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08. 猫耳探偵と初めての尾行
しおりを挟む写真を送った翌日。
私は与えられた部屋で首を傾げていた。
妙なことに、この世界に来てからスマートフォンの電池が一切減っていないようなのだ。
「残量を数字でだしてなかったから気づかなかったけど……これだけ日数もたってて、写真まで撮ったのに表示が半分のままっておかしいわよね」
日本との連絡手段がこれ一つしかない以上、減らないのはむしろありがたいことだが、なんとも不可思議だ。
……実際、それ以上に不可思議な体験をしているのだから今更ではあるのだが。
「……彼の方のスマートフォンも、電池が健在なのかも知りたいわね」
裏ルートで流れていってしまったのだから、探すのは難しいだろう。でも、人探しと並行して日本に帰る術も模索しなければいけない以上、些細な情報でも集めておきたかった。
行方不明者探しに関しては、昨日も進展は無かったようだ。
引き続き、似顔絵を元に聞き込みが続けられるが、更に別の方向からも探してみてもいいかもしれないと、自分のスマートフォンを眺める。
できることは限られているが、可能性があるならどんなことでも調べよう。
そんな決意を固めた最中、私に新たな指令が下ったのは、朝食を終えた後のことだった。
◇
アレクサンドラ隊長の執務室に到着した私を迎えたのは、隊長の他、エドヴァルトと名前がわからない一人の憲兵だった。
「蒼、君に頼みたい仕事がある」
アレクサンドラ隊長は、一枚の書類を私に手渡した。そこには、一人の男の似顔絵と簡単な情報が記されている。
「この男を、数日間、内密に追ってほしい」
「……身辺調査、と言うことですか?」
「そうだ。対象は、この憲兵の義理の弟なのだが……近頃、不審な動きを見せていてな。禁制品の取引に関わっている疑いがある」
禁制品。穏やかではない響きだ。
「憲兵隊で調査はできないのですか?」
「それが問題なのだ」
そう言って、アレクサンドラ隊長は眉をひそめた。
「この男、実は先月まで憲兵として勤めていた者でな。憲兵隊員の顔はおろか、巡回ルートはある程度把握してしまっている。我々が動けば、すぐに感づかれるだろう」
「私の身内が、申し訳ありません」
隊長の説明のあと、シュレムと名乗った憲兵が、私にも頭をさげてくれた。申し訳なさそうにしているが、彼が悪いわけではないことは私でもわかる。
「元は仲間ということでしたら、匂いでの追跡は難しいのですか??」
わたしの思いつきの質問に、今度はエドヴァルトが首を振った。
「対象の匂い自体は記憶してはいるが……相手は一般階級とはいえ元憲兵。匂いでの追跡を交わす術も心得ているだろう。それに加え……対象も獣人なのだ」
なるほど。
憲兵の手の内を知られている上に、対策方法まで熟知している相手。更に相手も鼻が効くとなれば、顔も匂いも知られていない私が適任なのは確かだ。
「事情は分かりました。ですが、私の髪色については噂が出回っているでしょう。もし対象の耳にも入っていれば、私でも警戒されるかと」
私の懸念を口にすると、アレクサンドラ隊長はニヤリと笑って部屋の隅に置かれていた箱を指差した。
「もちろん、その対策は用意してある」
彼女が取り出したのは、ごく自然な茶色の髪のウィッグだった。
……一部をのぞけば。
「……あの、これは?」
「ああ、急遽手配した。こちらの方が紛れやすいだろうと思ってな」
そのウィッグには、ピンと立った猫の耳がついていた。一緒に、ふさふさとした猫の尻尾まであるらしい。
……ね、猫耳……。
この歳で、ねこみみ……。
内心、羞恥心で爆発しそうになった。
様々な変装はしてきたが、これはもはや仮装だ。27歳が身につけるにはかなり恥ずかしい。
そう思ったが、口には出せなかった。
獣人が当たり前のこの世界で、「猫耳なんて恥ずかしい」などと言うのは、失礼が過ぎるだろう。
私はなるべく無心でウィッグを被り、尻尾をベルトで腰に固定した。
鏡はないが、自分の頭上に装着された猫耳を想像するだけで涙目になってくる。
「……どう、でしょうか」
かろうじて絞り出した声は、自分でも情けないほど震えていた。
私の姿を見たアレクサンドラ隊長は、満足そうに頷く。
「うむ、よく似合っているぞ。これなら街に溶け込めるだろう」
その隣で、アドヴェルト副隊長は無表情のまま私を見ていた。
……ように見えたが、彼の背後で、いつもは下がっている尻尾がピンと伸びたのを見逃さなかった。どんな感情なのかはさっぱりわからないが、その様子を見ていたアレクサンドラ隊長が、ニヤニヤと楽しそうに笑っている姿が目に入る。
……なぜかはわからないが、面白がられている気がする。
「すまないな、蒼」
そんな私の胸中を察してか、隊長はわざとらしく咳払いをして言った。
「まだ慣れぬ土地で不安だろうが、相手はこちらの手の内を知り尽くしている。君の力が、どうしても必要なのだ」
詳細な調査のために力を貸してほしい。
その真剣な声に、私は大きく息を吸い込み、無理やり気持ちを切り替えた。
「……承知いたしました。全力でやらせていただきます」
こうして、翌日から、私の初めての異世界での尾行調査が始まった。
◇
対象の男は、犬の獣人だった。
