ネトラレ茂吉

右左上左右右

文字の大きさ
6 / 7

旅へ

しおりを挟む
 部屋に敷かれた布団に、茂吉は衝撃を受けていた。
 旅籠は木賃宿と違い、部屋が一組ずつ与えられる。木賃宿すら知らない茂吉なので、一組ずつ部屋を与えられる事に特に感動は無い。だが、そこで出された食事は安い物でも茂吉が食べた事が無い位には上等で、更に布団が敷かれると、もう、どれだけ豪華な宿なのだと思考が停止していた。
「まずは、布団にお入りよ。これからの事をゆっくりと話そうじゃないか」
 ごろりと布団にうつ伏せに寝転がり、艶然と微笑むおたえの横に、茂吉は喜び勇んで転がる。
「自分の布団に!」
 ぐいと足蹴にされ、その勢いでコロコロともう片方の布団まで転がった。
「明日は、あんたの装束を手に入れなきゃね」
 おたえの言葉に、茂吉は困って眉根を寄せた。
「オイラ、金なんか無ぇよ」
「そんなん、見なくてもわかるったろ?」
 おたえが笑って言う。
「これから身体で返してくれりゃ良いさ」
 良いながら、おたえが足をばたばたさせる。
「これからどうするか、あんたの使い道をじっくりと考えなきゃ」

