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第四章 マドネリ村

第58話 アンデッド師匠人間に化ける

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スタンピードを仕掛けたべブルは、領主に引き渡されてからはすっかり大人しくなった。憎きレメキが不正を暴かれ犯罪奴隷に落とされたと知ったからか・・・、あるいは失敗したにしてもやれることをやり切ったので気が済んだということなのだろうか、取り調べにも素直に応じていた。

聞けば、息子と孫を殺されたという同情すべき事情もあり。またそれを行った悪代官の任命責任はクリスにあるとなると、クリスとしてはあまり重い罪に問いにくいところもあった。

幸いにも今回のスタンピードは、物的被害はあったものの、怪我人も出さず解決できた。

その前に、街道で商人や旅人が魔物に襲われ、怪我をしたり亡くなったりという被害も出ているのではあるが、それがすべてべブルの仕業であると証明することもできない。単に運悪く魔物に遭遇しただけかもしれない、事実、そのようなケースは以前から普通に、この世界ではよくある事だからだ。

とはいえ、魔物に襲われ亡くなった者の何割かは、べブルの仕掛けた魔物によるものであるのもまた事実であろう、現に、クリス自身が襲われた経験があるのだ。
それを完全に看過して軽微な罰で終わらせるというわけにもいかない。

結局、老べブルも犯罪奴隷として労役が課される事になった。

レメキと同じ立場に落とすのは酷ではないかと思われたが、それは表向きの話。べブルを領主の抱える錬金術師の下で働かせる事にしたのである。隣国の錬金術であった経験から、アドバイザー的な立場でその技術を提供してもらう事に本人も同意した。名目上は犯罪奴隷と言う立場であり表に出ることはできないが、息子夫婦と孫の墓参りにもいつでも行って良いという、比較的自由な処遇とする事にしたのであった。



スタンピードを起こした具体的方法についてもべブルは素直に話してくれた。それは、遠い砂漠の国にしか居ないという、トカゲの魔獣バジリスクを使うのだという。

バジリスクは、その目から出る光を浴びたものは石化してしまうという、大変危険な魔獣である。ただし、必要なのは通常のバジリスクではなく上級種、体を石化させるのではなく心を石化してしまう能力がある、バジリスクの中でも希少な上級種であるという。

隣国では、これを兵器に仕えないか、洗脳に使えないかなど、かなり危険な研究を行っていたらしい。

このバジリスク上級種の光線を浴び、心が石化し始めたタイミングで命令を与えると、洗脳に近い事ができるらしい。ただし、この技術は未完成で、人間に使えば結局、時間とともに心が死んで、やがて意識が戻らなくなってしまうとのことであった。

マドリーの娘モニカは、両親とともに食材や薬草の採集のために死霊の森に入った時、べブルにバジリスク光線を浴びせられたのであった。そして魔物を誘導する魔道具を持たされすぐに戻された。両親が発見したときにはまだ意識が残っており、両親は家に連れ帰って休ませたのであるが、その後、意識が混濁して戻らなくなったのであった。



そのバジリスクは、死霊の森の中にある洞窟の中に繋いだまま放置されているとの事であった。クリスは、ゼフトに情報提供することで、少しでも借りを返したいという思惑があったのであろう、急ぎ警告してくれるよう、コジローに連絡してきた。

実はゼフトとはコジローはオーブのペンダントで連絡できるのだが、マドリー&ネリー(&モニカ)はそうではないので、コジローは直接遭って話をするために、マドリー&ネリーの家を訪れた。



コジローはマドリーとネリーにその話をし、ゼフトも呼ぶことになった。

その時、なんとギルドマスターのリエが尋ねてきた。

死霊の森は立入禁止であるが、マドリーの家は死霊の森の近くにあるだけで、死霊の森の中ではないので、訪ねていくことは別に禁止されていない。というか、マドリーはたまに来客があると言っていた、それも、ゼフトに用のある客であるような事を・・・つまり、マドリーの家で、ゼフトが来客と会うことがあるという事だろうか?

アルテミルの街からマドリー&ネリーの家まで馬車で2~3時間、早馬であれば30分というところである。リエは、もしかしたらゼフトに直接会えるのではないかと、馬を飛ばしてきたのである。コジローが話し込んでいれば、十分に間に合う。



マドリー&ネリーの家についたリエであったが、門をくぐろうとしたところ、門番のゴーレムが動き出し、持っていた仗を交差して道をふさいだ。

ゴーレムは、「御用の方は紐を引いてください」という看板を首から下げていた。門の脇にある紐を引くと、門の上にぶら下げられた金が鳴るようになっている。

すぐに家から出てきたマドリーに、リエが言った。

「なかなか素敵な門番を雇ってるじゃない?」

「久しぶりだなリエ!」

そういえば、マドリーとネリーはリエとは知り合いだと言っていたのをコジローは思い出した。

マドリーとネリーが昔、冒険者だった頃、リエとパーティを組んでいたのだそうだ。

ネリーも出てきてリエを出迎えた。



リエ達が室内に入ってくるので、ゼフトに隠れるように言わないとアンデッドだとバレてしまう?!と焦ったコジローだったが、振り返ると、そこに居たのはコジローの知らぬ老人であった。

ゼフトは来客と遭う時は、人間に化けられるのだそうだ・・・それを先に言ってほしかったとコジローは思ったのであった。

死霊の森の魔道師に遭うことができて、リエは喜んでいた。本当に存在しているのかどうかも怪しいとさえ言われてた、伝説の存在なのである。色々聞きたいこともあるようだが、とりあえずまずはバジリスクの話である。

しかし、バジリスクの上級種は、べブルを発見したときに同時に発見しており、貴重な素材としてゼフトがとっく回収してあるとの事だった。素材ということは、もう生きてはいないのであろう。

ちなみに、ゼフトはバジリスクの光線を浴びてもなんともないらしい。アンデッドなので当たり前なのかも知れないが、

『その程度の精神攻撃で侵されるようでは、精神の鍛え方が足りない』

との事であった。

心を鍛えれば、バジリスクの精神石化攻撃は防げるらしい。肉体の石化は防げるのかコジローは疑問に感じたが、生身の人間ではそれは無理じゃろ、との事であった。アンデッドならそれも問題ないのかも知れない。。。



リエはその後、ゼフトを質問責めにしていたが、ゼフトは嫌がる事もなく答えていた。何代か代替わりしているのか?違う?どれくらい生きているのか?おぼえていないほど?人間なのか?魔術で寿命を伸ばしている?死霊術が得意というのは本当?

ゼフトも多少ボカしながらも、意外と正直に話している。コジローも、言語師匠について尋ねられた時になんて答えればよいのか、横で聞きながらしっかり覚えておく事にした。ただ結局、リエも最後に「自分について余計な事は人に話さないように」とゼフトに釘を刺されたのであったが。ゼフトは警告なのであろう、一瞬、禍々しい魔力と威圧を発揮してみせてから、転移で帰っていった。その圧力の禍々しさと強さはさすがのリエも冷や汗をかくほどであった。あの様子であれば、リエも余計な事は吹聴しないだろうとコジローは思ったのであった。



リエは帰り、コジローも一緒に帰ろうとしたが、モニカに呼び止められた。モニカが、コジローと二人だけで話がしたいと言うので、リエには先に帰ってもらい、二人は裏庭に出てベンチに腰掛けた。

モニカがコジローに訊いた。

「あなたはどこの出身?」

ゼフトに魂だけ連れられて、いきなり成人の年齢でこの世界に転生してきたコジローは、なんと答えていいのか迷ったが、次のモニカの言葉に衝撃を受けるのだった。


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