孤独な人狼はバーベナの君に希う

花菱陽玖

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11【兄と触手と妹と】

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 通された部屋はいかにも客室といった感じで、簡素な家具とベッドだけの場所だった。割と高い位置にあるけど、屋根を伝っていけば外には出られるなと窓の方を見て把握する。
「さて、と。お客様とはいったものの、貴方にはやってもらいたいことがあるんですよね」
「勝手に連れてきておいて?」
「そんな顔をしないで下さい、美人が台無しですよ」
「お前らはバーベナの血が欲しいのか」
「貴方は本当に賢くて素敵です」
「ぁ!?」
近寄ってきた、と思う間もなくいきなり首筋に牙が立てられた。一瞬痛かったけれど、すぐに唾液に含まれる麻酔に近い成分で和らぐ。柔らかい唇に肉を挟まれて、吸い出される感覚はくすぐったくて、変な感じがするまま力が抜けた。それを逃さないようにアンファングは俺をベットへと倒して、覆いかぶさった。血のついた唇を舐めて、満足そうに言う。
「あぁ大分ヴァンパイアの力が高まっていますね。身体中を魔力が巡る、淫靡な味に仕上がってます。弟に沢山抱かれましたか?」
ヴァンパイア特有のチャームをかける瞳は真っ赤に鈍く光って、俺を捉える。さっきのは序の口だったのか。顎を撫でられて、口付けられた。
「んっ、んん……っぅ」
舌がねじ込んできて、ゆっくり歯茎や歯列をなぞる。硬口蓋を擽られるように熱い舌にねぶられると、意識が飛びそうだった。このキスの仕方はチカじゃない、チカじゃないと嫌だとアンファングの舌を強く噛む。
「っと、おかしいですね。深部までチャームが効かないなんて、結構強めにかけてるのに……」
すると、離れてくれて舌の痛みに唇を抑えながら、笑うのを堪えるように笑う。強制的に理性を剥ぎ取るチャームに抗うのが苦しくて仕方ない。爪を立てながら、手を握りしめて皮膚を裂く痛みでなんとか堪える。チカが見たら、きっと怒るだろう。自分で自分を傷つけるなって。こんな状況になって、どれだけ大きくなっていたんだろうと思い知る。心を守ってくれるのはチカの存在だった。
「あぁ……その様子だと弟に心奪われてしまいしたか。ならチャームは無駄ですね、残念です。前はあんなに僕に惚れ抜いてて、僕しかいないって縋って、蝶のように乱れて美しかったのに」
「……誰の話だよ」
「本当に覚えてないですか、触れたところないくらいに全部余すことなく暴いたのに。寂しいものですね」
すうっと勿体ぶるようにゆっくり、胸元のリボンを解かれて、ボタンを外れた。シャツの布が捲れて肌が露になる。ひっ、と喉が鳴った。どういうつもりなのか、肌を撫でるその手つきが語る。
「我々には貴方が必要なんです、その為に半分のヴァンパイアの魔力をもっと高めていただかなくては。昔のように愛し合いましょうか」
「……それ以上俺に触れるなら、舌を噛み切って死んでやる」
「死に戻り前の恋人にそんな目を向けるなんて、傷つきます」
話が噛み合わないもどかしさから、アンファングはチカと同じように俺が死ぬ前の時間の記憶がある感じがする。
ムカつくくらい比べられているけれど、どうやら前回の俺はこいつと恋仲だったらしい。けれど、それはあくまで前回の話だから俺ではない。きっと前回の俺は何も知らなかったから、甘い言葉で容易く御せただろうけど、もう俺は知ってしまっている。
「傷つくなんて傲慢すぎるだろ、もう本当に愛してくれてるかどうかくらい区別がつく」
俺を見つめるその瞳に熱が足りない。泣きたくなるくらいの篭った言葉を紡がない。チカが捧げてくれたものに比べたら、何処にも届かない。
「あーあ、これだから手垢がついてるのって好きじゃないんですよね。しかも弟のがべたべたじゃ、余計に。チャームが効いて惚れてくれたら早いんですけど、それなら仕方ないですね」
