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護摩
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茂吉が、目を開けると、空が白じんできていた。
慌てて身体を起こし、土間を見る。そういえば木桶も天秤棒も無い事を思い出した。
それに、シジミを売りに行っても、昨日の様子ではまた一粒も売れないだろう。
茂吉は、再度寝転がると、朝寝する事にした。
もうどうでも良いや、と言う破れかぶれな気持ちが茂吉を包んでいた。
やけに良い匂いがして、日差しの明るさに目を覚ます。
おつうが来てくれたのか! と思って勢い良く炊事場を見ると、若い男が鍋で味噌汁を炊いていた。長太だった。
「あ、気がついたんで?」
長太が眉根を寄せて心底痛々しそうな表情をする。
「こいつはひでぇ。余七もひでぇ事をしやがる」
濡らした手拭いを茂吉の頬に当てると、ひんやりとした感触が気持ち良い。
「さ、食えそうなら食って、もう一度寝な」
握り飯に温かい味噌汁をかけた物を、欠けた茶碗によそい、茂吉へと手渡す。
「おめぇが女ならなぁ」
茂吉の口から、思わず、ぽつりと言葉がこぼれ落ちる。
「冗談でもやめてくれ」
笑いながら言う長太の顔が引きつっているのは、昨日、おまちに失恋した事を知っているのだろう。
そして、おつうに失恋した事は知らないのだ。
「……おめぇ、シジミ売りはどした?」
長太も茂吉もここに居るのでは、いつもシジミを買ってくれるみんなの食卓にシジミが上らない。
「あー……そいつが……八助さんって知ってるでしょ」
口ごもりながら、言葉を選ぶ長太。
「あの人が、声を掛けてくれてね、何人かのオジサン達が、オイラ達二人で回ってたトコにシジミを振り売り歩いてくれるようになったんだ」
ちょうど五十になった人が、地区の長屋に何人か居たらしい。
「井戸端で話をしたらアッという間に集まったって。で、朝からシジミ取りの場所を教えてきたトコなんだ」
「おめぇ、おめぇもシジミ売り辞めんのか?」
あっけらかんと言う長太に、茂吉が震えた声で返した。
長太の弟妹はまだ小さい。母親も寝たきりだ。なのに自分に義理立てして、シジミ売りから足を洗うと言うのだろうか?
「バカやろう!」
飯を掻き込むと、茶碗で涙を隠した。
「おめぇは早く戻ってシジミ売りに行かなきゃなんねぇだろうが! 弟と妹と! おっかさん……」
そこまで言って、言葉が詰まる。
昨夜、長太の家族は、大家の家に居た。
いやまさか、祝言挙げると言っても今すぐではないだろう。まさか。
同じ部屋に住んでいるわけではなく、たまたま、たまたま食事に呼ばれたのだろう。
「それが……しげきっつぁんに一番に報告したくてよ……」
顔を赤らめた長太が、頭を掻き掻き身をくねらせる。
「オイラ、おつうちゃんと、その、夫婦になって、大家の仕事継がねぇかって。大家が、おとっつぁんが言うんだよ。でさ、そしたらオイラも目一杯勉強をしなけりゃなんねぇから、弟たちもおっかさんも纏めて面倒見てくれる事になって……」
照れながら早口で捲し立てる長太の視線は己の足元に集中している。
「おつうちゃんも、それで良いって?」
茂吉の声が暗くなった事にも、長太は気づかずに一際大きく身を捩った。
「それが、おつうのやつ、子供の頃からオイラの嫁になるって言ってたから、またかと思ったら、本気だってもんでそんだもんでもー!」
「そっか。幸せになんなよ」
「しげきっつぁん!」
小さく言う茂吉の手を握り、長太が正面から覗き込んだ。
「女はおまちだけじゃねぇ! きっと、しげきっつぁんの事を好いてくれる女もいるはずだ!」
「あ、ああ」
長太の真剣な眼差しに茂吉が頷くと、長太は満足げに立ち上がった。
「気を落とすんじゃねぇぜ。また様子を見に来らぁ」
長太は長屋の大家の部屋へと戻ると、待っていた亀三へと目配せをした。
「みんな、おっかさんの事を頼むよ。おとっつぁんは兄ちゃんと大事な話をしてくるからね」
膝に集っていた子供達を退かせ、亀三が和やかに言う。
「おとっつぁん! 長太さんに急に難しい事は……」
「わかってるよ」
すっかり長太の女房面の愛娘に、やや辟易しつつ、いや、昔からいつもそんなんだったなと亀三は思い直す。
長太達の部屋へと連れ立って入り、腰を下ろした。
「どうだったい?」
