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第二章 シグルド~15歳 ケヴィン~21歳 アネット~20歳(?)
二章-5
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静寂に張り詰めた空気が、小さな物音に揺らされた。
小さなランプの暗い明かりを頼りに繕い物をしていたアネットは、顔を上げて廊下のほうから聞こえてくる足音に耳を澄ます。
コツン…… コツン……
こんな時間に、誰が……?
固い靴底が、板敷きの廊下を静かに踏んでいるようだ。その音は次第に近づいてくる。
アネットは体をこわばらせ、呼吸さえも小さくした。
こんな真夜中にこっそり邸内をうろつくなんて、よからぬ用事だと思っておいたほうがいい。
木箱の上に繕っていた上着を置き、そっと立ち上がって、音を立てないように洗濯室に続く扉に近付いた。扉に耳を当てるようにして集中する。
足音はどこへ向かっているのか。
邸の裏側にあたる洗濯室周辺の並びには、調理室や貯蔵室など、いろんな用途の部屋が並んでいる。
考えられるのは食べ物やお酒をくすねにきたということだけど、それぞれがしまわれている貯蔵庫には、頑丈な錠前がかけられていて鍵は男使用人長のビィチャムさんが厳重に管理している。
他に何があるだろうかと考えているうちに、足音が変わった。
カツン
先程より硬質な音が、少し大きく響く。
アネットはぎくっと体を震わせた。
木の廊下ではなく、石のように固いものに足を降ろした音。それが隣の、洗濯室から聞こえた。
洗濯室の床は石が敷き詰められているから、歩くとそんな音がする。
けど、何で洗濯室に入って来るの?
疑問を想い浮かべているうちに足音はどんどん近付いてくる。
まさかだけど、目的はあたし……?
そう気付いたとたん、血の気が引いた。
とっさにドアノブに視線を降ろす。ドアノブには木の棒が括りつけてあって、今は鍵代わりに戸枠のほうへと渡してある。
でもこんなの子どもだましだ。何度か強く引っ張られているうちに壊れてしまうだろう。
こんな真夜中に来るなんて、それこそよからぬことに違いない。アネットをいじめにきたか、それとも──。
逃げなきゃ。
この部屋には、さいわいもう一つ出口がある。
逃げようとしていると気付かれると、急いで追ってくるかもしれない。
そうっと扉から離れ、音を立てないようにゆっくり歩く。
その足が三歩目を降ろさないうちに、扉がノックされた。
どきっとして、片足で立っていた体が倒れそうになる。前のめりになりながらも荷物に手をかけ、かろうじて転ぶのだけは回避する。
と、扉の外から声がした。
「わたしだ。……寝ているのか?」
その声に、アネットはほっとする。
というか、脱力した。
あたしに警戒しろとか言っておきながら自分は何やってんのよ、このお坊ちゃんは。
今まで邸の中にいてもわざわざ外を回って来ていたから、全然思いもつかなかった。
不自然な体勢から体を起こして、アネットは扉の前に戻った。
鍵代わりの棒を外して、洗濯室のほうへと開く扉をそっと押す。
一歩引いて扉が開く場所を作ったのは、ランプを片手に持つケヴィンだった。
「ちょっと、いいだろうか……?」
遠慮がちに言う。アネットは小さくため息をついた。
「誰にも見られませんでした?」
「ああ」
「ここだと何なので、中に入ってください」
扉から手を離し、荷物が半分以上占めていて細い通路のようになっている部屋の奥に向かう。
ケヴィンは少しためらったようだけど、何も言わずに入ってきて扉を閉めた。
「どうぞ」
ベンチを指差し、アネットはさっさと丸椅子に座る。
「今夜はどうしたんですか?」
ケヴィンはベンチに座っても、返事をしようとしなかった。切り出すのをためらうように、伏し目がちに視線をさまよわせる。
アネットは小さく肩をすくめ、繕い物の続きを始めた。
「……それは全部、繕い物か?」
ケヴィンが向けた視線の先に、アネットも繕い物を続けながらちらり目を向けた。
そこには雑に畳まれた服やシーツが積まれている。量は、アネットの胴体と同じくらいの高さだろうか。
「そうです。ご主人様方には一度破れた物はお出ししませんけど、繕って使える物は使用人に下げ渡されるんです」
ベッドシーツも衣服も全部。だからアネットの服は最初からつぎはぎだらけだった。
それをケヴィン様が“ぼろぼろ”とか思うから、めんどくさい話になったのよね……。
二カ月ほど前のことを思い出して、思わず小さな笑いがこぼれそうになる。
「一晩でこんなに縫うのか?」
繕い物の山に目を向けたままつぶやくように言うケヴィンに、アネットはおどけて答えた。
「さすがに無理ですよ。適当なところで切り上げますって」
今日はいつもより多い。急ぎのものは今縫っている上着で終わりだから、あとは好きなところで切り上げられる。
話はそこで途切れた。
一体何をしに来たんだろう……。
ケヴィンがこういう雑談をするためだけに来たとは思えない。
別にいてくれてもかまわないけど、こうも話が続かないと何だか居心地悪いなぁ……。
アネットは縫い針を進めながら、話題を探して考え込む。
そうした頃になって、ケヴィンはおもむろに口を開いた。
「君には、両親がいないそうだな」
何でそのことを?
