ネトラレ茂吉

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出逢い

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 飛んで飛んで飛んで、人里離れた山の中ほどで、ようやく地面に降り立った。道もあり、人目も少ない。この辺りなら見咎められないだろう。茂吉は、道の傍らにある大きな岩に腰を掛けた。今後の事なぞ考えてない。考えても何も浮かんでなぞ来ない。
「あら、こんにちわ」
 と、ゆるい山道を登って現れたのは、旅装の、背の低い、随分と童顔な可愛らしい若い娘だった。
「一休みですか? アタイも隣に座っても良いかしら?」
 鼻にかかった声が、甘えた猫の子のようで、茂吉の胸が騒ぐ。
「お、おう」
 茂吉がうろたえながらも頷くと、横に腰を下ろし、ひたりと肩が触れた。
「どこまでです? あ、随分と軽装だし、この辺の人?」
「あ、ああ、まぁな」
 おたえと名乗る娘は年は16だと言う。
「アタイはねぇ、お遍路さんしに行くんですよ」
 病気のおっかさんに代わって四国八十八か所巡りに行くのだと言う。言われて見れば、菅笠に白衣、輪袈裟に金剛杖と、お遍路さん以外の何者でも無い。
「ね、ちょっと心細かった所なんだ」
 おたえは、しなっ、と茂吉の腕にもたれかかる。
 触れられた場所に心の臓が移動したかのようだった。
 既に傾き始めた日の光が、やけにおたえを艶かしく見せる。
「この先の旅籠まで一緒に行っておくれでないかい?」
「お、おお。まかせな!」
 舞い上がった茂吉は、二つ返事で引き受けていた。

 旅籠まで手を繋いで歩く。女性達が波が引くように消えて行くのがわかったが、そんなのはどうでも良かった。
 うっかりすると、ふわふわと文字通り浮かび上がってしまいそうだった。
 一緒にこのまま旅に出るのも悪くないなぁ。なぞと考える。そんで、苦楽を共にして、笑ったり喧嘩したりして、その内、一緒に風呂なんか入っちゃったりして。「しげきっつぁん……」なんて色っぺぇ声で……。
 隣を歩くおたえを見ると、にこりと微笑む。
「しげきっつぁん……?」
 茂吉は、己の妄想と相まって、思わず抱き締めようと両手を広げた。
「旅籠、ついたよ?」
「…………あ、ああ……」
 旅籠の目の前で小首を傾げるおたえに、茂吉は、行き先を無くした両手の指を一頻り動かすと、己の背後に回した。
「じゃ、じゃあ、また、な」
 じゃあここでと別れようとして、あからさまにしょぼくれる茂吉の腕に、おたえがするりと両手を回す。
「アタイ、もう少し、一緒に居たいな」
 至近距離で、下から覗き込まれ、茂吉の心の臓が早鐘を打つ。
「ね、ダメ?」
「だだだだだだだ」
 ダメなもんかい。と返そうとするも、言葉にならない。
 引きずられるように旅籠へと入った。
「ちょいと」
「へぇ」
 おたえが奥へ声を掛けると、慌てて番頭らしき男性が出て来る。
「おい、女将はどうしたい?」
「いや、それが突然どっか行っちまいまして」
「なんだってんだい」
 下働きだろう、年若い男子と二言三言交わしてから、こちらを見て愛想笑いを浮かべて近付いてきた。
「お二部屋で?」
「一部屋で良いわ。夕と朝と明日の弁当も、二人分よろしく」
 怪訝な表情で茂吉を横目で見る番頭に、おたえが可愛らしい笑顔で「弟なの」と付け加える。なるほど、家出した放蕩者の弟を捕まえて更正させるためにお遍路に引き摺って行こうと言うのか、と、番頭は一人納得して頷いた。
「逃げられると困るから、お風呂も家族風呂でお願い」
 小声でおたえが言うと、番頭が「この位になりますが」と金額を見せ、おたえが頷いた。
 二階に案内され、部屋に通されると、茂吉は思ったよりも立派な部屋に息を飲んだ。
 そもそも旅籠は見るのも初めてだ。
「こんな所、初めて来たってぇ顔だねぇ」
「え、あ、ああ」
 白い漆喰の壁は小綺麗で、障子も襖も穴の一つも開いていない。畳は野郎畳と呼ばれる安価な物だが、そもそも茂吉は高い畳がわからない。挙げ句、飯が出ると言う。
「あ、お代なら気にしないでおくれね。アタイ、二人分くらい払えるからさ」
 言われて、茂吉は冷や水を掛けられたように受かれた気分が消え去った。
 そうだ、こんな所、いくらするのだろう?
