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3.コーネリアス 馬車にて
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王城に向かう馬車、コーネリアスは大きく息をついて座席の背もたれに寄りかかった。
向かいの隅に腰かけていた侍従が心配げにコーネリアスに問いかける。
「殿下。傷がまだ障りますか」
「今は馬車だ。今はそんなにかしこまらなくていい、オリバー」
「左様ですか」
侍従のオリバーは肩をぐるぐると回してコリをほぐす。深い色の茶髪をかき上げたあと、まるで歌でも吟じるようにコーネリアスに向かって手を差し出した。
「コーネリアス様はどうにも厳しすぎて困りものだ」
「私が自分で決めていることだ。お前ならわかってくれるだろう?」
「ああ、この忌まわしき体。なにゆえ王立医局に委ねなければならないのか」
オリバーはまるで侍従らしからぬ態度でコーネリアスに接する。だがコーネリアスも外で馬車を引く御者も気にしていない。
侍従のオリバーは幼い頃からコーネリアスの侍従として仕えてきた貴族である。だがコーネリアスはオリバーを侍従として扱う反面、一人の友としても接していた。このことは王城にいるものであればほとんどのものが知っていることである。
コーネリアスとオリバーは王子と侍従であると同時に気の置けない友人でもあるのだ。
「そんな事は言っていない。湯治で傷の治りが早くなるのならそれで構わない。一日でも早く騎士として職務に復帰せねばならないというのに」
「だからってあのヒーラーさんにつっけんどんな態度取るのはよくないと思うけどな。第一お前は王子なんだから医局の人間を王城に呼びつけたってなんのお咎めもないだろう?」
「それは……先の魔物掃討でヒーラーは多忙の身。それをわざわざこちらの事情で呼びつけるなどと」
コーネリアスも赴いた先月の魔物掃討では、少なくない数の怪我人が出た。それを王立医局を中心にそれぞれの病院が受け入れた。だが王立医局は国内最大の病院施設であり、抱える怪我人や病人も多い。そこへ怪我人が押し寄せるのだから普段にも増して忙しくなっている。人の命を預かる以上、患者から目を離すことはできる限りない方がいいだろう。
コーネリアスは重症ではない自分が多忙で離れられない人間をこちらの都合で出向かせるなんてさせたくなかった。
だから王立医局に直接出向いて話を聞こうという段取りにしたのだ。
「へーんなところで気が利くというか回りくどいというか」
オリバーは困ったもんだと背もたれに寄りかかり、窓の外を見やる。王立医局のある町の西方から、今は都市の中央にある建国記念広場を通り過ぎるところだ。
広場の中央には、剣を掲げた初代国王の像が威厳を振りまくように鎮座している。
「父上のように立派に剣を振るえなければ、私のいる意味など」
「まあ待て待て。卑屈になるなって毎回言ってるだろ?」
オリバーがコーネリアスの言葉を遮り、眉を下げる。
コーネリアスは守護騎士団の団長も預かる名声実力共に認められた騎士でもある。己に厳しく、時に苛烈なまでに己に鍛錬を課す様は騎士の鑑として下級騎士から尊敬の念も篤い。
だが、それ故にコーネリアスは苦しんでいた。
父王エドモンドは病弱な第一王子アレクシスの盾となれと厳しくコーネリアスに接してきた。コーネリアスはそれに応えようと己を鍛え、弱さを見せることを許さずに生きてきた。
父の期待に応えること、アレクシスの守護者として使命を全うすること。ただそれだけを生きる目標としていた。あまりに純粋で、しかし頑なな思いのせいでコーネリアスは誰かに頼る、助けを借りる、といったことがろくにできない不器用な人間にもなってしまった。
オリバーはそれを知っているが、友を支えるのは自分しかいないとコーネリアスの生き方を肯定もしていた。
だから強くは出られない。友である前にオリバーはコーネリアスの侍従でもある。出過ぎた真似をしてはいけない、とどこか線を引いてしまっているのだ。
「俺はお前に無理はしてほしくないけどさ、でもあんまり自分を責めすぎないでくれよ。そういうのは、あんまり見たくないからさ」
「オリバー……すまないな」
「お前がそう思い詰めるってのもケガのせいだケガのせい。リムネアの温泉に浸かって傷を治したらまたいつものお前が戻ってくるって」
「そうだといいのだが」
表情に陰りを見せるコーネリアスに、オリバーは努めて明るい声で言って聞かせる。
「あのヒーラー、中々美人さんだったじゃんか。お前もそろそろ身を固める時期なんだし、婚約するならああいう美人にしろよな」
「お前、どうせこれから顔を合わせるなら美人がいいとか、そういう意味で言ってるんだろう?」
「さぁてどうだかな。それより王城に戻ったらとっとと旅支度の準備だぞ。いやあリムネアの温泉って俺も一度浸かってみたかったんだよな~」
「オリバー」
さすがにはしゃぎすぎだとコーネリアスが諫めると、オリバーはおどけた調子で舌を出してみせる。
