興信所の者ですが!!〜事件を解決するたびに、仏頂面の狼獣人副隊長の尻尾が揺れるんですけど!?〜

三來

文字の大きさ
12 / 16

12.沈黙と高鳴り

しおりを挟む

 アーガイルの「殺されちまう」という生々しい言葉の余韻が、薄暗い尋問室に重く響いていた。

 私がその言葉の持つ現実味に固まっていると、エドヴァルトに無言のままそっと手を引かれる。その手は、私を庇うように、しかし有無を言わせぬ力強さを持っていた。

「ま、待ってくれ、頼む!! 」

 追い縋ろうとするアーガイルの懇願を、憲兵が無慈悲に押さえ込んだ。
 私は、その哀れな姿を尻目に、尋問室を後にする。

 重い鉄の扉が閉まる音と共に、尋問室の狂騒が遠いものになった。
 切り離された静かな廊下に出たことで、張り詰めていた私の緊張も少し和らぐ心地がする。

「……稀人信仰とは、命を奪われるほど狂信的なものなのですか」

 私がそう切り出すと、エドヴァルトは私の手を離し、壁に背を預けて深く息を吐いた。

「普通はそうではない」

「……違うのですか? 」

「光が強ければ、影もまた濃くなる。信仰も同じだ」

 エドヴァルトのグレーの瞳が、廊下の薄明かりの中で冷たい光を宿す。
 彼は、私にもわかるようにゆっくりと言葉を続けた。

「信仰者の主な信条は三つ。一つ、稀人に害をもたらしてはならない。二つ、稀人の言葉を無視してはならない。……そして三つ目、稀人の意思に逆らってはいけない」

 意思に、逆らわない。

 シンプルながら、それは人の行動を根底から縛る、恐ろしく重い信条だろう。

「信者のごく一部だが、稀人の意思こそが世界の理であり、それに逆らう者は『神の敵』となり死すべきだと信じて疑わない狂信者もいる」

 神の敵。殺される。

 私の知る常識とは、あまりにもかけ離れた価値観だった。稀人の言葉一つで、人の命が奪われるかもしれない。

 そんな事実に、背筋にぞっとするような寒気が走る。

「……だからこそ、我々憲兵は、稀人の人となりを調査し、保護してきた。場合によっては、稀人信仰のない他国へ秘密裏に移住させることもある」

 エドヴァルトは、チラリと私を見ると、申し訳なさそうに続けた。

「もっと早くに伝えるべきだった。すまない」

……確かに、私自身も「稀人」なのだから、早くに知らせて欲しかった気持ちはある。
 が、不思議と怒りや苛立ちは湧いてこなかった。エドヴァルトの優しさ故に、私の混乱を避けて、折を見て話そうとしていたのだろうというのは想像に難くない。

