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動揺~出発前日~

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 遅すぎるスチカとティアの歓迎会も無事に終わり、お別れする時がやってきた。
 三日前に庭に停められた飛行機は、スチカの連日の整備のおかげでいつでも飛べる状態とのこと。
 動力は何なのかと聞いたところ、魔力で動いているらしい。

「確かにうちは魔力がない体質やけど、別に魔力に関係したものが作れんというわけやないしな」

 カレー嫌いな人でも美味いカレーを作れるみたいなノリだろうか?
 なんにせよ最後のチェックを済ませたとのことで、いよいよ飛び立つときが来たようだ。

「そんじゃ三日間世話になったな!」

 庭に勢ぞろいした俺たち一向を見回しながら、スチカが言った。

「んでみんなのアーデンハイツ到着はいつくらいになるん?」
「馬車で四日は掛かる距離ですらねぇ……色々とトラブルを想定して一週間はかかると思ってもらえれば」
「一週間か……結構長いのじゃ!わらわはすぐにでもみんなに会いたいのじゃ!」

 エナのその言葉に、ティアが不安げに反応した。
 いやはや……この三日間で随分と打ち解けてくれたもんだ。

「そうやなぁ……せめてこの飛行機が全員乗れるくらいの大きさやったら良かったんやけどな」
「まあアーデンハイツには必ず行くからさ?のんびり茶でも啜りながら待っててくれよ」
「それしかないか……あっそや!ティアはここに置いていくから、シューイチだけうちと一緒に一足先にアーデンハイツ行かへん?」
「残念ながら、それは認められませんわ」

 まるで氷のような微笑みを張りつかせたレリスが、俺が返事をするよりも早くスチカにそう言い放った。
 おっかしいなぁ……レリスに氷属性なんてないはずなんだけどなぁ……?

「冗談なんやからそんな怖い顔すんなって!……そんじゃ名残惜しいけどそろそろ出発するわ」
「スチカお姉ちゃん、ティアちゃん!気を付けて帰ってね!」
「またいつでも来てくださいねー」
「―――道中気を付けてください」

 いよいよ別れの時間ということで、それぞれが別れの言葉を口にして行く。
 たしかに別れであることは変わらないが、どうせこの後アーデンハイツに行った際に今度はこちらが世話になることを約束して事も手伝ってか、俺自身そこまで別れに関する悲壮感が湧いてこない。

「フリルよ!道中気を付けてくるのだぞ!」
「……そっちこそ自分のせいで飛行機から墜落しないように」
「どうしたらそんな恐ろしい事態が引き起こされるんじゃ!?」
「……スッチーのせいで?」
「そんな事態になったら、二人とお陀仏やで?つーかスッチー言うな!」

 一番の心配の種であったフリルとティアの関係も、どうにかこうにか良好な物になったので、ほっと一安心である。
 恐らくはアーデンハイツの王様の期待に応えられた結果になったと思う。
 そんなことを考えていると、スチカが俺の前にやって来て拳を作り俺の胸のこつんと当ててきた。

「そんじゃ先にアーデンハイツで待っとるから、またシュウがうちのこと忘れんうちにはよ来てな?」
「大丈夫だよ、もう忘れないからさ」

 俺がスチカの胸に拳を当てるのは問題があるので、スチカの眉間を軽く人差し指で押してやった。
 そんなアクションを受けて、スチカがニカッと笑う。
 過去にも俺に向けてくれた、そのまぶしい笑顔……今度こそ忘れないようにしないとな。

「そんじゃ行くわ!アーデンハイツでティアと一緒に待っとるからな!」
「うむ!皆の者!一刻も早くアーデンハイツに来るのじゃぞ!待っておるからな!!」

 そう言い残し、俺たちに見送られながらスチカとティアは三日前に乗って来た飛行機で、空へと舞い上がって行ったのだった。
 みんながそれぞれの想いでそれを見送る中、フリルがぽつりと口を開いた。