アネットは驚いてとっさにケヴィンを見た。
「ロアルから聞いた」
「ロアル君から?」
何を? とは聞けなかった。ケヴィンがロアルから何を聞いたのか知らないけど、話の流れから何となくわかって。
知られたくなかったな……。
何が変わったわけでもないのに、これまで身近に感じていたケヴィンが遠ざかったような気分になった。
そう。何も変わっていない。最初からケヴィンは貴族で邸の主人の息子で、アネットは邸の下働き。もともと立場に距離がある。本当なら、言葉を交わすことも会うことも許されないほどに。
沈みそうになる気持ちを浮上させようと、アネットはわざと明るく言った。
「そーなんですよ。両親がいないっていうより、捨てられてたって言うか。らっきーだったんですよね。捨てられてたのがこのお邸の前で、拾ってくれたのが公爵様で、ちょうどオルタンヌさんがお子さんを亡くされたところで、あたしのこと実の娘のように育ててくれたし、こうして働かせてもらえてるし」
「ここを部屋にしているのは──」
「それはまあ、屋根裏に部屋がなかったってだけのことです。他の人は一つの部屋に六人だったり、三階の上にある屋根裏部屋まで毎日上がっていかなきゃならないですけど、あたしは一人部屋で仕事場の隣に部屋もらえて大助かりです」
大部屋で一緒に寝起きしてたらどんな意地悪をされてたかわからないから、これもらっきーだったと思う。
そのことだけは内緒にして、にこっと笑いかける。木箱の上に置いたランプに手を伸ばしながら、納得しかねた様子のケヴィンに言った。
「ケヴィン様が持ってきたランプがあるから、こっちは消してもいいですか?」
「あ、ああ……」
「節約するよう言われてるんですよー。ケヴィン様のランプのほうが明るいし、二重にありがたいです。屋根裏部屋にいたらこんな風にケヴィン様が訪ねて来てくれるはずなかったですから、あたしってつくづく運がいいと思うんです」
公爵様に拾われ、使用人の中でも地位のある人に育てられ大した苦労もなく成長でき、待遇のいいお邸で働かせてもらっている。多少いじめられはしたけれど、少しずつ認められて嫌がらせも少なくなった。
他のお邸ではきっとこうはいかなかっただろう。だからこのお邸の前に捨てられて、拾ってもらえたことは、アネットにとって人生最大のらっきーだったと思うのだ。
「……それに捨てられたからって、実の親に愛情がなかったわけじゃないんですよ」
つまみを絞ってランプを消してから、アネットは椅子に座りなおして胸元に手を当てた。
その服の下には、ケヴィンがくれた小袋が下がっている。
この小袋のおかげで、アネットはあれ以来大事なものをなくすことなく、なくす心配がほとんどなくなって安心した日々を送っている。
「ケヴィン様に拾っていただいた守り袋は、あたしがこのお邸の前に捨てられていた時、手首にひっかけてあったんだそうです。中に銅貨が一枚入ってました」
庶民の風習だ。子どもの安全と健康を願って、小さな袋の中にお金を入れて持たせる。
「暮らしに困って捨てたんなら、きっと銅貨一枚だって惜しかったはずです。それを手放す子どもに持たせたってことは、それだけ親に愛されてたってことだと思うんですよ。──中に入ってた銅貨は、とっくに使っちゃったんですけどね」
