これがわたしの旦那さま 短編集

市尾彩佳

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がぁるずとぉく

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~ どこでも読書様のレジーナフェアで掲載していただいていた短編です。「これがわたしの旦那さま2」→レジーナサイト限定番外編「雨(?)降って、地固まる。」→今作の順の時系列になっています。 ~


「これを昨夜、陛下が贈ってくださったの?」
「はい、そうです」
 応接室のテーブルに戻ってきて着席したシュエラが、恥ずかしそうに差し出したブローチを、エミリアは手に取ってしげしげとながめる。
 それは青い鳥がはばたく様子をモチーフにしたブローチだった。銀色の金属枠の中に、小さな青い宝石が隙間なくちりばめられている。
 そのモチーフは、昨日帰省から戻ってきた侍女のカチュアがシュエラに教えてくれた、今城下で流行っている幸運のしるしだった。シュエラはそれをハンカチに刺繍してシグルドに贈り、そのお礼としてこのブローチを受け取った。そのおかげで、ここしばらくのシグルドとのわだかまりがかなり解消されたような気がする。
 昨夜のことを尋ねられて答えたら、エミリアがブローチを見せてほしいと言ったので寝室から持ってきた。だが、エミリアは顔をしかめながら、ブローチをいろんな角度からながめている。
 王妃であるエミリアを差し置いて愛妾のシュエラが国王であるシグルドと贈り物を交換したことに、さすがに気分を害したのかもしれない。頼まれても見せるべきではなかったかもと思い、謝罪しようかどうかと考えていると、エミリアがおもむろに口を開いた。
「これ……何だか安物みたい。国王が愛妾に贈る品なのだから、日数をかけてももっと高価な品を贈っていただきたかったわ」
 え? 不機嫌なのはそういう理由?
 シュエラは慌てて弁護する。
「い、いえ。わたくしも手持ちの材料で作ったものを贈りましたし、それに比べたら高価すぎると思うのですけど……」
 他の四人の侍女たちと壁際に一緒に並んでいたカチュアが「ちょっと失礼します」と言って、エミリアの隣に来てブローチをながめた。
「あ、やっぱり。これ一昨日帰省した時、ウチの店で見ました。陛下が買ってくださったんですね」
「え? カチュアのお家で扱ってた商品だったの? 悪いことを言っちゃったわね」
 口元に指先を添えて謝るエミリアに、カチュアは朗らかに答えた。
「いいえー。ウチの従業員たちも言ってたんですよ。土台は銀メッキで、宝石も質がよくないのがたくさん使われてて、数が多い分工賃はかかってますから、質の割に値段が高くて誰も見向きしないんじゃないかって。それにもともとウチは庶民を主に相手にしてる商家だから、王侯貴族の方のおめがねに叶う商品なんてあんまり扱ってないんですよ。高価な品物をお探しなら、フィーナんとこの商家がおすすめです。フィーナのお祖父さんが傍系だけど子爵家の出で、その関係で貴族のお屋敷によく出入りしてるんです」
 カチュアは侍女たちの列の中からフィーナを引っ張り出し、背後からフィーナの両肩を掴んでエミリアの前に押し出す。エミリアのそばに立たされてあたふたしたフィーナは、顔を真っ赤にしてしどろもどろに話した。
「あの、いえ、貴族のお屋敷といっても、下級貴族の方々をお相手に商売いたしておりまして……」
「え? フィーナの実家の商家ってなんて言う名前なの?」
 マチルダがいつの間にか列から外れて、フィーナの隣に立って尋ねる。
「え……っと、ラクサス商会といいます」
「ラクサス商会! 知ってる! 家具を中心に扱ってるのよね? わたし、嫁入り道具を注文しているの。上品さの中にかわいらしさもあって、すごく気に入ったわ」
 フィーナはおどおどしていた顔をぱあっと輝かせた。
「わぁ! ごひいきにありがとうございます、マチルダさん!」
 カレンまで列を外れて、フィーナに声をかける。
「わたしもお願いしようかしら。急に侍女になることが決まったから、結婚のための準備が滞っているのよ」
「カレンさんもありがとうございます! 早速実家に連絡を入れますね。家具の仕入れだけでなく部屋の内装具のご注文も承っていますので、よろしければご相談ください」
 シュエラはついつい“類は友を呼ぶ”と思ってしまった。いつもはカチュアのたしなめ役に回るフィーナも、案外商魂たくましいようだ。
 わきあいあいとした雰囲気の中に、こほんと咳ばらいが響いた。
「あなたたち、おしゃべりが過ぎますよ。私語は慎みなさい」
「申し訳ありません」
 お小言を言うシュエラ付きの女官マントノンに、セシール以外の四人の侍女たちは頭を下げる。そこにエミリアが助け船を出した。
「あら、いいのよ。わたしのところでは、女の子同士のお話ってなかなかできないからうらやましいわわ。ね?」
「そうですね」
 エミリアが斜め後ろに立つ女官長のアンナを見上げて同意を促すと、アンナも皺の多い顔におだやかな笑みを浮かべる。
 以前エミリアは、自分の周囲を伯父であるラダム公爵の手の者に固められてしまったと言っていた。侍女や他の女官たちも公爵の息がかかっていて、心を許せる相手はアンナしかいないのかもしれない。そのせいか、シュエラのもとを訪れる時は、いつもアンナしか連れてこなかった。……エミリア付きの女官や侍女たちとシュエラは一戦やらかしているので、また喧嘩にならないよう配慮してくれているのかもしれないが。
 エミリアは椅子に座ったまま侍女たちを見上げ、楽しげに尋ねた。
「ね。カレンとマチルダはもうすぐ結婚するの?」
「いいえ。シュエラ様付きの侍女の頭数が揃うまで、結婚は延期することになっているのです」
 カレンの返事を聞いて、シュエラは申し訳なく思いながら話しかける。
「ごめんなさい。わたくしのせいで結婚が延期に?」
「あ、申し訳ありません。気になさらないでください」
 慌ててカレンが謝ると、マチルダがにこにこ笑いながら話してくれる。
