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第一部 転生編
第6話 生活魔法が使えない…
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鑑定士は里子に出すなら良い教会を紹介すると言った。捨てると言っても貴族の子供である、それなりに環境が整った孤児院が良いだろうと。設備の整った個人は、求められる寄付金の額も高くなるが、貴族の家ならば大抵は問題ないはずだ。
だが、クレイの両親、ブランドとマイアはそれを断り、正規の料金だけ払って鑑定士を帰してしまった。鑑定士は久々に口止め料で稼げそうだと思ったのに、期待がはずれてガッカリした。
これは、ヴァレット夫妻の判断ミスであった。
鑑定士は、稼げなかった腹いせに他の貴族にクレイの情報を売ったのだ。(たかが子爵家の情報など大した金額にはならなかったのだが。)その結果、ヴァレット子爵家に不良品が生まれたという事が貴族社会に広まってしまう事になったのだ。
生まれたばかりの赤子を放逐する気にはなれなかったヴァレット夫妻であったが、とは言え、クレイを貴族として生きさせてやるのは難しいという事は、夫妻も理解していた。
そうであれば、クレイはいずれ家から出すしかないだろうし、貴族として生きられないのだから平民になるしかない。
だが、貴族よりは魔力が少ないとは言え、平民の中にもやはり魔力量によって差別があるのだ。完全に魔力がゼロの者は、平民の中でも最底辺の生活しか送れない。クレイも赤子のままいきなり放り出されたら、生きるのに苦労するだろう事は目に見えていた。
そこで、せめて魔力なしでもなんとか自立できる方法を身につけさせてやりたいとヴァレット夫妻は考えた。ヴァレット家に生まれた以上、それくらいの事はしてやるのが義務だと考えていたのである。
実は、家から出さずに面倒を見るという選択肢もあったのだが……
住み込みの使用人に引き取らせ、ブランドとマイアの子である事を隠してクレイを使用人として教育するのだ。屋敷で働く平民出身の使用人として一生屋敷で囲い込んでしまえば、魔力なしでも苦労する事はないだろう。
だが、ブランドとマイアは自分の子供を使用人として扱う気にもなれなかったのである。
とは言っても、クレイの両親の子供に対する態度は、実はどちらかと言うと淡薄であったのだが。
周囲からも、あまり子供に感心が在るようには見られていなかった。事実、クレイを捨てなかった理由も、愛情もあったであろうが、貴族として(そして親として)の矜恃と責任感が大きかったのだ。
ブランド・ヴァレット子爵は極めて実直な人物であった。貴族社会での出世よりも、貴族として領民のためにどう生きるか、どう国や社会に貢献するか、そんな事を真面目に考える生真面目な人物だったのである。
クレイの母親マイアも、聡明な女性であったが、子供と必要以上にベタベタするタイプではなかった。(ジャクリンがクレイを捨てるべきだと言った時には激しく怒ったが、それは愛情故というよりも、うるさく家の事に口を出す小姑に対してのヴァレット家の嫁としての怒りが大きかったようだ。)
あまり親子らしい交流はなかったクレイと両親ではあったが、淡薄な態度であってもクレイはそんな両親が嫌いではなかった。
適度に距離をとって接してくれるのは、前世の記憶があり大人の意識を持っているクレイにはむしろありがたかったし、何より、本来なら赤子の内に家を出されるか殺されるのが当たり前だったのに、普通に子供として育ててくれたのだ。それだけで親としての愛情と責任は十分に果たしていると感じられた。また、常に民のためを考える為政者としての姿勢も尊敬できた。
何はともあれ、捨てられる事なく貴族家の三男として育てられる事になったクレイであったが……その後の日常生活は、クレイにとっては少々難があるものとなった。この世界の、魔力の豊富な貴族階級の生活は、【生活魔法】と言われる便利な魔法に頼り切って成り立っていたからである。(魔法が便利過ぎたため、この世界では地球のように道具や設備が発達しなかったのである。)
生活魔法として主に使われるのは【クリーン】【給水】【着火】の三種類。
【給水】は文字通り水を出す魔法である。生物が生きていくためには水が必須であるが、この魔法があればいつでも清潔な水を生み出す事ができるのだ。(そのため、この世界ではあまり水不足で困る事はなかった。)
【着火】は文字通り火を起こす。食材を調理したり暖をとったりするために薪に火を着ける事ができる。(この魔法があるせいで、火を起こす道具というのは、この世界にはほとんど発達しなかったのだ。)
そして、【クリーン】。これは汚れたものをキレイにしてしまう奇跡のような魔法である。
これがあるため、なんと、この世界には洗濯や洗い物をする習慣がないのだ。風呂もない。水栓や流し台のようなものも、ないわけではないが少ない。汗をかいたり、服や体が汚れたりしても、食器が汚れても、【クリーン】で瞬時にキレイにしてしまえば終了なのである。
トイレもしかり。トイレ自体は存在している。この世界の人間も食事をすれば普通に排泄はする。だが、たとえば服の中に漏らしてしまっても【クリーン】でキレイにしてしまえるのだ。
ただ、出さずに体内にある状態では【クリーン】では除去できないため、一度体外に出す必要がある。とはいえ大の大人がいちいち服の中に漏らすというのは、いくら後でキレイにできるといってもスマートではないので、それ用の個室があるのだ。