ペロッと舌を出してみれば、ケヴィンはあきらめたように目を伏せた。それからふと思い出したかのように上着のポケットをさぐると、中から真っ白いハンカチを取り出す。
それを持った手を伸ばしてくるのでアネットが手のひらを差し出すと、ケヴィンはその上にハンカチを置いた。
ハンカチに、何かが包まれている。
折りたたむように包まれているのをゆっくりと広げていくと、中から手のひらより少し小さいくらいのクッキーが出てきた。
今日も食べそこなってしまったものだ。
「使用人全員が食べたはずのものだ。こうして持ってきても不公平にはならないだろう」
食べてないこともバレちゃってるんだ……。
何故食べなかったのか、ケヴィンは知りたいと思っているだろう。食べられなかった状況を何とかしたいと考えているかもしれない。
その必要はないのだと言い訳しなきゃと思ったけれど、アネットが口を開く前にケヴィンは言う。
「このような形でも、受け取るのは嫌か?」
ケヴィンのこの言葉に、アネットはほっとした。
言い訳は必要ないのだと感じて。
「……いいえ。ありがとうございます」
クッキーのはしっこをかじってみると、さくさくした触感と甘くて香ばしい味が口の中に広がった。
ケヴィンは立ち上がり、自分の脇に置いていたランプと、木箱の上の、明かりを消した小さなランプとを交換する。そうしてからまた、ベンチに腰をおろした。
無言のまま、じっと見つめてくる。
その沈黙は、居心地の悪いものではなかった。
「おいしいです。さくさくしてて、甘くて、香ばしい……」
感想を口にしたら、涙が込み上げてきた。
全身に満ちてくる想いに押し上げられるように。
でも、その想いは口にしてはならない。
そう思うとよけいに目がうるんできて、食べながらそれを隠すのにアネットは懸命になった。
小さなランプの暗い明かりを頼りに繕い物をしていたアネットは、顔を上げて廊下のほうから聞こえてくる足音に耳を澄ます。
コツン…… コツン……
こんな時間に、誰が……?
固い靴底が、板敷きの廊下を静かに踏んでいるようだ。その音は次第に近づいてくる。
アネットは体をこわばらせ、呼吸さえも小さくした。
こんな真夜中にこっそり邸内をうろつくなんて、よからぬ用事だと思っておいたほうがいい。
木箱の上に繕っていた上着を置き、そっと立ち上がって、音を立てないように洗濯室に続く扉に近付いた。扉に耳を当てるようにして集中する。
足音はどこへ向かっているのか。
邸の裏側にあたる洗濯室周辺の並びには、調理室や貯蔵室など、いろんな用途の部屋が並んでいる。
考えられるのは食べ物やお酒をくすねにきたということだけど、それぞれがしまわれている貯蔵庫には、頑丈な錠前がかけられていて鍵は男使用人長のビィチャムさんが厳重に管理している。
他に何があるだろうかと考えているうちに、足音が変わった。
カツン
先程より硬質な音が、少し大きく響く。
アネットはぎくっと体を震わせた。
木の廊下ではなく、石のように固いものに足を降ろした音。それが隣の、洗濯室から聞こえた。
洗濯室の床は石が敷き詰められているから、歩くとそんな音がする。
けど、何で洗濯室に入って来るの?
疑問を想い浮かべているうちに足音はどんどん近付いてくる。
まさかだけど、目的はあたし……?