「気にしてませんよ。私も、こちらに来てすぐにそこまで説明されていたら、きっと頭がいっぱいになってしまっていたでしょうし」

 ここに来て、ようやく全てのピースがはまった気がした。

 私をエドヴァルトの直属にしたのも、夜間に見守ってくれていたのも、全ては想像以上に苛烈だった「稀人信仰の騒動に巻き込まない為」だったのだろう。

 納得と同時に、胸の奥に何やらモヤモヤとした気持ちが広がった。

 変な気分だが、一旦隅に置いておくとしよう。それよりも、今は目の前の情報を整理すべきだ。

「では、アーガイルは狂信者、ということでしょうか」

「ああ。おそらく」

 エドヴァルトは要点を抑えるように続ける。

「蒼が稀人だと知るや否やあの様子だ。神の使者に逆らったと思いたくなかった……もしくは、『あの方』のみが狂信者という可能性もあるが……」

 確認しないことには、これ以上は想像の域を出ないだろう。
 
「……もう一度、聞いてみませんか。私の正体がわかった今であれば、アーガイルも少しは素直に話すかもしれません」

 私の提案に、エドヴァルトはやや考えた後、力強く頷いた。

「聞くべきことはわかるな」
「ええ」

 私がそう返すと、エドヴァルトはもう一度尋問室の扉を開いた。

 先ほどとはうってかわり、震えながら椅子の上で小さく縮こまっているアーガイルが目に入る。

 私の姿を認めると、アーガイルは希望と絶望が入り混じったような、複雑な顔をした。

「……素直に話してくれるわね? 」

 私の言葉に、アーガイルは壊れた人形のように何度も頷く。

「まず、『あの方』って誰なの」

 私の単刀直入な問いに、アーガイルの動きはぴたりと止まった。

 彼の顔から急速に血の気が引き、カタカタと歯の根が合わない音が聞こえる。

 何かを言おうと口を開くが、声にならない空気が漏れるだけだった。

 その瞳は、見えない何かに怯えるように宙を彷徨っている。

「答えろ」

 エドヴァルトが低い声で促す。

「稀人の問いだぞ」

 その言葉は、アーガイルにとって無慈悲なものだったはずだ。

 だが、彼は狂ったように首を横に振ると、両手で自身の口を固く固く押さえた。

 稀人の問いに答えないことも、また、意思に逆らうことだろう。それでも言えない何かが彼にはあるらしい。
 
 ただただ、沈黙を貫くことしかできないでいるアーガイルに対して、私は質問の角度を変えることにした。


「……アーガイル。あなたは、私たち稀人を信仰しているのね? 」

「……そうだ」

 今度は、か細くはあるが、はっきりとした答えが返ってきた。その声には、紛れもない信仰心が滲んでいる。

「では、この『光る板』……スマートフォンを、『あの方』に売った。それで間違いない? 」

「……ああ、そうだ」

 事実関係は認めた。

 私は最後にもう一度だけ、質問を投げかける。

「そう。では、その『あの方』の名前を教えて」

 再び、沈黙が落ちた。

 アーガイルは完全に口を閉ざし、まるで石像のように動かない。

 断固として口を割らないアーガイルを見て諦めが湧いてきた。

 これ以上は無駄だろう。

「……行きましょう」

 私が促すと、エドヴァルトも頷き、私たちは今度こそ尋問室を後にした。

 廊下に出ると、エドヴァルトは腕を組み、静かに思考を巡らせていた。

 あれほどの信仰心でも口を割らない理由。
 同じように私も考えるが、先に可能性を導き出したのはエドヴァルトだった。

「……蒼。一つ、仮説がある」

 彼の真剣な眼差しに、私はゴクリと唾を飲む。

「アーガイルは、稀人の意思には逆らえない狂信者だ。だが、蒼の問いにも答えなかった。この矛盾を解消する答えが一つある 」

 エドヴァルトは、確信を帯びた声で言った。

「――『あの方』もまた、稀人なのではないか」

 その言葉は、雷のように私の脳を撃ち抜いた。

 そうだ、それならば説明がつく。

 アーガイルは、私の「話せ」という意思と、もう一人の稀人の「正体を話すな」という意思の板挟みになっていたのだとしたら。

 それならば、彼は沈黙するしかないだろう。

 ではなぜ正体を隠しているのだろう。
 そもそも、この世界に稀人は何人いるのか。

 
 私の頭の中で、無数の可能性と疑問が渦を巻き始めた。
 
 稀人であるのなら、なぜ稀人の遺物を集めているのか……
 
 そうして、深く思考の海に沈み込んでいく私を、不意に現実へと引き戻したのは、頬に触れた温かい感触だった。


「……蒼? 大丈夫か」

 ハッと顔を上げると、心配そうに眉を寄せたエドヴァルトの顔がすぐそこにあった。

 彼が私の頬にそっと手を当て、覗き込むようにしている。

 間近にあるグレーの瞳が、不安げに揺れていた。

 彼の大きな手の温かさと、整った顔立ちの美しさと、そして、吐息がかかりそうなほどの距離に、私の思考は完全に停止した。

「ち、近いですっ!! 」

 私の大きな声が、静かな廊下に響く。
 
 私の心臓も鼓動もまた、大きく、強く、全身に響くように高鳴ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

男女比バグった世界で美女チート無双〜それでも私は冒険がしたい!〜

具なっしー
恋愛
日本で暮らしていた23歳喪女だった女の子が交通事故で死んで、神様にチートを貰い、獣人の世界に転生させられた!!気づいたらそこは森の中で体は15歳くらいの女の子だった!ステータスを開いてみるとなんと白鳥兎獣人という幻の種族で、白いふわふわのウサ耳と、神秘的な白鳥の羽が生えていた。そしてなんとなんと、そこは男女比が10:1の偏った世界で、一妻多夫が普通の世界!そんな世界で、せっかく転生したんだし、旅をする!と決意した主人公は絶世の美女で…だんだん彼女を囲う男達が増えていく話。 主人公は見た目に反してめちゃくちゃ強いand地球の知識があるのでチートしまくります。 みたいなはなし ※表紙はAIです

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜

こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました! ※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)  狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。  突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。  だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。  そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。  共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?  自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。

処理中です...