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おまけ
公爵令嬢の婚約者 3/4
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もう戻れない……。
パーティー会場に。
そして人前にも。
十八歳にもなってあの醜態。
衆目のある中、暴言の影に隠してきた恋心を知られてしまって。
なりふり構わず走り出してしまって。
どれだけ恥かきゃ気が済むんだ……。
しかも、さっきのやりとりで気付いてしまった。
爵位目当てだとばかり思っていた求婚者たちが、案外エイミー自身に好意を持っていることを。
“恋愛する気になれない女”は照れ隠しだったのか、そういう評価をつけてライバルを遠ざけようというこざかしい魂胆だったのか。
同じ穴のむじな。
そんなことわざが頭の中をよぎる。
いや、奴らが実は同類だったという話はどうでもいい。
フィリップは自らの身の処し方について考えなくてはならなかった。
本当に人前から姿を消すことなどできない。これでも、実力をともなわなければ上級貴族であっても入隊を許されなくなった近衛隊に所属する、名誉ある身だ。明日も王家の方々を護衛する当番がある。
せめて今夜だけでも、傷心をいやすために姿を隠そう。
そう心に決めたのに、パーティー会場を飛び出そうとするところを、クリフォード公爵に捕まってしまった。
一つだけ救いといえば、人目につかない柱の影に引きずり込まれたことだろうか。
柱の影では、クリフォード公爵夫人イリーナが待ちかまえていた。その夫君たるクリフォード公爵は、もちろんハンフリーである。前クリフォード公爵トマスは、会場の目立つ場所で愛孫娘の晴れの日のお祝いを述べにくる人々に囲まれてご満悦中だ。
「なかなか派手に騒いでくれたな」
フィリップの二の腕をつかんで離さないハンフリーが、傍らからじろっとにらみつけてくる。
「……申し訳ありません」
義理とはいえ、溺愛している娘の社交界デビューの日にあんな騒ぎを起こされれば腹ただしいことこの上ないだろう。おまけにイリーナにくすくすと笑われて、フィリップの落ち込みはさらに増した。
「何かといえば娘につっかかって、嫌っているのだとばかり思っていたが、君は娘のことが好きだったのだな」
「えっ、いえっ、それは……」
違うと言いたかったけれど、ここで否定してしまっていいものかどうかと躊躇する。
否定すれば、“娘のどこが気に入らないんだ!”ときそうだな……。
ふと、自分が彼らの養子になっていたらどうなっていただろうと考える。
最初の約束の通りにいけば、ハンフリーとイリーナはフィリップの義理の両親になるはずだった。そのつもりで父母同然に慕っていた二人は、フィリップの養父母となることはなく、エイミーを養女に迎えた。彼らを横取りされたと思ったことも、フィリップが暴言に走った原因の一つだ。
横取りされたという考え自体、根拠も意味もない癇癪のようなものだったと気付いたのは数年後のこと。ハンフリーとイリーナは、フィリップが養子にならないと決まる前も後も、変わらない態度を取ってくれていた。
だいたい、子に恵まれず親戚連中から非難を浴びてきた二人にとって、フィリップはその事実を責めるがごとく押し付けられた存在だった。それなのにかわいがってもらえたのだから、恨むのではなく感謝しなくてはならないところだ。二人を肩身の狭い思いから解放したエイミーにも。
ハンフリーはケヴィンから公爵位を譲られ、クリフォード公爵家の血筋を跡継ぎとして迎えることで血をつなぐという貴族の役目を果たし、それまでさんざん文句を言っていた親戚連中を黙らせた。
それもエイミーの存在あってこそのこと。二人を敬愛するフィリップは本来ならば彼女に感謝したいくらいだ。
だが、初対面が悪かった。あんな出会い方をしたせいで、フィリップはいまだ彼女に素直になれずにいる。
否定できず、かといって当然肯定もできずにいると、イリーナが楽しげにハンフリーに答える。
「言った通りでしょう? フィリップはただ照れているだけで、エイミーのことを誰よりも愛してくれているんですわ」
フィリップは目をむいた。その言い方だと、前からわかっていたと言わんばかりだ。
てか、本人を目の前にしてそーいうことを言うか!?
