孤独な人狼はバーベナの君に希う

花菱陽玖

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9【誘拐】

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医務室を出て、これからどうしたものか悩む。窓際の壁に寄りかかって、頭を押えた。廊下の窓を塞ぐようにカーテンは全て閉じられているけど、ランプの灯りが均等に並んでいて暗さを感じることは無い。
うちの屋敷の方もいつもカーテンで覆い隠されていた。ヴァンパイアの住む屋敷はどこもこんな感じなんだろうな。
けど、あの日だけ閉め忘れたかのように、俺のいる別邸から見えるところだけ開いていて、中を見ることが出来た。たまたまか。
バーベナ家のことをなんにも分からない。本当言うと、両親のことだって詳しくは知らない。ただなんとなく覚えている、幼い頃に受けた愛情に縋っているだけだ。
叔父さんもそこまで話したがらないから、聞きづらいのもあった。母さんがヴァンパイアなのが関係しているのかもだけど。
それにしても、バーベナを持つとヴァンパイアになれるだとか、バーベナの祝福の血とか、俺の知らないところで名前が伝わってるのが気味が悪い。死に戻りをしてるというチカはその事を詳しく知ってるのか、聞けば良かった。それよりも自分の気持ちを優先させてしまった。知らない自分の話なんて知りたくない。
「わたくしより死にそうな顔してるの気に食わないわね」
「うわ!?」
いつの間にか、目の前に立って俺を見下ろしていたのはナターシャだった。驚くと、おかしそうに唇を歪める。顔色が悪いが、いつも通り豪奢な重たそうなドレスを纏っていた。『血の契約』をしたキキョウが亡くなったのだ、猛烈な飢餓感に襲われてるに違いないのに、普段通りに振る舞っている。
「昔のよしみで招待したのはこちらだけれど……そういえば名前を聞いてなかったわね」
「えっと、シュンヨウ・レーヴェ・バーベナです。以後お見知り置きを」
「あぁ、やっぱり。よく見れば似ているわねバーベナのジジイに」
「祖父を知ってるのか?」 
「よくやり合ったもの、わたくしのライバルにふさわしい相手だったわ」
旧友を思い出し、懐かしそうに目を細める。ヴァンパイアとヴァンパイアハンターの関係性だ、知らないわけがないか。
「でも『血の契約』を結ぶ間柄ではなかったんだな」
「当たり前よ、顔は好きだったけど従順じゃない男は嫌いよ。晩年は複数のヴァンパイアを囲っちゃって、そんなことしたらわたくしを一番にはしないじゃない」
ナターシャは全てにおいて自分が一番でありたいタイプだろうから、博愛主義の祖父とは相容れなさそうだ。古い付き合いだというのなら、俺の両親のことも知ってるのだろうか、と心が疼く。
「その一番にしたキキョウは亡くなったのに『血の契約』を交わして、身体は大丈夫なのか」
「大丈夫じゃないわよ。あの子たちがキキョウの死体から血を集めて新鮮な状態を保ってくれてるから、それなりに蓄えられているけれどね」
その状態も続かないと、ナターシャは切なそうに目を細めた。強い飢餓感と相手を失った孤独感が長く生きたヴァンパイアに酷だろう。
「他の人狼と『血の契約』をするつもりは無いのか?そのままだと死ぬだろ」
「そんなところもそっくりねぇ、キキョウはわたくしを一番に選んだのよ?わたくしも一番を与えるに決まってるじゃない。死んでこそ、この恋を確かなものに出来るわ」
どんな時間を過ごしたのか、どんな密度で恋をしていたのかもしれない、二人の物語に入ってない俺には理解出来ないけれど、初恋を知ったばかりの少女のように恍惚としながらナターシャは語る。
死にゆく人と『血の契約』を交わすなんて愚かだと周りから見れば思うだろうけど、突き通す様はなんだか羨ましかった。チカからの好意が自分に向いてないかもしれないというだけで、俺はずっと怯えているというのに。
「その感じだと駄犬ちゃんとは『血の契約』は結んでないのね」
「……まぁ」
「あの子、わたくしのこと好きじゃないくせに傍において欲しがるからムカついたわ。そのくせいつの間にか逃げていなくなってて。ずっと貴方を探してたんじゃないかって思ったのだけど違うのかしら?」
「……分からない」
「そう、あの子も不憫ね」
まだにわかには信じ難いけど、チカが死に戻りをしてるのなら、多分探していたのは俺であって俺ではない。
「それにしてもバーベナのジジイの孫だったとはね。ずっと守られていて屋敷に結界まで張って存在も隠されていたのに、どこで知ったのかしら?」