睨みつけると、つまらなそうに溜息をついた。興味の対象として外れたらしく、少し考える素振りをする。
「でも早く魔力の循環を良くして強めて欲しいですし、代わりにおもちゃをあげます」
どこかの鍵を見せつけてきたかと思うと、宙で鍵を開くような仕草をした。すると、天井が左右に開いて、何かが降ってくる。白い花が沢山咲いた大きな植物だった。床に根を張り、すぐにツタは部屋中に伸びた。
「吸精根です、大きく育って可愛いでしょう。良い魔力を吸うために精力高めて強くするお手伝いをしてくれますよ」
「は、はぁ?なにこの植物、見たことない……」
「私が作りましたからね。頑なな貴方でも楽しく相手してくれますよ。では、次に会う時には素直になっていてくださいね」
アンファングは微笑みながら扉を閉じて、鍵をかける。呆気なく俺は置いていかれる。何が何だか分からないけど続いて逃げようと、ベッドから下りると、植物の根が足に絡まった。吸精根は薄気味悪い造形をしていて、にゅるにゅる触手のように蔦を伸ばしてくる。
「なっ……!?」
やばい、と対応するよりも先に、腕を取られた。蔦のように見えていたけど、分泌液のせいか全体的にねっとりとしている。微妙に熱を持っていて、絡んでくるのを外すのは困難だった。
「ちょっ、待って、やめろっ!」
両手両足を後ろ手に回され取られて、簡単に拘束されてしまう。反った腰が痛むけど、下手に動くと骨が折られるだろう。攻撃というよりは纏わりついてくるこの感じ、魔力を高めるのに必要な行為を連想して青ざめる。
「ひぃっ!?」
蔦は細かく分裂して、緑色から薄桃色に色を変えて、纏っていた服を裂きながら入り込んできた。分泌液の水音を立てて肌を這い、絶妙な感触に嫌悪感を覚える。
「おぇ、」
本当に触手と化している。たらりと甘い液体が舌へと落とされた。吐き出せる量じゃなく、飲まされるしかなく喉を伝うと身体の芯から一気に熱を持つ。
「ぁっ、がっ?な、!?」
催淫効果があるのか、些細な感触に痙攣するようになった。完全に脱がされない衣服が液体で濡れて張り付くのさえ、狂いそうなほど気持ちいい。背中や肘裏、脇の下などを揺するように、時に揉みながら這っていくからこそばゆかった。
「あぁ……」
筋肉が弛緩して脳が蕩けたところに、下着の中にまで到達した触手はそのまま性器に絡みついた。擦り上げてくるそれは襞上に形状を変えてきた。
「まぁ、ぁっ、きつい、ひぃ!?」
玉袋を柔く刺激しながら、一本細い触手が特農な分泌液を亀頭へと垂らし込む。そしてそのまま尿道へぬるぬる滑った。痛みは緩和されてるけど、中に入り込まれる感触だけあって、身動ぎするも逃げられない。
「ぁっ、ぅっ、む、むりぃ、ぁっぁっあああっ、」
両腿を開くように体勢を変えられて、宙に浮く様は羞恥心で泣きたくなる。勃っているのに、好き放題にされて尊厳はなかった。
先端が珠状に膨らんでいるのが伸びてきたかと思うと、見せつけるように俺の目の前でくぱっと開くと、花の中心のように細かな触手が蠢いていた。
「ぁっ!?」
アンファングの手のよって、冷たい外気に晒された乳首を舐るように包む。煽動して、吸い上げ、時には摘んで、押し潰し、様々な責め方をされて気が狂いそうになる。 
「ぁぅ、むり、いやだやだっ、あぁっん、っこわい、っぁうっあうぅ!」
ただでさえ尿道を塞がれてイキたいのにイケないのが苦しくて、快感ばかりが下半身に溜まって頭がおかしくなりそうだった。そこで尻穴の方に触手が伸びてきた。液を纏わりつかせて、縁をなぞるようにくるくる旋回し、肉壁をじっくりと進んでいく。
「っ、いやだぁっ、ひぃっはあっ、」
乳首や尿道だけで限界なのに、後ろまでやられたら壊れてしまう。締めあげる括約筋をものともせずに触手の太さは増していき、僕の身体が跳ねる。
「ぁっん、」