「そうだな。恥も外聞もかなぐり捨てて愛する女を守れる男はそうそういない。フィリップ、娘のことをよろしく頼むよ」
そう言って、ハンフリーはフィリップの肩をぽんと叩く。
フィリップは唖然とした。
俺、まだ返事してないんだけど!?
二人の言い方だと、まるでフィリップがエイミーとの結婚を承諾したかのように聞こえる。
……“結婚”?
フィリップは、心の中に浮かんだこの言葉に反応して、頭に血を昇らせた。
今まで考えたことなどなかった。
さんざんいじわるを言ってきた相手を、エイミーやエイミーの親たちが結婚相手に考えるなんて思ってもみなくて。
けれど気付いてしまう。フィリップと結婚しないということは、エイミーは別の男と結婚するということで。
この話、断ったりなんかしたら……。
唖然から一転、呆然としていると、ハンフリーとイリーナが離れていって、入れ替わりにケヴィンがやってきた。
クリフォード公爵家の直系で、前国王の姉を母親に持ち、側近として国王の信頼も厚い人物。
恵まれた立場を持ちながら、素性のわからない女性を実質的な伴侶に迎え、公爵位を放棄した。
何故ケヴィンが祝福されない相手との婚外婚を望んだのか、フィリップは事情もケヴィンの心情も知らない。エイミーと同じ表情筋の固い顔からは何もうかがえず、あまり接したことのないフィリップにとって謎の多い人物だった。
ケヴィンはフィリップの前に立ち、冷え冷えとした声で言った。
「アネットから、話を聞いたそうだな?」
話とは、アネットの本当の素姓のことだろう。責められているように感じ腰が引けそうになりながら、フィリップは無言でうなずく。
長身のケヴィンは意識的にか無意識か、見下ろすことでフィリップに威圧を与えながら淡々と話し出した。
「エイミーの立場は危うい。今でさえ、母親が庶民の出であるということから蔑視が絶えない。公爵夫人という立場は、妻であるだけではいられない。親族や派閥の多くの夫人たちをまとめ、王妃陛下、ひいては国王陛下、国に仕えなくてはならない。国王陛下、王妃陛下が目をかけてくださっていても、あの子の存在に反発を覚え従うことを拒絶する者はいなくならないだろう。公爵夫人となった時、本当の試練があの子に振りかかることを知っていてもらいたい」
ケヴィンがエイミーに父親らしく接している姿を見たことはない。そもそもエイミーと一緒にいるところを目撃したのも数えるほどだ。しかし実の父親として、エイミーのことを心配しているらしい。
だが、人に責任を丸投げしているように聞こえて、フィリップは反論した。
「オリバーがいるんですから、彼に跡を継がせればいいじゃありませんか。そうすればエイミーは爵位に煩わされることなく、今よりマシな人生を送れたんじゃありませんか?」
オリバーとは、エイミーの五歳年下の弟だ。今年十一歳になる彼は、近衛隊士見習いとなって、城に通い剣の腕を磨いている。頭は悪くなく、素直で人当たりがよく、立ち回りが上手くて庶民の血を引くことで嫌味を言われたりする姿はあまり見ない。彼なら公爵になっても上手くやるだろうに、何故彼を公爵にしようとせず、エイミーに相続権を持たせるのかわからない。
威圧に耐えて見上げれば、ケヴィンはやはり感情の読めない顔をしたまま言う。
「エイミーが望んだから、クリフォード公爵もわたしも、あの子に相続権を与えることにしたんだ」
「え……」
エイミーが望んだ?
何事も諾々と受け入れるばかりで、自分の意見をほとんど口にすることのないエイミーが?
