ウイルス感染

蒼井龍

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遠征

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 あれから三日後、私はクワに指定された場所に足を運んだ。
 集合時間の少し前だったにも関わらず、ここには多くの殺し屋が集まってた。
 およそ五十人くらいだろう。
 今の時代にこれだけの人数を集めるのはかなり大変なはずだが、一体どうやったのだろうか?
 とはいえ、そんなことは考えても意味がないので、私は考えるのをやめてクワの姿を探す。
 向こうも私を探していたようで、すぐに見つかった。
 
「やあ、ニンファー、来てくれてありがとう。よろしくね」

「こちらこそよろしく」

 しばらくの間、私とクワはくだらない事を喋りあった。
 今回の任務は危険度が今までとは比にならないくらい高い。
 私とクワのどちらか、あるいは、両方が死ぬとしても何ら不思議ではない。
 もし、今回の任務で死ぬのなら、これがプライベートとして話せる最後のチャンスだ。
 だから、今だけは、殺し屋としてではなく、ただの友達として喋り合う。
 現実を見るのは後からでも十分に間に合う。
 ちなみに、クワの装備は狙撃銃ともう一つある。
 メインは狙撃銃なのだが、サブとしてもう一つの武器を持っている。 
 それは、銀色の謎のダイヤルがついた拳銃。
 そう、アルの作った最新の武器。
操作銃コントロールガンである。
 アルが死んだ後、クワと二人でアルのお店を整理していた。
 その時に見つけたのはこの銃だ。
 アルの私室の机の上に、この銃と一緒に遺書のような手紙が置いてあった。
 その内容はこう。

『私が死んだら、この銃を誰でもいいからクワに渡して欲しい。私は死んでも、クワと一緒にニンファーを守りたい』

 たったそれだけだった。
 私達はその内容に従っただけだ。
 弾丸を磁力で操作し、弾道を設定することのできるこの銃は、状況があっていて、正確に使いこなせればそれなりの強さにはなるのだが、そんな状況は滅多にない上、弾道の操作がとてつもなく難しいので、クワは実戦では使ったことがないらしい。
 しかし、クワはこの銃を絶対に手放さない。
 なぜなら、この銃を手放すことは、アルの遺志に背くことになるからだ。
 そんなことをクワがするわけないし、そんなことをすれば、私はクワを許さない。
 要するに、少しでも近くにアルを感じたいだけなのだ。
 それが例え、私達のエゴだったとしても、アルに対する敬意は忘れてはならない。

「少しいいか?」

 あまりにも唐突といえるタイミングで声をかけられた。
 声をかけてきたのはあの男、ハイドだった。
 こっそりとクワの方を見ると、体を強張らせて緊張しているように見えた。
 私は出来るだけ平静を装って答える。

「何かしら?」

「まずは、お前に感謝を伝える。来てくれてありがとう」

「どういたしまして…」

 ここまでは前振りだろう。
 そもそもこの男が私に感謝の気持ちなど持っているわけがない。
 私は静かに次の言葉を待つ。

「今回の任務について、お前に言っておきたい事がある」

 私は少しだけ緊張する。

「今回の遠征では、大規模な被害が出ると予想される。例え、目的の施設にたどり着いたとしても、恐らくここにいる半数以上は死ぬだろう」

 わざわざそれを言いに来たのだろうか?
 だとすれば余計なお世話だ。
 そんな事は最初から分かっている。
 だが、当然話はこれで終わりではなかった。
 むしろ、私にとってはここから先の方が重要だった。

「そこで、不測の事態に少しでも対応し、集団の生存率を上げるために、お前には先頭を歩いて欲しい。お前なら、いきなりゾンビに襲われたとしても平気だろう?」

 簡単に言ってくれる。
 確かに私の戦闘力なら感染者と対峙しても恐らく大丈夫だろう。
 そもそも、感染者側が私を倒そうと思ったら、私の弱点を狙う必要があるわけなのだが、感染者にそんな事を考えることはできないだろう。
 それに、もし、自我あり感染者が出てきたとしても、私が普通の人間の振りをしていれば、まあ負けることはないはずだ。