 考えなきゃ、と言った数秒後には、高イビキの茂吉に、おたえは呆れていた。
 そもそも、茂吉の存在に気付いたのは、前を歩いていた他のお遍路さん達の内、女性だけが進むのを拒否して迂回を選んでいたからだ。男女の組でそれで揉めていたので、女性が嫌がる何かがこの先に居るのだと、理解した。危険だとは思った。だけど、自分も含め、男が感知できない何か、と言うのも気になった。
 そもそも、おたえが《《こんな格好なり》》をしているのには理由がある。
 おたえの母親は村でも大層な美人で引く手あまただったと聞く。だが、幼馴染みの男と恋仲になった。ある日、通りすがりのお侍様が、美しい村娘に目を付けた。たまたま、祝言の日にその村を通っただけの、侍だった。慎ましくも美しく着飾った娘を、侍は連れ去った。引き留めようとした花婿は斬られ、帰らぬ人となった。侍は、花嫁を汚し、辱しめ、そして、花街へと売った。侍は、藩で罪を犯し出奔した浪人だった。そしてそのままどこぞへと消えたと言う。売られた娘は、腹に子が出来ていた。気付いた頃には腹が膨れ始めていたのと、そういう趣味の客相手に、人気が出たので、産むまで客を取った。子は、産まれてすぐに捨てられる事になっていたが、客の一人が欲しがったので、売られた。売られた先で、子は母の名で呼ばれた。女物の着物を着せられ、女の子のように髪をすかれ、紅を引かれた。買った男を『父』と呼び、幼い頃から人形のように飾りたてられた。『父』の妻は汚らわしい物を見る目でちらりと目線を送ってくるが、声を掛ける事はない。いや、声を掛けてくるのも、身体中触れるのも、視界に入るのも、ほぼ『父』だけだった。『父』だけを認識するようにその男は『娘』を言い聞かせてきた。その世界が変わったのは、おたえが十の年だった。 『父』が死んだ。
 どこへでも行けと家を追い出されたのは、通夜の翌日だった。
 ぼんやりと屋敷の前で佇むも、ここに居場所はないのだとぼんやりと気付き、特にあてもなく歩き出した。
 殆ど使われていなかった足の裏にはすぐに豆が出来た。初めての痛みに耐えきれずしゃがみこんだが、労ってくれる『父』はいつまで経っても来なかった。
「どうしたんだい? お嬢ちゃん」
 代わりに現れたのは、白い着物を羽織った、笠をかぶって杖を持った二人組だった。
「なんだ、ガキじゃねぇか」
「こんな子供、一人で居たらアッという間に拐かされちまう」
 声を掛けてきたのは、四国へ旅をする遍路の途中の男女だった。
 男女は夫婦で、子を亡くしたばかりなのだと言った。
「綺麗なおべべだね。あんたのお家は良いトコなんだろうね」
 初めて与えられた母親からにも似た優しさに、おたえは無条件に嬉しくなった。
「名前は?」
「……たえ……」
「そうかい。おたえちゃんかい。良い名前だね」
 そうして、四国への旅におたえも一緒に回る事になった。着ていた着物は途中で売り、子供用の旅装をその金で買った。関所では、夫婦が孤児みなしごを拾ったので自分達の子として育てると申し出た。おたえの身体はとおにしては背が低く身体は痩せ細っていた。それは『父』の歪んだ愛情の結果であったが、他人から見て保護されるべき子供だと思われるのは、おたえにとって都合が良かった。
 おたえは、一通りの読み書きと算術はできた。『産みの親』が謡が上手かったからと謡も練習させられた。全て『父』手づから。
 それらは生きるのに役に立った。旅の途中で謡を披露すれば見知らぬ人から駄賃が貰えた。子供相手だからと勘定を誤魔化したり、字が読めないだろうと馬鹿にしてきた大人もやりこめた。養父母は明るく、優しく、間違いなくおたえの人生で一番幸せな時だった。
 その幸せは、一年で崩れ去った。
 野盗に襲われ、養父母が殺されて身ぐるみ剥がれた。珍しい事ではない。おたえが養父母と旅をしている間にも、そういったホトケは何度か目にした。「惨いことを」と手を合わせ、草木で隠して、次の村や関所で報告をした。それが、養父母になっただけだ。
 背の高い草木の間にしゃがんで息を潜め、野盗をやり過ごした。溢れ出る涙もしゃくり上げる声も圧し殺した。そうして、気がつけば夜が明けていた。
 関所まで戻り、養い親が野盗に襲われて死んだ事を告げた。関所から養父母の村へと連絡をし、弔ってくれる手筈を整えてくれた。
 おたえは、その間にそこを離れた。
 誰にも関わりたくなかった。
 けれど、歩けば腹が減り、疲れれば眠くなった。野宿はツラく、空腹は切なかった。
 たびたび、訪れた先の村の人間が、親切に声を掛け、食事と寝床を用意してくれた。
 遍路装束の娘に、ただ親切を振る舞う人も居れば、見返りに身体を求める者も居た。身体を求める男の中には、おたえの身体を見て逆上する者も少なくなかった。だが、都度、おたえが自分の身体を守れたのは幸運だった。
『父』の通夜の翌日、おたえが放り出されたあの日、おたえは、ほんの少しの手荷物を渡されていた。紅と白粉と『父』が隠れて飲んでいた丸薬である。『父』は不眠を患っていた。その薬が無いと眠れないのだ。薬を飲ませるのは、おたえの仕事だった。おたえが丸薬を口に含み、『父』の口へと舌で押し込む。すると『父』はものの数秒で眠りへと落ちていくのだ。その薬は希少らしく、『眠り草』と呼ばれる薬草を使った物だと『父』が教えてくれた。
 身の危険を感じた時には、その丸薬を使った。そうして安全な夜を過ごし、家主が起きる前に、まだ暗い内にそこを離れる。そんな事を繰り返す内に、おたえは男のあしらいが上手くなった。わざわざ貴重な丸薬を使わなくても酒で酔い潰す事も覚えたし、酔い潰した後は財布から金を抜き取って代わりに葉っぱを詰めておけば狐が狸がと勝手に盛り上がって、捜索の手がこちらに及ばない事も覚えた。そうして、目的も帰る所もないままゆっくりと遍路の旅を続けて来た。
 だが、遍路も二周目になれば、その土地の人に顔を覚えられていてもおかしくはない。過去の行為を訴え出られていれば、罪に問われるかも知れない。
 どうしようかと思案していた時に出会ったのが、茂吉である。
 そもそも、女が居ればカモが減る。
 旅籠の飯盛女は、身体を売る事で銭を得ても居る。旅の疲れから、男どもの下半身は昂るので、それはもう良い稼ぎになるらしい。だが、飯盛女が居ればおたえの取り分が減る。面倒で嫌な相手でも引っ掛かってくれれば恩の字なのである。逆に、単純に、女が居なければ、おたえも相手を選べる。カモがネギ背負ったような旨味のある相手を選ぶ事が可能になる。
 もしかしたら、それ以上の何か良い使い道が、茂吉にはあるかも知れない。

「オイラぁ、本当に……おまっちゃんの事ぉ、好きだったんだ……」
 寝しなに茂吉が語った失恋話を思い出す。
 好きな女が、別の男とくっついた話。
 それも、突然の拒絶からの、急な展開。
 もしや、と、おたえの頭に一つの仮説が思い浮かんだ。
「試す価値があるかもねぇ」
 大口を開けてイビキをかく茂吉の顔を眺め、おたえはにやりと口の端を上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

焔と華 ―信長と帰蝶の恋―

歴史・時代
うつけと呼ばれた男――織田信長。 政略の華とされた女――帰蝶(濃姫)。 冷えた政略結婚から始まったふたりの関係は、やがて本物の愛へと変わっていく。 戦乱の世を駆け抜けた「焔」と「華」の、儚くも燃え上がる恋の物語。 ※全編チャットGPTにて生成しています 加筆修正しています

【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

処理中です...