創世の賢者【騒動誘引体質者《トラブルメイカー》な弟子と厭人師匠の旅の記録】

春風駘蕩

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第0章(お試し版) 黒猫少女と仮面の師

エピローグ.追悼

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 雨は数日もの間振り続け、血と粉塵のこびりついた街を隅々まで洗い流した。
 美しかった街並みは所々が崩壊し、かつての面影がやや損なわれただけではなく、街の一部には巨大な穴まで開き、長く残りそうな深い傷跡が幾つも刻み込まれた。

 かつて虐げられた歴史を持つ人種による、平和を手にいれた日を祝う祭の夜に、決して少なくない人数の差別主義者により、殺戮が引き起こされたという皮肉。
 多くの人々が親類縁者や隣人を失い、悲しみに暮れ、家から出て来なくなる事態もしばしば起こった。

 だが、それも一週間も過ぎれば多少心が落ち着きを取り戻し始める。
 生き残った者達は、その中でも愛する者の死を受け入れる事ができた者達は、ゆっくりとではあるが立ち上がり、死者を黄泉の国へ送り出す備えに取り掛かり始めた。



 静かに流れる河の前に、数十名の騎士達が集まっていた。
 磨かれた管楽器を吹き鳴らし、以前と何も変わらずに見える河に、追悼の音色を響かせる。

 彼らの後ろには小瓶を持った住民達がいて、その時をじっと待っている。
 誰もが沈んだ表情で虚空を見つめ、涙を流さぬように耐えている。そして手の中の小瓶を……黒い灰が詰まったそれを、何よりも大切そうに抱き締め、無言で祈り続ける。

 騎士達と住民達の集団の姿は、向こう岸や上流、下流など河の縁のあらゆる場所で見受けられた。
 皆、一心に川に向かい、同じように灰が詰まった小瓶を抱いて、亡くした縁に向けて黙祷を捧げていた。

「……時間だ」

 騎士の一人がそう言って、立っていた場所から一歩後ろに下がる。
 すると、黙祷を捧げる住民達のうち、ヒミコを始めとした最前列に立っていた者達が前に出て、手にした小瓶の蓋を開く。

 目に涙を溜めた住民達は、真祖名残り惜しそうな目で小瓶の中の灰を見つめていたが、やがて意を決して小瓶をひっくり返し、灰を撒き散らす。
 陽光を反射して美しく輝く河の水面に、愛しい人々の遺灰を撒き、自然の中へと還していく。

〝命は絶えても、やがて自然の中に還りまた新たな命へと変わる。全く異なる、自分が知らない誰かに生まれ変わろうとも、そうして回る輪廻の果てにまた再開は叶う〟

 多くの人種に同じように伝わる送り方で、長い年月を経てもほとんど変わらぬ様式で行われるそれを以て、住民達は個人との別れを告げる。

 だが、遺灰を流し終えた人々のうち、何人かは顔を手で覆ってその場に崩れ落ちる。
 仕方がない事だとわかっていても、それでもやはり受け入れる事はできず、人々は彼らの慟哭の声を皮切りに、そこら中でなく声を響かせるのだった。



「……師匠は、行かなくていいの」

 しん、と静まり返った街を、魔女の姿に戻った師とシオンがただ二人だけで歩く。
 大半の人間が葬儀に出席し、空になった建物の間を、師は振り向く事もなく、黙々と静かな足取りで門を目指す。

「逆に聞くが、何故己があれに混じらなければならんのだ」
「……友達だったんじゃないの? コンドウとか、ヒミコとか、何も言わずにいなくなってもいいの…?」
「興味がない……泣き喚いて別れを惜しめばいいのか」

 鬱陶しそうに答え、師は前だけを見据える。
 確かに言葉を交わした、関わりを持った者と永遠の別れを果たしたというのに、師が心を痛めている様子は微塵も感じられない。

 住民達と同じように悲しみに暮れる姿は想像がつかなかったが、それでもあまりに薄情に過ぎるのではないかと、シオンは険しい表情で俯く。

「あの場にはもう、奴等の魂はない……連中の言う通り、自然の中に還った。あの葬儀は、現実を受け止めきれていない連中が自分を慰めるために行っている儀式だ。己には必要ない」
「……師匠って、本当に冷たいよね」
「既知の事実だろうが、馬鹿弟子」

 悪態をつき合いながら、閉じられた門に近づいていく師とシオン。
 葬儀に参加できず、門の守備を任せられている衛兵達の視線を受けながら、師が手続きの為に門の端へと向かう。

