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しおりを挟む冷たい空気が河嶋 葉津希の頬をすり抜けた。車が音を立てて過ぎ去る。町の灯りが点々とつき始めた。
「お待たせしました。ブレンドコーヒーです。」
優しげな雰囲気の店員。男にしては綺麗な顔立ち。お洒落な店内にぴったりだった。胸についたローマ字のネームプレートを盗み見る。
「ごゆっくりどうぞ。」
去り際の店員に軽く会釈して葉津希は運ばれてきたコーヒーをゆっくり口に入れた。ざわついていた心が落ち着く。ほっとした。葉津希が平日のこんな時間にカフェの寒いテラスでコーヒーを飲んでいるのは理由があった。三つ子の兄、河嶋 奈津希と久しぶりの喧嘩。原因は全て自分。普段温厚な奈津希が怒鳴り散らして家を出ていった。
「はぁ…」
何度目か分からない重いため息が葉津希の口から吐き出される。高校をやめたい。全てはこの発言の所為だ。だけど葉津希にはこれ以上の表現が思いつかなかった。強いて言うならなんの変哲も無い人生が嫌になった。高校を卒業して大学に入って就職して結婚する。なんの変哲も無い幸せな人生。急につまらなくなった。赤くなってきた空を見上げる。自分が今、なにをしなければいけないのか。なにがしたいのか。わからない。また吐き出したため息が白く登っていった。
「志津希か…」
鳴り出した携帯。河嶋 志津希の文字。志津希は葉津希のもうひとりの兄。今は寮制の学校に通っていて帰ってくるのは長期休みとたまの土日だけだ。昔から一番繊細で相手の気持ちをよく理解できる。葉津希は少し後ろめたい気持ちで通話ボタンを押した。
「もしもし。どうした。」
なるべく平然を装ってみる。志津希には通用しないことなんてわかってるけど。
『どうした、じゃ無いよ。』
少し困ったような声。やっぱり感じ取ったか。物心ついた時から不思議と三人は繋がっていた。不安とか喜びとか悲しみとか強く感じれば感じるほど伝わってくる。大人になるにつれて少しは薄れたが流石に今回の件は感じざるを得ない。
「高校、やめたいと言った。それで喧嘩した。」
沈黙五秒。ため息ひとつ。
『急にそんなこと言ったらなぁちゃんだってびっくりするでしょ?』
「お前はびっくりしないのか?」
『びっくりしたに決まってるでしょ!』
「急に大きい声だすなよ…」
もう一度電話越しでため息をついた志津希はそれからしばらく黙り込んだ。理解を求めて奈津希に話した訳じゃない。ただ知らせておこうぐらいの気持ちで話したのだ。怒るだろうし呆れるだろうとも思った。葉津希は寒さで少し冷めてしまったコーヒーを口に入れた。
『はぁちゃんの気持ちは変わらないの?』
なぜか志津希の言葉が刺さった。自分の気持ちが今葉津希にはよくわからなかった。
「さぁな。」
『さぁなって…なぁちゃんは今どんな感じ?』
「怒鳴って家から出て行った。たぶん春のとこに行っただろうな。」
奈津希が行くところは大体わかっていた。幼馴染の宮塚 春のところだ。春はふたつ年上の隣の家の一人息子で三つ子とは生まれたときからの付き合いだ。三つ子の兄的存在だが、 とりわけ奈津希には甘かった。それを知ってか知らずか奈津希も春にべったりだ。家に泊まらせてもらえるような親密な友人も今まで聞いたことがないし奈津希が頼るなら春だろうと思った。
『なぁちゃんなら春くんとこ行くか…まぁ後で電話してみるよ。』
心配しなくても奈津希が春の家につけば勝手に連絡が入りそうだが…。葉津希は思ったことを口にはせずあぁと志津希に頷いた。
『辞めるにせよ辞めないにせよじっくり考えなよ?後悔しちゃ駄目。』
「あぁ、わかったよ。悪かった。心配かけて」
志津希がえらく大人に感じた。高校卒業の三年ですら諦めてしまおうとしている自分とは大違いだ。自分の考えを強く持ちひとりになることを選んだ。いつも三人一緒だった。五年前、両親が死んでからはもっと繋がりが強くなった。葉津希たちの両親は交通事故で亡くなった。まだ小学生で大切な人を無くした苦しみを悲しみを理解するには幼すぎた。受け入れられなくて自分たちの苦しみを誤魔化すようにくっ付いていた。気持ちを理解できるのは兄弟だけだと思っていた。だからと言ってはなんだがとりわけ三つ子の繋がりは強い。それが初めて離れたのが高校に上がるときだった。志津希が寮に入ったのだ。あの日のことは忘れない。ずば抜けて頭の良かった志津希と同じ高校に行くのはないと思っていたがなぜか離れることは考えていなかった。“三つ子離れ”は志津希が一番だった。考えすぎるのも良くないからと念を押して志津希は電話を切った。再び葉津希の耳に町の騒音が入り込んでくる。喧騒が逆に安心した。ふっと息を吐き出して少し頭痛がした頭をおさえた。
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