そう気付いたとたん、血の気が引いた。
とっさにドアノブに視線を降ろす。ドアノブには木の棒が括りつけてあって、今は鍵代わりに戸枠のほうへと渡してある。
でもこんなの子どもだましだ。何度か強く引っ張られているうちに壊れてしまうだろう。
こんな真夜中に来るなんて、それこそよからぬことに違いない。アネットをいじめにきたか、それとも──。
逃げなきゃ。
この部屋には、さいわいもう一つ出口がある。
逃げようとしていると気付かれると、急いで追ってくるかもしれない。
そうっと扉から離れ、音を立てないようにゆっくり歩く。
その足が三歩目を降ろさないうちに、扉がノックされた。
どきっとして、片足で立っていた体が倒れそうになる。前のめりになりながらも荷物に手をかけ、かろうじて転ぶのだけは回避する。
と、扉の外から声がした。
「わたしだ。……寝ているのか?」
その声に、アネットはほっとする。
というか、脱力した。
あたしに警戒しろとか言っておきながら自分は何やってんのよ、このお坊ちゃんは。
今まで邸の中にいてもわざわざ外を回って来ていたから、全然思いもつかなかった。
不自然な体勢から体を起こして、アネットは扉の前に戻った。
鍵代わりの棒を外して、洗濯室のほうへと開く扉をそっと押す。
一歩引いて扉が開く場所を作ったのは、ランプを片手に持つケヴィンだった。
「ちょっと、いいだろうか……?」
遠慮がちに言う。アネットは小さくため息をついた。
「誰にも見られませんでした?」
「ああ」
「ここだと何なので、中に入ってください」
扉から手を離し、荷物が半分以上占めていて細い通路のようになっている部屋の奥に向かう。
ケヴィンは少しためらったようだけど、何も言わずに入ってきて扉を閉めた。
「どうぞ」
ベンチを指差し、アネットはさっさと丸椅子に座る。
「今夜はどうしたんですか?」
ケヴィンはベンチに座っても、返事をしようとしなかった。切り出すのをためらうように、伏し目がちに視線をさまよわせる。
アネットは小さく肩をすくめ、繕い物の続きを始めた。
「……それは全部、繕い物か?」
ケヴィンが向けた視線の先に、アネットも繕い物を続けながらちらり目を向けた。
そこには雑に畳まれた服やシーツが積まれている。量は、アネットの胴体と同じくらいの高さだろうか。
「そうです。ご主人様方には一度破れた物はお出ししませんけど、繕って使える物は使用人に下げ渡されるんです」
ベッドシーツも衣服も全部。だからアネットの服は最初からつぎはぎだらけだった。
それをケヴィン様が“ぼろぼろ”とか思うから、めんどくさい話になったのよね……。
二カ月ほど前のことを思い出して、思わず小さな笑いがこぼれそうになる。
「一晩でこんなに縫うのか?」
繕い物の山に目を向けたままつぶやくように言うケヴィンに、アネットはおどけて答えた。
「さすがに無理ですよ。適当なところで切り上げますって」
今日はいつもより多い。急ぎのものは今縫っている上着で終わりだから、あとは好きなところで切り上げられる。
話はそこで途切れた。
一体何をしに来たんだろう……。
ケヴィンがこういう雑談をするためだけに来たとは思えない。
別にいてくれてもかまわないけど、こうも話が続かないと何だか居心地悪いなぁ……。
アネットは縫い針を進めながら、話題を探して考え込む。
そうした頃になって、ケヴィンはおもむろに口を開いた。
「君には、両親がいないそうだな」
何でそのことを?