「どうもこうも……あんなひでぇ事になってるたぁ……。オイラ、思ってなくて……」
長太の声が震える。
顔中紫に腫れ上がり、あちこちに血がこびりついていたのだと。だが、茂吉は長太に心配を掛けまいとだろう、顔をしかめる事すらせず、むしろ長太の事を心配してくれた。優しい兄貴分なのだ。
「その、おつうが言っていた臭いとやらはどうだい?」
「それが、さっぱりで。オイラの鼻が悪いのか何なのか」
「そうかい」
臭いと言うものはとても曖昧で、人によって好き嫌いが左右される物だ。勿論、男衆にはわからないが女衆から臭いと言われる事もある。だが、それはいわゆる男臭い、むさい、と言われるもので、むしろそれが好きだと言う女も居れば、その臭いに耐えられない男だっている。
吐き気を催す耐えられない程の臭いと言うなら、そういう病気もあると聞く。たしか魚が腐ったような臭いがするとか。だが、それは男女関係なく臭いを感じる事ができるはずだ。
こう、女だけが揃いも揃って嫌悪感を抱く、吐き気まで催すような臭いに、亀三は心当たりが無かった。
「どうにかしてやりたいねぇ」
溜め息を吐き、長太を見れば、思い詰めたように拳を握りしめている。
「ダメだよ。余七だって、悪気があったわけじゃない」
「だっ、で、でも……」
「お前は、おつうと所帯を持ってくれるんだろう?」
考えを見透かされ、諭されて、長太が下を向いた。
「お前に何かあったら、おつうはどうなる? あの娘の事だ。無謀にも仇討ちを考えかねんよ」
「……そう、ですね」
脳裏に、たすき掛けで天秤棒を武器に仁王立ちするおつうを思い浮かべ、思わず笑みがこぼれた。
同じ事を思ったのだろう、長太の顔にも笑みが浮かんでいる。
拳が緩んだのを確認してから、再び、今回の原因と見られる臭いについて考えるも、何も思い付かない。
「これは、私達の手には負えない事態かも知れないねぇ」
「いっそ、呪いや祟りと言われた方がすっきりしやすね」
長太の言葉に亀三は、はた、と手を打った。
「それだよ! お寺さんに相談してみよう! 善は急げだ、今から行こう!」
長太を急かして部屋を出ると、大家部屋の戸を開け「ちょいと出て来るよ」と声を掛ける。
「えー?」とか「ちょっと」とか言っているのは、おつうだろう。
「長太さんまでー?」
「ごめん、おつうちゃん! 行ってきます!」
追い掛けてくる声に、長太が返すのが聞こえた。
今が四つなので九つまでには檀那寺に辿りつけるだろう。
檀那寺に顔を出すと、坊守さん、住職の奥様が入り口すぐ横の部屋へと案内した。
「なんだ、後継の紹介か?」
出された茶を口に流し込んでいると、からかい混じりに奥から住職が現れる。
「それもありますがね」
「あるのかい」
言い掛けた亀三の言葉を遮る住職は、まじまじと長太を見て、「ははぁ」と顎を撫でた。
「この子はシジミ売りの長太だね。お前さん、とうとうおみつを手……」
「孟宗寺さん!」
亀三が住職の言葉を遮る。
「うちの入り婿になる長太だ」
きょとんとした顔の長太の頭に手を置くと、頭を下げさせた。
「よろしく頼むよ」
「ほぉ、そうかいそうかい」
にこにこと住職が頷き、茶を啜る。
「で、おみつさんと子供達は?」
「纏めてうちで面倒を見る」
「ほほー。そうかいそうかい。そりゃあ、帳面に書き加えなきゃなぁ」
「ああ、そうしておくれ」
にやにやと顎をさする住職に、神妙な顔で亀三が頷き返す。
「それよりも、今日来たのはその話をするためではなくてね。孟宗寺さんが聞いてるかどうかわからないが、昨日の朝六つ過ぎに起きた茂吉と余七の喧嘩についてなんだが」
「喧嘩ねぇ。ありゃあ一方的に殴られたと聞いているけどね。聞けば、団子屋の娘に無体を働いたと言うじゃないか」
「どうも、そうじゃないんで」
「なんだい、団子屋の娘が何もされてないのに突然悲鳴を上げたって言うのかい?」
実はそう言う話も入っては来ていた。だが、おまちはそんな娘ではない事は住職も良く知っている。
「それが、どうも、臭いのせいらしいんですよ」
「臭い、ねぇ」
確かに、臭かった臭かったと女衆が声を揃えて言っていた。だが、男衆からはそんな臭い気付かなかったと、わからなかったとしか言ってこない。
「女衆は臭いの一点張りで話になりゃしない。けど、私ら男にゃその臭いがわからない。こりゃあ、もう、呪いか祟りかと話していたんです」
ぽんぽんと長太の頭を軽く叩き、亀三は続ける。
