姉が愛の逃避行をしました(スペア(妹)でいいと言った王子と、それなりに楽しく暮らしていきます)

風野うた

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本編

18 成り行きで馬に乗っちゃいました

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 レオナルドは瞼を閉じている。間近で見る彼の金色の睫毛は長くて、少しカールが掛かっていた。マリアベルは突然の口づけで咄嗟に掴んだレオナルドの胸元を握り締めながら、そっと瞼を閉じる。やがて、重ねられたくちびるは名残惜しそうにゆっくりと離れていった。

「マリー、簡単にここから離れていくことを選ばないでくれ。そんな風に言われると・・・、胸が痛くなる」

「殿下・・・」

 (確かに婚約破棄を軽々しく口にしてしまったのは無神経だったかも。殿下は押し付けられた婚約者に対して、こんなに誠実にして下さっているのだもの。だけど・・・、だけど!!)

 マリアベルはまだ突然のキスに心が追い付かない。どんな顔をしたらいいのか分からず俯いてしまった。レオナルドはマリアベルの動揺している様子を見て、自分がとんでもない失態をしたことに今更ながら気付く。

 彼はスッと片膝を折り、マリアベルの前に跪いた。手を胸に当てた姿勢で、お詫びの言葉を告げようと下から彼女を見上げる。

 予想外の行動にマリアベルは逃げることも出来ず、複雑な表情のままでレオナルドの顔を見た。

(殿下が私に跪いた!?え、止めた方がいいの?でも、この雰囲気は・・・)

「マリー、許可も無く、感情に任せて口づけをしてしまい申し訳ない。何とお詫びをしたらいいのかも分からないが、本当にすまなかった」

 レオナルドは、自分の中にこんな一面があることに驚いていた。イラっとした感情に任せて、マリアベルのくちびるを奪ったのだ。レオナルドは己の自分勝手な行動に失望した。幼いころから感情を表に出さないように育てられ、自分をコントロールすることには自信があったからである。

 しかし、マリアベルには感情を抑えることが出来なかった。レオナルドに突然キスされたマリアベルは彼を許してくれるのだろうか?マリアベルが何と答えるのか、レオナルドは戦々恐々として待つ。

(そんな悲しそうな顔でお詫びを言われたら、怒る気もなくなっちゃうわ。というか、私如きが殿下を跪かせていいの!?)

 マリアベルはお詫びよりもレオナルドが跪いていることが気になって仕方なかった。早く立ち上がらせた方が良いのではないかと、また斜め上な方向に思考が走り、勝手にキスされたという本題を二の次にしてしまう。

「いえ、大丈夫です。お気になさらず」

 (今回は私が考えなしというか、独りよがりな発言で殿下を傷つけてしまったのだから、もう許してあげよう。そうすれば、流石に殿下も立ちあがるわよね?こんなところを他の人に見られたら大変だわ。婚約者が王子殿下を跪かせていたなんて、直ぐ変な噂話になって広がりそうだもの)

 マリアベルが放った言葉でレオナルドは困惑してしまう。彼女の言う大丈夫とは一体どういう意味なのだろうか。しかも、お気になさらずと笑みまで浮かべている。だが、それを追求して更に傷を負う覚悟は彼にはなかった。

「マリー、ありがとう」

「どういたしまして。それと先ほどの話ですけど、私に剣術と体術、馬術を教えてくれたのはお姉様の家庭教師です」

「ジュリエットの家庭教師とは婚約者候補の妃教育で派遣された者ということか?」

「はい、そうです。エヴァンス将軍です。現在も王国軍で後進のご指導をされていらっしゃいます。ご存じですか?」

 エヴァンスは、レオナルドの祖父(前国王陛下)の時代に活躍した名将だ。レオナルドはエヴァンスとは当然、面識がある。しかし、ここでその名前が出てくるとは思ってなかったので少し動揺してしまった。

 (殿下が驚いているわ。当然よね。普通、若い貴族女性と老将軍が知り合いだなんて思わないもの。私も出来れば言いたくなかったのだけど、いつか王宮でエヴァンス将軍とも会いそうだし、まあ、カミングアウトするにはいいタイミングだったのかもね)

「勿論、彼のことは知っている。しかし、老齢とはいえ、かつて国で一番だった将軍に剣術と体術を習ったとは、一体どういうことだ?」

 当然の如く、レオナルドはマリアベルに経緯いきさつの説明を求めた。

――――――――――

――――マリアベルはエヴァンスと出会った時のことを回想する。

 エヴァンスとマリアベルが二人で初めて会話を交わしたのは、彼女が七歳のころだった。

 その日、マリアベルはいつもの大通りではなく、侍女たちのお喋りで知った裏通りのルートを通って図書館へ向かった。彼女たちの話によるとこの裏通りはかなり近道になるのだとのこと。筆記具の入ったカバンを手に持ち、マリアベルは裏通りを一人で進んで行く。

 そこへ「ごきげんよう、マドモアゼル」とエヴァンスが声を掛けて来る。彼を公爵邸で見たことがあったマリアベルは「ごきげんよう、エヴァンス将軍さま」と挨拶を返した。すると、エヴァンスは目の前のカフェを指差し「良かったら、ご一緒してもらえませんか?」とマリアベルを誘ったのである。