「そうか、それを聞いて安心した。今回はお前の力は特に重要になる。よろしく頼むぞ」

 上から目線の物言いに、若干の苛立ちを覚えてながら私は口を開く。

「けど、あまり過信はしないで欲しい。考えたくないけど、数十人単位の感染者が同時に襲ってくきたら、流石の私でも対処しきれない。だから、ここにいる人達には、出来るだけ自分の身は自分で守って欲しい」
 
「言われなくても分かっている」

 そう言い残してハイドは私達の前から姿を消した。
 
「ニンファー……厄介な仕事を押し付けられたね…」

 クワがため息混じりに言う。

「そうね、でも、これくらいは予想の範囲内だから大丈夫よ」

 遠くでベルの音が鳴る。
 集合の合図だろう。

「クワ、一つだけ」
 
「何?集合かかってるから手短にね」

「この遠征で、私たちは感染者に襲われる可能性が高い、それも、普通の感染者じゃなく、変異体感染者とか、感染者の集団も出てくるかもしれない」

「知ってるよ。分かってる」

「もしそうなったら、私は自分の仕事を放棄して、あなたを守る事を最優先にする。だから、あなたも死にそうな時は逃げて」

 私のこの宣言に、クワは少しだけ戸惑っていた。

「何でか聞いてもいい?まあ、返ってくる答えはなんとなく分かるけど……」
 
「あなたには死んで欲しくない。私は他の殺し屋よりも強い。けど、流石の私も不測の事態には対応しきれないし、この人数を全員守ることは出来ない。だから、もし、今回の遠征のどこかでピンチになるような事があれば、私は最優先であなたを助ける」

 クワはしばらく沈黙して口を開いた。

「なんていうかさ、君って前からそうだったけど、中々にとんでもないこというよね」

「そう?私は当たり前のことしか言っていないと思うけど?」
 
 私が首を傾げると、クワは相変わらず笑ったまま言う。

「まあ、君がそう思うなら別にいいよ。ほら、早く行こう。君が先頭何でしょ?」

「そうね…ちなみに、あなたの配置は?」

「一番後ろだよ」

「グループは?」

「Fだ」

「分かったわ。何かあったらすぐに助けに行く」

 私達はそう言って別れ、指示された通りの陣形に並ぶ。
 この人数でまとまって動くのは無理なので、いくつかのグループに別れて行動する。
 陣形は主に、ハンドガンなどの近接武器を持つ者が先頭に立ち、ショットガンなどのミドルレンジの武器を持つ者が真ん中に並び、最後の方にスナイパーライフルなどの長距離用の武器を持つ者が並ぶという、シンプルかつ、合理的な配置だ。
 各グループに最低一人以上は近・中・長距離用の武器を持った人物が配置される。
 中々に考えられたこの配置だが、それを考えたのは、あのハイドらしい。
 認めなたくはないが、この采配はまとめ役として流石と言うべきだろう。
 
「それでは!これより任務に取り掛かる!総員!こころしてかかれ!」

 ハイドの大声が響き、殺し屋達は己に与えられた仕事をこなすために動き出した。
 私のいるAグループは、一番先頭に立ち、主に索敵を任されている。
 感染者を確認し、倒せそうなら倒し、そうでなければ、情報を共有し、後ろのグループと合流して感染者を倒す事。
 これが私達の仕事だった。
 しばらくの間は、みんなは無言で歩いていたのだが、沈黙に耐えきれなくなった誰かが話し出した。
 