トイレに入り、“便器” に排泄。それを【クリーン】で消すのである。そのため、便器はただの器であり、排泄物を流したり、溜めたりする設備はない。
だが、それらの【生活魔法】をクレイは一切使えないのだ……。
だが、クレイの両親、ブランドとマイアはそれを断り、正規の料金だけ払って鑑定士を帰してしまった。鑑定士は久々に口止め料で稼げそうだと思ったのに、期待がはずれてガッカリした。
これは、ヴァレット夫妻の判断ミスであった。
鑑定士は、稼げなかった腹いせに他の貴族にクレイの情報を売ったのだ。(たかが子爵家の情報など大した金額にはならなかったのだが。)その結果、ヴァレット子爵家に不良品が生まれたという事が貴族社会に広まってしまう事になったのだ。
生まれたばかりの赤子を放逐する気にはなれなかったヴァレット夫妻であったが、とは言え、クレイを貴族として生きさせてやるのは難しいという事は、夫妻も理解していた。
そうであれば、クレイはいずれ家から出すしかないだろうし、貴族として生きられないのだから平民になるしかない。
だが、貴族よりは魔力が少ないとは言え、平民の中にもやはり魔力量によって差別があるのだ。完全に魔力がゼロの者は、平民の中でも最底辺の生活しか送れない。クレイも赤子のままいきなり放り出されたら、生きるのに苦労するだろう事は目に見えていた。
そこで、せめて魔力なしでもなんとか自立できる方法を身につけさせてやりたいとヴァレット夫妻は考えた。ヴァレット家に生まれた以上、それくらいの事はしてやるのが義務だと考えていたのである。
実は、家から出さずに面倒を見るという選択肢もあったのだが……
住み込みの使用人に引き取らせ、ブランドとマイアの子である事を隠してクレイを使用人として教育するのだ。屋敷で働く平民出身の使用人として一生屋敷で囲い込んでしまえば、魔力なしでも苦労する事はないだろう。
だが、ブランドとマイアは自分の子供を使用人として扱う気にもなれなかったのである。
とは言っても、クレイの両親の子供に対する態度は、実はどちらかと言うと淡薄であったのだが。
周囲からも、あまり子供に感心が在るようには見られていなかった。事実、クレイを捨てなかった理由も、愛情もあったであろうが、貴族として(そして親として)の矜恃と責任感が大きかったのだ。
ブランド・ヴァレット子爵は極めて実直な人物であった。貴族社会での出世よりも、貴族として領民のためにどう生きるか、どう国や社会に貢献するか、そんな事を真面目に考える生真面目な人物だったのである。
クレイの母親マイアも、聡明な女性であったが、子供と必要以上にベタベタするタイプではなかった。(ジャクリンがクレイを捨てるべきだと言った時には激しく怒ったが、それは愛情故というよりも、うるさく家の事に口を出す小姑に対してのヴァレット家の嫁としての怒りが大きかったようだ。)
あまり親子らしい交流はなかったクレイと両親ではあったが、淡薄な態度であってもクレイはそんな両親が嫌いではなかった。
適度に距離をとって接してくれるのは、前世の記憶があり大人の意識を持っているクレイにはむしろありがたかったし、何より、本来なら赤子の内に家を出されるか殺されるのが当たり前だったのに、普通に子供として育ててくれたのだ。それだけで親としての愛情と責任は十分に果たしていると感じられた。また、常に民のためを考える為政者としての姿勢も尊敬できた。
何はともあれ、捨てられる事なく貴族家の三男として育てられる事になったクレイであったが……その後の日常生活は、クレイにとっては少々難があるものとなった。この世界の、魔力の豊富な貴族階級の生活は、【生活魔法】と言われる便利な魔法に頼り切って成り立っていたからである。(魔法が便利過ぎたため、この世界では地球のように道具や設備が発達しなかったのである。)
生活魔法として主に使われるのは【クリーン】【給水】【着火】の三種類。
【給水】は文字通り水を出す魔法である。生物が生きていくためには水が必須であるが、この魔法があればいつでも清潔な水を生み出す事ができるのだ。(そのため、この世界ではあまり水不足で困る事はなかった。)
【着火】は文字通り火を起こす。食材を調理したり暖をとったりするために薪に火を着ける事ができる。(この魔法があるせいで、火を起こす道具というのは、この世界にはほとんど発達しなかったのだ。)
そして、【クリーン】。これは汚れたものをキレイにしてしまう奇跡のような魔法である。
これがあるため、なんと、この世界には洗濯や洗い物をする習慣がないのだ。風呂もない。水栓や流し台のようなものも、ないわけではないが少ない。汗をかいたり、服や体が汚れたりしても、食器が汚れても、【クリーン】で瞬時にキレイにしてしまえば終了なのである。
トイレもしかり。トイレ自体は存在している。この世界の人間も食事をすれば普通に排泄はする。だが、たとえば服の中に漏らしてしまっても【クリーン】でキレイにしてしまえるのだ。
ただ、出さずに体内にある状態では【クリーン】では除去できないため、一度体外に出す必要がある。とはいえ大の大人がいちいち服の中に漏らすというのは、いくら後でキレイにできるといってもスマートではないので、それ用の個室があるのだ。
トイレに入り、“便器” に排泄。それを【クリーン】で消すのである。そのため、便器はただの器であり、排泄物を流したり、溜めたりする設備はない。
だが、それらの【生活魔法】をクレイは一切使えないのだ……。
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