「あの子には、正直重荷を背負わせたくないと思っている。わたしが自分のしあわせを願うあまりに、あの子は部屋からろくに出られない不自由な幼少期を過ごし、わたしの子だと周知してからは他人の蔑みの視線にさらすこととなってしまった。直系の血筋を持ちながらクリフォード公爵の養女となることで妬みを受けるようになり、身分は得ても友人をなかなか得られず、その孤独をどうしてやることもできなかった。
そんな不遇に見舞われながらも弱音もわがままも言わないあの子が、相続権だけはどうしてもほしいと言ったからには、わたしはそれを承諾することしかできない」
エイミーが何故相続権を欲したのかも気になる。けれど、それよりもケヴィンの、エイミーに申し訳ないと思いながらも突き離した態度に腹が立つ。
「そういう言い方はないと思います。不幸に娘を陥れたのはあなた自身でしょう? あなたには彼女に償い、幸せにする義務があると思います。不幸に向かうのを止めるのも、親の役割なんじゃないですか?」
そう言ってフィリップがにらみつけると、表情が一切変わらないと思っていたケヴィンの顔に、うっすらと自嘲の笑みが浮かんだ。
「父親が娘のためにしてやれることはたかだか知れている。いつまでも手元に置いておけないのだから。娘の人生の大半を預けることになる者をよくよく吟味し、ゆだねるしかないのだよ」
あきらめともとれるその表情に虚を突かれ、フィリップは軽く息を飲む。
しあわせであれと願う人を、他人に預けなくてはならない悔しさ。
そんな経験をフィリップはしたことがないけれど、気持ちが何となくわかるような気がした。
ケヴィンがふと横を向く。
「あの子が壁の花になっている」
フィリップもそちらのほうを向くと、壁際とまではいかないが、会場の隅で一人ぽつんとたたずむエイミーの姿が見えた。
さっきまで群がっていた男たちは近くに見当たらない。あの騒ぎがあったせいか、パーティーの参加者たちは話しかけづらそうに彼女を遠巻きにしていた。
「今宵の主役を会場の中心に呼び戻すのは、君の役目だと思うが?」
責任を取れと言外に言われ、フィリップはしぶしぶエイミーのほうへと足を向ける。
その背に声をかけられた。
「あの子に頼まれて、仕方なくエスコート役を君に譲ったんだ。娘のことは任せた」
フィリップは思わず振り返る。ケヴィンは先程の笑みよりもっとわかりやすい苦笑を浮かべた。
「あとは娘に聞きたまえ」
その言葉に押されるようにして、フィリップはエイミーのもとへと急いだ。
パーティー会場に。
そして人前にも。
十八歳にもなってあの醜態。
衆目のある中、暴言の影に隠してきた恋心を知られてしまって。
なりふり構わず走り出してしまって。
どれだけ恥かきゃ気が済むんだ……。
しかも、さっきのやりとりで気付いてしまった。
爵位目当てだとばかり思っていた求婚者たちが、案外エイミー自身に好意を持っていることを。
“恋愛する気になれない女”は照れ隠しだったのか、そういう評価をつけてライバルを遠ざけようというこざかしい魂胆だったのか。
同じ穴のむじな。
そんなことわざが頭の中をよぎる。
いや、奴らが実は同類だったという話はどうでもいい。
フィリップは自らの身の処し方について考えなくてはならなかった。
本当に人前から姿を消すことなどできない。これでも、実力をともなわなければ上級貴族であっても入隊を許されなくなった近衛隊に所属する、名誉ある身だ。明日も王家の方々を護衛する当番がある。
せめて今夜だけでも、傷心をいやすために姿を隠そう。
そう心に決めたのに、パーティー会場を飛び出そうとするところを、クリフォード公爵に捕まってしまった。
一つだけ救いといえば、人目につかない柱の影に引きずり込まれたことだろうか。
柱の影では、クリフォード公爵夫人イリーナが待ちかまえていた。その夫君たるクリフォード公爵は、もちろんハンフリーである。前クリフォード公爵トマスは、会場の目立つ場所で愛孫娘の晴れの日のお祝いを述べにくる人々に囲まれてご満悦中だ。
「なかなか派手に騒いでくれたな」
フィリップの二の腕をつかんで離さないハンフリーが、傍らからじろっとにらみつけてくる。
「……申し訳ありません」