アネットは驚いてとっさにケヴィンを見た。
「ロアルから聞いた」
「ロアル君から?」
何を? とは聞けなかった。ケヴィンがロアルから何を聞いたのか知らないけど、話の流れから何となくわかって。
知られたくなかったな……。
何が変わったわけでもないのに、これまで身近に感じていたケヴィンが遠ざかったような気分になった。
そう。何も変わっていない。最初からケヴィンは貴族で邸の主人の息子で、アネットは邸の下働き。もともと立場に距離がある。本当なら、言葉を交わすことも会うことも許されないほどに。
沈みそうになる気持ちを浮上させようと、アネットはわざと明るく言った。
「そーなんですよ。両親がいないっていうより、捨てられてたって言うか。らっきーだったんですよね。捨てられてたのがこのお邸の前で、拾ってくれたのが公爵様で、ちょうどオルタンヌさんがお子さんを亡くされたところで、あたしのこと実の娘のように育ててくれたし、こうして働かせてもらえてるし」
「ここを部屋にしているのは──」
「それはまあ、屋根裏に部屋がなかったってだけのことです。他の人は一つの部屋に六人だったり、三階の上にある屋根裏部屋まで毎日上がっていかなきゃならないですけど、あたしは一人部屋で仕事場の隣に部屋もらえて大助かりです」
大部屋で一緒に寝起きしてたらどんな意地悪をされてたかわからないから、これもらっきーだったと思う。
そのことだけは内緒にして、にこっと笑いかける。木箱の上に置いたランプに手を伸ばしながら、納得しかねた様子のケヴィンに言った。
「ケヴィン様が持ってきたランプがあるから、こっちは消してもいいですか?」
「あ、ああ……」
「節約するよう言われてるんですよー。ケヴィン様のランプのほうが明るいし、二重にありがたいです。屋根裏部屋にいたらこんな風にケヴィン様が訪ねて来てくれるはずなかったですから、あたしってつくづく運がいいと思うんです」
公爵様に拾われ、使用人の中でも地位のある人に育てられ大した苦労もなく成長でき、待遇のいいお邸で働かせてもらっている。多少いじめられはしたけれど、少しずつ認められて嫌がらせも少なくなった。
他のお邸ではきっとこうはいかなかっただろう。だからこのお邸の前に捨てられて、拾ってもらえたことは、アネットにとって人生最大のらっきーだったと思うのだ。
「……それに捨てられたからって、実の親に愛情がなかったわけじゃないんですよ」
つまみを絞ってランプを消してから、アネットは椅子に座りなおして胸元に手を当てた。
その服の下には、ケヴィンがくれた小袋が下がっている。
この小袋のおかげで、アネットはあれ以来大事なものをなくすことなく、なくす心配がほとんどなくなって安心した日々を送っている。
「ケヴィン様に拾っていただいた守り袋は、あたしがこのお邸の前に捨てられていた時、手首にひっかけてあったんだそうです。中に銅貨が一枚入ってました」
庶民の風習だ。子どもの安全と健康を願って、小さな袋の中にお金を入れて持たせる。
「暮らしに困って捨てたんなら、きっと銅貨一枚だって惜しかったはずです。それを手放す子どもに持たせたってことは、それだけ親に愛されてたってことだと思うんですよ。──中に入ってた銅貨は、とっくに使っちゃったんですけどね」
ペロッと舌を出してみれば、ケヴィンはあきらめたように目を伏せた。それからふと思い出したかのように上着のポケットをさぐると、中から真っ白いハンカチを取り出す。
それを持った手を伸ばしてくるのでアネットが手のひらを差し出すと、ケヴィンはその上にハンカチを置いた。
ハンカチに、何かが包まれている。
折りたたむように包まれているのをゆっくりと広げていくと、中から手のひらより少し小さいくらいのクッキーが出てきた。
今日も食べそこなってしまったものだ。
「使用人全員が食べたはずのものだ。こうして持ってきても不公平にはならないだろう」
食べてないこともバレちゃってるんだ……。
何故食べなかったのか、ケヴィンは知りたいと思っているだろう。食べられなかった状況を何とかしたいと考えているかもしれない。
その必要はないのだと言い訳しなきゃと思ったけれど、アネットが口を開く前にケヴィンは言う。
「このような形でも、受け取るのは嫌か?」
ケヴィンのこの言葉に、アネットはほっとした。
言い訳は必要ないのだと感じて。
「……いいえ。ありがとうございます」
クッキーのはしっこをかじってみると、さくさくした触感と甘くて香ばしい味が口の中に広がった。
ケヴィンは立ち上がり、自分の脇に置いていたランプと、木箱の上の、明かりを消した小さなランプとを交換する。そうしてからまた、ベンチに腰をおろした。
無言のまま、じっと見つめてくる。
その沈黙は、居心地の悪いものではなかった。
「おいしいです。さくさくしてて、甘くて、香ばしい……」
感想を口にしたら、涙が込み上げてきた。
全身に満ちてくる想いに押し上げられるように。
でも、その想いは口にしてはならない。
そう思うとよけいに目がうるんできて、食べながらそれを隠すのにアネットは懸命になった。
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