「はあ…『感染者と遭遇して倒せそうなら倒す』って、普通に考えて無理だよなあ……一体俺たちに何が出来るんだよ……どうせここで死ぬんだよ…俺たちみんな」

 その言葉が引き金となり、会話が少しずつ生まれていった。

「まあ確かにそう思うけど、僕達には引く選択肢もある。そもそも無理して戦う必要もない。そんなネガティブな事を考えずに頑張ろうよ」

「そうだよ。別に死ぬって決まってるわけじゃない。それにこのグループには味方のゾンビもいるんだから」

 誰かがそう言い、私を指し示すと、会話をしていた人物はもちろん、この様子をただ見守っていただけの人までもがこちらを見てくる。

「まあ、確かに変異体ゾンビを一人で殺せるっていう逸話を持つやつが一緒ならそれなりには安心か……頼りにしてるよ。よろしくな」

 そんな風に挨拶された。
 今回の件は私にとってはただの仕事だ。
 故に、こいつらと馴れ合うつもりはない。
 だが、私には言いたい事が一つだけあった。

「まあ、襲われたときは私が何とかするわ。それが今回の私の仕事だもの。けど、これだけは言わせて」

「何?」

「私の前で感染者のことをゾンビと呼ばないで」

 私はそう吐き捨て、少しだけ歩く速度を上げた。
 他のメンバーはしばらくの間ポカンとしていたが、やがて小走りでこちらに近づいてきた。
 私の機嫌が悪くなったのを察してか、それ以上は誰も何も喋らなかった。
 そう、これでいいのだ。
 進んでいる途中に話していては、相手の接近に気付けない。
 もし、この場の誰かが、さっきまでの緩い雰囲気だったならば、目の前に現れた感染者に対処することなど出来なかっただろう。
 
「気をつけて!」

 私が叫んだのと、感染者が飛びかかってきたのはほぼ同時だった。
 感染者が距離を完全に詰め切る前に、誰かの放った弾丸が、感染者の肩の部分に命中した。
 衝撃でバランスを失った感染者は、一時的にその場に倒れるが、すぐに起き上がってくる。
 だが、その僅かな隙だけで十分。
 私は腰のホルスターから抜いた拳銃で、感染者にトドメを刺した。
 私以外の全員がその場で沈黙していた。
 まさか、こんなところで感染者と出くわすなんて思っても見なかった。
 ここは廃れた街と言っても、近くに普通の街もある。
 下手をすれば、一般人も巻き込まれる可能性もある。
 早急に対処しなければならないが、今回の私の目的は、別にあるので、無線で最低限の報告だけを済ませた。
 全員が武器を収納した後、誰かが私に聞いた。

「あんた…普段からあんな事ができるのか?」

 『あんな事』と言うのは、恐らく一発で感染者の脳を撃ち抜いた事だろう。
 銃を撃つというのは相当難しく、完璧な精度で撃てる人間は意外と少ない。
 だから殺し屋は感染者に苦戦するし、戦闘においては有利であるはずの狙撃銃を使おうとする人が少ないのだ。
 アルとクワと私も、一応正確な射撃はできる事が、当然、それぞれに理由がある。
 アルは武器に精通しているからこその正確さだし、クワは腕のいい師匠から射撃を習っていたし、私に至ってはこの体のおかげだ。
 逆に言えば、それらに匹敵するような理由が存在しなければ、出来るようにはならない。
 これが腕のいい殺し屋とそうでない殺し屋との違いであり、私が最強の殺し屋と呼ばれている理由の一つでもある。
 私はそのまま無言で武器をしまい、再び歩き出した。
 目的の研究施設に辿り着くまでは三日かかる予定だ。
 私たちが先頭にいるので、私達が遅れれば、その分全体の動きも遅れる。
 喋って時間を無駄にする事は決して許されない。
 その後も、何度か感染者と戦った。
 最後の方になると、私以外のメンバーは疲弊しきっていて、後退する体力もなさそうだったので、私が全て倒した。

「ありがとうな。一人で戦ってくれて」

 最初の宿泊地で見張りをしていると、そんな風に声をかけられた。
 寝ているときに感染者に襲われないとは限らない。
 そこで、全てのグループで交代して見張りを行うように指示されている。