表向き小さな商店を営んでいた為、私は客を装って店を訪れたり、市場で偶然を装ってすれ違ったりしながら、彼の行動パターンを探っていく。
「聞いていた通り、日中は基本的には店番か……」
昼食のために店を離れることはあったが、特に怪しい点は無さそうだ。
私は服装を変えたり、帽子を身につけ化粧を変えたりしながら、数日間様子を見た。
エドヴァルトから叩き込まれた街の構造を思い出しながら、目視でギリギリ見える範囲からの監視を続ける。
興信所で培った経験がこちらでも通用することに少し嬉しい気持ちになった。
「客と話してる内容も怪しいものは無し……か」
表と裏の顔を完全に分けているのだろう。
日中に動きがないのならば、動く時間帯はおそらく夜だ。
そんな結論が出てから数日が経過した頃、ついにその瞬間は訪れた。
店を閉めた店主が、裏口から出た後人気のない港地区へと向かいだした。
いつもとは違うルート。
私は見失わない程度の距離を保って慎重に後を追った。
人通りがそこそこあるおかげか、たまに辺りを警戒するそぶりは見せるが、私を気に留めた様子は無い。
それでも慢心せず、自分の足元を見ているように見せかけながら店主の後を追う。
そうして人通りがかなり少なくなった頃、彼が右の道に曲がった。
ここで焦りすぎると碌なことにならないのは、よくよく知っている。急ぎたくなる気持ちを抑えながら、私は速度を維持して曲がり角に到着した。
視線だけでその先を確認すると、店主が足を止め、こちらを振り返ってみている姿が目に入る。
尾行が勘づかれたかと背筋が冷える心地がした……が、そうではないようだ。
対象は尾行を警戒し、角で待機していただけらしい。
その証拠に、対象は私を見ても特に反応せず、視界をこちらに固定したまま景色を眺めるふりを続けていた。
ならば、ここで足を止めるわけにはいかない。
怪しまれないよう、私はそのまま私は直進した。後をつけられるのはここまでだ。あとは迂回して探す方がいいだろう。
しばらく進んだ私は、数本先の曲がり角を曲がって急いで走り出した。
念の為、せめて服装を変えようと、上着を脱ぎ道に放る。
更にしばらく進んだ後に靴を脱いだ。
変装ではなく、足音が立たないようするためだ。相手は獣人だから、耳もいいだろう。足音を消す訓練をしていない私にとって、靴を脱ぐのが一番簡単な方法なのだ。
久々に感じる石畳の感覚に、ここに来た初日を思い出す。
そうして、足早に進んだ先で店主を見つけた。
彼が足を止めていたのは、古びた倉庫のようだ。もう一度、周囲を警戒した後、店主は合図を送るように扉を叩いた。
「……入りな」
中から小太りの男が現れ、店主を中に招き入れた。どうやらあの男が取引相手らしい。
中に入るのを見届けた私は、倉庫の近くまで忍び寄り、息を殺して彼らの会話を盗み聞きすることにした。
「……用意できたんだろうな?」
「ああ。こんだけの量だが、手に入れるのは骨だったぜ」
「代金はここにある」
会話の他に、ガシャンと言う金属の重なる音がかすかに聞こえた。
いつかの画家が持っていた、革袋に入った金貨の音と同じだ。会話からも察するに、おそらく代金を受け渡したのだろう。
間違いない。
禁制品「幻覚石」の取引現場を抑えることができたのだ。
急ぎ憲兵に知らせ、身柄を取り押さえてもらわなくてはいけない。
私はこの場所を記憶し、静かにその場を離脱することにした。
その時。そろりと後退しようとした私の後ろに人影が現れた。
仲間がいたの!?と冷や汗が噴き出る。
振り返る間もなく、私の口元が大きな手で塞がれた後。聞き覚えのある声が私の「本当の」 耳元で響いた。
「静かにしろ。私だ」
耳元で囁かれたのは、エドヴァルトの声だった。
「どうして」
エドヴァルトであった安堵と、なぜここにと言う疑問で、声になりきれない音が私の口からこぼれ落ちる。
口元から手が離れ、振り返ると、エドヴァルトの後ろに複数の憲兵が潜んでいた。
「行け」
エドヴァルトの合図と共に、憲兵が倉庫に突入していく。
しばらくの騒乱の後、取引をしていた二人の男は取り押さえられたようだ。
あっという間の出来事に置いてけぼりを食らう私に、エドヴァルトがなぜここにいるのかの答えを告げた。
「蒼の匂いならば、私は追える」
端的に説明された言葉だが、納得はできた。
なるほど。私を経由したことで、彼らも追跡が可能になったと言うことらしい。
……のは、わかるのだけど。
「タイミングが良すぎませんか。今日動くとは限らなかったのに……たまたま今日は私を追跡していた……そう言うことでしょうか」
「いや。毎日夜間は追うようにしていただけだが」
「え」
私の知らない事実に驚きの声が漏れる。
「私一人が夜間に巡回していても違和感は持たれない。今日はいつもとは違う道に匂いが向かっていた。おかげで憲兵を集め現場をおさえることに成功した」
そう言って言葉を切ったエドヴァルトは私をまっすぐに見た。
「よくやった」
言葉少なく、エドヴァルトが私を褒める。
「ありがとう……ございます」
褒められたことへなのか、毎晩知らぬ間に見守られていたことへなのかわからぬ気恥ずかしさを抱えたまま、私は感謝を返すのだった。
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