妹は、悪いモノに取り憑かれたようです。

仙道佳帆

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第二章/取り憑かれたようです。

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 制服に着替えていると、ずみがノックもなしに部屋のドアを開けるなり、目を丸くした。「あれ? お兄ちゃん、起きてる」
「たまには……そういうことだってあるよ」
 普通に返したつもりだったけど、泉澄には見え見えだったらしい。
「……お兄ちゃん、もしかしてゆうべ寝てないの? もぉ、駄目だよ、ちゃんと睡眠取らなきゃ」
「寝付けなかったんだよ……最悪、授業中に眠る」
「駄目だってばー……頭が痛い、っていうことにして、保健室のベッド使わせてもらえば?}
「……考えておく」
 相槌を打って、部屋を出ようとすると、泉澄が立ち塞がった。
「ホントに、寝不足なだけ? もしかして、熱があったり――」
 声が途切れる。反射的に後退してしまった俺の額があったあたりに浮かせた掌を、泉澄は胸許に引き寄せて握りしめた。
「……朝ご飯、用意できてるよ。早く降りてきてね」
 小首をかしげて微笑み、くるり、と泉澄は身を翻す。いつもより小走りで遠ざかっていく足音が、罪悪感をかき混ぜて、俺の頭の中をぐしゃぐしゃにした。

 保健室を利用することもなかったし、教室で居眠りすることもなかった。でも、授業の中身はまったく頭に入ってない。
 泉澄のことで悩んでいた――というのとは少し違う。むしろずっと、泉澄のことは考えるまい、と努めていた。
 でも、ふとした拍子にきのう目撃した光景が脳裏に蘇る。それをどうにか頭の中から追い出しても、今度は泉澄への心配が先に立ってしまって、ノートを取る手はしばしば動きを止めた。
 このまま放っておいていい、とはどうしても思えない。かと言って、男の俺が簡単に口を出せる内容でもない。泉澄の親友でもあるゆいに委ねるのは、この場合、最善の選択、のはずだった。
 ……あいつが、あんな変わった奴でなければ。
(ご安心めされよ、とか言ってたけど……何をする気なんだ、あいつ……?)
 惟花は、泉澄が“鬼”に取り憑かれている、みたいなことを言っていた。泉澄に“れんな振る舞い”をさせている“鬼”を祓えば解決する、と考えてるんだと思う、たぶん。
 ……にわかには信じがたい。惟花の話はどこまで行ってもただの憶測、タチの悪い妄想としか思えなかった。オカルトかぶれだからこその発想だろう。
 大幅に譲って、泉澄が取り憑かれていたとして、惟花にいったい何が出来るのか。
 如何に重篤なオカルトかぶれでも、惟花はしょせん素人だった。泉澄を操ってるかも知れない“淫らな鬼”を、どのようにして追い払うつもりなのか。
 ――あいつが早まる前に、どんな方法を用いるつもりなのか、いちど確かめておくべきだ。
 授業をまるまる潰して、ようやくその結論に辿り着いた。終業の鐘が聞こえる前にそそくさと教材を片付け、挨拶が済むなり俺は立ち上がって、教室を飛び出した。
 惟花のクラスは隣にある。入口から『惟花いるか?!』と大声で呼びかける……のは男子の羞恥心が許してくれそうもないけれど、廊下に立って待っていれば、出てきたタイミングで捕まえられるはずだった。
 ……ただし、惟花が、終業の鐘が聞こえるまで、大人しく授業を受けていれば。
 あいつが最後の授業に出なかった可能性に気づいたのは、たっぷり十五分は待ちぼうけを食ったあとだった。
 試しに、教室で暇そうにっている女子学生に声をかけてみると、案の定、最後の時限で惟花の姿はもう見当たらなかったらしい。
「本平さん、そーいうこと多いから、あんまり気にしてなかったー」
 俺にも心当たりはあった。同じクラスだった時期、いつの間にか席から消えてる、というのを何度か体験している。
 今日は部活のない日だ、というのは、この前の話で解っていたけど、念のために一年B組の教室にも足を運んでみた。案の定、本来の教室の利用者が数人残っているだけで、演劇部の気配はない。きのう話しかけた学生と目が合って、俺は軽く頭を下げた。
 図書室の、惟花がよく怪しい本を漁っているあたりも覗いてみたが、やはり見当たらない。
 出がけの泉澄との会話を思い出して、“もしかして――”と保健室にも立ち寄ってみた。保健委員が掃除の真っ最中の室内は窓が開け放たれ、仕切りのカーテンが全開になったベッドも当然みたいに空っぽだった。
 校内で探すべきところが、もう思い浮かばない。
 もし惟花が、あの件について話をするつもりで泉澄を連れ出したのなら、人気がないところを選ぶはず。直接説得にかかるにしても、人目があっては難しいだろうし、万一――ほんとに万一、惟花が“淫らな鬼”を祓う方法を知っていたとしても、たぶん隔離された場所を使うような気がする。
 もちろん探せば校内には、あまり使われていない教室はある。でも、しらみ潰しに探し回っても無駄に時間を浪費するだけだ、と思った。
 ――可能性があるとしたら、たぶん、あそこしかない。
 きのうの今日で、果たしてもういちど足を運ぶだろうか。仮に正解だとしても、気後れは感じた。
 ――もしまた、あんな場面に遭遇してしまったら、どうする?
 廊下に立ち尽くし、少しのあいだ思案していたけれど、最終的に、考えるのはやめた。
「……行くだけ、行ってみるか」
 冷静に考えれば、他人の耳をはばかるような話をするには、むしろあそこのほうが適している。先に泉澄が下校していて、惟花がそのあとを追った、と推測しても、とりあえず思いつく行き先は同じになるはずだった。

 山中へと伸びる道は、きのうと変わらず深閑としている。
 惟花が何をしようとしているのか、心配ではあるけれど、意図を確かめないうちにばったり遭遇してしまうのもマズい。手前までは早足でやって来たけれど、階段を上がるときは慎重に足を運んだ。
 階段を上りきる。姿勢を低くし、鳥居の向こうを覗き込んだ。社のあたりまで人の姿は見当たらない。俺は、なんとなく頭を下げてから、鳥居をくぐった。
 頭を低くし、抜き足差し足で、社へと近づいた。まさか、とは思う。二日連続で、こんな場所に潜んで、自分を慰めてるとしたら――やっぱり、兄としては心配すべきだろうか。見つけてしまったら、飛び込んでいって、何か言うべきなのかも知れない。
 ……何を?
 答が見つからないまま、俺はきのうと同じ扉の縦格子の隙間から、そ、っと中を覗きこんだ。
 惟花が、泉澄のスカートをめくっていた。



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