「寝た方がいいわ。いつ休めるか分からないし、睡眠不足で明日動けなくなってもらうと困る」
 
 私がそう言っても、声をかけてきた人物は寝に行こうとはせず、私の隣に座り込む。

「君にお礼が言いたいんだよ」

「さっき聞いた」

「じゃなくて、もっとちゃんと言わせてよ」

 今日あったばかりの人と話をするのは疲れる。
 どれくらいの距離感で話せばいいのかが分からず、どうしても普段と違う態度になってしまう。
 冷たいだとかそっけないと思われなければいいのだが………

「にしてもあんた、本当に強いんだな」

「まあ、私はあなた達とはちがう存在だしね」

 私は自虐気味にそう呟く。
 話しながらも、警戒は解かない、
 いつ、どこから襲われてもいいように辺りを凝視する。

「あんたのおかげで、俺たちは楽をできるし、安心出来る。けど、俺たちが楽を出来るっていうことは、あんたの負担が大きいという事だ。一番休むべきなのはあんたじゃないのか?」

 どうやらそれを言いたかったらしい。

「別に疲れてない。この体には疲労が蓄積されないから」

「でも、睡眠は必要なんだろ?」

 その通り。
 感染者は体のありとあらゆる活動が停止しているが、唯一の例外が脳なのだ。
 逆に言えば、体の他の機能が停止している分、脳に限った話をすれば、その疲労度は非感染者の比ではない。
 
「別にいい。仕事に私情は挟まない。私は自分の仕事を全うする。心配してくれるのはありがたいけど、でも、大丈夫」

「分かったよ。なら、しばらくよろしく」
 
 そう言ってようやく話しかけてきた人物は寝に行った。
 私は見張りをしながら、明日以降のことについて考えていた。
 そして、翌日。
 今日は森の中を進むことになっている。
 目を覚ました私達は、予定通りに行動を開始した。
 結局、夜中に感染者が襲ってくる事はなかった。
 このままいけば、明日には目的地に到達する事ができる。
 私達は、昨日と同じ陣形で歩みを進める。
 二日目ともなれば、緊張感も多少は緩くなっていたので、昨日よりも会話は多かった気もする。
 みんながあれこれ話している内に、不意に話題が私の方へ移行した。

「いやあ、にしても、昨日は本当に危なかったよね」

「確かに、この人がいなかったら今頃みんな死んでたもんなあ…今日もよろしく」

「頼ってばっかじゃダメだろ。少しくらいは自分達で何とかする努力はしなきゃ」

 私はまだ距離感が分からず、曖昧な返事をするだけだった。
 私が辺りを警戒していたという事もある。
 緊張感が解けるのは悪い事とは言わないが、なさすぎもどうかと思う。
 少し注意しようと思い、振り向くと、何故かメンバーが次々に銃を抜き、何かを叫びながら乱射する。

「うああああああ!」

 私は混乱の極みを迎え、慌てて逃げ出す。
 さて、これはどういう事だろうか?
 ついさっきまで、他のメンバーは普通に会話していた。
 つまり、メンバーが錯乱してしまったのは、ほんの一瞬前からということになる。
 私の警戒心は一気に極限まで引き上げられる。
 どうするのが正解か?
 選択肢は主に二つ。
 下がるか戦うか、だ。
 現実的な事を言うなら、後ろにいる別のチームと合流し、情報を共有するのがいいだろう。
 しかし、助けられるものなら助けたい。
 私はそう考え、武器を抜く。
 神経を研ぎ澄まし、相手の位置を探る。
 
「見つけた」

 姿を捉えた私は、そちらに向かって全力で走る。
 そこで、私の想定外の事態が起こる。
 なんと、感染者が銃を所持し、発砲してきたのだ。
 
「なっ⁉︎」
 
 メンバーだと思って、無警戒だった。
 ギリギリで弾丸を避けるが、すぐに二発目、三発目が飛んでくる。
 私は不規則に動き回り、弾丸をくぐり抜け、感染者に向かって発砲しようとした。
 だが、私が引き金に手をかけた直前、目の前の感染者が姿を変えた。
 私が銃を向けていた相手は、さっきまで一緒にいたグループのメンバーだった。