「ねぇ、住職、頼みますよ。助けてください。茂吉はうちの大事な大事な婿様の兄貴みたいなもんなんです」
「あー、ああ。一度連れて来なさい」
亀三が大事なのは婿様の母親だろう、とは、あえて口にせず、住職は鷹揚に頷いた。
今から連れて来ると話が決まり、先日の事もあるので長屋を突っ切ってくるのは辞め、大通りを通る事にしよう、茂吉を長太と亀三で挟んで連れて来よう、となった。戻れば七つになってしまうが、茂吉は今日は寺に泊めて貰える手筈になっている。
道すがら、長太と亀三は他愛の無い話をした。子供の頃の思い出話やなんかだ。何だかんだ言って、長太にとっても、亀三は第二の父のような存在でもある。だが、まだ弟たちのように無邪気に「おとっつぁん」とは呼べない。いや、弟たちには、おつうが入れ知恵していた可能性が高い。あのイタズラを思い付いたときのような可愛らしい笑顔を思い浮かべ、ああ、尻に敷かれるのも悪くないななぞと長太は思った。
ややあって、廃寺へ辿り着くと、茂吉はイビキをかいて寝ていた。
それほど酷い悪臭などはないが、血の臭いと、それに、茂吉の顔に亀三は驚いた。酷く殴られたと聞いてはいたが、人相が変わっているどころではない。倍に膨らんだ顔はどす黒く変色し、イビキをかいていなければ死んでいるのではないかと疑うところだ。
「しげきっつぁん、しげきっつぁん」
長太が茂吉をソッと揺り起こす。
「んー、あ? ああ、長太か。どうした?」
「うちのおと……大家さんが、話があるって」
おとっつぁんと呼んでくれて構わないのに、抵抗があるのはやはり実の父親の事を一番覚えているからだろうか。と亀三は少し寂しく思いつつ、身体を起こす茂吉へ一歩近付いた。特に酷い悪臭は感じない。
「茂吉や、大丈夫かい?」
「あ、亀三さん、お久しぶりです」
パンパンの顔で、開け辛そうな目と口を開いて茂吉は頭を下げた。
「すいやせん、こんな風体で」
「それはお前のせいじゃないだろう?」
「……へぇ……」
どうにも怪我のせいで茂吉の表情が掴みづらい。
「でね、これは私達にも手に負えそうにないからね、孟宗寺さんに相談したら、一度連れて来なさいと言われてね。茂吉、一緒に来てくれるかい?」
もしも嫌だと言われたら、明日若い衆の二~三人連れて出直して、ふん縛ってでも連れて行こう、と長太とは話していた。
「寺ってぇ事は、亀三さんは、あっしに何か憑き物が憑いてるとでもおっしゃるんで?」
抑揚の無い声で、茂吉が亀三を真っ直ぐに見た。慌てて長太が間に入る。
「しげきっつぁん、大家さんはしげきっつぁんの事を考えて!」
「ああ、いや、気を悪くしないでおくれよ? だけど、女衆にだけそんな……」
「行きます!」
あわあわとした亀三の言い訳じみた台詞を遮って、茂吉は立ち上がった。
「行きます。あっしもこの何だかわかんねぇのを終わらせてぇ!」
「ああ、そうかい、そうかい。じゃあ今から行こう」
「にしても、顔、そのままで行くんで?」
長太が指摘する。確かに、これでは外聞が悪い。
「こう、手拭いを頭からかけて」
「やだよ、これじゃ男夜鷹だ」
それでは別の意味で外聞が悪い。
「冬なら羽織でも貸すんだけどねぇ」
生憎とそろそろ夏になろうとしている。亀三も長太も小袖一枚きりだ。
「あっしは別にこのままでも……」
亀三は、どす黒い腫れ上がった顔の茂吉を眺め、溜め息をついた。
「しようがないね。まぁ、先日の事はみんな知ってるから、良いだろう」
長太と亀三で両脇を固め、大通りを孟宗寺へと急ぐ。
予想していた事だが、数間先から潮が引くように女衆が慌てて引っ込んで行く。口や鼻を押さえる者も少なくなく、一様に弾かれたように辺りを見回して店や路地に逃げるのだ。
「ああ、こいつぁ、本物だねぇ」
亀三が感心して言うと、茂吉が頭を振る。
「どうしてこうなっちまったのか」
長太が肩を叩こうとして止め、ソッと触れる。
「しげきっつぁん、憑き物落としたらまた前みたいに振り売りもできるし、ほら、次の仕事も当てがあるって言ってたじゃないか!」
「そうなのかい」
亀三は、茂吉にも何か仕事を斡旋してやらねばならないかと思っていたのだが、どこぞの手伝いか下働きにでも入るのだろうか。それなら良かったと一つ肩の荷が降りた気分だった。
だが、勿論、茂吉のソレはデマカセだ。ただ、長太に余計な心配を掛けまいと口から出た何の根拠もないモノだったが、今更そんな事言える筈もない。ましてや、一瞬でも、おつうと所帯を持って大家になろうと思ったなどと、この二人に言える筈もない。