義理とはいえ、溺愛している娘の社交界デビューの日にあんな騒ぎを起こされれば腹ただしいことこの上ないだろう。おまけにイリーナにくすくすと笑われて、フィリップの落ち込みはさらに増した。
「何かといえば娘につっかかって、嫌っているのだとばかり思っていたが、君は娘のことが好きだったのだな」
「えっ、いえっ、それは……」
違うと言いたかったけれど、ここで否定してしまっていいものかどうかと躊躇する。
否定すれば、“娘のどこが気に入らないんだ!”ときそうだな……。
ふと、自分が彼らの養子になっていたらどうなっていただろうと考える。
最初の約束の通りにいけば、ハンフリーとイリーナはフィリップの義理の両親になるはずだった。そのつもりで父母同然に慕っていた二人は、フィリップの養父母となることはなく、エイミーを養女に迎えた。彼らを横取りされたと思ったことも、フィリップが暴言に走った原因の一つだ。
横取りされたという考え自体、根拠も意味もない癇癪のようなものだったと気付いたのは数年後のこと。ハンフリーとイリーナは、フィリップが養子にならないと決まる前も後も、変わらない態度を取ってくれていた。
だいたい、子に恵まれず親戚連中から非難を浴びてきた二人にとって、フィリップはその事実を責めるがごとく押し付けられた存在だった。それなのにかわいがってもらえたのだから、恨むのではなく感謝しなくてはならないところだ。二人を肩身の狭い思いから解放したエイミーにも。
ハンフリーはケヴィンから公爵位を譲られ、クリフォード公爵家の血筋を跡継ぎとして迎えることで血をつなぐという貴族の役目を果たし、それまでさんざん文句を言っていた親戚連中を黙らせた。
それもエイミーの存在あってこそのこと。二人を敬愛するフィリップは本来ならば彼女に感謝したいくらいだ。
だが、初対面が悪かった。あんな出会い方をしたせいで、フィリップはいまだ彼女に素直になれずにいる。
否定できず、かといって当然肯定もできずにいると、イリーナが楽しげにハンフリーに答える。
「言った通りでしょう? フィリップはただ照れているだけで、エイミーのことを誰よりも愛してくれているんですわ」
フィリップは目をむいた。その言い方だと、前からわかっていたと言わんばかりだ。
てか、本人を目の前にしてそーいうことを言うか!?
「そうだな。恥も外聞もかなぐり捨てて愛する女を守れる男はそうそういない。フィリップ、娘のことをよろしく頼むよ」
そう言って、ハンフリーはフィリップの肩をぽんと叩く。
フィリップは唖然とした。
俺、まだ返事してないんだけど!?
二人の言い方だと、まるでフィリップがエイミーとの結婚を承諾したかのように聞こえる。
……“結婚”?
フィリップは、心の中に浮かんだこの言葉に反応して、頭に血を昇らせた。
今まで考えたことなどなかった。
さんざんいじわるを言ってきた相手を、エイミーやエイミーの親たちが結婚相手に考えるなんて思ってもみなくて。
けれど気付いてしまう。フィリップと結婚しないということは、エイミーは別の男と結婚するということで。
この話、断ったりなんかしたら……。
唖然から一転、呆然としていると、ハンフリーとイリーナが離れていって、入れ替わりにケヴィンがやってきた。
クリフォード公爵家の直系で、前国王の姉を母親に持ち、側近として国王の信頼も厚い人物。
恵まれた立場を持ちながら、素性のわからない女性を実質的な伴侶に迎え、公爵位を放棄した。
何故ケヴィンが祝福されない相手との婚外婚を望んだのか、フィリップは事情もケヴィンの心情も知らない。エイミーと同じ表情筋の固い顔からは何もうかがえず、あまり接したことのないフィリップにとって謎の多い人物だった。
ケヴィンはフィリップの前に立ち、冷え冷えとした声で言った。
「アネットから、話を聞いたそうだな?」
話とは、アネットの本当の素姓のことだろう。責められているように感じ腰が引けそうになりながら、フィリップは無言でうなずく。
長身のケヴィンは意識的にか無意識か、見下ろすことでフィリップに威圧を与えながら淡々と話し出した。