「何で?どういうこと?」

 相手もかなり混乱している。 
 私にも意味が分からなかった。
 なぜこの人が私を撃とうとしたのか?
 なぜこの人が感染者に見えたのか?
 なぜ他のメンバーがいないのか?
 気になる事はいくつもあるが、今するべき事はそれじゃない。

「一度下がって他のメンバーと合流しましょう。それから、今の出来事を報告、共有し、対応策を考える。それでいい?」

 私がそう言うと、相手は頷き、素直に従ってくれた。
 数分後、私達は後ろのグループと合流した。
 いや、これを合流とは流石に言えないだろう。
 何故なら、そのグループは全員が死体になっていたからだ。
 頭や心臓部位に穴が開いており、あちらこちらに血が飛び散っている。
 まさに地獄絵図だった。
 他のグループの様子も見に行ったが、大した差はなかった。
 私はクワの安否を確認するため、一番後ろのグループが配置してる場所に向かった。

「クワっ!」

 結論から言うと、クワは無事だった。
 傷一つ負っていない。

「ニンファー⁉︎何でここに?」

「あなたが無事かどうかを確認しにきたのよ」

「ああ、なるほどね」

 クワは納得したように言った。
 何があったかと聞いてこないという事は、恐らく事態を把握するしているはずだ。
 よくよく辺りを見てみると、周りには十人ほどの殺し屋がいた。
 私はふと疑問に思う。
 一つのグループは五人で構成されていると聞いた。
 そして、グループは最低限の距離を取らなければないはずで、ここにこれだけの人数がいるのはおかしい。
 私はそう思い、クワに聞こうとした。
 その直前、後ろから、枝の折れる音が聞こえ、反射的に振り向いて銃を構える。
 そこにいたのは、ハイドだった。
 その後ろに三人の殺し屋もいた。
 ハイドの姿を見るなり、周りにいた殺し屋達が口を開いた。

「どうでしたか?」

「生存者はどれくらいいたんですか?」

「お怪我はないですか?ご無事でしたか?」

 次々と口を開く殺し屋達に向かって、ハイドは両手を広げて、『落ち着け』というジェスチャーをする。
 みんなが静まり、ハイドの言葉を待つ。

「落ち着いてよく聞け、先のゾンビによる襲撃により、我々は仲間を多く失った。現在、生き残っている仲間はここにいる者で全てだ」

 再び周りがざわついた。
 仕方なく私はハイドのゾンビという言葉を無視し、ここにいる人数を数えてみる。
 十四人だ。
 最初の段階で、五十人ほどがいたので、今回の件だけで三十人以上が死んだ事になる。
 にわかには信じられない事だ。

「原因となったゾンビは殺した。どうやら、そのゾンビは変異体種で、特殊な音波によって俺たちに幻覚を見せた。人がゾンビに見えるという幻覚だ」

 つまり、その幻覚で殺し屋達はお互いに殺し合ってしまい、これだけの人員を削がれてしまったということか。
 まあ、原因は分かった。
 では、次はこれからどうするかだ。

「予定通り、先に進む。これだけの人数を失ったのは痛手だが、死んでいった奴らも目的は研究施設に辿り着くことだ。ここで俺たちが諦めれば、そいつらの命を無駄にする事になる」