「守られていた?」
「あの襲撃事件から、生き残った貴方はバーベナのジジイに守られていたんじゃないの?」
「ちょっと待ってくれ、襲撃事件ってなんだ?」
「貴方のお祖母様とお父様とお母様が襲われて亡くなった事件よ」
「それは事故じゃ……」
「呆れた。過保護にも程があるわ、可哀想に」
事故と事件じゃ全然話が変わってくる。自分の顔が青ざめてるのが分かるくらい、血の気が引けてきた。俺はどれだけ知ろうとしてなかったのか、無知な自分が途端に憎くなる。知らないことがあるのが怖い、でも知ることも怖い。バーベナ家が何かに巻き込まれてるのだとしたら、そのせいで祖母も両親も死んだのだとしたら。祖父の真意だって、向き合おうとしなかったからよく分からない。
「事件って、なんで」
「ヴァンパイアハンターへの復讐か、お母様を狙った犯行かって憶測が立てられてるわ」
「母を?ヴァンパイアなのにヴァンパイアハンターの家に嫁いだから?」
「それは珍しくはないわ、『血の契約』だって結ぶでしょ?」
「じゃあなんで、」
「捕まった犯人は自決してるから理由は分からないわよ。でもお母様が死んでしまった代わりにか、抉り取られたお腹の子は見つかってないそうよ」
「え?」
「まさかそれも知らなかったの……?」
お腹の子、俺に妹か弟がいたなんて聞いていない。母の腹が膨らんでいた記憶は無いし、まだ安定期じゃなかったからぬか喜びさせまいと教えてくれなかったのか、それにしたって腹から抉り取られたなんて。
「共犯がいるんだとしたら、もしかしたら生きてるかもしれないわね。ヴァンパイアかもしれないし」
なんとなく、なんとなく腑に落ちた。ハンターの家出身とはいえヴァンパイアを過剰に嫌い、叔父さんが俺をこの国からすら連れ出して、遠ざけようとしていたのが分かった気がする。そして、祖父が俺を守ろうと屋敷の中にある別邸に閉じ込めて、徹底的に存在を隠していた理由も。知ろうとしなかった、知らないうちに守られていた。それが想像通りなら、その瞳に俺は映っていた。
「……他に、他に知ってることは無いか、頼む。あったら教えて欲しい」
母さんの血。バーベナの混じった血。祝福の血。未熟なまま腹の外へと赤子は、半分ヴァンパイアだ。
「……なら、ゆっくりお茶でもして話しましょうか。正直寝たいけれど、そんな顔をしてるのを放っておけないわ」
「疲れてるのにごめん……お願いします」
「しおらしいのは可愛いわね。ねえ!ライラック!来てちょうだい」
箱庭の中で守られて、悪意なんて浴びたことも無く、今まで純粋なまま何も知らないでいられた。でももうそれじゃ駄目だって分かってる。無知は悪いことじゃないけど、正しくはない。チカの話も整理しつつ、バーベナ家の俺の知らない秘密を探ろう。
「お呼びしましたかナターシャ様」
ナターシャに呼ばれてほどなくして現れたのは、ここに出迎えてくれた人狼だった。ライラックというのか、覚えておこう。ナターシャのお気に入りなのか、よく顔を合わせるし。
「あなたの事は呼んでないのだけれど」
が、冷ややかな声が放たれる。あからさまな嫌悪と殺意をナターシャは隠そうともしていなかった。ナターシャは俺を背に隠すようにして立つ。
「わたくしの愛し子達の血の匂いで誤魔化そうとしてるけれど、ヴァンパイアでもあり、人狼ね?いつからライラックになりすましてたの?」
「昨夜です。意外とバレるの早かったですね、流石はナターシャ様」
「主人の留守の隙に好き勝手やってくれたわね」
恭しくお辞儀をする様は、ライラックと似ているのに、ナターシャは怒りを滲ませていた。よく見れば、燕尾服は黒に紛れて血で汚れていた。ナターシャに仕える他の人狼を動けないようにしてきたんだと、察する。
「死になさい」
「そんな手荒な真似をしたいわけじゃありませんよ、ただでさえナターシャ様はぼろぼろじゃあありませんか」
「……!」
ぬっと音もなく間合いを詰められて、ナターシャは身じろぐ。俺が踵に手を伸ばそうとする前に、肩を抱かれていた。
「むしろ感謝してるくらいです、人狼を愛してくれた貴女のおかげで上手いこと隙を作ることが出来ました」
「ちょっ……!」
「待ちなさい!」
逃げることも叶わず、キキョウが現れた時も影だったと思い出す。屋敷の中の煌々とした灯りが作る黒い影に、足から沈んでいく。ナターシャが俺を引っ張ろうと手を掴むも叶わず、全て飲み込まれた。チカ、と瞬く暇も無かった。
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