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しおりを挟むコーヒーもすっかり冷めてしまった。日も暮れ町には夜の賑やかさが漂ってきた。そろそろ帰るかと葉津希は残りのコーヒーを口に流し込む。
「ちょっと、やめてください!」
「いーじゃん!教えてよぉ~」
突然、騒がしい声が店内に響いた。テラスまで聞こえてきた声に葉津希は店内を振り返った。頭の悪そうな男ふたりが女の子の店員に携帯をぶらつかせながら絡んでいる。周りは見て見ぬ振りを決め込んでいた。
「…低脳」
明らかに葉津希より年上の男。阿呆らしくて思わず口から出てしまった。
「お客様。周りのお客様に迷惑になりますから、そのような行為はやめていただいてよろしいですか。ここは大丈夫、厨房入ってくれる?」
「っ、失礼します」
葉津希は目を奪われていた。女の子を助けたのは葉津希にコーヒーを持ってきた店員だった。女の子は男たちに頭を下げて即座に奥へ移動する。なぜか葉津希はこの光景より店員のことが気になっていた。あの細身で弱そうな男があんなに鋭い目をするのか。単純に興味が湧いた。葉津希は静かなテラスで店内を眺めていた。
「はぁ?なんだよお前!」
「俺らはあの子と話したいのーチビは引っ込んでろよ。」
明らかに店員の目に客に対する敬いはもうなかった。葉津希にコーヒーを持ってきた時はあんなに物腰が柔らかくて綺麗だったのに。まるで別人だ。
「お店の雰囲気を壊されては困るんですよ。代金はいりませんのでお引き取りください。」
「おい、あんま調子のってんじゃねーよ!!」
葉津希の体はとっさに動いていた。これからなにが起こるか葉津希の目には見えていたからだ。怒鳴り声を上げた男がグラスを持ち上げる。次の瞬間葉津希は頭から水をかぶっていた。じわじわと制服のシャツに水が染みていく。テラス席で冷えた体により冷たさをもたらした。葉津希はこんなことならテラスに座るんじゃなかったとどうでもいいことを頭に浮かべていた。
「お客様っ!」
「お、おい。なんでっ…」
店にいた全ての人間が意味のわからない状況に驚いていた。あの流れなら普通は今葉津希ではなく店員がびしょ濡れになっていただろう。突然の登場人物に水をかけた本人は呆然としている。
「お客様。大丈夫ですか?」
ばたばたと奥から店長らしき男がさっきの女の子と一緒に出てきて葉津希を見て目を見開いていた。店員は葉津希の横でずっと葉津希を見ている。顔には信じられないとはっきり書いていたがやっぱり綺麗な顔だとしょうもないことが葉津希の頭に浮かぶ。そしてとっさに掴んだ手を葉津希はぎゅっと握った。
「あぁ…大丈夫です。それより、あんたたちこれどうしてくれるんだ?」
葉津希がわざとらしく強めに言うとふたりは青ざめた顔をして逃げるように去っていった。馬鹿が、逃げ出すぐらいなら最初から店でナンパなんかするな。ふたりの背中を睨みつけて葉津希は店長に向きおった。
「えっと、すみません。俺は大丈夫ですから。お会計いいですか?」
あまりにもけろっとした態度の葉津希に店員は焦ったように続ける。
「お待ちくださいっ、いくらなんでもそのまま帰すわけにはいきません。せめて頭を拭かないとっ!」
今度は店員がぐいっと葉津希の腕を引っ張った。必死な目には少しだけ涙が滲んでいる気がした。あんなに鋭かった目が今はもうなかった。心底不思議だ。
「そうです。こちらが迷惑をかけたんですから」
後から店長も険しい表情で続ける。女の子は青ざめた顔で下を向いていた。きっと自分のせいだと気にしているのだろう。
「迷惑をかけられたのはあのふたりからです。店員さんは悪くないのであまり怒らないであげてください。じゃあ。」
葉津希はテーブルに伝票とコーヒー代を置いて店を出た。十二月の町は水で濡れた葉津希にとても冷たく刺さる。だが、店員に触れた部分だけは熱を帯び、そこから全身に熱は伝染していった。
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