「だと良いんですがね」
茂吉は曖昧に言葉を濁し、孟宗寺への道を急いだ。
「大丈夫だ。きっと全て上手く行くよ」
亀三の言葉が、茂吉の涙腺を崩壊させた。
孟宗寺に着くと、坊守さんではなく住職自らが出迎えた。
「坊守さんは、もしかして……」
「ああ、突然、嫌な臭いがすると言って部屋に籠ってしまってね。どう嫌な臭いなのか、どれ位なのか聞きたかったが、全く出てきておくれでないんだよ」
亀三の言葉に、住職が肩をすくめる。
住職の後ろには五名の若い僧侶が居るが、皆、首を傾げている。
「お前達、わかるかい?」
「いえ、小生には全く」
「某も、わかりません」
住職の質問に、僧侶達は皆首を横に振った。
「大丈夫だ。私にもわからん。きっと女にだけわかるんだろうね」
住職は、坊守の籠っているだろう宿坊をちらりと眺め、「さて」と茂吉へと向き直る。
「話を聞かせて貰ってから、少し祈祷をしよう。こちらへお上がり」
促されて本堂へと進み、大きな仏像を背に住職が腰を下ろし、茂吉に正面に座るよう示した。
「まずは、何があったのか聞かせて貰えるね?」
そう切り出す住職の背後では、僧侶達が井桁に白木を組んでいる。
茂吉は初めて見る護摩壇に視線を取られていたが、慌てて住職へと視線を戻した。
「あー、シジミを売りに行ったら、団子屋の……」
「その前!」
「え? えー、朝起きて、シジミを取って、それでいつも通り売りに……」
「その前に何か無かったか?」
「えー、えー……」
ふと、住職は、茂吉が天狗の力を持っている事を知っているのでは? との考えが頭を過る。
持っていたら、どうだと言うのだ。
住職の向こうで、カチッカチッと火打石の音が響き、護摩壇に火が点けられた。
「気になるか? これはな、灯明よ」
ゆらりと揺らぐ火が、住職の顔の半分を赤く照らし、もう半分に濃く影を落とす。
天狗の力を得たと知られれば、この火に投げ込まれるのではないか?
茂吉の中を確証の無い恐怖がせり上がる。
「と、特にありゃあせん」
「そうかい」
住職は、見込み違いかねぇ、と言いつつ、白木の薄い板を茂吉に差し出した。
「これにね、自分の名前と願望をね、そうだねぇ、この場合は元の身体に戻りたい、でいいんだろうね。そうお書き」
小さな筆と硯、それに墨を一緒に差し出されるも、茂吉はそれを見て固まる。
「あ、あっしぁ、字は……」
「ああ、そうか。誰か見本を書いてやりなさい」
僧侶の一人が進み出て、摺り紙に大きな文字でさらりと見本を書く。
「さ、これを真似して書いてみなさい」
茂吉は見様見真似で書くも、ミミズがのたくったようにしか見えない。そもそも本当に住職の言葉通りに書いているのかすらわからない。亀三と長太を見ると、亀三は頷き、長太は首を捻っている。そりゃそうだ。長太も読み書きの不出来は茂吉とそう変わらない筈だ。
「大丈夫、ちゃんと書けたようだね」
住職が板を手に取ると、半身を回して僧侶の一人に手渡す。受け取った僧侶はその板を炎へと投じた。
「ああっ!」
茂吉の記念すべき初めて書が無惨にも燃えていく。大家の手が茂吉の肩に置かれた。
「座っていなさい」
住職はそのまま炎の方を向き、一礼すると朗と読経を始めた。僧侶達が左右に陣取り、声を合わせていく。
と。
『おい!』
頭の中で声がした。
天狗だ。と、すぐに茂吉は気付く。
『おい! おい! アレを辞めさせろ!』
今の今まで知らんぷりを決め込んでいたのに、自分が追ん出されるとなれば途端に文句を言いやがんのか、と、茂吉は腹が立った。
「あ、てめぇ、随分と久しぶりじゃねぇか!」
小声で言い返すと、勝手に茂吉の左手が床を叩いた。床に穴が空いて、板が吹っ飛ぶ。
驚いた茂吉が慌ててその手を捕まえて、愛想笑いを浮かべて見回すが、誰も笑顔を返さない。
ひゅっと茂吉の右片膝が上がり、両手で押さえつける。
「『おい!』」
茂吉の口が勝手に喋り出し、両手で押さえる。
天狗が苛ついているのがわかる。
ぶわりと茂吉の内側で殺意が満ちた。
マズイ。こいつは本当にマズイ。
天狗が勝手にやったって言ったって茂吉の身体を使ったのなら、茂吉の咎になる。
むしろそんなもんが内に居るのがバレたなら、外側の茂吉ごと処分されるだろう。
半身を翻し、足に力を込めて、その身を発射させる。文字通り、飛んで逃げた。
制止する声が聞こえたが、無視する。
人殺しにでもなってしまったら、それこそ終わりである。