 茂吉は、着の身着のままの無一文だった事を思い出して、血の気が引いた。
「気にしなくて良いってば」
 おたえは、旅装を解くと荷物を置き、茂吉を引っ張って一階へと降りた。
 この辺りは温泉が自慢らしく、旅人は旅籠の風呂で旅の疲れや垢を落とす。
 大きな大浴場と時間で貸し切りできる小さな家族風呂がある。
「一緒に入ろ?」
「いいいいいいいいいいい」
 茂吉の茂吉が小躍りしていた。
 狭い脱衣所で、触れそうな位置で、おたえが茂吉に背を向ける。茂吉の目の前で、するりと帯を解き、白い肩を露出させていく。色っぽいとはこういうことを言うのかと、茂吉はくらくらした。
「んもう。見てばっかいないで、あんたも脱いで」
「あああああああああ、ああ」
 言われて、勢い良く脱ぐ。
 脱いで、振り返れば、おたえは既に湯に浸かっていた。
 千鳥足で湯に飛び込もうとし。
「待って!」
 掛け湯をするよう怒られる。
 はやる気持ちをおさえて掛け湯をし、湯に入ろうとしたところで、おたえが、胸元から腰にかけてを隠していた手拭いを、ゆっくりと取った。
 視線が、釘付けになる。
 思ったよりも小振りな、いや、小振りと言うには小さい子供のような胸。その先の、小さな小さな薄紅の突起。綺麗な形のヘソ。そして、その下の股間に見慣れたものを見つけて、固まる。
 にやり、とするおたえ。
「おお、おおおおおおおおおおおお」
「うるさい」
 そのまま湯に頭から飛び込み、茂吉は慌てて湯から顔を出す。
 飛び散る湯に顔を背け、おたえが茂吉の首に濡れた手拭いを引っ掛け、顔を近付けた。
「静かにおしったら」
「……へい」
 真顔で茂吉が頷く。
「か、金なら持ってねぇぞ」
「ハッ。そんなのは見りゃあわかんだよ」
「じ、じゃあなんだって」
「何だって、こんな女装なりで? 何だって、あんたに声掛けた? ふふ、お互い裸の付き合いだ。腹ぁ割って話そうか」
 おたえは、可愛らしい顔で、ニッコリと微笑んだ。
 がっくりと項垂れる茂吉と茂吉の茂吉。
 茂吉は、女の笑顔がこんなに怖いと思ったのは初めてだった。いや、女の、と言って良いのかと迷う。
 おたえは、女装して旅をすれば、男どもが下心丸出しで飯や駄賃をくれたり、時には宿泊代も出してくれたりする。こんな美味しい話はない、と話す。そんなこんなで旅をしながら根無し草で数年経つのだと言う。
「なんでオイラに声をかけた?」
「女どもが一目散に逃げたろう」
 おたえは茂吉の首に回していた手拭いを取ると、湯の外へと放る。
「あいつらは言わば商売敵だからね。虫除けに丁度良いと思って。あと、そろそろ連れが居ても良いかなって思って」
 女装をして居れば、危険なこともある。おたえも、騙されたと知った男に殴りかかられた事も一度や二度ではない。
「その、男と、そういうことすんのかい?」
「しねぇよばーか! その前に逃げるのが玄人ってもんよ!」
 ばしゃん、と音を立てて茂吉の頭を叩いた。
 おたえも、自分の名を捨て、男の姿を捨てなければならないような生活だったのだと、理解した。狭い湯船の中で、顔を見合わせる。ここでは、茂吉とおたえの二人きりだった。
 茂吉は、もうあの廃寺にもあの辺りにも戻れない。おたえと旅に出るのも良いのかもしれない。最初の思惑とは少し違うけれど。
「あ、手形が無ぇや」
「あるよ? 行き倒れになってた人のやつさ」
「え、仏さんから盗んだのか?」
「仏さんが持ってたって仕方ないだろう。あんたは今日からアタイの弟だよ」
 そういえば、旅籠に入る時に、弟だと言っていたのを思い出す。