前立腺をピンポイントに触手が擦ってくる。外からトントンとお腹を抑えられて、射精してしまいたいのに、いっぱいいっぱいになる。充分ほぐれたと判断したのか、肉棒を模した触手が穴をつつく。凶悪的な大きさに、無理だと思うと同時にもっとぎゅうぎゅうになって奥も欲しいと期待する部分があった。どうにかなっちゃいそう。もういいかと思考を手放して飛んでしまいそうだ。
「ぁああっ!ああっ、!!、」
ずん、と挿入された途端に、視界がモノクロに瞬いた。肉壁を細かく擦りながら、奥へ奥へとぬめりを絶やさずに侵入していく。身体の中を犯されている、まさにその通りでぐちゃぐちゃと刺激されて何度か意識が飛んだ。
「あっ、うっぁぅ、ぁっ、んぅっ、いきたい、いきたぁぁんあああっっ!」
乳首も尿道も、前立腺も、筋肉を弛緩するように身体中を這う触手に全て支配されてるのに、いくにいけない。
「ぁっんぅ、!っ?」
ぐるんと体重をものともせずに浮いていたのが、更に回転して足を持たれて頭が下にされた。一気に血が上って混乱する。情けなくじたばた暴れても余計に絡まるだけで、逃げられない。ずっとこのままだと死ぬ、と生命の危機を感じたところでお腹の中の触手は一瞬太くなり、音を立てて液が注がれた。
「ぁっああんっ!!」
吸精根のその射精には絶対に孕め、という強い意志を感じた。吸精するだけじゃなく、種を残す行為も行うつもりらしい、出したものが外に少しでも流れないように宙ずりにしたのか、お腹の中でいっぱいになる。けど宙ずりの体勢は身体に優しくなくて、真っ暗にくらついた。身体に締付ける触手のせいで酸素も薄くてきつい。このままだと死にそうだ、いつ死んでもいいと思っていたがこんな死に方は嫌すぎる。
「っはあ……ぁ、ぅぁぁぁっっ!!?」
力を振り絞って身体をひねり、精力を溜めさせる為かもしれない、尿道に入ったままの触手を引き抜く。蓋が解放されて、びゅうっと勢いよく精液が飛び出して、血の魔力が一気に巡るのを意識する。
これまでチカの血を飲んできたから、出来ることがある。少しでいい、ほんの少しの灯火を、と望んで鼓動を指先に集中させる。
「チカ……」
願うように名前を呟くと、ぼっ、と蒼い炎が触手を燃やした。結局のところは植物なのだろう、炎は触手の全身を伝っていき、そんなに時間もかからずに跡形もなく尽きた。燃えていく過程で、拘束は解けて床に落とされたせいで身体が痛い。尻穴に残って変形していた触手を慌てて確保しようと、抜いた。
「ぁっ、ん……」
するとゴポゴポと水音と共にカエルの卵のようなものが一緒に長々と出てきた。やっぱり今の行為は他の種族に対して種付けを行っていたのか、吸精根なんて植物はどんな本にも見覚えがなかった。
本当にここで開発された生命だとしたら、他にも色んな実験を行っているのかもしれない。バーベナと呼ばれた女の子が頭に過ぎる。真っ赤な髪に映える白い肌に、小さな体躯。ぼんやりとした無垢な顔。よく似た赤い色に俺は包まれた覚えがある。ペンダントだけじゃない。
思えば、母さんに似てるのかもしれない。
母さんのお腹の中にいた赤ちゃんがアンファング達の手によって取り出されて、育てられていたとしたら?可愛らしく飾り立てられて、姫巫女様などと祀られていたけれど、流れている血が俺と同じものだったら。血の魔力を高めようとして、どんな目に遭わされていただろう。想像するだけで吐き気がする。
「……その前にここから出ないと、」
ていうか思ったより燃えた。小さな火だとしても魔力を伴っているのだ、部屋の中の家具に燃え移り、あっという間に海となり広がっていく。肺が熱くなり、視界がぐらついて気持ち悪い。
「あつ!」
アンファングが鍵をかけたせいで扉は開かず、ドアノブも熱の塊と化していた。冷静にならないといけないのに、芯からまだ熱を帯びたままのぐちゃぐちゃな身体が気持ちに追いつかない。触手に襲われたあとに自分で出した火で死ぬとか、あまりにも滑稽すぎる。死ぬのなら、胸を張ってヴァンパイアハンターとして死にたい。けれど、死ぬ前にやらないといけないことがある。あの女の子を、助けないと。
「っ!窓!」