廃寺に戻っても連れ戻されるだろう。
茂吉は廃寺とは逆へ逆へと飛んでいた。
天狗を制御できるとは思えなかった。
慌てて身体を起こし、土間を見る。そういえば木桶も天秤棒も無い事を思い出した。
それに、シジミを売りに行っても、昨日の様子ではまた一粒も売れないだろう。
茂吉は、再度寝転がると、朝寝する事にした。
もうどうでも良いや、と言う破れかぶれな気持ちが茂吉を包んでいた。
やけに良い匂いがして、日差しの明るさに目を覚ます。
おつうが来てくれたのか! と思って勢い良く炊事場を見ると、若い男が鍋で味噌汁を炊いていた。長太だった。
「あ、気がついたんで?」
長太が眉根を寄せて心底痛々しそうな表情をする。
「こいつはひでぇ。余七もひでぇ事をしやがる」
濡らした手拭いを茂吉の頬に当てると、ひんやりとした感触が気持ち良い。
「さ、食えそうなら食って、もう一度寝な」
握り飯に温かい味噌汁をかけた物を、欠けた茶碗によそい、茂吉へと手渡す。
「おめぇが女ならなぁ」
茂吉の口から、思わず、ぽつりと言葉がこぼれ落ちる。
「冗談でもやめてくれ」
笑いながら言う長太の顔が引きつっているのは、昨日、おまちに失恋した事を知っているのだろう。
そして、おつうに失恋した事は知らないのだ。
「……おめぇ、シジミ売りはどした?」
長太も茂吉もここに居るのでは、いつもシジミを買ってくれるみんなの食卓にシジミが上らない。
「あー……そいつが……八助さんって知ってるでしょ」
口ごもりながら、言葉を選ぶ長太。
「あの人が、声を掛けてくれてね、何人かのオジサン達が、オイラ達二人で回ってたトコにシジミを振り売り歩いてくれるようになったんだ」
ちょうど五十になった人が、地区の長屋に何人か居たらしい。
「井戸端で話をしたらアッという間に集まったって。で、朝からシジミ取りの場所を教えてきたトコなんだ」
「おめぇ、おめぇもシジミ売り辞めんのか?」
あっけらかんと言う長太に、茂吉が震えた声で返した。
長太の弟妹はまだ小さい。母親も寝たきりだ。なのに自分に義理立てして、シジミ売りから足を洗うと言うのだろうか?
「バカやろう!」
飯を掻き込むと、茶碗で涙を隠した。
「おめぇは早く戻ってシジミ売りに行かなきゃなんねぇだろうが! 弟と妹と! おっかさん……」
そこまで言って、言葉が詰まる。
昨夜、長太の家族は、大家の家に居た。
いやまさか、祝言挙げると言っても今すぐではないだろう。まさか。
同じ部屋に住んでいるわけではなく、たまたま、たまたま食事に呼ばれたのだろう。
「それが……しげきっつぁんに一番に報告したくてよ……」
顔を赤らめた長太が、頭を掻き掻き身をくねらせる。
「オイラ、おつうちゃんと、その、夫婦になって、大家の仕事継がねぇかって。大家が、おとっつぁんが言うんだよ。でさ、そしたらオイラも目一杯勉強をしなけりゃなんねぇから、弟たちもおっかさんも纏めて面倒見てくれる事になって……」
照れながら早口で捲し立てる長太の視線は己の足元に集中している。
「おつうちゃんも、それで良いって?」
茂吉の声が暗くなった事にも、長太は気づかずに一際大きく身を捩った。
「それが、おつうのやつ、子供の頃からオイラの嫁になるって言ってたから、またかと思ったら、本気だってもんでそんだもんでもー!」
「そっか。幸せになんなよ」
「しげきっつぁん!」
小さく言う茂吉の手を握り、長太が正面から覗き込んだ。
「女はおまちだけじゃねぇ! きっと、しげきっつぁんの事を好いてくれる女もいるはずだ!」
「あ、ああ」
長太の真剣な眼差しに茂吉が頷くと、長太は満足げに立ち上がった。
「気を落とすんじゃねぇぜ。また様子を見に来らぁ」
長太は長屋の大家の部屋へと戻ると、待っていた亀三へと目配せをした。
「みんな、おっかさんの事を頼むよ。おとっつぁんは兄ちゃんと大事な話をしてくるからね」
膝に集っていた子供達を退かせ、亀三が和やかに言う。
「おとっつぁん! 長太さんに急に難しい事は……」
「わかってるよ」
すっかり長太の女房面の愛娘に、やや辟易しつつ、いや、昔からいつもそんなんだったなと亀三は思い直す。
長太達の部屋へと連れ立って入り、腰を下ろした。
「どうだったい?」
「どうもこうも……あんなひでぇ事になってるたぁ……。オイラ、思ってなくて……」
長太の声が震える。