「え、弟?」
「姉さんって呼びな」
 鼻を鳴らして全裸で笑うおたえは、妖艶ですらある。股間のイチモツさえなければ、イイ女だ。
 茂吉は、何かの間違いでイチモツがパッと消えたり……しないんだろうな、と、深く深く溜め息を吐いた。

 宿泊部屋へと戻った茂吉は、風呂で頭の天辺から足の先まで丹念に擦られ、こざっぱりと仕上がっていた。着物はおたえの持っていた中から無難な物を着せつけられたが、普通に町人に見える格好になっている。
「おや、見違えましたねぇ」
 食事の膳を持ってきた下働きの若い男がにこやかに言った。
「ありがとう」
 こちらも湯上がりでとてもじゃないが股間にアレがあるとは思えない色気で、おたえが返す。
「お、おおおおい、すげぇ御馳走じゃねぇか」
 部屋に置かれた二つの膳を指差し、茂吉がおたえに言うと「やだよ、この子ったら」とすげなく手を叩かれる。
 大根の汁に焼き魚、焼豆腐、蒸したアサリに白飯。
 部屋の襖を閉めると、おたえが膳の前に音も立てずに腰を下ろす。
「文句言わずに大人しく座ってお食べ」
 茂吉は言われるがまま膳の前にどっかりと座ると、早速箸を手に大きく口を開け、米を掻き込み……。
 ピシリ、とその手を叩かれた。
 ぽろり、と米と箸が落ちる。
「……っにしやがんでぇ!」
「箸の持ち方がなってない!」
 おたえの声が鋭く飛んだ。
 茂吉が怯む。
「あんたは、アタイの弟だ。だから、あんたのシツケはアタイの仕事なの。あんたがなってないとアタイが笑われるんだ。ほら」
 おたえの手が、茂吉の右手を包む。ソッと親指と人差し指で輪を作らせると、そこに中指を添わせる。
 おたえの体温が茂吉の手に伝わり、茂吉の心の臓が大きく鳴った。
 いや、こいつぁ男だ。男相手にオイラぁ何をドギマギと……。
 湯上がりの良い香りがおたえの首元から上がってくる。
「ほらね?」
 言われて手元を見れば、箸が綺麗に己の手の中で収まっていた。
「ここ、こっちを動かすんだ。1本だけだよ。こっちだけ動かして物を掴むんだよ」
 動かせと言われた指をおたえに擦り擦りとさすられ、茂吉の違う所がピクピクと動く。
「うううううう動かねぇよ」
「ま、練習だね。まずは、このまま食事にしよう。口に流し込むんじゃないよ?」
 茂吉の右手にハの字に収まった箸は、どこをどう動かせば動くのかわからず、おたえを見た。
 おたえの白く細い指が器用に箸を操り、魚を解すと、一口分を白飯に乗せる。白飯少しと解した魚を一緒に箸で掴み上げ、形の良い唇へと運ばれる。ちろりと覗く白い歯の奥へと箸を挿し込み、米と魚をその奥へと置いてくる。閉じられた唇の奥で数度の咀嚼の後、こくり、と白い喉が小さく鳴った。
 茂吉の視線はそのまま軽く開いた胸元へと引き寄せられる。そこには先ほど目にした小さな薄紅の突起があるはずで、その下には形の良い
ヘソが……。
「何度見ても、あるものはあるよ?」
 ごくり、と喉を鳴らした茂吉の顔を、おたえが呆れた顔で見下ろしていた。
 いつのまにか、おたえの身体を覗き込むような体勢になっていて、茂吉は慌てて身体を戻した。
「それより、お食べってば。冷めるよ」
 そうだった、と目の前の御馳走へと意識を向ける。
 ハの字の箸で何とか魚を丸ごと掴むと、齧りついた。もう片方の手で汁椀を掴むと、ぐいと飲み干す。
「先は長いねぇ」
 おたえが、小さな口に汁椀を運び、ず、と啜った。
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