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12.沈黙と高鳴り
しおりを挟むアーガイルの「殺されちまう」という生々しい言葉の余韻が、薄暗い尋問室に重く響いていた。
私がその言葉の持つ現実味に固まっていると、エドヴァルトに無言のままそっと手を引かれる。その手は、私を庇うように、しかし有無を言わせぬ力強さを持っていた。
「ま、待ってくれ、頼む!! 」
追い縋ろうとするアーガイルの懇願を、憲兵が無慈悲に押さえ込んだ。
私は、その哀れな姿を尻目に、尋問室を後にする。
重い鉄の扉が閉まる音と共に、尋問室の狂騒が遠いものになった。
切り離された静かな廊下に出たことで、張り詰めていた私の緊張も少し和らぐ心地がする。
「……稀人信仰とは、命を奪われるほど狂信的なものなのですか」
私がそう切り出すと、エドヴァルトは私の手を離し、壁に背を預けて深く息を吐いた。
「普通はそうではない」
「……違うのですか? 」
「光が強ければ、影もまた濃くなる。信仰も同じだ」
エドヴァルトのグレーの瞳が、廊下の薄明かりの中で冷たい光を宿す。
彼は、私にもわかるようにゆっくりと言葉を続けた。
「信仰者の主な信条は三つ。一つ、稀人に害をもたらしてはならない。二つ、稀人の言葉を無視してはならない。……そして三つ目、稀人の意思に逆らってはいけない」
意思に、逆らわない。
シンプルながら、それは人の行動を根底から縛る、恐ろしく重い信条だろう。
「信者のごく一部だが、稀人の意思こそが世界の理であり、それに逆らう者は『神の敵』となり死すべきだと信じて疑わない狂信者もいる」
神の敵。殺される。
私の知る常識とは、あまりにもかけ離れた価値観だった。稀人の言葉一つで、人の命が奪われるかもしれない。
そんな事実に、背筋にぞっとするような寒気が走る。
「……だからこそ、我々憲兵は、稀人の人となりを調査し、保護してきた。場合によっては、稀人信仰のない他国へ秘密裏に移住させることもある」
エドヴァルトは、チラリと私を見ると、申し訳なさそうに続けた。
「もっと早くに伝えるべきだった。すまない」
……確かに、私自身も「稀人」なのだから、早くに知らせて欲しかった気持ちはある。
が、不思議と怒りや苛立ちは湧いてこなかった。エドヴァルトの優しさ故に、私の混乱を避けて、折を見て話そうとしていたのだろうというのは想像に難くない。
「気にしてませんよ。私も、こちらに来てすぐにそこまで説明されていたら、きっと頭がいっぱいになってしまっていたでしょうし」
ここに来て、ようやく全てのピースがはまった気がした。
私をエドヴァルトの直属にしたのも、夜間に見守ってくれていたのも、全ては想像以上に苛烈だった「稀人信仰の騒動に巻き込まない為」だったのだろう。
納得と同時に、胸の奥に何やらモヤモヤとした気持ちが広がった。
変な気分だが、一旦隅に置いておくとしよう。それよりも、今は目の前の情報を整理すべきだ。
「では、アーガイルは狂信者、ということでしょうか」
「ああ。おそらく」
エドヴァルトは要点を抑えるように続ける。
「蒼が稀人だと知るや否やあの様子だ。神の使者に逆らったと思いたくなかった……もしくは、『あの方』のみが狂信者という可能性もあるが……」
確認しないことには、これ以上は想像の域を出ないだろう。
「……もう一度、聞いてみませんか。私の正体がわかった今であれば、アーガイルも少しは素直に話すかもしれません」
私の提案に、エドヴァルトはやや考えた後、力強く頷いた。
「聞くべきことはわかるな」
「ええ」
私がそう返すと、エドヴァルトはもう一度尋問室の扉を開いた。
先ほどとはうってかわり、震えながら椅子の上で小さく縮こまっているアーガイルが目に入る。
私の姿を認めると、アーガイルは希望と絶望が入り混じったような、複雑な顔をした。
「……素直に話してくれるわね? 」
私の言葉に、アーガイルは壊れた人形のように何度も頷く。
「まず、『あの方』って誰なの」
私の単刀直入な問いに、アーガイルの動きはぴたりと止まった。
彼の顔から急速に血の気が引き、カタカタと歯の根が合わない音が聞こえる。
何かを言おうと口を開くが、声にならない空気が漏れるだけだった。
その瞳は、見えない何かに怯えるように宙を彷徨っている。
「答えろ」
エドヴァルトが低い声で促す。
「稀人の問いだぞ」
その言葉は、アーガイルにとって無慈悲なものだったはずだ。
だが、彼は狂ったように首を横に振ると、両手で自身の口を固く固く押さえた。
稀人の問いに答えないことも、また、意思に逆らうことだろう。それでも言えない何かが彼にはあるらしい。
ただただ、沈黙を貫くことしかできないでいるアーガイルに対して、私は質問の角度を変えることにした。
「……アーガイル。あなたは、私たち稀人を信仰しているのね? 」
「……そうだ」
今度は、か細くはあるが、はっきりとした答えが返ってきた。その声には、紛れもない信仰心が滲んでいる。
「では、この『光る板』……スマートフォンを、『あの方』に売った。それで間違いない? 」
「……ああ、そうだ」
事実関係は認めた。
私は最後にもう一度だけ、質問を投げかける。
「そう。では、その『あの方』の名前を教えて」
再び、沈黙が落ちた。
アーガイルは完全に口を閉ざし、まるで石像のように動かない。
断固として口を割らないアーガイルを見て諦めが湧いてきた。
これ以上は無駄だろう。
「……行きましょう」
私が促すと、エドヴァルトも頷き、私たちは今度こそ尋問室を後にした。
廊下に出ると、エドヴァルトは腕を組み、静かに思考を巡らせていた。
あれほどの信仰心でも口を割らない理由。
同じように私も考えるが、先に可能性を導き出したのはエドヴァルトだった。
「……蒼。一つ、仮説がある」
彼の真剣な眼差しに、私はゴクリと唾を飲む。
「アーガイルは、稀人の意思には逆らえない狂信者だ。だが、蒼の問いにも答えなかった。この矛盾を解消する答えが一つある 」
エドヴァルトは、確信を帯びた声で言った。
「――『あの方』もまた、稀人なのではないか」
その言葉は、雷のように私の脳を撃ち抜いた。
そうだ、それならば説明がつく。
アーガイルは、私の「話せ」という意思と、もう一人の稀人の「正体を話すな」という意思の板挟みになっていたのだとしたら。
それならば、彼は沈黙するしかないだろう。
ではなぜ正体を隠しているのだろう。
そもそも、この世界に稀人は何人いるのか。
私の頭の中で、無数の可能性と疑問が渦を巻き始めた。
稀人であるのなら、なぜ稀人の遺物を集めているのか……
そうして、深く思考の海に沈み込んでいく私を、不意に現実へと引き戻したのは、頬に触れた温かい感触だった。
「……蒼? 大丈夫か」
ハッと顔を上げると、心配そうに眉を寄せたエドヴァルトの顔がすぐそこにあった。
彼が私の頬にそっと手を当て、覗き込むようにしている。
間近にあるグレーの瞳が、不安げに揺れていた。
彼の大きな手の温かさと、整った顔立ちの美しさと、そして、吐息がかかりそうなほどの距離に、私の思考は完全に停止した。
「ち、近いですっ!! 」
私の大きな声が、静かな廊下に響く。
私の心臓も鼓動もまた、大きく、強く、全身に響くように高鳴ったのだった。
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