顔中紫に腫れ上がり、あちこちに血がこびりついていたのだと。だが、茂吉は長太に心配を掛けまいとだろう、顔をしかめる事すらせず、むしろ長太の事を心配してくれた。優しい兄貴分なのだ。
「その、おつうが言っていた臭いとやらはどうだい?」
「それが、さっぱりで。オイラの鼻が悪いのか何なのか」
「そうかい」
臭いと言うものはとても曖昧で、人によって好き嫌いが左右される物だ。勿論、男衆にはわからないが女衆から臭いと言われる事もある。だが、それはいわゆる男臭い、むさい、と言われるもので、むしろそれが好きだと言う女も居れば、その臭いに耐えられない男だっている。
吐き気を催す耐えられない程の臭いと言うなら、そういう病気もあると聞く。たしか魚が腐ったような臭いがするとか。だが、それは男女関係なく臭いを感じる事ができるはずだ。
こう、女だけが揃いも揃って嫌悪感を抱く、吐き気まで催すような臭いに、亀三は心当たりが無かった。
「どうにかしてやりたいねぇ」
溜め息を吐き、長太を見れば、思い詰めたように拳を握りしめている。
「ダメだよ。余七だって、悪気があったわけじゃない」
「だっ、で、でも……」
「お前は、おつうと所帯を持ってくれるんだろう?」
考えを見透かされ、諭されて、長太が下を向いた。
「お前に何かあったら、おつうはどうなる? あの娘の事だ。無謀にも仇討ちを考えかねんよ」
「……そう、ですね」
脳裏に、たすき掛けで天秤棒を武器に仁王立ちするおつうを思い浮かべ、思わず笑みがこぼれた。
同じ事を思ったのだろう、長太の顔にも笑みが浮かんでいる。
拳が緩んだのを確認してから、再び、今回の原因と見られる臭いについて考えるも、何も思い付かない。
「これは、私達の手には負えない事態かも知れないねぇ」
「いっそ、呪いや祟りと言われた方がすっきりしやすね」
長太の言葉に亀三は、はた、と手を打った。
「それだよ! お寺さんに相談してみよう! 善は急げだ、今から行こう!」
長太を急かして部屋を出ると、大家部屋の戸を開け「ちょいと出て来るよ」と声を掛ける。
「えー?」とか「ちょっと」とか言っているのは、おつうだろう。
「長太さんまでー?」
「ごめん、おつうちゃん! 行ってきます!」
追い掛けてくる声に、長太が返すのが聞こえた。
今が四つなので九つまでには檀那寺に辿りつけるだろう。
檀那寺に顔を出すと、坊守さん、住職の奥様が入り口すぐ横の部屋へと案内した。
「なんだ、後継の紹介か?」
出された茶を口に流し込んでいると、からかい混じりに奥から住職が現れる。
「それもありますがね」
「あるのかい」
言い掛けた亀三の言葉を遮る住職は、まじまじと長太を見て、「ははぁ」と顎を撫でた。
「この子はシジミ売りの長太だね。お前さん、とうとうおみつを手……」
「孟宗寺さん!」
亀三が住職の言葉を遮る。
「うちの入り婿になる長太だ」
きょとんとした顔の長太の頭に手を置くと、頭を下げさせた。
「よろしく頼むよ」
「ほぉ、そうかいそうかい」
にこにこと住職が頷き、茶を啜る。
「で、おみつさんと子供達は?」
「纏めてうちで面倒を見る」
「ほほー。そうかいそうかい。そりゃあ、帳面に書き加えなきゃなぁ」
「ああ、そうしておくれ」
にやにやと顎をさする住職に、神妙な顔で亀三が頷き返す。
「それよりも、今日来たのはその話をするためではなくてね。孟宗寺さんが聞いてるかどうかわからないが、昨日の朝六つ過ぎに起きた茂吉と余七の喧嘩についてなんだが」
「喧嘩ねぇ。ありゃあ一方的に殴られたと聞いているけどね。聞けば、団子屋の娘に無体を働いたと言うじゃないか」
「どうも、そうじゃないんで」
「なんだい、団子屋の娘が何もされてないのに突然悲鳴を上げたって言うのかい?」
実はそう言う話も入っては来ていた。だが、おまちはそんな娘ではない事は住職も良く知っている。
「それが、どうも、臭いのせいらしいんですよ」
「臭い、ねぇ」
確かに、臭かった臭かったと女衆が声を揃えて言っていた。だが、男衆からはそんな臭い気付かなかったと、わからなかったとしか言ってこない。
「女衆は臭いの一点張りで話になりゃしない。けど、私ら男にゃその臭いがわからない。こりゃあ、もう、呪いか祟りかと話していたんです」
ぽんぽんと長太の頭を軽く叩き、亀三は続ける。
「ねぇ、住職、頼みますよ。助けてください。茂吉はうちの大事な大事な婿様の兄貴みたいなもんなんです」
「あー、ああ。一度連れて来なさい」
