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第一章/おかしいようです。
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階段を下りきり、しばらく小走りをして、社のある山からだいぶ距離を取って、ようやく俺たちは普段の歩幅に戻した。
しばらく、沈黙したまま歩き続ける。
――とんでもないものを見てしまった。
身体の奥底から湧き上がるような昂りと、今すぐ穴を掘って潜りたいような罪悪感、それに出所の解らない胸騒ぎとが混ざりあって、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
脳みそのごく理性的な部分は、そういうことだってあるだろ、と俺自身を諭していた。どれほど無垢に見えても、泉澄だって人間だし、色恋に興味を持っていい年頃には違いない。性的なことへの願望も欲求も、普通のひとと同じように抱えているはずだ。
だとしても、何故あんな場所なんだろう。清掃はされていると言っても、廃墟も同然の社を、妹はどうして“秘密の場所”に利用しているのか。家にはちゃんと泉澄だけの部屋があって、鍵だってかけられるんだから、少し息を殺す努力さえすれば、家族に感づかれず衝動を処理することも出来るはず――現に、俺はそうしてる。
それなら、兄としてひと言、釘を刺しておくべきなんだろうか?
『泉澄、オナニーするのはいいけど、あんな場所ではしちゃ駄目だぞー』
……………………いやいやいやいや。出来るかそんな話。
結局は、当座のところ、見なかったフリをする、ぐらいしか思いつかない。こういう場合の、兄としての正しい振る舞いなんて、考えたこともなかった。
俺は肩越しに、惟花を窺う。日頃からいらんことばかりノンストップでまくし立てる惟花にしては珍しく、さっきから沈黙を貫いていた。ゆっくりと進める自分の爪先に視線を落とし、思案に耽っているように映る。
こいつは、つい先刻に目撃したことを、どう思ってるんだろうか。
内容が内容なので、どれほど気心の知れた幼馴染みでも、話を切り出しにくい。でも、この状況で何も訊かないのも不自然だし、あとに尾を引きそうな気がする。
思い切って訊いてみよう、と俺が振り向いた矢先に、惟花が口を開いた。
「……あれは、泉澄どのではないのです、きっと」
予想外の呟きに、反応が遅れてしまう。「……え?」
「していたこと自体はいいのです。泉澄どのも人の子、年頃の乙女……仕方ないのです、仕方ないのです」
「……なんで繰り返した?」
「しかし、あんな……ひとの訪れが少ないとはいえ、いつ誰に見られるかも解らないような場所で破廉恥な振る舞いに及ぶような……そんな、思慮の足りない乙女ではないのです! ないはずなのです!!」
「いやだからなんで繰り返すの」
「にも拘わらず! あのような場所で敢えて手ずから慰めるなどと、愚生は認められません! 認められないのです!!」
ぐ、っと拳を固めて熱弁する惟花に気圧され、とうとうツッコむことも忘れてしまった。
「あんなことになったのは、なにか――そう、なにごとか、のっぴきならぬ理由があるに決まっております」
「……理由、って……なに?」
「理由……それは、そう……」
思わず出た問いかけに、惟花は視線を泳がせる。さっき泉澄を見た社のある山の方を見やると、確信な満ちた表情に変わり、言い切った。
「泉澄どのは、きっと……打ち棄てられた神社に棲みついた、淫らな鬼に取り憑かれたのです!」
ぶおおおおお、と軽トラックのけたたましいエンジン音が横を通り過ぎていく。「……へ?」
「社は聖域、本来、邪な存在は踏み入ること能わぬ場所。しかし、管理が疎かになれば、そこは人の目のみならず神の目からも外れた領域となり、邪なものの侵入を許してしまうのです!
何が契機となったか、は想像するよりありませぬ。しかし、泉澄どのはきっと、そんな邪なものに取り憑かれてしまったのでしょう。
邪なものは、可憐な泉澄どののあられもない姿を欲し……泉澄どのをかの社に呼び寄せ、あのような淫らな行為に導いたに相違ありませぬ!!」
場違いに、とても爽やかな風が、俺と惟花とのあいだを吹き抜けていった。
どう言えばいいのか、というか、何をどうツッコんでいいのか解らない。当惑しきって言葉も出ない俺の肩を惟花はぐ、っと掴んで言った。
「ご安心めされよ岳どの、愚生・本平惟花が、大切な妹君に取り憑いた鬼を討ちはらって見せましょう!!