「むしろわたくしたちが侍女になれて、両家とも大喜びなんですよ。その予定はもともとなかったのですがケヴィン様のお声がかりでなることができて、おかげで箔がついたって」
 王城で貴人の世話をする侍女になれるということが大変名誉だということは知っている。けれど、結婚を遅らせて本当によかったのだろうか。──と思っていると、マチルダがにやにや笑いながらからかうようにカレンに言う。
「でも、カレンの婚約者殿は不機嫌よね。ホントは早く結婚したかったのに、延期になっちゃって」
 マチルダに肘でわき腹をつつかれて、カレンは顔を赤らめながら居心地悪そうに答えた。
「そ、それはわたしの年齢を気にしてくれているからよ。貴族の娘の嫁入りが十八歳なんて、ちょっと遅いからって」
「カ、カレンさん」
 最後まで壁際に残っていたセシールも近寄ってきて、ちらっとエミリアに視線を向けながらカレンを止める。カレンはそれで気付いて、慌てて自分の口をふさいだ。
 エミリアが結婚したのは二十歳になってからだ。それを考えるとカレンの発言は無礼にあたると気付いたのだろう。
 ここで謝るのもさらに無礼かもしれない。謝罪しかねて冷汗をかくカレンに、エミリアは全然気にしていないという様子でくすくす笑った。
「気にすることはないわ。わたくしは十六歳に結婚できるはずだったものを拒んだ女ですもの」
 そう言ってから、エミリアは寂しげに笑った。
 エミリアは十六歳の時、当時婚約者だった王太子との結婚の話が持ち上がったけれど、戦場に行かされたシグルドを差し置いてしあわせになることはできないと考え、結婚を延期することを望んだ。そんなことをしなければ、エミリアは結婚できないまま王太子と死に別れることはなかった。
 しかし、そのおかげで幼馴染であるシグルドと結婚できたことは、エミリアにとってよかったのかもしれない。
 エミリアにとって、どちらがしあわせだったのか。シュエラにはわからない。
 しめっぽくなってしまった雰囲気を吹き飛ばすように、エミリアが憤慨したように言った。
「話を戻すけれど、やっぱりこれは陛下がシュエラ様を軽んじているみたいであんまりだわ」
 ブローチを返されたシュエラは、それを手にとって改めて見る。
 エミリアもカチュアもいろいろなことを言ったけれど、シュエラはそうは思わなかった。土台に小さな爪で整然と並べられた宝石は粒が揃っていて色味ごとに整列していて、まるで斜めの模様が入っているみたいだし、銀メッキだというけれどよく磨かれていてつややかでとてもきれいだ。それに、もらった時のことを思えば胸が熱くなる。
 愛されていなくても、わたしは陛下に大事にされている……
「……いいえ。わたくしは軽んじられてなどおりませんわ。お忙しい中、わたくしのために用意してくださって、それだけでもとてもうれしいのです」
 ブローチをうっとり眺めながらシュエラが言うと、あちこちからため息が聞こえた。
「まぁ……なんておしあわせそうな」
 わざとらしく聞こえるマチルダの言葉に続いて、カチュアもさらっと一言告げる。
「のろけですね」
「カチュアっ!」
 フィーナが名前を呼んでたしなめようとすると、エミリアがにこにこしながら言った。
「そうね。本物の贈り物は値段で価値を決められるものではないですものね。ごちそうさまですわ、シュエラ様。それにしても、国王陛下はシュエラ様にもっと贈り物をしたほうがいいと思うわ。シュエラ様は何かおねだりなさいませんの?」
 それを聞いた途端、カチュアはぷーっと吹き出し、他の四人の侍女たちも笑いをこらえた顔になる。その雰囲気から面白いことがあると勘付いたエミリアは、少し身を乗り出すようにして尋ねた。
「え? 何かあったの?」
 カレンが笑顔のまま答える。
「はい。今エミリア様がおっしゃったようなことを、以前マチルダも申し上げたことがあるのです。その時にシュエラ様はちゃんとおねだりなさいまして」
「まあ。何を?」
「ご家族との面会です」
 カレンの返事に、エミリアはがっかりしたような顔をした。
「家族との面会は当然許可されてしかるべきですわ。贈り物とは言えないんじゃなくて?」
 マチルダが口元に手を添えて笑いをこらえながら説明する。
「それがですね。シュエラ様のご家族は所領でお暮らしなので王都までお越しになったのですが、何しろ弟君が十三人もいらっしゃるから大変だったのです。シュエラ様に放っておかれてしまったので、国王陛下がすねてしまわれて途中で退室なさったりして」
「そんな面白いことがあったの? 見てみたかったわ」
「エミリア様、面白いだなんてそんな……」
 本当に面白そうに言うので、シュエラは困惑してしまう。どうもエミリアは、シュエラがシグルドに対して申し訳ないことをしてしまうのを面白がっているような気がする。
 シュエラの困惑をよそに、カチュアが得意満面に話し出した。
「それに、普通にドレスとか贈られるより、よっぽどかお金を使ったのだとヘリオット様がおっしゃってましたよ。シュエラ様のお母様は来られなかったんですが、お父様と弟君十三人の往復一カ月の旅の費用に、子守り二人に御者と護衛が十数人の賃金と旅の費用。王都での滞在費用に、王城に上がる際の十四人分の衣裳代もかかったとかで」
「そう言われてみれば確かに費用はかかったのでしょうけど、それくらいの散財は当然だわ。家族から遠く引き離して王城に閉じ込めたのは陛下ですもの」
 不満げなエミリアにカチュアは答える。
「家族から引き離したのはケヴィン様ですけどね」
「カチュア! 王妃陛下に失礼な口をきくのはやめてちょうだい、頼むから!」
 カチュアの腕を引っ張って、フィーナは必死に止めようとする。
 そんな二人の騒がしいやり取りも、シュエラにはもはや聞こえていなかった。蒼白になり、今にも座っている椅子から落ちそうになる。
 そんなシュエラの様子に気付いたセシールが、気遣わしげに声をかけた。
「シュエラ様。あの、大丈夫ですか……?」
 その声に、わいわい話をしていたエミリアたちが気付く。
「いやだ、顔が真っ青よ。どうなさったの? シュエラ様」
「シュエラ様? シュエラ様!」
 シュエラが我に返ったのは、その後しばらく経ってからだった。