「……結局あの二人は最後まで密入国したままだった」

 フリルのその言葉を、俺たちは全員目を逸らすことでやり過ごしたのは言うまでもない。



 その後は一日中目まぐるしく旅への準備に追われることになったものの、さすがに慣れたもので程なく出発の準備も整い明日の昼にはこの国を発つということで全員の確認と了承を取った。
 ようやく一息ついたタイミングを見計らい、俺は準備作業で疲れた体を引きずりながら、全員をロビーに集めた。

「どうしたんですか?何か用意し忘れた物でも?」
「明日のお昼には出発ですから、もう休みませんと……」
「ごめんな皆?そんなに手間は取らせないからさ」

 多分ね。
 訳も分からずロビーに集められた面々を、適当に宥めて落ち着かせてから、俺は粛々と口を開いた。

「えっと……明日出発する前にみんなにどうしても話しておきたいというか、会わせておかないといけない人物がいるんだよ」
「会わせておかないといけない人……誰かな?」
「多分レリスは知ってる人だと思うぞ?……そんじゃ入ってきていいぞ」
「……失礼します」

 俺の声を合図に、ロビーの入り口から全身を黒いマントと黒い衣服で固めた、ショートカットの背の高い女性が入って来た。
 皆が呆気に取られている中、俺の隣にやってきたその女性は固まっている全員を見回した後、一礼して自己紹介を始めた。

「私の名前はソニア=コートレスと申します。エレニカ財閥に置いてはそこにいらっしゃいますレリスお嬢様のお世話係兼諜報部隊として身を置かせていただいております。皆様以後お見知りおきを」

 思いもよらなかったその人物の登場により、あのレリスが珍しく動揺を隠せないと言った感じでソニアさんを指さし固まる。

「ソニアさん!どうしてここに!?」

 ようやく動揺による硬直が解け、レリスがソニアさんに早足で詰め寄ってきた。

「以前よりレリスお嬢様を監視しておりましたが、先日の夜にハヤマ様に見つかってしまい、いい加減姿を隠しているわけにいかなくなりましたので」

 まあ実のところ、昨日どころかレリスと出会った初日の夜から気が付いていたけどね。

「そういうことを言ってるわけではありませんわ!どうしてあなたがわたくしを監視していたのですか!?」
「勿論旦那様とティニア様のご命令でございますよ」
「お父様と……お姉さま……」

 ソニアさんの答えを聞いたレリスの表情が曇る。
 しかし昨日俺もソニアさんと話をしたんだが、淡々と事務的に答える人だなぁ。

「なぜ今になって姿を見せたのですか?わたくしの知っているソニアさんなら、シューイチ様に見つかったからと言って容易に姿を見せるとは思いませんが」
「はい、レリスお嬢様の仰る通りハヤマ様に見つかったくらいでは姿を見せるつもりはありませんでした」
「……なにか本家の方で問題が起きているのですか?」

 レリスの神妙な物言いに、ソニアさんが静かにうなずいた。

「待ってください!いきなりのことでちょっと面を食らってるんですが……」

 突然の事態にエナが二人の会話に割って入って来た。
 ちなみに俺はというと、昨日の時点ですでにソニアさんから詳しい話を聞いている。
 その話を聞いたうえで、ソニアさんの持ち込んできた事件は俺一人の判断で勝手に進めるわけにはいかないと思い、こうしてみんなで相談しようと思った次第だ。

「そうですね……この件に関しましてはもはや私の手に負えないと判断いたしましたので、皆様の助力を願いたく思い、先日の夜ハヤマ様の呼びかけに応じました」
「そういうわけなんで……シエル、全員分のお茶を入れてきてくれないかな?」
「合点承知の助です!行きますよコランズ君!」
「―――はい、シエル先輩」

 そう言ってやる気満々な様子のシエルが、コランズを引き連れてキッチンへと向かっていった。
 仲良くやっているようでなによりだ。



 全員分のお茶が揃い一息ついたところで、ソニアさんがぽつりぽつりと事の経緯を語り始めた。

「レリスお嬢様がエレニカ家を飛び出して行ったその日に、幼少よりレリスお嬢様のお世話係として仕えていた私に白羽の矢が刺さり、今日までこうして影ながらレリス様を監視いたしておりました」
「薄々誰かが監視しているのではないかと気が付いてましたが、まさかソニアさんだなんて……」
「気が付いてなかったの?」
「わたくしのイメージではソニアさんはそういうことをしない人だったので……」

