妹は、悪いモノに取り憑かれたようです。

仙道佳帆

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エピローグ

これも、いつものようです。

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 ――唇に、柔らかな圧迫感。
 馴染みのある香りをそっと吸い込む。ちゅ、という濡れた音と暖かい感触に、俺はそっと瞼を開いた。
 視界いっぱいに、ずみの愛らしい顔があった。
「……おはよう」
「――うん、おはよう」
 そう言うと、泉澄は自分の唇に指を当て、その指で俺の唇に触れる。
「寝坊するお兄ちゃんには、一回だけだよ」
 からかうみたいに囁くと、泉澄は手を振って部屋を出ていった。


 食卓にはサニーサイドアップの目玉焼きを載せたトーストと、トマトやハムの色味が鮮やかなサラダ、暖かなコーンクリームスープが並んでいる。
「なあ、本当に俺、朝ご飯の支度、手伝わなくていいのか?」
「いいの。泉澄が、お兄ちゃんに作ってあげたいんだもん」
「……そうか」
 面映ゆくなって、俺は目を伏せた。にわかに広がったくすぐったい空気を振り払うように、泉澄が少し語気を強めて言う。
「――だいたい、お兄ちゃん、『手伝う』とか言って、いちども早起き出来たことないんだもん。泉澄がやった方が早いよ」
「お、俺もいちおうは早起きする努力してるんだぞ?! ちゃんと目覚ましも仕掛けてるし――」
「お兄ちゃんは無理に早起きしなくていいよ」泉澄は俺の言葉を優しいけれど強い声音で制する。「泉澄がずっと、起こしてあげるんだから」
 そして、頬を少し桃色に染めながら、自分の小さな唇に指を当ててみせた。


 二人して身繕いを直して玄関を出たのは、もう家を出ないと間に合わないギリギリの時間だった。
「あーもう、せっかく早起きしたのに、けっきょくいつもの時間になっちゃった」
「……泉澄が可愛すぎるから悪いんだぞ」
「っ……~~、も、もおっ……」
 どん、と若干強めに肩を小突いてくる。そのまま泉澄は、俺に腕を絡めてきた。
「通りに出るまで。ね?」
 小首を傾げて懇願してくる。もはや俺に、拒絶なんか出来るはずがなかった。
 約束通り、人通りが増える手前で腕を外す。でも、身体が揺れると肩が触れるくらいの距離で並んで、通学路を歩いた。
がくどの、泉澄どの!」
 いつもの、騒々しい奴が、後ろから大きな声で呼びかけてくる。俺は居心地の悪さを覚えながら振り向いた。
「よう……ゆい
「おはよ。惟花ちゃん」
 小走りに駆け寄ってきた惟花は、じわじわと足取りを緩めて、いつもの馴れ馴れしさに似合わない距離で立ち止まる
 惟花は俺と泉澄の姿をしばし訝しげな眼差しで眺めていたが、やがて、心得た、とばかりに目を細めて含み笑いをした。
「くふふ。なるほど、なるほど。そうなりましたか」
「……なにが言いたい?」
「いえいえ。昨日までのお悩みのしきがすっかり失せられたようで、何よりです」
「その原因は、けっこうお前にもあると思うんだけど」
「はっはっは。何のことやら」
 まるで悪代官みたいにたいしようすると、惟花はしゅた、っと片手を上げてみせる。
「おふたりが納得しておられるならば、もはや愚生が口出しする筋合いはありませぬ!」そして、それ以上の追求は無用、とばかり、俺たちの脇をすり抜けて駆けていった。「さらば、先に参ります!」
「惟花ちゃん!」
 泉澄が、その背中を引き留める。心なしか、気まずそうに振り向いた惟花に、泉澄はいつもの柔らかな声音で言った。
「……ありがとう。またあとでね」
 ふたりの少女は少しのあいだ、見つめ合う。やがて惟花はもういちど、さっきよりも照れくさそうな仕草で手を上げて、ふたたび走り始めた。
「……俺たちも、あんまりのんびり出来ないぞ」
「うん。あっ……」
 頷いて、歩き出そうとした途端、困惑した声を漏らして、泉澄は足を止める。
「どうした? 泉澄」
 訊いてもすぐに応えなかった。泉澄は首筋の辺りを桃色に染めて俯く。膝をすり合わせ、俺にだけ聞こえるボリュームで囁いた。
「……さっきのが、垂れてきちゃったみたい」
 硬直して、鞄を取り落としかけた俺に、泉澄はぺろ、と可愛い舌を出してみせる。
「だって、朝から出し過ぎのお兄ちゃんがいけないんだよ……♡
「……そういうこと言うの、やめてくれ」
「どうして?」
「またってきた」
 反射的に俺の下腹部を見やってから泉澄は、ぼ、っと顔を赤くした。じと、っとした目で俺を睨みつけ、ぷい、とそっぽを向く。
「知らない。もう、今日はもう、自分で何とかして」
「えー。そんなこと言うなら、今度は俺があそこに行こうかな」
「それはだめ」
 弾かれたように向き直ると、抱きつかれる、と思うくらいに身を寄せてきた。髪が薫るくらいの距離で俺を見つめると、泉澄は俺の胸許を人差し指で突っつく。
「泉澄に取り憑いてるのは、お兄ちゃん。お兄ちゃんに取り憑いてるのは、泉澄」俺を差した指を、泉澄は自分に向けて、悪戯っぽく微笑んだ。「あそこの悪いモノなんか、もう入れてあげない」


 昨晩も先刻も、さんざん解き放ったはずなのに、たかぶりが収まらない。
 きっと俺も泉澄も、ずっと取り憑かれたままだ。


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