37 / 37
エピローグ
これも、いつものようです。
しおりを挟む
――唇に、柔らかな圧迫感。
馴染みのある香りをそっと吸い込む。ちゅ、という濡れた音と暖かい感触に、俺はそっと瞼を開いた。
視界いっぱいに、泉澄の愛らしい顔があった。
「……おはよう」
「――うん、おはよう」
そう言うと、泉澄は自分の唇に指を当て、その指で俺の唇に触れる。
「寝坊するお兄ちゃんには、一回だけだよ」
からかうみたいに囁くと、泉澄は手を振って部屋を出ていった。
食卓にはサニーサイドアップの目玉焼きを載せたトーストと、トマトやハムの色味が鮮やかなサラダ、暖かなコーンクリームスープが並んでいる。
「なあ、本当に俺、朝ご飯の支度、手伝わなくていいのか?」
「いいの。泉澄が、お兄ちゃんに作ってあげたいんだもん」
「……そうか」
面映ゆくなって、俺は目を伏せた。にわかに広がったくすぐったい空気を振り払うように、泉澄が少し語気を強めて言う。
「――だいたい、お兄ちゃん、『手伝う』とか言って、いちども早起き出来たことないんだもん。泉澄がやった方が早いよ」
「お、俺もいちおうは早起きする努力してるんだぞ?! ちゃんと目覚ましも仕掛けてるし――」
「お兄ちゃんは無理に早起きしなくていいよ」泉澄は俺の言葉を優しいけれど強い声音で制する。「泉澄がずっと、起こしてあげるんだから」
そして、頬を少し桃色に染めながら、自分の小さな唇に指を当ててみせた。
二人して身繕いを直して玄関を出たのは、もう家を出ないと間に合わないギリギリの時間だった。
「あーもう、せっかく早起きしたのに、けっきょくいつもの時間になっちゃった」
「……泉澄が可愛すぎるから悪いんだぞ」
「っ……~~、も、もおっ……」
どん、と若干強めに肩を小突いてくる。そのまま泉澄は、俺に腕を絡めてきた。
「通りに出るまで。ね?」
小首を傾げて懇願してくる。もはや俺に、拒絶なんか出来るはずがなかった。
約束通り、人通りが増える手前で腕を外す。でも、身体が揺れると肩が触れるくらいの距離で並んで、通学路を歩いた。
「岳どの、泉澄どの!」
いつもの、騒々しい奴が、後ろから大きな声で呼びかけてくる。俺は居心地の悪さを覚えながら振り向いた。
「よう……惟花」
「おはよ。惟花ちゃん」
小走りに駆け寄ってきた惟花は、じわじわと足取りを緩めて、いつもの馴れ馴れしさに似合わない距離で立ち止まる
惟花は俺と泉澄の姿をしばし訝しげな眼差しで眺めていたが、やがて、心得た、とばかりに目を細めて含み笑いをした。
「くふふ。なるほど、なるほど。そうなりましたか」
「……なにが言いたい?」
「いえいえ。昨日までのお悩みの気色がすっかり失せられたようで、何よりです」
「その原因は、けっこうお前にもあると思うんだけど」
「はっはっは。何のことやら」
まるで悪代官みたいに呵々大笑すると、惟花はしゅた、っと片手を上げてみせる。
「おふたりが納得しておられるならば、もはや愚生が口出しする筋合いはありませぬ!」そして、それ以上の追求は無用、とばかり、俺たちの脇をすり抜けて駆けていった。「さらば、先に参ります!」
「惟花ちゃん!」
泉澄が、その背中を引き留める。心なしか、気まずそうに振り向いた惟花に、泉澄はいつもの柔らかな声音で言った。
「……ありがとう。またあとでね」
ふたりの少女は少しのあいだ、見つめ合う。やがて惟花はもういちど、さっきよりも照れくさそうな仕草で手を上げて、ふたたび走り始めた。
「……俺たちも、あんまりのんびり出来ないぞ」
「うん。あっ……」
頷いて、歩き出そうとした途端、困惑した声を漏らして、泉澄は足を止める。
「どうした? 泉澄」
訊いてもすぐに応えなかった。泉澄は首筋の辺りを桃色に染めて俯く。膝をすり合わせ、俺にだけ聞こえるボリュームで囁いた。
「……さっきのが、垂れてきちゃったみたい」
硬直して、鞄を取り落としかけた俺に、泉澄はぺろ、と可愛い舌を出してみせる。
「だって、朝から出し過ぎのお兄ちゃんがいけないんだよ……♡
「……そういうこと言うの、やめてくれ」
「どうして?」
「また勃ってきた」
反射的に俺の下腹部を見やってから泉澄は、ぼ、っと顔を赤くした。じと、っとした目で俺を睨みつけ、ぷい、とそっぽを向く。
「知らない。もう、今日はもう、自分で何とかして」
「えー。そんなこと言うなら、今度は俺があそこに行こうかな」
「それはだめ」
弾かれたように向き直ると、抱きつかれる、と思うくらいに身を寄せてきた。髪が薫るくらいの距離で俺を見つめると、泉澄は俺の胸許を人差し指で突っつく。
「泉澄に取り憑いてるのは、お兄ちゃん。お兄ちゃんに取り憑いてるのは、泉澄」俺を差した指を、泉澄は自分に向けて、悪戯っぽく微笑んだ。「あそこの悪いモノなんか、もう入れてあげない」
昨晩も先刻も、さんざん解き放ったはずなのに、昂ぶりが収まらない。
きっと俺も泉澄も、ずっと取り憑かれたままだ。