三日後、コーネリアスはオリバーを連れ療養地リムネアへと降り立つことになる。
向かいの隅に腰かけていた侍従が心配げにコーネリアスに問いかける。
「殿下。傷がまだ障りますか」
「今は馬車だ。今はそんなにかしこまらなくていい、オリバー」
「左様ですか」
侍従のオリバーは肩をぐるぐると回してコリをほぐす。深い色の茶髪をかき上げたあと、まるで歌でも吟じるようにコーネリアスに向かって手を差し出した。
「コーネリアス様はどうにも厳しすぎて困りものだ」
「私が自分で決めていることだ。お前ならわかってくれるだろう?」
「ああ、この忌まわしき体。なにゆえ王立医局に委ねなければならないのか」
オリバーはまるで侍従らしからぬ態度でコーネリアスに接する。だがコーネリアスも外で馬車を引く御者も気にしていない。
侍従のオリバーは幼い頃からコーネリアスの侍従として仕えてきた貴族である。だがコーネリアスはオリバーを侍従として扱う反面、一人の友としても接していた。このことは王城にいるものであればほとんどのものが知っていることである。
コーネリアスとオリバーは王子と侍従であると同時に気の置けない友人でもあるのだ。
「そんな事は言っていない。湯治で傷の治りが早くなるのならそれで構わない。一日でも早く騎士として職務に復帰せねばならないというのに」
「だからってあのヒーラーさんにつっけんどんな態度取るのはよくないと思うけどな。第一お前は王子なんだから医局の人間を王城に呼びつけたってなんのお咎めもないだろう?」
「それは……先の魔物掃討でヒーラーは多忙の身。それをわざわざこちらの事情で呼びつけるなどと」
コーネリアスも赴いた先月の魔物掃討では、少なくない数の怪我人が出た。それを王立医局を中心にそれぞれの病院が受け入れた。だが王立医局は国内最大の病院施設であり、抱える怪我人や病人も多い。そこへ怪我人が押し寄せるのだから普段にも増して忙しくなっている。人の命を預かる以上、患者から目を離すことはできる限りない方がいいだろう。
コーネリアスは重症ではない自分が多忙で離れられない人間をこちらの都合で出向かせるなんてさせたくなかった。
だから王立医局に直接出向いて話を聞こうという段取りにしたのだ。
「へーんなところで気が利くというか回りくどいというか」
オリバーは困ったもんだと背もたれに寄りかかり、窓の外を見やる。王立医局のある町の西方から、今は都市の中央にある建国記念広場を通り過ぎるところだ。
広場の中央には、剣を掲げた初代国王の像が威厳を振りまくように鎮座している。
「父上のように立派に剣を振るえなければ、私のいる意味など」
「まあ待て待て。卑屈になるなって毎回言ってるだろ?」
オリバーがコーネリアスの言葉を遮り、眉を下げる。
コーネリアスは守護騎士団の団長も預かる名声実力共に認められた騎士でもある。己に厳しく、時に苛烈なまでに己に鍛錬を課す様は騎士の鑑として下級騎士から尊敬の念も篤い。
だが、それ故にコーネリアスは苦しんでいた。
父王エドモンドは病弱な第一王子アレクシスの盾となれと厳しくコーネリアスに接してきた。コーネリアスはそれに応えようと己を鍛え、弱さを見せることを許さずに生きてきた。
父の期待に応えること、アレクシスの守護者として使命を全うすること。ただそれだけを生きる目標としていた。あまりに純粋で、しかし頑なな思いのせいでコーネリアスは誰かに頼る、助けを借りる、といったことがろくにできない不器用な人間にもなってしまった。
オリバーはそれを知っているが、友を支えるのは自分しかいないとコーネリアスの生き方を肯定もしていた。
だから強くは出られない。友である前にオリバーはコーネリアスの侍従でもある。出過ぎた真似をしてはいけない、とどこか線を引いてしまっているのだ。
「俺はお前に無理はしてほしくないけどさ、でもあんまり自分を責めすぎないでくれよ。そういうのは、あんまり見たくないからさ」
「オリバー……すまないな」
「お前がそう思い詰めるってのもケガのせいだケガのせい。リムネアの温泉に浸かって傷を治したらまたいつものお前が戻ってくるって」
「そうだといいのだが」
表情に陰りを見せるコーネリアスに、オリバーは努めて明るい声で言って聞かせる。
「あのヒーラー、中々美人さんだったじゃんか。お前もそろそろ身を固める時期なんだし、婚約するならああいう美人にしろよな」
「お前、どうせこれから顔を合わせるなら美人がいいとか、そういう意味で言ってるんだろう?」
「さぁてどうだかな。それより王城に戻ったらとっとと旅支度の準備だぞ。いやあリムネアの温泉って俺も一度浸かってみたかったんだよな~」
「オリバー」
さすがにはしゃぎすぎだとコーネリアスが諫めると、オリバーはおどけた調子で舌を出してみせる。
三日後、コーネリアスはオリバーを連れ療養地リムネアへと降り立つことになる。
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