触手の粘液で滑っていて開けられない。脇にあった椅子を投げて窓ガラスを割る。ぐちゃぐちゃで破れた服のままだけど構わず、外に出た。部屋の場所は高くて、蔦や苔だらけの城の表面は立ってるのもきつい。落ちたら死ぬな、と苦笑いする。慣れない触手を相手にし燃やして身体の魔力は結構使ってしまった。疲れて眠りたい、チカの血を吸ったら回復出来るのに。
尖った屋根の少ない足場を気をつけながらそっと登り、どこから逃げるか画策する。そもそもこの城の場所がどのくらいの遠さかも分からない。吹き荒れる風の冷たさが、情報が詰め込まれて混乱した俺の脳を落ち着かせてくれる。夕方から夜にかけて空は移り変わって、一番星が見える。アンファングの影に入ってからここに来るまで一瞬だったけど、数時間はかかる場所にあると思われる。武器は靴に仕込んだナイフだけだし、身体はボロボロ。逃げられたとしてもあの幼い子を残していけはしない。
「……名前も知らないんだよ、こっちは」
生き別れの妹を人質に取られているのと同じだ。ヴァンパイアになりたがっている人狼達が、アンファングが利用したいのは、バーベナ家に嫁いだ母さんの流れる血。未熟なあの子よりも身体が大きくて、ヴァンパイアの魔力が濃くなっている俺の方が都合がいいのだろう。俺と入れ替わりに解放させるか?あれだけの信者がいるし、手離すのは得策でないとアンファングは判断しそうだ。
死に戻る前のあの子はどうだったんだろう。アンファングと話して、チカの言っていたことが少し分かった。あの話だと死に戻る前の俺はアンファングのことが好きだった。恋人になり、甘い言葉を囁かれて、愛されたと錯覚して沢山抱かれたんだろう。
だけど、気付いたんだ。自分の血を利用しようと近寄ってきたアンファングに、裏切られたんだと絶望してしまったんだと思う。ようやく愛されたと思ったのに、違かった。
だから多分だけど、俺は俺の弱さを知ってるから分かるけど、自分で命を終わらせたのだ。最後にチカに会って、チカに俺の死に様を植え付けてしまった。
そのせいでチカは俺を死なせたくないと過去に戻って、追いかけてきてくれたのだ。縛り続けてしまってるのが申し訳ない。
でももう、離れがたくなってしまった。
「だあれ?」
元いた部屋と地上の中間地点にあるバルコニーに降りたところで、すぐ後ろから声をかけられた。もう見つかってしまったと振り向くと、女の子、妹かもしれないあの子がいた。
もしかしたら、女の子の部屋のバルコニーだったのかもしれない。さっきと同じワンピース姿で、燃えるような真っ赤な髪は長く足元まで伸びている。同い年の子よりも多分小さい身体が酷く儚かった。
堪らなくなって無視できなくて、俺は女の子の元へと歩み寄った。
「……俺は、俺はシュンヨウ・レーヴェ・バーベナ」
「おんなじバーベナ?」
「そう、バーベナ」
「うそ、バーベナなのはリズだけじゃないの?」
俺という侵入者に怯えているわけではなく、バーベナを名乗られて困惑したように、声が震える。両親がつけた名前か分からないけど、リズっていうのか。知れただけでも嬉しい。
「お父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、おじさんも、俺もバーベナだよ」
「なんで?なんでそんなにいるの?バーベナはリズだけしかいないから、とくべつだって」
「バーベナの名前がつく人は皆、リズの家族だからだよ」
「かぞく……?」
家族という響きにリズはきょとんとする。ずっと一人きりだった俺にも馴染まない言葉だ。でも、目の前に血を分けたたった一人の妹がいるから。
「あなたもかぞくなの?」
「そう、リズのお兄ちゃん」
「お兄ちゃん……かぞくってなに?」
「それは、」
なんだろうって言葉に詰まりかけて、でもすぐに思い直す。だって知ってた。チカが俺にくれた時間だったから。
「ご飯を一緒に食べたり、買い物に一緒に行ったり、帰りが遅かったら心配してくれたり、おはようを一番に言ったり、おやすみって最後に言ったり、離れていても俺の心を元気づけてくれる、ずっとあったかい人の事」