亀三が大事なのは婿様の母親だろう、とは、あえて口にせず、住職は鷹揚に頷いた。
今から連れて来ると話が決まり、先日の事もあるので長屋を突っ切ってくるのは辞め、大通りを通る事にしよう、茂吉を長太と亀三で挟んで連れて来よう、となった。戻れば七つになってしまうが、茂吉は今日は寺に泊めて貰える手筈になっている。
道すがら、長太と亀三は他愛の無い話をした。子供の頃の思い出話やなんかだ。何だかんだ言って、長太にとっても、亀三は第二の父のような存在でもある。だが、まだ弟たちのように無邪気に「おとっつぁん」とは呼べない。いや、弟たちには、おつうが入れ知恵していた可能性が高い。あのイタズラを思い付いたときのような可愛らしい笑顔を思い浮かべ、ああ、尻に敷かれるのも悪くないななぞと長太は思った。
ややあって、廃寺へ辿り着くと、茂吉はイビキをかいて寝ていた。
それほど酷い悪臭などはないが、血の臭いと、それに、茂吉の顔に亀三は驚いた。酷く殴られたと聞いてはいたが、人相が変わっているどころではない。倍に膨らんだ顔はどす黒く変色し、イビキをかいていなければ死んでいるのではないかと疑うところだ。
「しげきっつぁん、しげきっつぁん」
長太が茂吉をソッと揺り起こす。
「んー、あ? ああ、長太か。どうした?」
「うちのおと……大家さんが、話があるって」
おとっつぁんと呼んでくれて構わないのに、抵抗があるのはやはり実の父親の事を一番覚えているからだろうか。と亀三は少し寂しく思いつつ、身体を起こす茂吉へ一歩近付いた。特に酷い悪臭は感じない。
「茂吉や、大丈夫かい?」
「あ、亀三さん、お久しぶりです」
パンパンの顔で、開け辛そうな目と口を開いて茂吉は頭を下げた。
「すいやせん、こんな風体で」
「それはお前のせいじゃないだろう?」
「……へぇ……」
どうにも怪我のせいで茂吉の表情が掴みづらい。
「でね、これは私達にも手に負えそうにないからね、孟宗寺さんに相談したら、一度連れて来なさいと言われてね。茂吉、一緒に来てくれるかい?」
もしも嫌だと言われたら、明日若い衆の二~三人連れて出直して、ふん縛ってでも連れて行こう、と長太とは話していた。
「寺ってぇ事は、亀三さんは、あっしに何か憑き物が憑いてるとでもおっしゃるんで?」
抑揚の無い声で、茂吉が亀三を真っ直ぐに見た。慌てて長太が間に入る。
「しげきっつぁん、大家さんはしげきっつぁんの事を考えて!」
「ああ、いや、気を悪くしないでおくれよ? だけど、女衆にだけそんな……」
「行きます!」
あわあわとした亀三の言い訳じみた台詞を遮って、茂吉は立ち上がった。
「行きます。あっしもこの何だかわかんねぇのを終わらせてぇ!」
「ああ、そうかい、そうかい。じゃあ今から行こう」
「にしても、顔、そのままで行くんで?」
長太が指摘する。確かに、これでは外聞が悪い。
「こう、手拭いを頭からかけて」
「やだよ、これじゃ男夜鷹だ」
それでは別の意味で外聞が悪い。
「冬なら羽織でも貸すんだけどねぇ」
生憎とそろそろ夏になろうとしている。亀三も長太も小袖一枚きりだ。
「あっしは別にこのままでも……」
亀三は、どす黒い腫れ上がった顔の茂吉を眺め、溜め息をついた。
「しようがないね。まぁ、先日の事はみんな知ってるから、良いだろう」
長太と亀三で両脇を固め、大通りを孟宗寺へと急ぐ。
予想していた事だが、数間先から潮が引くように女衆が慌てて引っ込んで行く。口や鼻を押さえる者も少なくなく、一様に弾かれたように辺りを見回して店や路地に逃げるのだ。
「ああ、こいつぁ、本物だねぇ」
亀三が感心して言うと、茂吉が頭を振る。
「どうしてこうなっちまったのか」
長太が肩を叩こうとして止め、ソッと触れる。
「しげきっつぁん、憑き物落としたらまた前みたいに振り売りもできるし、ほら、次の仕事も当てがあるって言ってたじゃないか!」
「そうなのかい」
亀三は、茂吉にも何か仕事を斡旋してやらねばならないかと思っていたのだが、どこぞの手伝いか下働きにでも入るのだろうか。それなら良かったと一つ肩の荷が降りた気分だった。
だが、勿論、茂吉のソレはデマカセだ。ただ、長太に余計な心配を掛けまいと口から出た何の根拠もないモノだったが、今更そんな事言える筈もない。ましてや、一瞬でも、おつうと所帯を持って大家になろうと思ったなどと、この二人に言える筈もない。
「だと良いんですがね」
茂吉は曖昧に言葉を濁し、孟宗寺への道を急いだ。
