忘れ物を届けにきました

市尾彩佳

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SCENC 23(明視点・過去)・24(優子視点)

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 室内に優子の姿を見つけたとき、明はしまったと思った。紫藤に怒られたことに腹を立てるあまり、すっかり忘れていた。
 彼女がチェックインした部屋は空いているはずだ。彼女にそのことを説明してホテルに戻らせるべきだ。だが、明は嘘をついたことをまた紫堂に責められることになる。
 明が他に行こうにも、夜中突然行って泊めてくれるような友人は近隣に住んでおらず、花火大会の夜ということあって宿泊施設はどこもいっぱいのはずだ。一晩明かせるようなファミレスやマンガ喫茶などもこの辺にはない。
「予定変更になって、夜勤がなくなったんだ。悪い、ベッド使ってもらっていいんで、俺も部屋の隅に寝させてもらっていい? あ、俺に気にせず風呂入って楽な服に着替えなよ。今、風呂入れてくるからさ」
 そう言って、そそくさとバスルームに行く。

 そんなの困る──とか言いながら追いかけてくるかと思ったけれど、彼女は風呂を溜め終えてもバスルームに来る気配はなかった。
 見ず知らずの男の部屋に平気で泊まる女だから、明が部屋の隅で寝ても気にしないかもしれない。

 だからといって、彼女が承諾したとは限らない。ひやひやしながら、明はリビング兼寝室に戻って、さりげなく声をかけた。
「風呂入ったよ。お先にどうぞ。──あれ? これって……」
 フローリングに散らばる同じパッケージの小さな箱。拾おうとすると、彼女が急に大声を上げた。
「駄目!」
 明はびっくりして手を引っ込める。彼女は必死にそれをかき集め始めた。
「彼氏からメールがあったの。用意してって。一箱二箱じゃ足りないから、十箱くらい買っておいてって。真に受けたわたしが悪かったの。彼氏は私に別れたいと思わせるために、無茶な要求を繰り返したって──」
 散らばった避妊具を床にはいつくばるようにして集める姿は、言っては何だがひどく無様だった。だが、明は笑う気にはならなかった。理不尽に傷付けられて泣く女を、どうして笑うことができるだろうか。

 彼女は泣きながら話し続けた。 
「別れたいなら別れたいって、ちゃんと言ってくれればよかったのに。わたし、言われればちゃんと別れてた。みっともなく追いすがるつもりなんてなかった。なのに、何でこんな方法で別れようとするの? わたしに魅力がないのはわかってるけど、こんな嫌がらせをしてまでわたしを抱きたくなかったの!? だったらそう言えばよかったじゃないの! なんで? なんでぇ……」

 慰めたくてたまらなくなって、明は彼女の隣に座り抱きしめた。
 嫌がられるかと思ったけれど、彼女は逆にしがみついてくる。

 理性が焼き切れそうだった。
 マズいだろ。客に手を出すなんて。
 なのに、欲望が耐え難いほどに高まってくる。
 叱られて鬱憤がたまっていたところに、無防備な女。サマードレスに包まれた身体はしどけなく明を誘う。

 彼女は慰めを求めている。それに応えてやるのも親切というものじゃないのか?
 そんな勝手な考えに、ためらいは押し流された。
 彼女の顎に手をかけ、持ち上げる。上を向いた彼女の唇に己の唇を重ねる。

 彼女の泣き声は止んだ。

 突き飛ばされないのをいいことに、明は薄く開かれた唇に舌を挿し入れた。思う様に口腔を味わい、舌を絡め取る。
 息苦しくなってきたところで、明は少しだけ唇を離して囁いた。
「俺じゃ駄目か?」

 返事を待たず、明は彼女をベッドに押し倒す。
 仰向けになった彼女にのし掛かり、また唇を貪った。
 服の上から、少々乱暴に彼女の胸を揉みしだく。
 着やせするのか、思っていたより大きかった。
 それを知った瞬間、全身の血がどくんと沸き立ち、欲望に力をそそぎ込む。

 彼女は一向に嫌がるそぶりはなかった。
 それどころか、明の首に腕を巻き付け、積極的に舌を絡め合う。

 彼女の喉がこくんと動いた。混ざり合った二人の唾液を嚥下したのだとわかると、彼女が自分を受け入れてくれたような気がしてますます気分は高揚した。

 明は唇を離してにやりと笑う。
「着痩せするタイプ? いい胸してるじゃん」
 カットソーの裾から両手を入れて、腰から胸へとじっくり撫で上げる。

 自分がみっともないくらいに興奮しているのはわかっている。だが抑えることができなかった。
「胸の大きさの割に細い腰。そそられない男のほうがおかしいと思うんだけどな」
 喉が勝手にごくりと動いた。
 最後の自制を働かせ、明は訊ねた。
「止めて欲しかったら今のうちに言って。ここで止めないと、やめてって言われてももうやめられない」
 ここで止めてと言われたら、ひどい苦しみを味わう事になるだろう。だが、彼女の承諾もなく先に進むわけにはいかない。

