であっても地球の皆様に何かを望むことはあってはならない。
それを願いも口にしないまま承諾前提で話を持ち込むなど愚の骨頂。」
ハンスの表情も態度も氷点下。
和やかな空気で終わりを迎えるはずが!
「ハンス、聞くだけ聞こうよ。」
「ですが「聞いてみないと判断できない。コンラートさんが滅茶苦茶なお願いをするとは思えないけど、叶えてあげられるかは聞いてみないと分からない。」
「紫愛様にお任せいたします。」
「ありがとう。
コンラートさん、お願い事は何でしょう?
聞いてから判断してもいいですか?」
「勿論でございます。
私の願いというのは……
誰かに問われた際、川端様と恋人だと明言していただきたいのです。」
どういうこと??
「それをしてほしい理由は何ですか?」
「……申し訳ございませんが、私の立場からは理由は申し上げられません。」
あっくんと恋人だと言う理由は、私が狙われるのを避けるため、だよね?
私に手を出すとあっくんが出てくる。そう思わせたいってことだよね?
つまり、私を守りたい、と。
でも何で執事の立場からは言えないの?
……コンラートさんは誰が私を狙ってるか知ってる?
知ってて口にはできない?
立場が邪魔で?
…………そういうこと。
「分かりました。そうします。
一つだけお聞きします。
コンラートさんは私側の人間だと、そう判断しても構わないということですか?」
「はい。このコンラート、全力で紫愛様の盾となる覚悟でございます。」
「コンラートさんの立場が悪くなりません?
だから理由を言えないんですよね?」
「何事も表明することが大切だと、そう思っております。
裏から動くことが私にでき得る唯一のことでございます。」
「そこまで言っちゃっていいんですか?」
「……正直に申し上げますと、ここに来訪するまでは迷っておりました。
ですがこれほどまでに辺境のために動いてくださるお姿を直に拝見させていただき、例え僅かな懸念だとしても心に留めていただきたいと、そう決意をいたしました。」
「私自身も周りに気を付けろってことですよね?」
「はい。お気を付けください。」
「コンラートさんから見て、その危険はどのくらいだと思っていますか?」
「自ら動くことは1割もないかと…
欲して手に入るような御人でないということは十分承知はしております。」
裏を返せば私に人をあてがうかもしれないってことだね。
そんなに低い懸念のために自分の立場を危うくするなんて…
「ハンス、コンラートさんを責めるのは筋違いだからやめてよ?
自分の立場が悪くなるのを覚悟して私に危険を知らせてくれたんだから。」
「はい。」
「コンラートさん、私はここで何も聞きませんでした。
ここには食事の感想を伝えに来ただけ。
そうですよね?」
「紫愛様のご慈悲に深く感謝申し上げます。
私はこれで失礼させていただきます。
お食事とハーブティーを振る舞っていただきありがとうございました。」
「こちらこそ、ありがとうございます。」
部屋に残されたのはハンスと私。
「ハンス、誰も私に近づけないでよ。
私から離れることも許さない。」
「今以上に徹底いたします。」
「全然一枚岩じゃないじゃん。
私を狙ってんの当主でしょ?違う?」
「現在のギトー家当主は魔物の発生頻度が高いせいか、考えが足りない部分があります。
その穴埋めをしているのがコンラートです。
当主が紫愛様の有能さを目の当たりにし、手に入れたいと切望をし続けコンラートの声が届かなかったのではないかと思います。
万が一のことを考え、ギトー家の行く末を案じた結果なのではないでしょうか。
そうでなければ手の内を明かすようなことをコンラートがするはずはありませんから。
当主は凡庸ではありますが愚かというほどではなく、辺境のための努力は欠かすことのない者ではあります。
仮に紫愛様を手に入れようと画策したところで、その背後の危険性に気付かないはずがありません。
動かない、いえ、動けないと思います。」
「まさか知ってたの?」
「知っていたというよりは予測です。
コンラートに言われずとも当主の会食での態度、手の甲への口付けから恐らくそうであろうと。」
「何で言わなかったの?」
「欲しいと心の内で思うことも許容できませんか?
それならば全て報告いたしますが、紫愛様は許容なさるでしょう?
そうでなければこれほどに辺境のためにと動くはずがございませんから。」
「思うことと実行するのを天秤にかけて、危険はないと判断したってこと?」
「はい。紫愛様が有能なのは頭脳でも魔法でも明瞭です。しかも背後には川端様と私がついております。
無理を押し通したところで、紫愛様を手に入れることも叶わず要らぬ敵を増やすのみ。
そこに辺境の利がありますか?
それすら理解できず切望を押し通したならばギトー家は滅びるでしょう。」
「でしょうって……滅ぼすつもり?」
「当然でしょう。
今まで地球の皆様に辺境は一枚岩だと言い続けて参りました。
それを違えるようなことなど、どの辺境でも許されざることです。そのような不埒者辺境には必要ありません。」
「分かった。
人の気持ちは縛れない。
ハンスの言う通り、心の中で思うだけならいくらでもしてくれて構わないと思ってる。
マックスさんは少なくとも私の目の前で態度に出すことはなかったし。
でも恋人だと言いふらすのは得策じゃないから、聞かれた時だけそう答えることにするね。」
「恋人になったとお答えください。
この辺境へ赴いてから恋人になったのだと明言することになります。」
「分かった。
あっくんにはうまいこと言っておくよ。
いきなり恋人と公にしろって言ったら何かあったんじゃないかって勘繰られるから。」
「ではそこは紫愛様にお任せいたします。」
「うん。
本当に危険はないと思う?」
「私はないと思います。
そこまでの愚か者だったならば過大評価を悔いなければなりません。」
「ハンスって本当に何者?
次期当主としてだけでは説明がつかないくらい頭良いよね?」
「私が秀でているのではなく、他が足りない者ばかりだというのが私の見解です。」
それは馬鹿ばっかりって言ってるのと変わりないんですが!?
応援ありがとうございます!
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