妹は、悪いモノに取り憑かれたようです。

仙道佳帆

文字の大きさ
7 / 37
第二章/取り憑かれたようです。

しおりを挟む
 自慰をすること自体は別に悪いことではない、と思う。俺だってもちろんやってる。時と場所を考えて、両親や年頃の妹にバレないように。
 ――そう、ずみだって年頃には違いない。どれほどウブでも、友達との会話で多少はエッチな情報も入ってくるだろうし、興味を抱くのが当然だった。その純真な昂ぶりを、手ずから慰めるくらい、しててもいいと思う。
 だからやっぱり問題は、場所だった。衛生面も気になるけど、何よりあそこは、ひとが完全に寄りつかない、とまでは言い切れない。ときどき管理のひとが入っているのは確かだし、現に俺たちだって小さい頃はあそこを秘密基地のように使っていた。小さな子供が目撃して、そこから大人に伝わってしまったら――妹の人生はきっと、大きく狂ってしまう。
 あんな現場を目撃してしまった以上、兄としては、忠告するのが正解なんだ、と思う、けれど。
「おかーさん、お替わりいる? 私ももうちょっと欲しいから、よそってきたげる」
「うん、ありがとう」
 母さんから茶碗を受け取って、炊飯器の方へと歩いて行く泉澄を、俺は複雑な気分で見送った。
 両親ともに特殊な職業なので、平日はなかなか一緒に食事が出来ないのだけど、今日に限って母さんが早く帰ってきた。
「はあ……やっぱり家で食べるのがいちばん落ち着くわぁぁ……♡」
「今やってるの、映画なんだっけ? 大変なの?」
「うん~、大きなところの下請けでやってるんだけど、スケジュールがどうしてもずらせないらしくて……昨日までは大変だったんだからぁ!」
「あ、じゃあ、目途がついたんだ?」
「そうなの~! 次の案件があるから、またすぐ忙しくなっちゃうんだけど、今のうちに息抜きしてこい、って社長が帰してくれたのよ~!」
 ……子供たちとの食事を素直に喜ぶ母さんを前に、こんな話はとても持ち出せない。
「それじゃ、もしかして週末はゆっくり出来るの?」
「んふふふ、だからね、車を出してお買い物に行こうと思ってるんだけど……どう?」
「うん! 一緒に行く! お兄ちゃんも、ね? いいよね?」
「え?」物思いに耽ってしまったせいで、反応が遅れてしまった。「あ……ああ。うん、行くよ」
「それじゃ久しぶりに家族みんなで出かけよっか! ……あ、でも、お父さんは今週末、まだ厳しいかなー……」
「お父さんには悪いけど、そのときは三人で出かけようよ。次、いつまとまった時間が取れるか解んないんだよね?」
「そうねぇ~……うん、そうしよっか! お父さんには悪いけど!」
 泉澄と母さんが顔を見合わせて、共犯者みたいな笑いを交わす。
「あ、そうだ。せっかく出かけるなら、一緒に寄りたいところがあるんだけど」
「どこ?」
くらつき神社」
「ぶっ」
 思わず吹いてしまった。
「やだお兄ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
「っ……ちょ、ちょっと……米が、喉の変なとこに……」
 必死でむせた振りをする俺の前を、泉澄は台布巾で拭っている。一見、母さんの言葉に動揺した様子はなかった。
「お母さん、今年のお正月は忙しくて、けっきょく初詣に行けなかったから。お守りはふたりが代わりに授かってくれたけど、やっぱりちゃんとお参りしたいのよ」
「遅い初詣だね。私はいいよ」
「俺も……行くよ、うん」
 母さんが言っているのは、あのお社のことではない。せんどうちようの中心部にある、町の鎮守とも言える神社だった。立派な本堂の傍らには樹齢百年は下らない欅が勇壮に佇み、舞を奉納する神楽殿まで備えている。もちろん神職も常駐していて、この町で“神社”と言えば、こちらを指すのが常識だった。
 だから、“神社”という単語ひとつで動揺するほうがおかしい。俺は密かに深呼吸をして、どうにか平静を装った。
「お正月にもおみくじ引いたんだけど、もう一回引いても大丈夫なのかな?」
「平気でしょ? お母さんなんか、初めて作画をやらせてもらった作品がヒットするよう、何箇所も神社巡りして、大吉が出るまでおみくじ引きまくったのよ!」
「……それで、ヒットしたの?」
「微妙だった~……あとで聞いたら、おみくじはそのとき悩んでることのヒントにするくらいのつもりで受け止めればいいんだって。頑張るところ間違えちゃった。
 だから、泉澄も気にしないで引いたら? 結果が違っても、もしかしたらいいアドヴァイスになるかも知れないし」
「うん」
 母さんの言葉に、泉澄はちょっと殊勝な面持ちで頷く。
 ……なんで泉澄は、ぜんぜん動揺してないんだろう。
“神社”というキーワードにたじろぐこともなく、自分から話題を膨らませているのが、俺には驚きだった。ついさっき、同じように信仰の拠点となっていた場所で、あんなことをしていたのに、何とも思わないんだろうか。
 ――ゆいの言うとおり、本当に“何か”に取り憑かれてるのか?
 それなら納得がいく。魔のものに操られているから、そのあいだの記憶がない。やましさがないんだから、泉澄が“神社”という言葉に反応しないのも当然だった。
「……マジで、アイツに任せるしかないのか……」
「――ん? お兄ちゃん、任せるってなに?」
「岳、もしかして週末、用事あったの? 何かあるなら、無理しなくていいわよ?」
「え、あ……いや、用事はないよ。ちょっと……色々あって、考えてたら口から出ただけ」
「えー。思わず独り言が出ちゃうなんて、お兄ちゃん、おじさんみたい」
 俺をからかって、泉澄は愉しげに笑う。
 ――ひとの気も知らないで。
 暢気な泉澄が少し恨めしくて――そして同時に、その屈託のなさが、余計に気懸かりだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない

みずがめ
恋愛
 宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。  葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。  なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。  その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。  そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。  幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。  ……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私の推し(兄)が私のパンツを盗んでました!?

ミクリ21
恋愛
お兄ちゃん! それ私のパンツだから!?

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

性転のへきれき

廣瀬純七
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

処理中です...