 彼女は瞳を潤ませて微笑んだ。
「やめないで。お願い──」
 その甘い声に引き寄せられるように、明はまた唇を重ねた。


 彼女は大胆だったから、初めてだと思わなかった。──いや、少しは疑っていたと思う。だが、自分の欲求を優先して、その予感を無視した。

 熱くたぎる自身を、狭い彼女の中に無理矢理押し込む。
 その時、彼女の顔が苦痛に歪むのを見て、明はしまったと思った。
 失恋したばかりの処女。
 やっかいな状況が脳裏に浮かぶ。抱かれたことで恋人になったと勘違いするのではないかと。
 我ながらひどいと思ったが、明は彼女と付き合うつもりなどまったくなかった。
 行きずりの関係。後腐れなく、明日の朝には別れる。
 ずいぶん身勝手なことをしたものだ。恋人にこっぴどくフラれた後なのに、明も彼女を弄んだあげく捨てるのか?

 だが、明が身を退こうとすると、彼女は泣きそうな顔をして引き留めた。
「お願い。やめないで……っ」
 それで気付いた。今止めるのも、彼女にとっては酷なことなのだと。

 彼女をできるだけ傷付けないよう、明は慎重に腰を進めた。
 だがそんな気遣いなど役に立たず、明がすべてを収めるまで彼女は歯を食いしばっていた。

 ようやくすべてが入っても、彼女は歯を食いしばり続けた。声をかけても聞こえた様子がなく、明は仕方なくそっと頬を叩く。
「おい、大丈夫か? おい」
 おそるおそる目を開けた彼女に、明はすぐにも動きたい衝動に耐えて言った。
「全部入ったッ」
 苦痛に彩られた彼女の表情に、ほんの少し安堵が混じる。
 その時になって、明は彼女の名前を知らないことが気になった。
「あんた、名前は?」
「……優子、です。あな、たは?」
「──明」

 答えた瞬間、彼女の中がうねって明のものを締め上げる。ただでさえ気持ちいいのに、その刺激は動くわけにはいかない今は拷問に等しかった。
「ごめ……っ、我慢、できそうに、ない……!」
 腰を引きかけると、彼女──優子の表情が苦痛に歪む。
 やっぱり今は動くわけにはいかない。
 目を固く閉じて必死にこらえたその時、明の頬に彼女がそっと触れてきた。
 驚いて目を開けると、優子は痛みに耐えながら微笑んでいた。
「私は平気だから、動いていいよ」
 その一言に、理性は焼き切れた。

 彼女の両方の手首を掴んでベッドに押さえつけ、狭く硬い隘路を突き進む。キツすぎて痛みも感じたが、それを遙かに上回る快楽があった。
「──ハッ、あんた悦すぎっ。止まんねぇ……!」
「いっ……いいよっ! もっと動いて──っ!」
 優子が苦痛に耐えながら答えているのだと気付いていながら、明は止まることができなかった。

 何サカってんだ、もう三十歳になるっていうのに。
 セックスを覚えたての頃のように、自分をコントロールできない。

 少しでも苦痛を和らげてやろうと、つながりあっている部分に手を伸ばし、その少し上の肉芽をいじってやれば、少しは快楽を拾えたのか、彼女は「あっ」と小さく声を上げて仰け反った。

 解放の時はあっという間に訪れた。
 早漏かよ、と心の中で自嘲する。
 おまけに、一度解放したというのにまだ己の分身はたぎっていた。
 優子のナカも、今のでほぐれたのかさっきより柔らかく、しかもまだ大きさを保ったままの明のモノにからみついて刺激してくる。

 我慢しきれずに腰を揺らすと、ぐったりしていた優子が驚いたように目を見開いた。
「悪い……もう終わるから」
 腰を退こうとすると、優子はそれを止めるかのように明の腕を掴んできた。
「まだ、したいの……?」
「──だけど、身体ツラいだろ?」
「したいならもっとして。いっときだけで構わない。誰かにめちゃくちゃに欲しがられたいの──」

 優子の腕が首に回ってきて、抱きつくように引き寄せられる。
 耳元にかかる熱い吐息。
 どくん、と心臓が脈打った。熱い濁流が全身を駆けめぐり、彼女をがむしゃらに求めたい衝動に駆られる。

 あとはスキンを替えるだけの自制を働かせるので精一杯だった。


***


「何サカってんだって、自分でも呆れたよ。でも、優子にめちゃくちゃにしていいって言われて、たがが外れた。──言い訳だな」
 そんなこと言っただろうか? 言ったかもしれない。フラレたショックや、現実とは思えない状況のせいであの時の記憶は曖昧だ。痛みが次第に快感に変わっていったのだけ覚えている。
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