「それって、それって、アンファングのこと?」
「え?」
「アンファングはリズに優しいよ、血を沢山あげないといけなくて疲れちゃうけど、そのあとアンファングずっと優しくしてくれるの」
「……酷いことされてない?」
「ないよ」
無垢な瞳に嘘はなく、一先ずの懸念は杞憂だったようだ。でもそれが普通だって思わされてる可能性もあるし、どうだろう。あの人数の人狼に血を提供するなんてこの幼い身体では荷が重すぎる。嫌がられても助けないと、リズが死んでしまう。
「リズ……お兄ちゃんとおうちに帰らないか」
「おうちはここだよ?」
「違う、本当のおうち。リズのお父さんとお母さんが住んでたところだよ」
「おとうさんとおかあさん……?リズにはいないよ?」
「いたんだ、写真だって残ってる」
「しゃしん……」
「いっぱいお父さんとお母さんのこと教えてあげる。だからお兄ちゃんとおうちに帰ろう?」
リズへと手を伸ばすと、躊躇いがちに触れようとしてくれる。大丈夫、父さんと母さんの代わりに、これからはきっと俺が守ってみせるから。
「リズベット様、知らない人について行っては駄目だと約束しましたよね?」
が、その手が繋がる前に冷えるような声に遮断された。アンファングに見つかってしまった。リズは振り返って、アンファングの方へと駆けて行ってしまう。
「ごめんなさい」
「いいんですよ、今日は疲れましたよね。冷えますから早く着替えて休んでください」
「でもおにいちゃんかも、」
「大丈夫、リズベット様のお兄様ならちゃんとおもてなししますから」
「ほんと?またあえる?」
「もちろん、ずっとここにいてもらいますよ」
「ずっと……」
「さぁ早く部屋に戻って」
「うん!」
慣れたようにリズのことをあやして、アンファングはあっさりと部屋へと帰してしまった。こちらに向き直り、嘆息する。
「まさか燃やすだけじゃなく、誘拐だなんて随分とお転婆になられましたね」
「はぁ?誘拐してんのはそっちだろ」
「あはは。あぁ、安心してください、鎮火したので燃え広がることはないでしょう」
「じゃあまた燃やす」
「そんな力残ってないでしょうに。ほら、今夜はもう何もしませんからゆっくり休んでくださいよ。リズベット様におもてなしすると言いましたし」
ゆうゆうとこちらに手招きしながら、近寄ってくる。一見優しそうなのにその目は笑ってないのが分かる。死ぬ前の俺は見破れなかった、一途に想われることを、大事にされることを知らなかったから。
「お前の思いどおりにはさせない、俺の妹も、人狼達も解放する」
「それでハッピーエンドだと思えますか?皆ヴァンパイアになりたくて集まっているのに。姫巫女様だって、哀れな人狼達の為にその身を捧げてくれてるのですよ?」
「妹はまだ幼い、その小さな身体から摂取しても完全なヴァンパイアにはなれない。キキョウのようにおかしくなって死ぬのを見過ごせない」
「だから貴方がここにいてくれれば、何もかも上手くいって完結するんですよ。貴方のヴァンパイアの力で満ちた血で人狼達を光へと導いて下されば、姫巫女様の負担も減るでしょう?」
「残念だけど、俺はヴァンパイアハンターだから。そんな法を犯してヴァンパイアになんかさせない」
「あぁ、そうきますか。本当に今回の貴方はお転婆ですね」
「前回は知らないけど、これが今の俺だ」
踵を叩いて、靴に仕込んであったナイフを取り出して構える。リズも助けて、人狼を解放して、そうしてチカが隣にいないと俺にとってのハッピーエンドにはならない。許してくれるって、好きだって言ってくれるチカがいないと。
「チカ!」
息を吸ってどうか届くようにと声を荒らげた。そうして、地面を蹴って、後ろに身体を倒して、躊躇いなく宙を舞う。これはただの願いだ、ずっと守ろうとしてくれていたんだから、今だって来てくれるって。死んだらどうしようって恐怖はなかった。むしろ、俺へと手を伸ばすアンファングの驚いた顔が見えて、ちょっとおかしくなるくらい。
「ヨウくん!」