そうと決まれば、早速準備せねばなりますまい! よって愚生はここで失礼致します!! ではっ!!」
しゅた、っと切れ味良く敬礼するなり、惟花はスカートを翻すと、全速力で走り去っていく。
為す術もなく見送ったあと、誰もいないのは承知で、俺はひとり訴えた。
「……頼むから、余計なことするなよ。頼むから……」
……俺も繰り返してた。
しばらく、沈黙したまま歩き続ける。
――とんでもないものを見てしまった。
身体の奥底から湧き上がるような昂りと、今すぐ穴を掘って潜りたいような罪悪感、それに出所の解らない胸騒ぎとが混ざりあって、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
脳みそのごく理性的な部分は、そういうことだってあるだろ、と俺自身を諭していた。どれほど無垢に見えても、泉澄だって人間だし、色恋に興味を持っていい年頃には違いない。性的なことへの願望も欲求も、普通のひとと同じように抱えているはずだ。
だとしても、何故あんな場所なんだろう。清掃はされていると言っても、廃墟も同然の社を、妹はどうして“秘密の場所”に利用しているのか。家にはちゃんと泉澄だけの部屋があって、鍵だってかけられるんだから、少し息を殺す努力さえすれば、家族に感づかれず衝動を処理することも出来るはず――現に、俺はそうしてる。
それなら、兄としてひと言、釘を刺しておくべきなんだろうか?
『泉澄、オナニーするのはいいけど、あんな場所ではしちゃ駄目だぞー』
……………………いやいやいやいや。出来るかそんな話。
結局は、当座のところ、見なかったフリをする、ぐらいしか思いつかない。こういう場合の、兄としての正しい振る舞いなんて、考えたこともなかった。
俺は肩越しに、惟花を窺う。日頃からいらんことばかりノンストップでまくし立てる惟花にしては珍しく、さっきから沈黙を貫いていた。ゆっくりと進める自分の爪先に視線を落とし、思案に耽っているように映る。
こいつは、つい先刻に目撃したことを、どう思ってるんだろうか。
内容が内容なので、どれほど気心の知れた幼馴染みでも、話を切り出しにくい。でも、この状況で何も訊かないのも不自然だし、あとに尾を引きそうな気がする。
思い切って訊いてみよう、と俺が振り向いた矢先に、惟花が口を開いた。
「……あれは、泉澄どのではないのです、きっと」
予想外の呟きに、反応が遅れてしまう。「……え?」
「していたこと自体はいいのです。泉澄どのも人の子、年頃の乙女……仕方ないのです、仕方ないのです」
「……なんで繰り返した?」
「しかし、あんな……ひとの訪れが少ないとはいえ、いつ誰に見られるかも解らないような場所で破廉恥な振る舞いに及ぶような……そんな、思慮の足りない乙女ではないのです! ないはずなのです!!」
「いやだからなんで繰り返すの」
「にも拘わらず! あのような場所で敢えて手ずから慰めるなどと、愚生は認められません! 認められないのです!!」
ぐ、っと拳を固めて熱弁する惟花に気圧され、とうとうツッコむことも忘れてしまった。
「あんなことになったのは、なにか――そう、なにごとか、のっぴきならぬ理由があるに決まっております」
「……理由、って……なに?」
「理由……それは、そう……」
思わず出た問いかけに、惟花は視線を泳がせる。さっき泉澄を見た社のある山の方を見やると、確信な満ちた表情に変わり、言い切った。
「泉澄どのは、きっと……打ち棄てられた神社に棲みついた、淫らな鬼に取り憑かれたのです!」
ぶおおおおお、と軽トラックのけたたましいエンジン音が横を通り過ぎていく。「……へ?」
「社は聖域、本来、邪な存在は踏み入ること能わぬ場所。しかし、管理が疎かになれば、そこは人の目のみならず神の目からも外れた領域となり、邪なものの侵入を許してしまうのです!
何が契機となったか、は想像するよりありませぬ。しかし、泉澄どのはきっと、そんな邪なものに取り憑かれてしまったのでしょう。
邪なものは、可憐な泉澄どののあられもない姿を欲し……泉澄どのをかの社に呼び寄せ、あのような淫らな行為に導いたに相違ありませぬ!!」
場違いに、とても爽やかな風が、俺と惟花とのあいだを吹き抜けていった。
どう言えばいいのか、というか、何をどうツッコんでいいのか解らない。当惑しきって言葉も出ない俺の肩を惟花はぐ、っと掴んで言った。
「ご安心めされよ岳どの、愚生・本平惟花が、大切な妹君に取り憑いた鬼を討ちはらって見せましょう!!
そうと決まれば、早速準備せねばなりますまい! よって愚生はここで失礼致します!! ではっ!!」
しゅた、っと切れ味良く敬礼するなり、惟花はスカートを翻すと、全速力で走り去っていく。
為す術もなく見送ったあと、誰もいないのは承知で、俺はひとり訴えた。
「……頼むから、余計なことするなよ。頼むから……」
……俺も繰り返してた。
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