 死んだ人間は何も望まない。
 少し前まで、私はそう思っていたが、今現在、死んだ者をすぐそばに感じている私としては、何も言う事が出来なかった。

「陣形は当然変更する。これからは全員でまとまって行動する。並び方はこれから個別に指示し、十分な休息をとってから再出発する」

 ハイドはそう宣言した。
 そして、それから二十分後。
 私は相変わらず先頭を歩いていた。
 当然と言えば当然だが、クワと再び離れる事になるのは、少しばかり嫌だった。
 だが、文句は言うまい。
 クワを守りたいなら、襲ってくる感染者を殺せばいいだけだ。
 私はそう思い、歩みを進める。
 しかし、私の戦う決意は見事に無視され、他の感染者が襲ってくる事はなかった。
 そして三日目。
 いよいよ今日、目的の研究施設に辿り着く。
 世界の真実が分かるかもしれない。
 そう考えるだけで、私の心臓は激しく高鳴る。
 実は、三日目は予備日のようなもので、噂の研究施設は、ここからかなり近い位置にある。
 予定通りにいけば、三時間ほど、昼過ぎくらいには着く予定だった。
 だが、実際にはもっと早く、二時間ほどで着いた。
 その研究施設は、『要塞』という言葉が相応しいように思えた。
 ハイドの予定は、感染者に妨害される事も見越して組んである。
 つまり、私達は三日目、今日だけは、何故か感染者が襲ってくる事はなかったのである。
 昨日と一昨日同様、誰もが何かしらの邪魔が入る事を想定していたので、みんなが混乱していた。
 このまま何事もなく上手くいくのだろうか?
 私は他のみんなが困惑しながらも、ホッとしている中で、一人だけ悩んでいた。
 今日に限ってここまで上手く事が運んでいる事に違和感と不信感を覚えながら、研究施設の敷地内へと足を踏み込んだ。
 中は予想通り、とてつもなく荒れていた。
 窓は割れ、その欠片は床に転がり、あちこちに謎の書類が散らばっていた。
 私達は警戒しながら目の前にあるエレベーターのボタンを押す。
 何故かエレベーターは動いていた。

「どうする?使う?」

 私は後ろで待機しているハイドに聞く。
 ハイドはゆっくり首を振る。

「いや、エレベータは長時間中に閉じ込められる。何かあっても対処出来ず、危険だ。エレベーターの動作を確認したのは、電気が通っているかどうかの確認に過ぎない。全員階段で移動するぞ」

 ここは全部で十階まである。
 その全てを足で調べようと思えば、かなり大変だ。
 私には疲労が溜まらないので問題はないが、他の人はどうなのだろうか?
 そう思いハイドの様子を見るが、何の返事も反応もなく歩き出してしまった。
 しばらく歩くと、私に先頭を歩くように指示してくる。
 私達は仕方なくそれに従う。
 結論から言うと、私達は九階までの調査では何の情報も得られなかった。
 私は少しだけ残念とも思ったのだが、そう簡単に目的を達成できるほど、現実は甘くないということだろう。
 あれだけの人数が犠牲になって成果なしというのは、死んでいった者達に少しだけ申し訳ない気持ちにもなるのだが、こればっかりは仕方ない。
 私はそう思っていたし、他の人達もそう思っていた。
 だが、最後の最後、つまり、十階にある最後の部屋を開けたとき、私達のこの気持ちは裏切られる。
 何故なら、その部屋だけ電気が付いており、他の部屋には書類しかなかったのに対し、この部屋にだけ様々な機材が置いてあったのだ。
 そして、部屋の中央にある机には、一人の少女が笑顔で座っていた。
 私はその人の事を知っている。

「アル⁉︎どうしてここに⁉︎」

 私は一瞬だけ本気でそう思った。
 だが、よく見れば、この少女がアルではないと言う事がよく分かる。
 髪型や顔も、アルとはあまり似ていなかった。
 しかし、ただ一つだけ、何かが似ていた。
 何かは分からない。
 強いて言うなら、雰囲気のようなものが似ていた。
 
「お前は何者だ?」

 そう聞くハイドの言葉を無視し、その少女は口を開いた。

「遅いよ、どれだけ私を待たせるの?せっかく会えると思ったのに……」

 その口調も話し方も、何もかもがアルに似ていた。
 だが、こいつはアルではない。

「私の名前はニンフ。ここに所属していた天才科学者だよ。みんなこれからよろしくね!まあ、ここにいるほとんどの人達はあと少しの命だけど」

 いきなりの殺戮宣言に、全員が戸惑う。
 しかし、私にとっては、この次の言葉の方が重要だった。

「ちなみに私は、そこにいるニンファーちゃんの双子の姉だったりするんだよね。久しぶり!まだ私の事や昔のことを思い出せないようだけど、すぐに思い出させてあげるね!」
 
 
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