「エイミーの立場は危うい。今でさえ、母親が庶民の出であるということから蔑視が絶えない。公爵夫人という立場は、妻であるだけではいられない。親族や派閥の多くの夫人たちをまとめ、王妃陛下、ひいては国王陛下、国に仕えなくてはならない。国王陛下、王妃陛下が目をかけてくださっていても、あの子の存在に反発を覚え従うことを拒絶する者はいなくならないだろう。公爵夫人となった時、本当の試練があの子に振りかかることを知っていてもらいたい」
ケヴィンがエイミーに父親らしく接している姿を見たことはない。そもそもエイミーと一緒にいるところを目撃したのも数えるほどだ。しかし実の父親として、エイミーのことを心配しているらしい。
だが、人に責任を丸投げしているように聞こえて、フィリップは反論した。
「オリバーがいるんですから、彼に跡を継がせればいいじゃありませんか。そうすればエイミーは爵位に煩わされることなく、今よりマシな人生を送れたんじゃありませんか?」
オリバーとは、エイミーの五歳年下の弟だ。今年十一歳になる彼は、近衛隊士見習いとなって、城に通い剣の腕を磨いている。頭は悪くなく、素直で人当たりがよく、立ち回りが上手くて庶民の血を引くことで嫌味を言われたりする姿はあまり見ない。彼なら公爵になっても上手くやるだろうに、何故彼を公爵にしようとせず、エイミーに相続権を持たせるのかわからない。
威圧に耐えて見上げれば、ケヴィンはやはり感情の読めない顔をしたまま言う。
「エイミーが望んだから、クリフォード公爵もわたしも、あの子に相続権を与えることにしたんだ」
「え……」
エイミーが望んだ?
何事も諾々と受け入れるばかりで、自分の意見をほとんど口にすることのないエイミーが?
「あの子には、正直重荷を背負わせたくないと思っている。わたしが自分のしあわせを願うあまりに、あの子は部屋からろくに出られない不自由な幼少期を過ごし、わたしの子だと周知してからは他人の蔑みの視線にさらすこととなってしまった。直系の血筋を持ちながらクリフォード公爵の養女となることで妬みを受けるようになり、身分は得ても友人をなかなか得られず、その孤独をどうしてやることもできなかった。
そんな不遇に見舞われながらも弱音もわがままも言わないあの子が、相続権だけはどうしてもほしいと言ったからには、わたしはそれを承諾することしかできない」
エイミーが何故相続権を欲したのかも気になる。けれど、それよりもケヴィンの、エイミーに申し訳ないと思いながらも突き離した態度に腹が立つ。
「そういう言い方はないと思います。不幸に娘を陥れたのはあなた自身でしょう? あなたには彼女に償い、幸せにする義務があると思います。不幸に向かうのを止めるのも、親の役割なんじゃないですか?」
そう言ってフィリップがにらみつけると、表情が一切変わらないと思っていたケヴィンの顔に、うっすらと自嘲の笑みが浮かんだ。
「父親が娘のためにしてやれることはたかだか知れている。いつまでも手元に置いておけないのだから。娘の人生の大半を預けることになる者をよくよく吟味し、ゆだねるしかないのだよ」
あきらめともとれるその表情に虚を突かれ、フィリップは軽く息を飲む。
しあわせであれと願う人を、他人に預けなくてはならない悔しさ。
そんな経験をフィリップはしたことがないけれど、気持ちが何となくわかるような気がした。
ケヴィンがふと横を向く。
「あの子が壁の花になっている」
フィリップもそちらのほうを向くと、壁際とまではいかないが、会場の隅で一人ぽつんとたたずむエイミーの姿が見えた。
さっきまで群がっていた男たちは近くに見当たらない。あの騒ぎがあったせいか、パーティーの参加者たちは話しかけづらそうに彼女を遠巻きにしていた。
「今宵の主役を会場の中心に呼び戻すのは、君の役目だと思うが?」
責任を取れと言外に言われ、フィリップはしぶしぶエイミーのほうへと足を向ける。
その背に声をかけられた。
「あの子に頼まれて、仕方なくエスコート役を君に譲ったんだ。娘のことは任せた」
フィリップは思わず振り返る。ケヴィンは先程の笑みよりもっとわかりやすい苦笑を浮かべた。
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