 ふと、その場に一人、意外な人物が待っている事に気付いて市の足が止まる。

「―――もう、行ってしまわれるのですね…先生」
「…シェラか」

 巨大な布の塊を抱え、師とシオンを待ち構えるシェラを前に、師は微かに面倒臭そうに目を細める。
 シェラは布の塊を―――師が本来の姿の時に纏う外套を差し出し、次いで自身の妹弟子にあたる黒猫の少女に目線を合わせる。

「どうせ、お別れも言わせてもらえなさそうでしたので、ここで待たせていただきました。……この度は、あなたにも迷惑をかけてしまいましたね」
「……気にしてない、大丈夫」
「先生も……この旅は大変なご迷惑を」
「……」

 その場でしゃがみ、シオンの身長に目線の高さを合わせるたシェラが、ふっと微笑みを見せる。
 自らが招いた時に、まるで何者かの悪意があったかのように起こった惨劇。罵倒されても仕方がない失態だと、師弟に頭を下げて謝意を表す。

 それに、シオンは少し考えてから首を横に振り、師は何も言わず目も合わせない。
 やや気まずい空気が流れかけたところで、シェラが一つ咳払いをしてから、すっくと立ちあがる。

「お詫びをしたいところですが……先生はきっと受け取っていただけないでしょうから、シオンさんにお渡ししておきます。どうぞ、これを」
「…? これは…」

 懐に手を差し入れ、取り出した何かをシオンに差し出す。
 シオンは訝しげに首を傾げ、出した掌の上に置かれたものを―――赤い帯飾りがつけられた、銅の徽章のような何かを見下ろす。

「魔術師免許……の、低位の証です。最高位の徽章はまだお渡しできませんが、これで冒険者としての活動に一般魔術を使用する事ができます」
「おお……ありがたい、うん、ありがたい。ありがとう」

 輝きは鈍くとも、確かな重みを持ったそれを掌の上で弄び、シオンは口元に小さく笑みを浮かべる。
 余計な邪魔が入ったせいで、きちんと試験を受けられず遠のくかと思われたが、一人前に近付いた証をこうして手に入れられた。

 目を輝かせ、表情の乏しい顔に喜びを表す弟子を見やり、師は微かに口角を上げる。

「……まぁ、此奴には必要なものだな。礼だけは言っておこう」
「まぁ、先生にお礼を言われるなんて本当に珍しい……長い気はするものですわね」
「ほざけ、小娘が」

 揶揄いの言葉を吐く弟子を、ふっと鼻で笑った師は、静かにまた歩き出す。
 衛兵達が慌てて門を開く用意をする様を眺めながら、自身の背を見つめてくるシェラに振り向き、口を開く。

「隅々まで……とまではいかんが、掃除は随分進んだだろう。是より先にあのような騒動が起こる事は、暫くない筈だ。精々維持できるように気を配る事だ」
「……心得ております」
「それが嘘にならない事を願っている……行くぞ、馬鹿弟子」

 ぎりぎりと開かれていく門に向かって、師は気だるげに弟子を呼びながら進み出す。
 うっとりと証に見惚れていたシオンは、師がいつの間にか国外へと出ている事に暫くしてから気付き、慌てて証を懐にしまって後を追いかける。

「師匠! 待っ……待って! じゃ、じゃあ!」

 門を潜る寸前、立ち止まって再びシェラに頭を下げてから、猛然と駆け出すシオン。
 衛兵達に見送られながら、街を、住民達の命を救った英雄とその弟子は、惨劇を乗り越えた町を後にする。



 遠くなっていく二人の背中を眺めながら、シェラははぁ、と深いため息をこぼす。
 無言で先を行く師と、置き去りにされかけた弟子が子猫のように喚いている―――かつて姉弟子が生きていた頃には見た事がない姿が、そこにはあった。

「―――あなたも、変わられたのでしょうか。ご自分を裏切った人間を憎み、悪意を撒き散らした彼の弟子を恨み、それを赦した自分自身を憎み……破壊者となりかけたあなたは、違うあなたに変わっておられるのでしょうか」

 物憂げに、見えなくなっていく師弟を羨ましげに見つめ、シェラは呟く。
 姉弟子が死に、その肉体を仮初の器とし、長い長い旅に赴いた師の背中に、シェラは途方もない虚しさを覚える。

「その不死の体を引きずり、あなたはどこへ行くのでしょうね……?」

 誰に聞かせるわけでもない、本人にも答えの見つからない問いを口にし、賢者の弟子はいつまでも、遠く去っていく師の背中を見送り続けるのだった。
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