落ちた先で、力強く抱き止められる温もりがあった。チカの腕の中にいて、落ちた衝撃を踏ん張って受け止めてくれた。切り傷だらけで、傷が開いたのか服は血だらけで、でも俺と目が合って、嬉しそうにした。望みが叶った顔を向けた後、俺の汚れてボロボロな衣服に、慌てて自分のジャケットを肩にかけてくれて包んでくれる。
「ヨウくんやっと見つけた」
「おせぇよ」
「ごめんて、……よいしょ、兄貴こっち来そうだから逃げんね」
見上げたチカが苦々しいそうに顔を顰める。初めて会った時のように腰から抱き抱えられて、器用に屋根を降りていく。助かったと安堵して、涙が出てきた。助けに来てくれるとは思った、けど実際に体温に触れて実感が遅れてやってくる。
「ごめん、チカ、来てくれてありがとう。ごめん」
「いいよ、生きていてくれたらなんだっていいよ」
走りながら、震える身体を強く抱き締めてくれる。なんでこんなに一生懸命になってくれるのか、前の俺の事が好きだからとか気にしてる方が馬鹿らしいくらい、チカは俺を守ろうと真っ直ぐだった。
「ヨウくん大丈夫だった?兄貴に変なことされてない?」
「触手にはやられた」
「浮気判定がちょっといいじゃん……にぐらついちゃったんだけど!?」
「ぐらつくなよ……てか怪我してんのに大丈夫か?」
「死ぬほど痛いけど、ヨウくんが攫われたって聞いて居てもたってもいられなくなっちゃった」
「あんな喧嘩した後だったのに……ほんとにごめん」
「謝り合うのは後にしよ、またちゃんと話そうね」
「取り敢えず血、飲んでいい?大分限界」
「先っちょだけだかんね!」
「やめろ」
喧嘩別れみたいになったのに結局戻ってきたいつもの空気が嬉しくて、溢れそうな気持ちを今は後回しにする。更に密着して首筋に牙を立てて、少し血をもらう。すると身体中にエネルギーが巡る感じがした。思っていたより吸精根に吸い取られていたみたいだった。
「そういえば、」
前の時間軸から記憶が続いているなら知っているであろうチカに問いかける。
「チカ、姫巫女様って呼ばれてる女の子がいるんだ。俺の妹だと思う。知ってるか」
「え、あの話信じてくれたの?」
「チカが言うならそうなんだろ」
「ヨウくん……でもごめん、ここの時間での存在は知ってるけど、前はいなかったよ。ヨウくんがいたからかな」
「俺?」
「ここの時間と前の時間のヨウくんは少し立場も性格も違うよ、死に戻りしてるオレっていう異分子の影響かな」
「お前の兄貴も覚えてるみたいだったけど」
「え?」
「知らなかったのか?」
「うん……そっか、兄貴記憶あるんだ」
「チカ?」
「……ここまで頑張ったのにな」
聞いたことないくらいの沈んだ声に動揺する。俺をずっと死なせないようにと頑張ってくれてきたのに、元凶のアンファングが覚えていたんじゃ、二の舞になる可能性もあると危惧してるんだろう。でも今の俺は、絶望しない。
「俺はあそこで死んだのか?」
「え、うん……ヨウくんは丁度さっきのバルコニーの下に落ちてたんだ」
じゃあ俺が飛び下りるとこなんて見たくなかっただろうに、それでも助けてくれたのか。そんなの嫌でも前の俺の死に様に重ねさせてしまう。未来を変えよう、チカを俯かせないように。
「でも今の俺にはチカがいるんだから死なないよ」
「え?」
「さっきだって、チカが助けに来ると思ったから飛び降りれたんだ」
「……呼んでくれたの聞こえた」
「だろ?」
お互いに正しい愛し方も歩み方も分からない。分からないなりに二人で試行錯誤するしかない。一緒にいたいなら。
「多分だけど前の俺が欲しがってたのにお前の兄貴がくれなかったものを、チカは沢山くれたから呼べたんだ」
「オレが?」
「今の俺はチカのことが好きだから」
なんにも出てこない言葉の代わりに強く強く腕の力がこもる。震える手でもいつでも迷いなく差し伸べてくれるから、俺だってあげたかった。そういう風な愛を貰った。
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