 その夜も、シグルドは就寝前のひとときをシュエラと過ごすために訪れた。
 和解──というのはちょっと違うかもしれないが──のプレゼント交換をしたことによって、昨夜はシュエラの心の壁も薄くなったような気がする。
 何かに耐えて、懸命にシグルドを受け入れようとするシュエラの心をどうやって溶かそうかと腐心していたところだった。そこに思わぬ救いの手。カチュアというあの侍女は礼儀作法がなっていないが、たまに役に立ってくれるからシュエラ付きの侍女から外せない。……今は人数が足らないというのも理由の一つだが。
 ともかく、昨夜はシュエラとかなりいい雰囲気になれた。このまま仲を深めていけば、近いうちに念願が叶うかもしれない。
 期待に胸ふくらませシュエラの寝室の扉を叩いたシグルドだったが、中から返ってきた「はい、どうぞ」という返事の固さに一抹の不安を覚えた。それでも気のせいと自分に言い聞かせながら扉を開いたシグルドは、扉のすぐ近くで待ちかまえるシュエラに驚いてわずかに目を見開く。
 扉を開けて中に入る時、シュエラはたいてい部屋の隅に置かれたソファから歩いてくるところなのだが、シュエラの思い詰めた表情といい今夜は何かがおかしい。
「どうした?」
 努めて柔らかく問いかけてみると、シュエラはいきなり大きく頭を下げた。
「な、何だ!?」
 シグルドは思わずのけぞってしまう。
「申し訳ありません!」
 いきなり謝られても、何が何だかわからない。
「何を謝ることがある?」
「家族のことで、その、あの、とにかく謝らせてくださいませ!」
 どうやら上手く言葉にできないらしい。シグルドはシュエラの肩に手を置いて、顔を上げさせようとする。
「余は謝って欲しいと思うことなど何もないぞ?」
 優しく声をかけてなだめようとするが、シュエラはかたくなに頭を上げようとしない。
 今夜の期待はあっという間にしぼみ、理由もわからぬままにシグルドは途方に暮れたのだった。
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