 レリスのお世話係として働いていたソニアさんがどんな人だったのか気になるものの、今はソニアさんの話の方が先決だ。

「皆様には、アーデンハイツにいらっしゃる際に、一度エレニカ財閥の本家にご足労願いたいのです」
「……レリっちの実家に?」
「それというのも旦那様とティニア様が、一度皆様にお会いしたいと仰っておられるので……皆様のレリスお嬢様を含めたこの国での武勇伝は当然本家のお二人の耳にも届いております」

 スチカやアーデンハイツの王様ですら知っていたんだ、レリスの実家であるエレニカ財閥が知っていても何ら不思議はない。

「レリスお姉ちゃんのお父さんとお姉さんが、テレアたちに会いたいって言ってることが、緊急事態なのかな?」
「あのエレニカ財閥のトップに君臨する二人が会いたいと言ってる以上、それはもう立派な緊急事態ですよ」

 エナの言うことももっともだ。レリスがあまりにも身近な存在になったせいで感覚が麻痺してしまっているが、このレリスだって本来俺たちでは近づくことすらできない身分だろうし。

「……でもそうじゃないと?」

 フリルの問いかけに、ソニアは小さいけど重く頷いた。

「はい……これは私の勘なのですが、お二人ともどうも様子がおかしいのです」
「お父様とお姉様の様子が……?」
「はっきりとは言えませんが……ティ二ア様とはレリスお嬢様の様子を報告する際に通信機で頻繁にやり取りをかわすのですが、ここ最近はどうも心ここにあらずといった感じでございまして」

 そこまで言ったあと、ソニアさんは手元のお茶を飲み干して大きく息を吐いた。

「それが何時頃からとかはわかりませんの?」
「そうですね……これはティニア様より堅く禁じられていたのですが事が事ですのでお伝えしますが……ティニア様のご結婚が正式に決まったあたりからでしょうか」

 その言葉にレリスが口をぽかんと開けたまま放心状態になった。
 三秒くらいそうしていたと思うと、今度は真っ青になりながらプルプルと震え出した。

「おっ……お姉様が……結婚……?」
「はい」
「だっだっだだだ誰と!?」

 珍しい……あのレリスがここまで動揺するだなんて。

「アーデンハイツにてもっとも権力を持つ貴族のグウレシア家のご子息であるケニス=グウレシア様です」
「あっ……あっ……あっ……」

 またもレリスが固まってしまったので、さすが俺もちょっと心配になって来たぞ。
 俺も詳しく聞いたとは言えケニスと言う奴がどんな奴かまでは聞いてないんだよな……。
 もしもそのケニスとやらがレリスの姉にとってふさわしくない奴なのだとしたら、このレリスの反応も頷けるんだが。

「そのケニスって奴はどんな奴なんだ?もしかしてレリスの姉とは釣り合いが取れないとか?」
「いえ……ケニス様は立派な方ですわ……グウレシア家も貴族としては大層立派ですし……もしもマグリドの貴族にグウレシア家のような貴族がいれば、あの国の貴族問題などとっくに解決されているでしょうね……」
「そっ……そうなんだ……」

 現在マグリドで貴族問題と戦っている両親を思ってか、テレアが微妙な表情になった。

「それにしても……お姉様が結婚……あのケニス様と……結婚」

 そう呟きながらレリスがよろよろと立ち上がり、おぼつかない足取りでロビーの出口へと歩いて行く。

「レリス、大丈夫か?」
「少し夜風に当たってきます……少し気持ちを落ち着かせたいので……」

 力なくそう答えると、レリスはロビーから出て行ってしまった。
 場に一瞬の静寂が訪れる。

「……こうなると思っていたので、言わないようにと念を押されていたのですが」
「いやまあ……姉のことを屈折した感情を抱いてしまうくらい随分と慕ってたみたいだし、仕方ないんじゃないかな?」

 ていうかまだちゃんと話終わってないんだけどなぁ……レリス大丈夫だろうか?
 そんな心配をよそに、レリスは俺の予想に反してわずか30分ほどで帰って来た。
 まあメンタルが強いのはいいことだよな!うん!
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