 カフェに入るとエヴァンスはマリアベルの好きなものを聞いて注文した。そして「何故、一人で出掛けているのか?」、「護衛は?」、「これからどこへ向かうのですか?」など、マリアベルに次々と質問をしていく。七歳のマリアベルは美味しいケーキを食べながら、素直にその質問へ答えていった。しかし、マリアベルが答えれば答えるほど、エヴァンスの表情は険しくなっていく。

 彼はマリアベルがすべての質問に答え終えた後、こう言った。

「マリアベル嬢、私が悪者だったら、あなたはもう誘拐されていますよ」

 マリアベルがその言葉の意味を理解するのに時間は掛からなかった。瞬く間に顔色を悪くしていくマリアベルにエヴァンスは一つの提案をする。

「マリアベル嬢、自分の身は自分で守れるようになりたくありませんか?」

「――――なりたいです」

「では、その手ほどきを私がしましょう。それから今後、外出する際は必ず変装してください。身なりを少年にするだけで、あなたが攫われる可能性はかなり減りますから」

 マリアベルはエヴァンスの話を真剣なまなざしで聞いていた。その姿を眺めながら、エヴァンスは考える。何故、モディアーノ公爵はマリアベルにこのような生活を強いているのだろうかと。

――――――――――

 目の前で考え込んでいるマリアベルの次の言葉を、レオナルドはゆっくりと待っていた。相変わらず、マリアベルは何かを考えている時、クルクルと表情が変わって面白い。そして今なら、その愛らしい顔をじっと眺めても何も言われないだろう。レオナルドは遠慮なく彼女のことを見詰める。

 しばらくするとマリアベルが首を傾げた。これは何か言いたいことがあるようだ。レオナルドはどうぞ話して下さいと言う意味で軽く頷いて見せる。

「最初のきっかけは私が裏道を通って図書館に向かっているのを、将軍が見つけて声を掛けて下さったのです。そこでお茶に誘われて一緒にカフェに入り、将軍と色々なお話をしました。すると、今のままでは危険だと注意されました。これから一人で外出するときは必ず変装をした方がいいというアドバイスと、自分の身は自分で守れるようになりたくないか?と聞かれたので、私はなりたいと答えました。そして、将軍から剣術と武術を習うことになりました」

「それは秘密裡に習っていたということか?」

「はい、そうです。公爵邸で出会っても、互いに知らないフリでやり過ごしていました。将軍には本当にお世話になったのです。まぁそのお礼に、ときどきお手伝いも・・・(ゴニョゴニョ)」

 レオナルドの眉間に皺が寄る。マリアベルがこんなに大きな隠し事をしているとは思っていなかったからだ。それにしても、エヴァンスの弟子だとは・・・。

「マリー、今の話を信じるとして、あなたが強いのだとしても戦闘しているような場所に連れては行けない」

 レオナルドはいろいろな条件をマリアベルがクリアしたとしても、危ない場所に彼女をわざわざ連れて行きたくなかった。マリアベルに何かあったら、自分は一生後悔すると分かっていたからである。

「そんなに固辞しなくてもいいじゃないですか。私を置いて行って、殿下が居ない間に、ここで襲撃されたら一緒ですよ」

 マリアベルは痛いところを突いてくる。レオナルドはこんな時こそ、自分のスペアが居ればいいのにと思ってしまった。そうすれば、離れていてもマリアベルを守れる・・・。

「何故、俺の身体は一つしかないんだ・・・」

「――――ぶっ、フフフフ」

 レオナルドがボソッと呟いた言葉でマリアベルは吹き出した。彼女を見て、レオナルドは自分が失言してしまったことを悟る。恥ずかしくなったレオナルドは慌てて両手で自分の顔を覆った。

(なんて可愛らしいの!いつものクールな殿下もいいけど、こういう殿下の方が私は好きだわ!!)

「殿下、正直なところ、私はここに一人で残されるのは嫌です。それよりも殿下と一緒に行きたいです。そうすれば殿下の身体が一つでも大丈夫ですよ。連れて行ってもらえませんか?」

 マリアベルから“残されるのは嫌だ”とか、“一緒に行きたい”と言われてしまってはもう断れない・・・。

 レオナルドは、マリアベルに降参した。

――――――――――

 その日の正午前、王宮裏から三頭の軍馬が駆け出した。レオナルドとレイ(マリアベル)とポルトスである。

 ポルトスは、第三騎士団に所属している騎士である。年齢は二十歳で、レオナルドより二歳年上の彼は剣だけでなく槍も上手い。今回は王子殿下レオナルドの護衛として急遽、呼び出された。

 念のため、マリアベルは男装している。ポルトスには彼マリアベルはモディアーノ公爵家の縁者だとレオナルドが説明した。当然、男装の麗人がレオナルドの婚約者ということは秘密にしておく。また、男装し慣れているといった通り、マリアベルは細身の男性にしか見えなかった。

――――出発前、マリアベルはレオナルドへ釘を刺した。

「殿下、ふたりでいる時以外は、マリーではなく、レイって呼んでくださいね」

「何故?」

「私の正式名は、マリアベル・レイ・モディアーノですから」

 レオナルドはマリアベルの洗礼名をすっかり忘れていた。そういえば、婚約発表の時に聞いたような気もする。

「なるほど、ではレイ(マリアベル)、怪我無く帰ってくるぞ。二日で終わらせる。」

「はい、殿下」

――――ここから、モディアーノ公爵領までは半日あれば移動できる距離である。到着するまでに戦闘が収束していればいいのだがとレオナルドは、横を済ました顔で、軍馬に跨り駆けていくマリアベルを見ながら考えていた。
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