「大丈夫だ。きっと全て上手く行くよ」
亀三の言葉が、茂吉の涙腺を崩壊させた。
孟宗寺に着くと、坊守さんではなく住職自らが出迎えた。
「坊守さんは、もしかして……」
「ああ、突然、嫌な臭いがすると言って部屋に籠ってしまってね。どう嫌な臭いなのか、どれ位なのか聞きたかったが、全く出てきておくれでないんだよ」
亀三の言葉に、住職が肩をすくめる。
住職の後ろには五名の若い僧侶が居るが、皆、首を傾げている。
「お前達、わかるかい?」
「いえ、小生には全く」
「某も、わかりません」
住職の質問に、僧侶達は皆首を横に振った。
「大丈夫だ。私にもわからん。きっと女にだけわかるんだろうね」
住職は、坊守の籠っているだろう宿坊をちらりと眺め、「さて」と茂吉へと向き直る。
「話を聞かせて貰ってから、少し祈祷をしよう。こちらへお上がり」
促されて本堂へと進み、大きな仏像を背に住職が腰を下ろし、茂吉に正面に座るよう示した。
「まずは、何があったのか聞かせて貰えるね?」
そう切り出す住職の背後では、僧侶達が井桁に白木を組んでいる。
茂吉は初めて見る護摩壇に視線を取られていたが、慌てて住職へと視線を戻した。
「あー、シジミを売りに行ったら、団子屋の……」
「その前!」
「え? えー、朝起きて、シジミを取って、それでいつも通り売りに……」
「その前に何か無かったか?」
「えー、えー……」
ふと、住職は、茂吉が天狗の力を持っている事を知っているのでは? との考えが頭を過る。
持っていたら、どうだと言うのだ。
住職の向こうで、カチッカチッと火打石の音が響き、護摩壇に火が点けられた。
「気になるか? これはな、灯明よ」
ゆらりと揺らぐ火が、住職の顔の半分を赤く照らし、もう半分に濃く影を落とす。
天狗の力を得たと知られれば、この火に投げ込まれるのではないか?
茂吉の中を確証の無い恐怖がせり上がる。
「と、特にありゃあせん」
「そうかい」
住職は、見込み違いかねぇ、と言いつつ、白木の薄い板を茂吉に差し出した。
「これにね、自分の名前と願望をね、そうだねぇ、この場合は元の身体に戻りたい、でいいんだろうね。そうお書き」
小さな筆と硯、それに墨を一緒に差し出されるも、茂吉はそれを見て固まる。
「あ、あっしぁ、字は……」
「ああ、そうか。誰か見本を書いてやりなさい」
僧侶の一人が進み出て、摺り紙に大きな文字でさらりと見本を書く。
「さ、これを真似して書いてみなさい」
茂吉は見様見真似で書くも、ミミズがのたくったようにしか見えない。そもそも本当に住職の言葉通りに書いているのかすらわからない。亀三と長太を見ると、亀三は頷き、長太は首を捻っている。そりゃそうだ。長太も読み書きの不出来は茂吉とそう変わらない筈だ。
「大丈夫、ちゃんと書けたようだね」
住職が板を手に取ると、半身を回して僧侶の一人に手渡す。受け取った僧侶はその板を炎へと投じた。
「ああっ!」
茂吉の記念すべき初めて書が無惨にも燃えていく。大家の手が茂吉の肩に置かれた。
「座っていなさい」
住職はそのまま炎の方を向き、一礼すると朗と読経を始めた。僧侶達が左右に陣取り、声を合わせていく。
と。
『おい!』
頭の中で声がした。
天狗だ。と、すぐに茂吉は気付く。
『おい! おい! アレを辞めさせろ!』
今の今まで知らんぷりを決め込んでいたのに、自分が追ん出されるとなれば途端に文句を言いやがんのか、と、茂吉は腹が立った。
「あ、てめぇ、随分と久しぶりじゃねぇか!」
小声で言い返すと、勝手に茂吉の左手が床を叩いた。床に穴が空いて、板が吹っ飛ぶ。
驚いた茂吉が慌ててその手を捕まえて、愛想笑いを浮かべて見回すが、誰も笑顔を返さない。
ひゅっと茂吉の右片膝が上がり、両手で押さえつける。
「『おい!』」
茂吉の口が勝手に喋り出し、両手で押さえる。
天狗が苛ついているのがわかる。
ぶわりと茂吉の内側で殺意が満ちた。
マズイ。こいつは本当にマズイ。
天狗が勝手にやったって言ったって茂吉の身体を使ったのなら、茂吉の咎になる。
むしろそんなもんが内に居るのがバレたなら、外側の茂吉ごと処分されるだろう。
半身を翻し、足に力を込めて、その身を発射させる。文字通り、飛んで逃げた。
制止する声が聞こえたが、無視する。
人殺しにでもなってしまったら、それこそ終わりである。
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