馴染みのある香りをそっと吸い込む。ちゅ、という濡れた音と暖かい感触に、俺はそっと瞼を開いた。
視界いっぱいに、泉澄の愛らしい顔があった。
「……おはよう」
「――うん、おはよう」
そう言うと、泉澄は自分の唇に指を当て、その指で俺の唇に触れる。
「寝坊するお兄ちゃんには、一回だけだよ」
からかうみたいに囁くと、泉澄は手を振って部屋を出ていった。
食卓にはサニーサイドアップの目玉焼きを載せたトーストと、トマトやハムの色味が鮮やかなサラダ、暖かなコーンクリームスープが並んでいる。
「なあ、本当に俺、朝ご飯の支度、手伝わなくていいのか?」
「いいの。泉澄が、お兄ちゃんに作ってあげたいんだもん」
「……そうか」
面映ゆくなって、俺は目を伏せた。にわかに広がったくすぐったい空気を振り払うように、泉澄が少し語気を強めて言う。
「――だいたい、お兄ちゃん、『手伝う』とか言って、いちども早起き出来たことないんだもん。泉澄がやった方が早いよ」
「お、俺もいちおうは早起きする努力してるんだぞ?! ちゃんと目覚ましも仕掛けてるし――」
「お兄ちゃんは無理に早起きしなくていいよ」泉澄は俺の言葉を優しいけれど強い声音で制する。「泉澄がずっと、起こしてあげるんだから」
そして、頬を少し桃色に染めながら、自分の小さな唇に指を当ててみせた。
二人して身繕いを直して玄関を出たのは、もう家を出ないと間に合わないギリギリの時間だった。
「あーもう、せっかく早起きしたのに、けっきょくいつもの時間になっちゃった」
「……泉澄が可愛すぎるから悪いんだぞ」
「っ……~~、も、もおっ……」
どん、と若干強めに肩を小突いてくる。そのまま泉澄は、俺に腕を絡めてきた。
「通りに出るまで。ね?」
小首を傾げて懇願してくる。もはや俺に、拒絶なんか出来るはずがなかった。
約束通り、人通りが増える手前で腕を外す。でも、身体が揺れると肩が触れるくらいの距離で並んで、通学路を歩いた。
「岳どの、泉澄どの!」
いつもの、騒々しい奴が、後ろから大きな声で呼びかけてくる。俺は居心地の悪さを覚えながら振り向いた。
「よう……惟花」
「おはよ。惟花ちゃん」
小走りに駆け寄ってきた惟花は、じわじわと足取りを緩めて、いつもの馴れ馴れしさに似合わない距離で立ち止まる
惟花は俺と泉澄の姿をしばし訝しげな眼差しで眺めていたが、やがて、心得た、とばかりに目を細めて含み笑いをした。
「くふふ。なるほど、なるほど。そうなりましたか」
「……なにが言いたい?」
「いえいえ。昨日までのお悩みの気色がすっかり失せられたようで、何よりです」
「その原因は、けっこうお前にもあると思うんだけど」
「はっはっは。何のことやら」
まるで悪代官みたいに呵々大笑すると、惟花はしゅた、っと片手を上げてみせる。
「おふたりが納得しておられるならば、もはや愚生が口出しする筋合いはありませぬ!」そして、それ以上の追求は無用、とばかり、俺たちの脇をすり抜けて駆けていった。「さらば、先に参ります!」
「惟花ちゃん!」
泉澄が、その背中を引き留める。心なしか、気まずそうに振り向いた惟花に、泉澄はいつもの柔らかな声音で言った。
「……ありがとう。またあとでね」
ふたりの少女は少しのあいだ、見つめ合う。やがて惟花はもういちど、さっきよりも照れくさそうな仕草で手を上げて、ふたたび走り始めた。
「……俺たちも、あんまりのんびり出来ないぞ」
「うん。あっ……」
頷いて、歩き出そうとした途端、困惑した声を漏らして、泉澄は足を止める。
「どうした? 泉澄」
訊いてもすぐに応えなかった。泉澄は首筋の辺りを桃色に染めて俯く。膝をすり合わせ、俺にだけ聞こえるボリュームで囁いた。
「……さっきのが、垂れてきちゃったみたい」
硬直して、鞄を取り落としかけた俺に、泉澄はぺろ、と可愛い舌を出してみせる。
「だって、朝から出し過ぎのお兄ちゃんがいけないんだよ……♡
「……そういうこと言うの、やめてくれ」
「どうして?」
「また勃ってきた」
反射的に俺の下腹部を見やってから泉澄は、ぼ、っと顔を赤くした。じと、っとした目で俺を睨みつけ、ぷい、とそっぽを向く。
「知らない。もう、今日はもう、自分で何とかして」
「えー。そんなこと言うなら、今度は俺があそこに行こうかな」
「それはだめ」
弾かれたように向き直ると、抱きつかれる、と思うくらいに身を寄せてきた。髪が薫るくらいの距離で俺を見つめると、泉澄は俺の胸許を人差し指で突っつく。
「泉澄に取り憑いてるのは、お兄ちゃん。お兄ちゃんに取り憑いてるのは、泉澄」俺を差した指を、泉澄は自分に向けて、悪戯っぽく微笑んだ。「あそこの悪いモノなんか、もう入れてあげない」
昨晩も先刻も、さんざん解き放ったはずなのに、昂ぶりが収まらない。
きっと俺も泉澄も、ずっと取り憑かれたままだ。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる